24 / 73
祝宴
しおりを挟む真紅の薔薇城本館二階の大広間にて、領主アロイスの結婚の祝宴が急遽開かれた。
大広間の騎士の活躍を描いた壁画は天井にまで及び、吊るされたロートアイアンの魔道シャンデリアは、煌々と着飾った人々を照らしている。
広間の四隅には精密な細工を施された大きな壺が置かれていた。そこには沢山の真紅の薔薇が活けられ、床の敷物の上にも花びらが散らされていた。
宴の席に居るのは、アロイスと私の他、貴族は巡察官のユー・シュエンとギルメット、フレミー司教、パトリスを始めとするアロイスの騎士団の騎士たち。
人間は城下町クレモンの有力者と、治療院で働いている人たちから数名、アンヌとヨハンは使用人だけど私と同郷ということで末席に着いている。
そして出席者とは別に――提供者も全員この場に居た。
この結婚が急なことだったのと、相手の私が人間で何の後ろ盾もない孤児なので、ごく内輪の宴となった。毎夜の宴とあまり変わらない名ばかりのものに。
宴席のテーブルは細長い長方形をしていて、壁にぐるりと沿うように並べられている。
私はメインテーブルの中央にアロイスと並んで座り、客人たちを眺めた。
――この中で、私たちの結婚を祝福してくれる人は、本当に居るのかしら。
この結婚を不快に思っている者なら、確実に三人は居た。
まずは、副官パトリス。礼拝堂で慌ただしく式を挙げた私たちを見た時から、その目に怒りを湛えている。怒りの矛先は、私だ。
時折、何か物言いたげな表情で、こちらを睨んでいる。
そして巡察官ユー・シュエン。彼は私を疑っている。アロイスと結婚したことで、私を尋問――あるいはいたぶる機会を奪われ、不満そう。
最後に、提供者ルイーズ。取り巻き達の中から、あんなに憎しみのこもった目で私を見なければいいのに……。
貴族は、人間の食べ物を必要としないはずなのに、大量の料理が運ばれてくる。
大きなパイは料理長がナイフを入れると、中から小鳥が飛び立ち、つづいて猛禽が飛び出して、小鳥を追いかける仕掛けになっていた。
私が驚いて口をあんぐりと開けていると、隣に座っているアロイスが笑った。
「まだ、この後で巨大な砂糖細工の城が出て来るよ。中からたくさんの小鳥が舞い上がって、ここでさえずるんだ」
もちろん、ちゃんとした料理も豊富に給仕され、杯の葡萄酒は芳醇な香りがした。
ただ、アロイスの杯の中身は、血液だった。他の貴族が手にしているものも、中身は同じだろう。
宴席で、提供者を直接咬んで飲むのだろうと想像していた私は恥じ入った。
楽団が音楽を奏で、踊り子たちが舞う。
吟遊詩人ベックも赤と青のスラッシュ入りの派手な衣装で、弦楽器を弾き歌った。
私たちの所に、町長を初め町の有力者たちが来て、次々に祝いの言葉を述べた。
その中にはルイーズの父親、サニエ商会の長もいた。
「この度は誠におめでとうございます、閣下。提供者の中から御夫人の一人をお選びになられるとは、同じく娘をこちらに置かせて頂く身としては誇らしく思います」
満面の笑みを浮かべるルニエ商会の長に、私は不快感を覚えた。
夫人の一人とはどういう意味だろう。まるで私以外にも、複数の妻を持つのが当たり前のような言い方をして。
アロイスは私の幼馴染で恋人、そして婚約者だった。
それが、彼に血を提供する者の一人になって……今はまだ実感がないけれど、彼の妻になった。
この結婚は、教会で起きた事件について私が巻き込まれないように、アロイスが講じた手段に過ぎないかも知れないけれど。
「そうか、お前の所の娘が居たのか。知らなかった」
アロイスは興味なさそうに、答えた。
「御冗談を。うちの娘ルイーズは、閣下の専属に選ばれております」
「提供者は大勢いるし、入れ替わりも激しい。いちいち食事のことなど覚えていない」
提供者は食事に過ぎないというアロイスの物言いに、ルニエ商会の長は内心の動揺を悟られまいとしているようだった。
「は。失礼いたしました」
男が顔を伏せる瞬間、チラリと見た瞳に微かに怒りが灯った気がする。
ルイーズの父親が怒るのも無理はない、と私も思った。
娘のことを食事だと、面と向かって言い放つなんて。
人間は、まるで貴族に飼われている家畜のよう。
もしもこれほどまでに、壁の外に強力な魔物や魔獣が居て、貴族たちが人間を守護しているのではなかったら。
貴族が人間が反乱を起こさないように宗教を用いて、信仰心で心を縛る統治をしていなかったら。
彼らは絶妙なバランスを持って、私たちを支配している。生かさず殺さず。
そして、民衆は国王が人間でも不死者でも、豊かで平和な治世を望んでいる……。
ルニエ商会の長の去って行く姿を見ながら、そういえば、と思い出した。
マルクが崩落事故の前に、ルニエ商会が『貴族の血』を売買しているいう密告があったと言っていた。
そのマルクは今、深い眠りの中にいる。数日後には不死者として目覚めるはずだから、その時に詳しい話を聞けるかもしれない。
楽団の曲調が変わった。
「この曲は……!」
「一緒に、踊ろう」
アロイスが私を誘い、大広間の中央に進み出た。
懐かしいヴィーザル村の、収穫祭の踊りの曲だった。
アロイスが私の手を取る。
ステップを踏み始めるとすぐに、毎年、村の広場で大樹の下で踊っていた時の感覚が蘇ってきた。
身体がふわりと浮くように軽やかに動き、アロイスが私をくるくると回転させると、乳白色と若緑色のオーガンジーのドレスが大きく翻る。
アロイスはノワール騎士団長の礼装用の服を着ていた。
他の騎士たちの黒の騎士服とは対照的な、赤地に黒のラインがアクセントに入った華麗な騎士服で、金の肩章と胸に垂れ下がった三連の金モールが揺れた。
急な婚礼で、私たちの衣装は色合わせが出来ていないけれど、そんなことはどうでもよくなった。
私たちは何年も踊ってなかったことが嘘のように、息の合った複雑なステップを踏んだ。
気づけば、笑い合っていた。
曲が終わると、拍手が沸き起こった。
やがてまた次の曲が始まり、客人たちも、それぞれ相手を見つけて踊り始めた。
パトリスが近づいて来て、アロイスに何か耳打ちをした。彼は頷いて、私に「楽しんでおいで」と囁くと客人たちの元に行ってしまった。
残された私に、治療院のサミュエル老医師と修道女オレリアが、やって来た。
「いやぁ、突然のことで驚いた! わしは美味い酒が飲めるなら、大歓迎だけどね」
「サミュエル先生、来てくださってありがとうございます」
老医師は赤ら顔で、もう相当お酒を飲んで出来上がってしまったようだ。
「ソフィ、さま。一緒に働けて楽しかったです。あなたが居なくなると、治療院は寂しくなりますね」
「それは……まだ辞めると決まったわけでは」
オレリアの言葉が、私の胸を突いた。
アロイスが許してくれるなら、まだ仕事を続けていたかった。
飲み過ぎの老医師をオレリアが介抱するために行ってしまうと、私は会場の隅にいるアンヌとヨハンの所に行った。
二人は、ずっと不安そうな瞳で私を見ていたから、気になっていた。
「急にこんなことになって、驚いたと思うけど……私もなのよ」
「ソフィさま……」
「その、おめでとうございます」
二人はおずおずと祝いの言葉を述べた。
「あなたたちのことは、悪いようにはしないわ。このまま、私の側に居て欲しいと思っているし、これから先のことで、二人になにか望みがあるのなら、遠慮なく言ってね」
「実はぼく、ベックと一緒に冒険者の仕事をしたいんです」
「ええっ、冒険者に? それでベックは何て言っているの?」
私は人々に囲まれているベックをチラリと見ながら、ヨハンに確認する。
確か未成年者は、保護者と同伴じゃないと依頼は受けられない決まりだったはず。
「承知してくれました」
「そうなの……」
ヨハンのこれからの人生は、彼のものだ。まだ若いのだから、いろんな経験をするのもいいかもしれない。
「わかったわ。でも冒険者と言っても、当分見習いよね? 私の従僕をしながら、ベックと依頼も受けたらいいわ」
「えっ? いいんですか?!」
「もちろんよ。独り立ちできるまでは、出来るだけ協力する。ただし、むちゃは絶対ダメよ。冒険者が無理と分かったら、潔く辞めること」
「はい! ありがとうございます」
次に私は、アンヌの顔を見た。
「アンヌは?」
「私は、このままソフィさまの側に置いてください」
「アンヌが居てくれるのは、とても嬉しいわ」
私は、アンヌの手を握って微笑んだ。
楽団の演奏は途切れることなく続いている。
大広間の中央でダンスを楽しんでいるのは、主に騎士と提供者たちだ。
時折、騎士と提供者の娘が二人して、大広間からテラスへと移動しているものたちがいる。
テラスには大きな鉢植えやベンチ、小さな丸テーブルなども置かれ、階段から庭にも出れるようになっている。
恋人たちが愛をささやき合うには、うってつけの場所に見えた。
その中にルイーズの姿はなく、壁際に立っていた彼女は、意を決したようにつかつかと私の側に来た。
0
あなたにおすすめの小説
喪女なのに狼さんたちに溺愛されています
和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です!
聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。
ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。
森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ?
ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる