転生薬師は癒しを掲げて、かつて私を焼いた世界を救う-焼かれた元魔女、処刑された恨みは薬で返します-

銀鏡。

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第8話 聖都への旅と、魔女の影

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村は、灰色だった。

赤茶けた大地に、倒壊しかけた石造りの家屋。窓は割れ、扉は朽ち、吹きすさぶ風の音だけがそこに残っていた。
生命の気配はなく、草木さえも枯れていた。

「……ここが、君の村?」

 ラピスがそっと問いかけると、レオンは小さくうなずいた。

「呪われた村、フォルク……人々はそう呼んで、避けてきた。二年前の冬、疫病が広がって、誰も、助けに来なかった。村全体が、死んだ」

彼の声は平坦だったが、その一語一語には、深い痛みが染み込んでいた。


 アニマは足元の土をすくって、そっと指先に触れた。

“呪い”の痕が、まだ微かに残っていた。疫病だけでは説明できない、魔力の乱れ。誰かが、意図的に“封じた”痕跡がある。

「これは……疫病じゃない。魔力による汚染。呪いというより、“外から加えられた封印”」

リュカが周囲を見回しながら言う。

「つまり、誰かがこの村を封じ込めた……?」

「ええ。それも、強い“聖属性”の力で。これは……教会の術式」

アニマの言葉に、空気が凍りついた。

 聖教会――世界中に信仰を広げる大宗派。かつて、彼女が“癒しの魔女”として指名手配された組織。そして、今もなお力を持ち、人々の心を縛る存在。

「……僕は、捨てられたんだ」

 レオンがぽつりと呟いた。

「助けに来るはずだった教会が、村を封じた。見捨てただけじゃない。生きていた人まで、閉じ込めて、口をふさいだ。……それが真実だったのか」

足元の大地が、彼の怒りと哀しみを吸い込むように沈黙した。

 アニマは薬包の中から、小さなガラス瓶を取り出した。中には、青く光る液体――魂の深部に作用する、禁忌の薬。

「これを、使ってみる。危険だけど……この土地の“魂”に触れられれば、真実に近づけるかもしれない」

「待って、アニマ。それはまだ――」

 リュカの制止も聞かず、彼女は瓶の封を切った。

瞬間、辺りの空気が反転する。
視界が白く歪み、耳鳴りのような音が頭を突き抜けた。

 気づくとアニマは、一面の霧の中にいた。

そこには、過去の“村”があった。
笑い声、火を囲む家族、薬草を干す老女。生きていた頃のフォルクの風景――そして、その中央に立つ、若きレオンと、母親の姿。

『レオン、あなたは癒しの力を持って生まれたのよ。だから、きっと大丈夫。誰かを救える子になるって、お母さん信じてる』

母の声が、優しく響いた。

 だが、次の瞬間、空は黒く塗りつぶされ、白い服の神官たちが村を囲んだ。

『感染者を封じよ。これ以上、呪いを広げてはならぬ』

叫びと炎。神聖な言葉の名のもとに、村は燃やされた。

――癒しの力を持つ少年を、教会は“異端”と断じた。

 アニマの目が、見開かれる。

(レオンは……教会に“恐れられた”)

 視界が戻る。
彼女は膝をつき、息を切らせながらも、まっすぐにレオンを見た。

「あなたは、“癒す力”を恐れられたの。だから、教会は村ごと……」

レオンは、何も言わなかった。ただ、初めて涙を流していた。



 その夜、アニマたちは村の中央に薬草と香を焚き、ささやかな祈りを捧げた。

「癒せなかった命は、ここに残る。でも、あなたが“もう一度”生きることで、きっと意味が変わる」

アニマの言葉に、レオンは小さくうなずいた。

「……僕も、癒したい。誰かを。かつて、自分が救われたように」

それが、彼の第一歩だった。




 フォルクの村を出発した三人は、山を越え、川を渡りながら、聖都メレディナを目指した。

空はすでに冬の気配を含んでおり、街道には早くも霜が降り始めていた。ラピスが焚いた小さな火のそばで、リュカは地図を広げる。

「メレディナの外縁に“東の薬市”がある。アニマ、君はまずそこに入って、“薬師”としての顔を作るべきだ」

「うん。詩乃の名はもう表には出せないから……アニマとして、活動を始めるよ」

 レオンは黙ってそのやりとりを見ていた。あの夜から彼は変わった。沈黙が多いままだが、瞳に力が戻っている。

「僕も……役に立てるように頑張る」

そう呟いたとき、アニマはほほえんでうなずいた。

「うん、もう十分助けられてるよ。レオンの“目”は、人の痛みをちゃんと見つけられるから」

 ――そして、数日後。
メレディナの外れ、古びた街門から三人は潜入した。正式な旅券は持っていない。だが薬師ギルドの登録名を使い、“巡回商人”としての身分証を得ていた。

市中は活気にあふれていた。香草、鉱石、乾物、薬草……人々は思い思いの品を手にし、笑い、喧騒の中に身を委ねている。

「ここが……聖都……」

 レオンが息を呑んだ。けれど、その輝きの下に、確かな違和感があった。

街には無数の“警戒の目”があった。巡回する教会兵。魔力を探知する聖印。アニマは、外套の内に薬草と書類を隠し、帽子を深く被る。

「詩乃……“癒しの魔女”として指名手配されているって、本当?」

 ラピスが小声で尋ねた。アニマは短くうなずいた。

「うん。聖教の最高評議会の命令……私が“魂を癒す術”を持っていること、それが恐れられてる」

「魂に干渉するなんて、本来なら聖職者でも禁じられている行為だ。詩乃は“神の領域”に踏み込んだと、あの人たちは考えてる」

リュカの声には怒りがにじんでいた。だが、アニマは静かに言った。

「でも、私はそれを捨てない。“癒す”って、命令や制度じゃなくて、“向き合う”ことだから」

夜。アニマは市の一角に、小さな薬棚を設けた。

 “薬師アニマ”として、人々の相談に応じ、病や痛みに耳を傾け、処方を手渡していく。表の顔の活動が、少しずつ根を張り始めていた。

しかし、その裏で彼女は――“禁忌の研究”を進めていた。

 それは、“魂に効く薬”の試作。
人の心に潜む呪い、痛み、記憶の澱に作用する、透明な液体。

すでに詩乃時代の知識と、リュカの記録、ラピスの魔力観測を基に調合を重ねていた。



 ある夜、アニマはリュカとレオンを前に言った。

「近いうちに……“教皇”と向き合うことになると思う」

「教皇……!まさか、彼女がすべての黒幕だと?」

「直接の証拠はまだない。でも、“癒しを拒む力”の源は、きっとその場所にある」

 アニマの瞳は、静かな炎をたたえていた。

「魂を癒す薬は、最終手段。だけど、これで誰かが“真実”に気づけるなら……私は、使う」

 やがて、夜が明ける。
聖都の鐘が鳴り、アニマたちの“戦い”が、静かに幕を上げていった。


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