28 / 73
女官長
しおりを挟む「ソフィさま」
カーテンが開かれ、窓からの陽射しが眩しい。
もう随分と日が高く登っている。
片手で陽光を遮りながら目を開けると、天蓋ベッドの横に侍女が立っていた。
気だるい身体を無理に起こせば、掛けていた上掛けが滑り落ち、何も纏わぬ肌が露わになった。
私は慌てて上掛けを手繰り寄せ、胸を隠した。
乱れたシーツの上で、寝起きのぼうっとした頭で辺りを見回せば、ここは西館に与えられた私室でないことに気づいた。
それから昨夜から明け方までの、アロイスとの濃密な時間を思い出して羞恥に震え、思わず顔を隠すように手を当てた。
もちろん、アロイスはもう居ない。日中は安全な場所で眠りにつくのだから。
彼がどこで眠っているのかは、誰も知らない。最高機密だ。
「すみません。閣下には、お目覚めになるまで起こさないようにと申し付かっていたのですが、城代より面会の申し込みがございまして……」
「大丈夫よ。悪いけど、お湯を用意していただける?」
「浴室へどうぞ。準備は出来ております」
アロイスの寝室から繋がる浴室に入ると、陶器で出来た金の猫足つきの浴槽にはたっぷりと湯が張られ真紅の薔薇が浮かんでいた。
あちこちの筋肉が鈍く痛み、ゆっくり入浴したかったけれど、日中の城を預かる城主代理が待っているのなら、急がなければならない。
侍女たちが西館から私の着替えを一式持って来てくれたので、素早く身支度を整えた。
居間に足を踏み入れると、茶髪に白髪の混じった壮年の男が椅子から立ち上がり、一礼した。
「伯爵さまより、昼間の城を任されているジェラルドと申します」
ジェラルドは、絹の上着にゆったりとした脚衣に革靴という上品な身なりをしていた。
「ソフィです。よろしくお願いします」
「この度は、ご結婚おめでとうございます。私は先日の崩落事故の視察のため数日城を離れていて、今朝帰城しました。昨夜の祝宴には出席できず、お詫びいたします」
「いえ、急なことでしたから――。上下水道の崩落事故の影響はどうでしたか?」
私はジェラルドが先に椅子に座り、私にも座るように促したことを心に止めた。
つまり、城代から格下の扱いをされているということに。
ルイーズの言っていた『伯爵の人間の妻の地位など、大したことはない』という話は本当のようだ。
「現場では、事故の遅れを取り戻すために尽力していました。ただ、事故の原因が血の中毒者による人為的なものかも知れないのが、引っかかりましたが――」
「血の中毒者……」
あの事故に血の中毒者が関与……どういうことなんだろう。
早くマルクが覚醒すればいいのに。ルニエ商会の話も聞けないままだ。
「ああ、これはソフィさまにお話するようなことではありませんね。それで、これからのことについて、ですが――」
城代が手を叩いて合図をすると、控えの間から女官長が入って来た。
「女官長のブリジットです。これからソフィさまのお世話は、私どもが責任もってやらせていただきます」
赤茶けた髪を後ろでシニョンにきっちりとまとめ、首元を絹のネッカチーフで覆い、紺の制服を着た中年の女官長とは、この城に私が来た時からの付き合いだったけれど、どこかよそよそしいまま今日まできていた。
ジェラルドは「何かあれば女官長に相談するように」と言って席を立った。
「では、ソフィさまのお部屋にご案内いたします」
女官長は歩きながら、私に説明した。
私に対して城の予算が設けられ、この本館に一室が与えられること、私の世話の責任者は女官長で新しく侍女もつけられるというような、内容だった。
「アンヌはどうしていますか? これまで通り私の側で働いてもらうつもりなのです」
「ご心配なく。西館のソフィさまのお部屋の片づけが終わったら、こちらに来るように言ってあります」
部屋は本館三階の客室の一つで、アロイスの居室から離れていた。
家具は一通り揃っていて、私の西館の荷物もすでに運びこまれていた。
「こちらは、カサンドラ。ソフィさま付きの新しい侍女です。カサンドラ、厨房に行ってソフィさまの朝食を持って来なさい」
「はい。女官長」
カサンドラが行ってしまうと、女官長は私に長椅子に座るように勧めた。
それから女官長もローテーブルを挟んで向かいに座り、一つ咳払いをしてから話し始めた。
「伯爵さまの伽についてですが。事前にお話ししましたように、お務めが終わったらすぐに退出しなければいけません。今日のように伯爵さまが去られた後も、ご寝室で寝過ごすなどもっての外です」
女官長の明け透けな言葉に、カッとなり顔が熱くなった。
確かにアロイスの居室は、寝室、居間、控えの間を挟んで執務室に通じている。
公的な場所にも近いから、私がいつまでも寝過ごしてはいけなかった。
でも女官長の言い方は、教会で式を挙げた彼の妻に対するものとは思えない。
彼女は、何か勘違いしているのかも……。
「私は伯爵さまがこの城に来られる前から、こちらに勤務させて頂いております。
前の領主さまの時は、貴族の奥方様がいて、人間の側女も大勢いらっしゃいました。
伯爵さまも、いずれ貴族の奥方様を娶らなければなりません。
ソフィさまもそのおつもりで、身の程をわきまえて下さいませ」
「アロイスは、私以外の女と結婚したりしないわ!!」
思わず椅子から立ち上がって、大声で叫んでいた。
そんな自分に呆然とする。
いったい、私はどうしてしまったのだろう。
これまでルイーズや他の人たちに、何か嫌なことを言われたりされたりしても、気にしないように聞き流して来たのに……。
小姓と共に、お盆に朝食を載せて戻って来たカサンドラが、驚いて入口に立ち尽くしている。
女官長は私を憐れむような表情をした。
「貴族同士の結婚は、政治的なものなのですよ。王命ということもあります。
だからこそ、あなたはわきまえた上で伯爵さまの心と身体をお慰めして、支えて頂かなければなりません」
0
あなたにおすすめの小説
喪女なのに狼さんたちに溺愛されています
和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です!
聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。
ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。
森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ?
ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる