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運命の日2
しおりを挟むアロイスは弟の居そうな場所を考えながら、走った。
年上の少年たちは村外の放牧に出ていたが、小さな弟は一緒に連れて行ってはもらえなかっただろう。先程ソフィたちの元に行った時には、弟の姿はなかった。
職人の工房の並んだ曲がりくねった小路を抜けると、古い農家の庭に出た。植木には木の棒が掛けられて洗濯物が風に揺れている。
その家の前で、老夫婦が瓶や大鍋を並べ、桶に汲んできた水を注いでいた。
「何をしているのですか? 早く逃げてください」
アロイスが立ち止まって声を掛けると、腰の曲がった老人は、頭を振った。
「わしらは、もう十分長生きしました。火属性の魔獣は水を嫌う。子供たちのために、少しでも家を守りたいのです」
地下壕は、村人全員が避難できるほどの広さも備えもない。
アロイスは唇を噛み、老夫婦に頭を下げると再び走り出した。
心臓の鼓動と共鳴するように、胸に吊り下げられた黒玉がますます震えている。
今こそ、この玉の使う時だとアロイスに教えるように。
村の中央の広場に出ると地響きがして、石壁の上にいる村の男たちの鬨を上げる声が聞こえた。
続いて、ヒューン、ヒューンと弩弓から石矢が放たれ風を切る音のする中、アロイスは弟を捜す。
広場に連れて来られた家畜たちは、ただならぬ村の外の様子を察して右往左往している。
アロイスの耳は、微かな子供の泣き声を聞き取った。
広場の中央の大樹の枝の上にしがみついている、弟。
大樹を見上げ、弟のもとへ行こうとした、その時。
ドカッ、ガガガ、ドドーン!!
大地を揺るがすような破壊音が響き、路地からキナ臭い煙と共に熱風が広場に吹き込んだ。
魔獣の恐ろしい咆哮とともに、人々の悲鳴が四方から上がっている。
大樹に向かって走るアロイスに、怯えた家畜がぶつかって転倒してしまう。
丸石の敷き詰められた広場に倒れ込み、首から吊るしていた巾着の紐が解けて落ち、その衝撃で黒玉がコロコロと転がり出た。
アロイスが拾おうと手を伸ばした時、ついに、家屋を破壊しながら、火を纏った魔獣が広場に躍り出た。
「兄さま、兄さま!」
弟の泣き叫ぶ声。
魔獣たちは後から後から、広場に入り込んでくる。
アロイスは大樹を背に立ち上がると、握りしめた黒玉をついに地に叩きつけた。
カシャン……。黒玉は澄んだ音を立てて粉々に割れ、飛び散った。
陽の光を浴びて真紅に輝く欠片は、恐るべき速さで芽吹き根を張り、茨のつるを伸ばした。
アロイスに向かって襲いかかろうとした魔獣を、茨のつるが捕らえ締め上げる。
暴れる魔獣に茨の棘が深く突き刺さると、魔獣の魔力を栄養にして急速に根を張り蔓を伸ばして広がっていく。
そして蕾を付け、大輪の真紅の薔薇を次々に咲かせ始めた。
目の前の光景に、呆然と立ち尽くすアロイス――その足元に茨の蔓が静かに忍び寄り、彼の足首に絡みつき這いあがっていく。
轟々と燃え盛る村の中心で、次から次へと魔獣を捕らえ、魔力を吸い上げていく真紅の薔薇。
咽返るような芳香を放ち紅く咲き乱れるその一画だけが、焔獄と化した村の中で別世界のようだった……。
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