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運命の日へ3
しおりを挟むその夜からアロイスは高熱を出し、数日間うなされ続けた。
それでアロイスの母親の葬儀が終わり落ち着くまで、私の家に預けられることになった。
彼は恐ろしい悪夢を見ていた。
暗闇の中、荒涼とした大地を風のように彷徨う。
夜の森や草原、廃墟の村をいくつもいくつも、通り過ぎていく。
飢えと渇きに苛まれ、獲物を求めて。
――やっと見つけた。
獲物を見つけた時の、歓喜。
逃げ惑う獲物の荒い息とその鼓動、血管を流れる血の脈動する音に、狩りへの興奮と高揚が限界まで高まっていく。
やがて、追跡を続ける獲物との距離が、狭まる。
獲物がこちらを振り返ると、それは――人間だった。
汗ばんだアロイスの額の上に、冷水で絞った布がそっと置かれた。
苦しい息の中で薄目を開けると、アロイスの視界に小さな私とその母がベッドに脇に居るのがぼんやりと映った。
「もう少しちゃんと絞らないと。布から水が滴っているわ」
私の母がやり直そうとすると幼い少女は、「わたちが、やるの!」と布を掴んだ。
「しーっ。静かにね。アロイスを起こしちゃだめよ。母さんはお葬式に行ってくるから、お留守番をお願いね。直ぐに戻って来るから。何かあったら、村長の家に来なさい」
母が居なくなり、私が布を絞り直してアロイスの額に置く。
アロイスと目が合うと、私は大きな海緑色|《シー・グリーン》の瞳を見開き、パチパチと瞬きをした。
「水を……」
しわがれた声でアロイスが水を欲しがると、私はこっくりと頷いた。
水差しから杯に水を注ぎ、両手で慎重に運ぶ。
アロイスは水を飲んで人心地がつくと、呟いた。
「お葬式って?」
私はギクリ、としてから、持って来たお気に入りの犬のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
それから決意に満ちた眼差しで、母のお手製のぬいぐるみをアロイスに差し出した。
「 わたちの犬の妖精をあげるの」
緑色の古びた布を使い、羊毛を詰めて作られたぬいぐるみは、ニ、三箇所継ぎあてがされている。
他の人から見れば、見すぼらしいぬいぐるみ。
でも幼い私にとっては、いつも一緒に居てくれる友達で一番の宝物だった。
「犬の妖精が居ないとソフィは夜、怖くて眠れなくなっちゃうだろ」
アロイスがからかうように言って、私とぬいぐるみを交互に見る。
「いいの」
私はアロイスの寝ている隣にぬいぐるみを置いた。
そして、母にアロイスが目覚めたらあげるように言われていた果物を持って来て、皮を剥き始める。
「たべないとだめなの。『ぶとのみ』をたべると、びょうきがなおるの」
お姉さんぶった様子で、瑞々しい果実をひと粒ずつ、アロイスに食べさせる。
アロイスがブトの実を噛むと、甘酸っぱい果汁が口の中に広がった。
彼は唐突に、私の母が言ってたお葬式が誰のものなのか、気づく。
眼尻からつぅ、と涙が流れた。
「……いっちょに、ねてあげる。おはなちも、ちてあげる」
小さな身体が、ごそごそとアロイスの寝ている布団に潜り込む。
細い腕がアロイスを抱きしめ、顔を寄せると頬にキスをした。
「あろいすはとってもきれいだから、ようせいのおうじさまなの。
犬の妖精は、おうじさまをまもってくれるの。
……むかちむかち、ようせいのおかに、おうさまとおうさまのむすめたちが、すんでいまちた。
ようせいのおかには、犬の妖精がいて、おうさまたちをまもっていましゅ――」
母から聞かされていた物語をアロイスに話しているうちに、私の方が先にすやすやと眠ってしまう。
アロイスもまた、規則正しい寝息を立てている私を抱きしめながら、うとうとと眠りに落ちた。
今度は、悪夢にうなされることはなかった。
――貴族がやって来たという話は、あっという間に村中に広まってしまった。
村の人々は誰かと顔を合わせる度に、不安そうにその話をするようになった。
丘の上から降りて、自ら貴族の支配する町へ行く者たちも出始めた。
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