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運命の日1
しおりを挟むならば自分も戦うと言おうとした時、アロイスは急に眩暈がして額を手で押さえた。
張りつめていた糸が切れたように、全身の力が抜けていく。
「アロイスさま?」
パトリスがアロイスの異変に気が付いて、肩を支えた。
ドクン、ドクンと心臓の鼓動のように、胸の辺りにある黒玉が振動している。
サシャ王から渡された黒玉は、いつも肌身離さず持ち歩くために小さな巾着袋の中に入れて首から紐で吊るし、服の中に隠してあった。
「ああ、大丈夫。パトリスは村の中にいる女子供を優先して、祠の隣にある地下壕に避難させて。
僕は村の外で家畜を放牧させている子供たちを、丘の地下壕に連れて行く」
「ですが……」
具合の悪そうなアロイスを一人で行かせていいものか、パトリスが逡巡している。
「時間がない。急ごう。僕は馬に乗って行くから」
「分かりました。お気をつけて」
非常事態の今はと、やむなく頷いて走っていくパトリス。
アロイスも、栗毛の馬に再び騎乗して丘の牧草地へ向かった。
空は青く澄み渡り、爽やかな風が村のあちこちに自生しているモカル草を揺らしている。アロイスは急いで混乱している村を駆け抜け、丘の中腹辺りで草を食んでいる家畜の居るあたりへ下った。
やがて木陰に座って休んでいる金色の髪をお下げにした私と小さな子供たちを見つけると、アロイスは近づいて馬から飛び降りた。
「ソフィ!」
びっくりして立ち上がった私を、アロイスが抱きしめた。
華奢で小柄な少女の温かい身体を腕の中に感じると、私から漂うモカルの花の香りを大きく吸い込んだ。
そして、睫毛が触れそうなほど顔を近づける。
「どうしたの? アロイス……」
「間に合って、本当に良かった。君は、生きていてくれた……」
海緑色《シー・グリーン》の瞳に、不安そうなアロイスが映っている。
そんな彼を、私は気遣かわしそうに見つめていた。
「初めてこの瞳を見た日から、僕はずっと君を愛していたんだよ。僕たちを育んでくれた、この丘も。だから、どんなことをしてでも、守ってみせる」
「何故そんなことを言うの? まるで――」
今生のお別れのように。私は不吉な言葉を飲み込んだ。
アロイスは私たちを丘の中腹にある地下壕に避難させると、近くの岩場で石投げをしていたマルクとローランにも急いで地下壕に行くようにと呼び掛けた。
そうして、彼は再び村へと戻って行った。
いつか悪夢に見た廃墟と化した村の風景を、アロイスは心の中で振り払い否定する。
丘の上の門を通り抜けると、村人が鉄で補強された頑丈な門扉を閉めた。
家畜たちがひしめき合う大樹のある広場を通り過ぎ、父親の村長の居る村壁の上へ狭い階段を登っていく。
村の男たちは、桶に水を汲み壁の上に配置したり、弩弓に石矢を組み込んだりしている。
「何故戻って来た。子供たちを守れと命じたのに」
村長はアロイスに気が付くと、声に怒りを滲ませた。
「命じられた通り、安全な地下壕に連れて行きました。それより父さん、僕はこの村に戻る時、風の精霊を召喚して運んでもらったのです! この力を使えば……」
「未熟で無鉄砲な愚か者め。命を削り、身に余る力を使うとは」
「父さん……?」
「火属性の魔獣と風の精霊は相性が悪い。お前も日に二度も精霊を召喚出来まい。そのように蒼ざめた顔色をして。今にも倒れそうではないか」
今まで精霊召喚について何も教えられずにいて、父親は知っていて黙っていたのかと戸惑う。
その時、見張りをしていた男が叫んだ。
「火の山の方向から、来ました! 見えます、魔獣暴走が」
丘の上にある村を守るように囲む石造りの村壁から見渡すと、丘を巡る川の向こうの森の先に草原がある。
蟻の群れのように小さく見える魔獣たちが煙と炎を纏い、こちらに向かっているのが分かった。
「ああ、僕たちの森が焼けてしまう」
「魔獣が森を抜けたら弩弓を、川を越えて来たら、一斉に弓矢を射るぞ」
男たちに緊張が走る。
そんな中、絹を裂くような女の悲鳴が下から聞こえて来た。
「私の、坊やが居ない! 大きな男の子たちの後を追って、どこかに行ってしまった!」
手を揉み搾り、錯乱しているのはアロイスの継母だった。
村長は眉をしかめた。
「アロイス、継母と異母弟を頼む」
父親に促され、アロイスは石の壁からひらりと飛び降りると、継母の側に行った。
「継母さんは、先に地下壕に行っていてください。僕が必ず弟を連れて行きますから」
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