【R18】真紅の薔薇城―不死者の支配する世界で聖女と呼ばれ―

雪月華

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運命の日へ4

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 先祖伝来の土地を離れるのは、並大抵のことではない。
 年寄りや病人、幼子を抱えた家は特に。
 ここから一番近い村でも徒歩で半月近くかかってしまう。
 しかも道中は危険で、魔物や魔獣に襲われたり盗賊に遭うこともある。

 だから、村を出て行ったのは若者が中心だった。
 もともと閉鎖的な村の暮らしに、不満があったのかも知れない。

 丁度その頃、クレモン城下町では疫病が猛威を振るい、数多の人々が命を落としていた。
 陸の孤島とも言われるヴィーザル村に行商がやって来て、その話が伝わる頃にはすでに疫病は沈静化していたのだけれど。
 出て行った村人たちからの便りはなく、その話を聞いた後ではもう町に行くと言い出す者は居なかった。

 村は働き盛りの若者が減り、農作業や家畜の世話をするための人手不足は深刻になる。
 もともと裕福とはいえず、食べて行くのに精いっぱいのヴィーザルの民。
 そのしわ寄せは、子供たちにもやって来る。
 少し大きな子供たちは、肌で危機を感じ取っていた。
 冬を越すためには、自分たちも精一杯働かなければならないと理解していた。


 アロイスは年長のパトリスを始め年上の少年たちと、森の中に来ていた。
 この森は、私たちの先祖が魔獣の嫌う樹を少しずつ植樹してできたと言い伝えられている。
 今では色んな種類の広葉樹の森になっているけれど、魔獣は棲んで居ない。

 少年たちは、仕掛けた罠に獲物が掛かって居るかどうかを調べたり、薪を拾って集めたり。
 森で薪を拾い集めるのは、子供の仕事だ。
 それに森に行けば、木の実や果実、きのこなどの食べ物も手に入る。
 
 小さな私は歩幅が狭く、みんなから遅れがちになる。
 アロイスが仕方なく手を繋いだ。
 彼はダメだと言ったのに、私が少年たちの後について森に来てしまったことに困惑し、苛立ちを感じていた。

「やった! 罠に 一角兎ホーン・ラビットが掛かっているぞ」

 前を歩いていた少年たちから、歓声が上がる。
 アロイスが私の手を離し、少年たちの方へ駆けだした。

「あろいす、まって」

 私も危なっかしい足取りで、アロイスたちの後を追う。
 少年が罠から獲物を外そうとした時、ぐったりと力なく横たわっていた一角兎は、突然パッと起き上がった。

「ばか、早く捕まえろ!」

 少年たちからすり抜けた一角兎は、私の方に向かって走って来る。 
 大人だったらそれほど脅威のない獣でも、子供にとっては違う。
 子供のアロイスの目から見たその獣は、とても大きく凶暴に見えた。 

 アロイスの心は、恐怖で一杯だった。
 それでも、私の前に立つと一角兎を睨みつける。

 一角兎が飛びあがって、アロイスに体当たりを仕掛ける。
 その衝撃でアロイスは転倒し、一角兎の角が前に突き出した腕を掠めた。
 血飛沫が舞い、血が一滴、私の頬にかかった。
 一角兎は、そのまま木立の中に逃げ去ってしまった。

「アロイスさま!」

 パトリスが慌ててアロイスの元にかけ駆けつけ、腕の傷を確かめる。
 携帯していた布で止血のために縛る間、隣で私がわんわん泣いている。
 アロイスが怪我をしていない方の手で、私の頭を撫でてなだめた。

「……大丈夫だから」

 ズキズキと傷口が痛んでいるのに、アロイスは幼い私を守り切ったと誇らしい気持ちになっている。
 一方、パトリスはカンカンに怒っていた。

「ソフィが、わがままを言ってついて来るからだ。アロイスさまの怪我を見たら、村長がなんとおっしゃるか」

 パトリスはアロイスの家に代々仕えている家系で、今はアロイスの守役をしていた。

「私が付いていながらなぜと、村長をがっかりさせてしまう」

「パトリスのせいじゃない。父さんには黙っていればいい」

「そんな訳には……」

 縛った布から血が滲んでいる。村に戻って傷の手当をしなければならないし、そうなれば大人たちにばれてしまう。

「おばばさまの所に行く」

 子供たちにお婆さまと呼ばれて慕われているのは、村の広場の前にある祠の敷地に住んでいる年老いた聖女のこと。
 敷地には薬草ハーブがびっしりと植えられていて、蜂箱も置かれている。
 小さな子供たちが訊ねて行くと、様々なお手伝いをする代わりに、前日神々にお供えして固くなったパンを、薄く切って蜂蜜を塗ったものを食べさせてくれたりするのだ。

 パトリスと少年たちは森に残って薪の採集を続けることになり、アロイスと私は村に戻ってこっそり聖女に手当てをしてもらうことにした。
 パトリスは怪我をしたアロイスについて行きたがったけど、人数が少ない方が目立たないとアロイスが主張した。
 それに、アロイスが抜けた分、少年たちは余計に薪を集めて運ばなければならなかった。

 アロイスと私は村に戻ると、隠れるように祠の裏庭から中に入る。
 小さな私の目線と同じ位の高さに生い茂るモカル草の中の小道の先に、聖女の住んでいる小屋が建っていた。

「お婆さま」

 戸を開けて呼べば、中から甘い蜂蜜の香りがする。
 返事を待たずにいい香りのする台所へ行くと、かまどの前にエプロンをした聖女が立っていた。
 聖女は枯れ木のように細く、顔には皺が寄っている。
 それでも背筋をしゃんと伸ばしたさまは、どこか威厳があった。

「おや、アロイス。ソフィも一緒かい? ちょうど今、蜜蝋を作っていたんだよ。
 一昨日、採取して蜂蜜を絞ったから、その搾りかすの巣で蜜蝋を作ってしまおうと思ってね。
 そのまま放っておくと、巣虫が蜜蝋を食べてしまうし、巣に残っていた幼虫などが腐って悪臭がついてしまうんだ」

 ぐらぐらとお湯が煮えている大きな鍋に、聖女は蜂の巣をすべて放り込む。
 それからようやく振り返って、ふたりを見た。

「あれまあ。怪我をしたのかい? こっちに来てお座り。傷を見てやろう」

 聖女は丸椅子にアロイスを座らせると、上衣を脱がせ、傷口を水で洗い、薬を塗った。

「ちみる? いたい?」

 アロイスに抱きついて、手当てする様子を覗き込む私。

「邪魔すんじゃないよ」

 聖女はしっしっ、と手を払い諫めながら手早く包帯を巻いた。

「傷は大したことない。清潔にして、朝夕この薬を塗りな。水浴びはニ、三日控えて。傷が治るまで濡らさないように」

「ありがとう、お婆さま。あのう、このことは内緒にしてもらえると、嬉しいんだけど」

 くるの実の殻に入った軟膏を受け取ると、アロイスはおずおずと聖女を見上げた。

「村長に叱られたくないんだね? 仕方ない、黙っててあげるよ。これは貸しにして置くよ」

 大鍋の中で、溶けた蜜蝋が上に浮いてくる。
 ゴミを網で取り除いて、冷まして固まったら出来上がり。 
 蜜蝋を冷ましている間に、聖女は蜂蜜を塗った固いパンの切れ端を、私たちに食べさせてくれた。
 蜂蜜はモカル草の開花時期だったので、爽やかな林檎のような花の香りがした。

「みちゅろうで、なにをちゅくるの?」

 口の周りと指をべたべたにしながら、私が質問する。好奇心に目を輝かせて。

「主に軟膏だね。アロイスの傷薬にも使っているし。あかぎれに良く効くハンドクリームも作るよ」

 一塊の蜜蝋を包丁で小分けにして切りながら聖女は、アロイスに細々とした家の用事を言いつけた。
 井戸から水を汲んだり、薪を運んだり、洗濯物を取り込んだり。
 私はアロイスの周りをウロチョロするだけで、邪魔にしかなっていなかったけど、小さな私は一生懸命お手伝いをしているつもりだった。

「ソフィは、アロイスが本当に好きなんだね」

「うん。だから、あろいすがびょうきになったとき、にがいおくしゅり、わたちがいつもかわりにのんであげるの」

 聖女はひどく顔をしかめると「病人を治す薬は、ソフィが代わりに飲んではいけない」と言い聞かせた。

 そのうち疲れた私は、階段に座ったまま眠ってしまった。
 アロイスは、寝ている私をおんぶした。

「お婆さま、今日はありがとうございました。また来ます」
 
「……アロイス。を使うんじゃないよ。そんなものは、川にでも捨ててしまいな」

 聖女の言うが、アロイスのズボンのポケットにあるサシャ王から貰った黒玉のことを指しているのは明白だった。
 水緑アクアグリーンの瞳は、老いても曇ることなく、アロイスを見つめた。

 アロイスは黙って頭を下げ、聖女の家を後にした。

 
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