45 / 73
ルニエ商会
しおりを挟む「ソフィ、立てるか?」
「ええ」
少しふらついたものの、立ち上がれないことはなかった。
トネリコ亭から拉致された時にも感じたのだけれど、物理的なダメージに対して耐性が格段に上がっている気がする。
私に手を貸して長椅子から立たせてくれたアロイスが、頷いた。
「そうだ。君は僕の血を飲んでいるから、回復も早い」
やっぱり、そうなのだと思った。
「普通の人間よりは、という意味だから。僕のような再生力があるわけじゃない。気を付けて」
「分かったわ。ところでアロイス、西の開拓村の戦線は大丈夫なの?」
「パトリスに任せて来た。外敵も気になるが、今は内側の膿を出さなければならない。……僕と一緒に来て。君を一人にして置けないから」
アロイスは、怪我をしている衛兵たちは後で救護させる、と言って部屋を出た。
廊下に出ると、地上階へは行かず、そのまま地下の奥の部屋に向かった。
突き当りの扉は、がっしりとしたオーク材に鉄で補強された頑強なものだった。
その扉をアロイスは、容易く蹴破る。中はガランとした部屋で、血と腐臭が漂っていた。
うめき声が、奥の方から聞こえる。
「そこに居て」
アロイスは一人で、部屋の奥に行った。
部屋は暗く、廊下の灯りが射し込むだけだ。
彼の血を飲んだ私には、壁際に鎖のようなもので拘束され、うずくまる数人の人影が見えていた。
こちらに向けた顔から、紅い瞳が光った。不死者だった。
アロイスは、その場にいる不死者たちに躊躇なく二度目の死、完全な死を与えて行った。
遺体はマルクのように、すぐに崩壊を始める。
「アロイス、どうして」
「彼らは、僕らの苦手とする銀の鎖で繋がれていた。ここで血を抜かれていたんだろう」
「なぜ、殺してしまったの?」
「王の許可なく違法に生まれた不死者は、処分するのが決まりなんだ。さあ、もうここには用がない。行こう」
領主として瞬時に非情な決断をしたアロイスの横顔を見つめながら、彼はもう昔の幼馴染のアロイスではないのだと再び思い知らされる。
階段を登り、地上階へ出るとアロイスは玄関ホールへ向かった。
夕闇が次第に濃くなり始める中、屋敷の外に出ると松明を掲げたルニエ商会の私兵たちが騒ぎを聞きつけたのか、わらわらとやって来た。
しかし私兵たちは、アロイスの姿を見て驚いた。
「貴族だ」
「いや、あの銀髪は領主さまじゃないか?」
銀髪の貴族は、この地ではアロイスしかいない。アロイスを間近で見たことがなくても、町の人々は肖像画が公共施設に置かれているし、町を挙げての祭りなどで遠目で見たことがある者もいる。そうでなくとも、人々の口伝えでどのような容姿をしているのか知っていた。
私兵たちの間にざわめきが広がっていく。
「お前たちの主人、ルニエ商会の会長はどこだ?」
「会長は……」
私兵たちの視線が、門の前の馬車へと向かう。
馬車には会長とその妻、娘のルイーズが乗り込み、今にも逃げ出そうとしているところだった。
アロイスがそちらに歩き始めると、私兵たちは道を開けるように二つに分かれた。自分たちが束で戦っても、貴族には勝てないと知っているのだ。
「逃げても無駄だ。夜の壁の外にでも行くつもりか? 生きたまま魔物に食い散らかされるのがよければ、それでもいいが」
アロイスは私の腰に手を回してしっかりと抱き寄せ、ルイーズたちに近づいた。
馬車に繋がれた馬たちが嘶いた。御者台に座っていた男は「まさか! 領主様」と叫ぶとあわてて台から降りて、跪いた。
ルニエ商会の会長もアロイスの姿を認めると、逃亡するのを諦めて馬車から降り、妻子と共にその場にひれ伏した。
「領主様、どうか私ひとりを罰してください。この者たちは何も知らなかったのです」
「そうはいかない。お前の娘は、我が妻を殺そうとした」
会長はルイーズを見て「なんということを……」と呟いた。
「今更、お父様にそんなこと言われたくないわ! 商売の失敗を『貴族の血』の売買で埋めたのはお父様でしょ! どうせ私たちはもうおしまいなんだわ!」
「黙れ! 余計なことを言うんじゃないっ」
娘の口を塞ぎ、会長はさらに深く頭を下げる。
影の薄そうな母親は、ルイーズと抱き合い震えていた。
「地下室の不死者は、誰が変えた? ルニエ商会に協力した貴族は誰だ」
「あれらを変えたのは……警備隊長のマルクです。その、事故のようなものでして。領主さまが討伐でお留守でしたので、お戻りになったらすぐに知らせるつもりでした」
「嘘を言うな。マルクが不死者になる前から『貴族の血』が闇市で売られていただろう」
「それは、私どもとは無関係でございます。娘は混乱してなにか勘違いして事実ではないことを口にしましたが、私共の商会では『貴族の血』など扱っておりません」
流石、商会の長とあって太々しい、と呆れてしまった。
でも証人となるはずのマルクや他の不死者は、アロイスが滅してしまっている。
「そうか。ではお前は先ほど、自分一人を罰せよと言ったのは、何の罪だ」
「それは、私どもの屋敷にいらしたのがまさか領主様と思わず、賊に急襲されたと思い、無礼にも私兵を向かわせ、こうして避難しようとしたことでございます」
アロイスは、おかしそうに笑いだした。
「面白い男だ、殺すのが惜しくなる。だが、勘違いしているのは娘ではなくお前の方だ。このノワールの法は僕だ。有罪か否かは僕が決める。面倒な手続きも証人や証拠品などなくとも、必要なら独断でお前達人間を裁くことができる」
彼は自分の手首を噛み裂くと、手を前に伸ばし払うようなしぐさをした。
アロイスから流れる血が鞭のようにしなり、ルイーズたち親子に襲い掛かった。
そうしてもう片方の手で、私の目を隠した。この後の、惨劇の瞬間を見せないためにした彼なりの配慮で。
私は身体を縮こまらせ、怖ろしい瞬間が訪れるのを覚悟して目をぎゅっと瞑った。
風が巻き起こり、鞭がしなってヒュン、と音を立てる。
けれど、三人の悲鳴などは上がらず、アロイスは私の視界を塞いでいた手を外した。
恐る恐る目を開けてみると、三人の親子を庇うようにしてリゼットがアロイスと対峙していた。
「どういうことだ、リゼット」
リゼットの抜刀した細剣に、アロイスの血の鞭が絡みついていた。
女吸血鬼の騎士は、歯を食いしばりアロイスの真紅の鞭に愛剣を奪われぬように堪える。
-------------------------------------
◆お知らせ◆
真紅の薔薇城―不死者の支配する世界で聖女と呼ばれ―のR18を加えた作品を、
ムーンライトノベルズにて掲載中です。
アルファポリスにその外部リンクを貼りましたので、興味のある方、よろしければお読みください。
今現在、R18の話はアロイスとソフィの結婚の祝宴の後と、逡巡と貴族社会の間に差し込まれています。
R18回はサブタイトルに※が付いています。その他は、ほとんどこのR15の作品と同じです。
0
あなたにおすすめの小説
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
喪女なのに狼さんたちに溺愛されています
和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です!
聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。
ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。
森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ?
ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
襲われていた美男子を助けたら溺愛されました
茜菫
恋愛
伯爵令嬢でありながら公爵家に仕える女騎士イライザの元に縁談が舞い込んだ。
相手は五十歳を越え、すでに二度の結婚歴があるラーゼル侯爵。
イライザの実家であるラチェット伯爵家はラーゼル侯爵に多額の借金があり、縁談を突っぱねることができなかった。
なんとか破談にしようと苦慮したイライザは結婚において重要視される純潔を捨てようと考えた。
相手をどうしようかと悩んでいたイライザは町中で言い争う男女に出くわす。
イライザが女性につきまとわれて危機に陥っていた男ミケルを助けると、どうやら彼に気に入られたようで……
「僕……リズのこと、好きになっちゃったんだ」
「……は?」
ムーンライトノベルズにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる