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第一部 妖精姫と忠犬従者
共存の歴史
しおりを挟む妖精の丘の上の世界樹の巨木を囲み、月に一度の祭事がしめやか執り行われている。
視下には王宮の木造の宮殿が建ち並び、さらには王都と豊かな森が広がっていた。
王宮の住人たちは夜明け前から起きて禊をし、ここに集まっている。
妖精の王族の姫たちが森と豊穣の神々の恵みに感謝と祈りを捧げる舞を踊り、王子たちは自ら森で狩猟した獲物を祭壇に奉納する。
祭司長である妖精王が皆に神酒を振舞う中、猫妖精たちの奏でる神楽の音が風に運ばれ、丘のすそ野に住む下々の民の元へも届けられる。
フランシスは、姫たちから少し離れた場所で、警備の任についていた。
妖精の丘と妖精の王族を守るのは、犬妖精一族の務めだ。
彼の愛する姫が、目にも眩ぶしい白の揃いの古風な衣装、金色の組紐を胸の下で結び長い裳裾を翻して舞う姿を、遠くから羨望と憧憬の混じった表情でじっと見つめる。
不意に陽が陰った。
見上げれば、深緑の古代竜が悠々と蒼穹を泳ぐように進んでいる。
「古代竜か。吉兆だ、めでたい」
「兄上」
後ろから音もなく忍び寄ったのは、同じく王族の警護に当たっているフランシスの兄。
兄弟の体格はよく似ているが、弟より目つきが鋭く、頬に傷があり、長いふさふさの尻尾は編み込まれて真っすぐに落ちている。
「ユーリア姫の最初の夫君が決まり、閨教育を始めたそうだな」
「……はい」
「お前は一族の忠告を聞かず、実技なしで姫との初夜を迎えた」
破瓜の苦痛によって姫たちが交配に恐怖を抱かぬよう、側仕えの犬妖精の王子は女教師から手解きを受け、鍛錬してから慎重に事を進める習わしになっている。
しかし、フランシスはユーリア姫以外の女性を抱くことを拒絶した。
彼は姫を初めて貫いた瞬間、顔に浮かんだ衝撃の表情を思い出し、心の中で自分を責めた。
(でも、姫以外の他の女性に触れるなんて、僕には出来ない……!)
「無茶をするなと言いたいが、うまくいっているならいい」
弟が暗い顔で黙り込んでいるのを見て、兄は小さく息を吐いた。
「分かっていると思うが、俺たちは妖精の本来の性質を歪めて姫たちに複数の夫をあてがい、子を成させている。妖精の王族を失えば、世界樹は枯れ、豊かな森が失われるからだ」
フランシスは爪が食い込む程、強く拳を握りしめた。
「お前の役目は、姫が安心して夫君たちを受け入れられるようにしてやることだ。姫が女児を幾人か産み、役目を果した上でなお、互いに望むというならば――二人だけの巣を作り夫婦となれるよう、俺も手を貸そう」
兄は弟の肩をポンと叩くと、自分の持ち場へと戻って行った。
弟から遠ざかりながら呟く。
「姫の結婚に合わせて、お前も犬妖精族の妻を娶れとは言えない雰囲気だったな……」
彼は兄なりに、末弟の行く末を案じていたのだ。
「いずれ姫の産む女児に侍る犬妖精の王子が必要になるのに」
妖精の王族の女児の守護をする犬妖精の王子は、生まれて間もなく一緒に育てられる。強い愛情と信頼の絆で結ばれるために。
そうして妖精の王族と犬妖精族は、外敵からこの豊かな森を守り、共存する歴史を積み重ねて来たのだった。
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