【R18】真紅の薔薇城―不死者の支配する世界で聖女と呼ばれ―

雪月華

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騎士の誓い1

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 東の空に日の入りから少し遅れて、小望月が昇っていた。

「リゼット、お前があの地下室の憐れな者たちを、眷属に変えたのか。
 だが、何故だ? この悪辣な商人に加担して、王陛下に背いた理由は――」

 女騎士は細剣レイピアから手を離し、跪いた。細剣がカランと音を立て、地に落ちる。

「……すべてをお話します、閣下。
 そこにいる商人の妻マリーは、私の生き別れになった息子の孫娘。初めは病魔に侵されたマリーの延命のために、血を与えていました。
 ですがご存知の通り、『貴族の血』では病状の悪化を遅らせることは出来ても、病そのものを治すことは出来ない」

 リゼットはこれまでのことを語り始めた。
 マリーのために希少で高価な薬を取り寄せ、治療するのに膨大な費用が掛かったこと。
 妻の病の治療費が嵩み続け、ルニエ商会の経営が傾いていったこと。
 マリーの夫――ルイーズの父は、苦肉の策として違法な『貴族の血』の販売に手を出し、それにリゼットが協力したこと……。
 
「私のせいで……」

 マリーのすすり泣く声が響き、彼女が身も世もなく嘆くのがやり切れなかった。
 ルイーズの父親はがっくりと肩を落としている。ルイーズはというと、手を固く握りしめ怒りに満ちた視線を両親に向けていた。

「愚か者。もっと他にやりようがなかったのか」

 アロイスが呆れて、疲れたような声を出した。

「この身はいかようにも罰して下さい。ただ、この者たちは、私の至らなさから道を踏み外しました。どうか最底辺の奴隷として罪を贖わせて頂きたく、命ばかりはなにとぞ」

 リゼットが地に額を押し付けて懇願する傍らで、ルイーズは抗議の声を上げた。

「嫌よ! 最底辺の奴隷なんて。処刑された方がずっとまし――」

 再び父親が娘の口を塞いで、ルイーズの頭を地面に押し付ける。

「黙っておれ。生きてさえいれば、いつか平民に戻れるときが来るかもしれん」

「リゼット。お前は僕に背任したのではない。我らの主である王陛下の命に背いたのだ。
 陛下の許可なく眷属を増やせば、厳罰されるのは知っているな? そのお前が自分の身と引き換えに、人間を減刑できると思うのはおかしい。
 それにそこに居る娘は、我が妻を飢えたマルクのいる部屋に故意に閉じ込め、殺そうとしたのだぞ」

 リゼットは、はっとしてルイーズを見ると、彼女は目を逸らした。

 私はアロイスに手を伸ばし、そっと彼の指先に触れた。

 ――アロイス。殺さずに済むなら、そうしてあげて。

 ――君は、本当にそれでいいのか?

 ――もう誰かが死ぬのは、見たくないの。お願い。

 同郷のマルクの二度目の死は、ルイーズが発端だった。
 彼女が憎かった。
 それでも、地下室で次々に滅んでいった不死者たちの姿を見た後で、もうこれ以上誰かの死を望む気持ちにはなれなかった。

 アロイスは、落ちている細剣レイピアを拾い上げた。
 そしてその剣を、上から大きく振りかぶって、跪いているリゼットの顔の側、ギリギリのところにヒュンと音を鳴らして突き刺した。

「ならばここで、騎士の誓いを僕に立てろ。今後百年間、忠誠を誓え」

 リゼットが顔を上げた。非常に驚いている。

「勘違いするな。死ぬほど扱き使ってやる。お前の息子の子孫たちも」

「あ、ありがとうございます」

 リゼットは涙を流していた。――紅い涙が、幾筋も頬を伝い落ちていく。
 アロイスはつまり、彼女の騎士の身分を剥奪せず、ルイーズ親子も処刑しないと言ったのだ。
 リゼットは傍らの細剣レイピアを地から引き抜くと、剣に自らの血を這わせ、剣先を自分の胸に向けてアロイスに捧げた。
 彼は剣を受け取り、跪いたリゼットの肩に剣の刃を置いた。

「我、騎士リゼットは冥界の女神ヘルの御名の下に、主アロイスさまの剣となり盾となり、今後百年間いかなる時も、この命をかけて戦い守りぬくことを誓います」

 アロイスは細剣レイピアの刃に口付けを落とし、リゼットに返した。

 ――ありがとう、アロイス。

 ――殺すことは、何時でもできるから、な。


 少し離れた場所からルニエ商会の私兵たちは、自分たちの雇い主がどうなるのかと、緊張した様子で見守っていた。私兵たちがほっと息を吐き、身動ぎするのが聞こえて来る。

 その時だった。
 ビュン、と音を立て白銀に光る矢がアロイスに向かって飛んで来たのは。

「危ない!」

 リゼットがアロイスを突き飛ばすようにして、地に伏せた。
 さらに間髪入れず、私たちの頭上から銀で出来た網が落とされ、その衝撃で私も倒れた。 
 銀は不死者アンデットたちの力を削ぐ、弱点だ。

 いったい、誰がこんなことを。
 たちは、銀の使用を人間には固く禁じているのに。

 アロイスとリゼットを見れば、肌に直接銀が当たっているところから、煙が立ち昇っていた。
 ひどく苦しみ、うめいている。

 私が何とかしなければ。網から逃れアロイスたちを助けないと――!
 網を掴み、立ち上がろうとすると、反りのある片刃の細身の剣の切っ先を目前に突きつけられた。

 漆黒の髪を後ろで束ねた男の、切れ長の紅い目がギラリと光る。胸の前で襟を重ね、腰の辺りで帯で留めその下に脚衣ズボンを穿く東地方風の服――巡察官ユー・シュエンがそこに居た。



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