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騎士の誓い1
しおりを挟む東の空に日の入りから少し遅れて、小望月が昇っていた。
「リゼット、お前があの地下室の憐れな者たちを、眷属に変えたのか。
だが、何故だ? この悪辣な商人に加担して、王陛下に背いた理由は――」
女騎士は細剣から手を離し、跪いた。細剣がカランと音を立て、地に落ちる。
「……すべてをお話します、閣下。
そこにいる商人の妻マリーは、私の生き別れになった息子の孫娘。初めは病魔に侵されたマリーの延命のために、血を与えていました。
ですがご存知の通り、『貴族の血』では病状の悪化を遅らせることは出来ても、病そのものを治すことは出来ない」
リゼットはこれまでのことを語り始めた。
マリーのために希少で高価な薬を取り寄せ、治療するのに膨大な費用が掛かったこと。
妻の病の治療費が嵩み続け、ルニエ商会の経営が傾いていったこと。
マリーの夫――ルイーズの父は、苦肉の策として違法な『貴族の血』の販売に手を出し、それにリゼットが協力したこと……。
「私のせいで……」
マリーのすすり泣く声が響き、彼女が身も世もなく嘆くのがやり切れなかった。
ルイーズの父親はがっくりと肩を落としている。ルイーズはというと、手を固く握りしめ怒りに満ちた視線を両親に向けていた。
「愚か者。もっと他にやりようがなかったのか」
アロイスが呆れて、疲れたような声を出した。
「この身はいかようにも罰して下さい。ただ、この者たちは、私の至らなさから道を踏み外しました。どうか最底辺の奴隷として罪を贖わせて頂きたく、命ばかりはなにとぞ」
リゼットが地に額を押し付けて懇願する傍らで、ルイーズは抗議の声を上げた。
「嫌よ! 最底辺の奴隷なんて。処刑された方がずっとまし――」
再び父親が娘の口を塞いで、ルイーズの頭を地面に押し付ける。
「黙っておれ。生きてさえいれば、いつか平民に戻れるときが来るかもしれん」
「リゼット。お前は僕に背任したのではない。我らの主である王陛下の命に背いたのだ。
陛下の許可なく眷属を増やせば、厳罰されるのは知っているな? そのお前が自分の身と引き換えに、人間を減刑できると思うのはおかしい。
それにそこに居る娘は、我が妻を飢えたマルクのいる部屋に故意に閉じ込め、殺そうとしたのだぞ」
リゼットは、はっとしてルイーズを見ると、彼女は目を逸らした。
私はアロイスに手を伸ばし、そっと彼の指先に触れた。
――アロイス。殺さずに済むなら、そうしてあげて。
――君は、本当にそれでいいのか?
――もう誰かが死ぬのは、見たくないの。お願い。
同郷のマルクの二度目の死は、ルイーズが発端だった。
彼女が憎かった。
それでも、地下室で次々に滅んでいった不死者たちの姿を見た後で、もうこれ以上誰かの死を望む気持ちにはなれなかった。
アロイスは、落ちている細剣を拾い上げた。
そしてその剣を、上から大きく振りかぶって、跪いているリゼットの顔の側、ギリギリのところにヒュンと音を鳴らして突き刺した。
「ならばここで、騎士の誓いを僕に立てろ。今後百年間、忠誠を誓え」
リゼットが顔を上げた。非常に驚いている。
「勘違いするな。死ぬほど扱き使ってやる。お前の息子の子孫たちも」
「あ、ありがとうございます」
リゼットは涙を流していた。――紅い涙が、幾筋も頬を伝い落ちていく。
アロイスはつまり、彼女の騎士の身分を剥奪せず、ルイーズ親子も処刑しないと言ったのだ。
リゼットは傍らの細剣を地から引き抜くと、剣に自らの血を這わせ、剣先を自分の胸に向けてアロイスに捧げた。
彼は剣を受け取り、跪いたリゼットの肩に剣の刃を置いた。
「我、騎士リゼットは冥界の女神ヘルの御名の下に、主アロイスさまの剣となり盾となり、今後百年間いかなる時も、この命をかけて戦い守りぬくことを誓います」
アロイスは細剣の刃に口付けを落とし、リゼットに返した。
――ありがとう、アロイス。
――殺すことは、何時でもできるから、な。
少し離れた場所からルニエ商会の私兵たちは、自分たちの雇い主がどうなるのかと、緊張した様子で見守っていた。私兵たちがほっと息を吐き、身動ぎするのが聞こえて来る。
その時だった。
ビュン、と音を立て白銀に光る矢がアロイスに向かって飛んで来たのは。
「危ない!」
リゼットがアロイスを突き飛ばすようにして、地に伏せた。
さらに間髪入れず、私たちの頭上から銀で出来た網が落とされ、その衝撃で私も倒れた。
銀は不死者たちの力を削ぐ、弱点だ。
いったい、誰がこんなことを。
貴族たちは、銀の使用を人間には固く禁じているのに。
アロイスとリゼットを見れば、肌に直接銀が当たっているところから、煙が立ち昇っていた。
ひどく苦しみ、うめいている。
私が何とかしなければ。網から逃れアロイスたちを助けないと――!
網を掴み、立ち上がろうとすると、反りのある片刃の細身の剣の切っ先を目前に突きつけられた。
漆黒の髪を後ろで束ねた男の、切れ長の紅い目がギラリと光る。胸の前で襟を重ね、腰の辺りで帯で留めその下に脚衣を穿く東地方風の服――巡察官ユー・シュエンがそこに居た。
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