転生薬師は癒しを掲げて、かつて私を焼いた世界を救う-焼かれた元魔女、処刑された恨みは薬で返します-

銀鏡。

文字の大きさ
10 / 12

第9話 教皇の影と魂を癒す薬

しおりを挟む
聖都メレディナの朝は、鐘の音と祈りの言葉で始まる。

人々は教会広場に集まり、神託に耳を傾け、聖歌を口ずさみ、祝福の水を受ける。だがその表層に満ちる“清らかさ”の奥には、確かに張り詰めた緊張があった。

「最近、また“夢を喰われた”子供がいたって」

「聖印の兵が、薬市に来てたよ。“癒しの魔女”が潜んでいるって噂さ」
そんな囁きが、露店の奥、路地の陰でひっそりと交わされている。

 アニマは薬市の一角で、旅商人としての日課を続けていた。名前も過去も偽って、それでも変わらず“癒す”ことを選ぶ。咳をこらえる少年に、熱にうなされる母親に、精製したハーブの煎じ薬を分け与える。

「ありがとう、お姉ちゃん……!」

少年が差し出した小さな手を、アニマはそっと握り返す。その手のひらは、少し冷たい。

 ラピスは少し離れた場所で、魔力の流れを観察していた。

「やっぱり……この市にも“呪いの痕”がある。人の夢、心の核みたいな部分に……黒い糸みたいなものが絡んでる」

「詩乃の“魂に効く薬”……完成は近いな」

リュカが、目元を覆う仮面を少しずらしながら言った。

 彼の記録魔術は、教会が“神聖”と呼ぶ術式の構造をすでに暴き始めている。

「問題は、“それ”をどう使うかだ。教会は癒しの術を、都合のいい“奇跡”にだけ許している。魂を癒す薬なんて、彼らにとっては“異端”そのものだ」

 ――その夜。
三人は屋根裏に潜伏した仮設の調合室で、最終試作を行っていた。

瓶の中で、淡く光る液体が静かに波打っていた。澄んだ琥珀色。だが目を凝らせば、その中心で微かに光が瞬いている。

「これは……“夢の核”を溶かす。閉じ込められた感情を呼び戻し、心を“本来の形”に近づける作用がある」

 アニマが説明すると、リュカが手帳に素早く記す。

「教皇と対峙する前に、もう一度だけ試したい。これが本当に“魂を救う”ものかを」

「どこで?」

「“眠り病”の孤児院。夢を見られないまま、生気を失った子供たちがいる場所」

 そして――

深夜、アニマはフードをかぶり、その薬瓶を手に、聖都の裏通りへと姿を消した。

足元には霜が降り、月は薄雲の彼方でぼんやりと光っていた。

やがて辿り着いた古びた施設には、明かりもなく、ただ風に揺れる木の枝だけが、さやさやと音を立てていた。

「……ここだ」

 アニマは、扉の前でそっと手を重ねた。

ここから始まるのは、奇跡ではない。偽りでも、神の祝福でもない。

 ――これは、“一人の薬師”の覚悟だ。



 古びた孤児院の奥。ひんやりとした廊下を進んだ先、薄明かりのランプに照らされた部屋の中には、細い布団にくるまった子供たちが静かに眠っていた。

眠っている……ように見えて、そのまま何日も、何週間も――目を覚まさない。

 夢を見なくなった子供たち。魂の“核”を凍らされたように、感情も反応も、少しずつ失っていったという。

「……“癒し”って、ほんとは、こういうところに届かなきゃいけないのに」

 アニマはそっと膝をつき、一人の少女の枕元に手を差し伸べる。細く乾いた唇は、声も出せないまま閉じられていた。

その掌に、淡く輝く薬を一滴、垂らす。

 薬は、指先から静かに染みこみ、微かな熱をともなって少女の胸元へと届いていく。
――その瞬間、部屋に柔らかな魔力の波動が広がった。

ラピスが、すぐ傍で目を見開く。

「……“呪い”が、ほどけていく……!」

少女の眉が、かすかに動いた。唇が、ほんの少しだけ開いた。

「……おかあさん……」

 弱々しい声だった。けれど、それは確かに“夢”を取り戻す声。

 沈黙していた部屋の空気が、ゆっくりと震え、他の子供たちのまぶたも、微かに動き始めた。

「成功、したか……?」

リュカが呟く。だがアニマは、まだ瓶を握ったまま、少女の額にそっと手を置いていた。

「これは、“呪いを消す”薬じゃない。魂に絡んだ痛みや、悲しみに寄り添う……“思い出させる”薬」

「思い出させる?」

「……本当は、癒しなんて、薬だけじゃできないんだよ。ただの道具。けど、そのきっかけを渡せるなら、きっと――」

 そこまで言ったときだった。

――ドン、と。外から、鉄の扉を叩く重い音が響いた。

「ここに“癒しの魔女”が潜伏しているとの密告があった!」

聖印の兵たちの声。鋼鉄の靴音が近づく。
小さな子供たちが、再び怯えたように震え出す。

「見つかる前に、逃げて!」

 ラピスが囁き、アニマが首を振ろうとした瞬間――

「いいえ、行くよ」

アニマの声は静かだった。けれど、その瞳には火が灯っていた。

「もう、隠れているだけの薬師じゃいられない。教皇と向き合う。“癒す”って、誰かを救うって、言葉や法律や地位じゃなく、もっとずっと……生きてる人間そのものなんだって、伝えに行く」

 リュカは、その横顔をしばし見つめ、ゆっくりと頷いた。

「なら、私も隣に立とう。記録者ではなく、“証人”として」

ラピスが手を取り、三人は再び、闇の中に身を隠しながらも、聖都の中枢――教皇のいる大聖堂へと歩みを進める。

 その手には、小さな瓶。人の魂に触れる、ただ一つの薬。

すべては、癒しを“奇跡”ではなく、“選択”として取り戻すために――。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが

侑子
恋愛
 十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。  しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。 「どうして!? 一体どうしてなの~!?」  いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。

政治家の娘が悪役令嬢転生 ~前パパの教えで異世界政治をぶっ壊させていただきますわ~

巫叶月良成
ファンタジー
政治家の娘として生まれ、父から様々なことを学んだ少女が異世界の悪徳政治をぶった切る!? //////////////////////////////////////////////////// 悪役令嬢に転生させられた琴音は政治家の娘。 しかしテンプレも何もわからないまま放り出された悪役令嬢の世界で、しかもすでに婚約破棄から令嬢が暗殺された後のお話。 琴音は前世の父親の教えをもとに、口先と策謀で相手を騙し、男を篭絡しながら自分を陥れた相手に復讐し、歪んだ王国の政治ゲームを支配しようという一大謀略劇! ※魔法とかゲーム的要素はありません。恋愛要素、バトル要素も薄め……? ※注意:作者が悪役令嬢知識ほぼゼロで書いてます。こんなの悪役令嬢ものじゃねぇという内容かもしれませんが、ご留意ください。 ※あくまでこの物語はフィクションです。政治家が全部そういう思考回路とかいうわけではないのでこちらもご留意を。 隔日くらいに更新出来たらいいな、の更新です。のんびりお楽しみください。

社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命

遊鷹太
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。

ダラダラ異世界転生

ゆぃ♫
ファンタジー
平和な主婦異世界に行く。1からの人生人を頼ってのんびり暮らす。

ざまぁされるための努力とかしたくない

こうやさい
ファンタジー
 ある日あたしは自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生している事に気付いた。  けどなんか環境違いすぎるんだけど?  例のごとく深く考えないで下さい。ゲーム転生系で前世の記憶が戻った理由自体が強制力とかってあんまなくね? って思いつきから書いただけなので。けど知らないだけであるんだろうな。  作中で「身近な物で代用できますよってその身近がすでにないじゃん的な~」とありますが『俺の知識チートが始まらない』の方が書いたのは後です。これから連想して書きました。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。  恐らく後で消す私信。電話機は通販なのでまだ来てないけどAndroidのBlackBerry買いました、中古の。  中古でもノーパソ買えるだけの値段するやんと思っただろうけど、ノーパソの場合は妥協しての機種だけど、BlackBerryは使ってみたかった機種なので(後で「こんなの使えない」とぶん投げる可能性はあるにしろ)。それに電話機は壊れなくても後二年も経たないうちに強制的に買い換え決まってたので、最低限の覚悟はしてたわけで……もうちょっと壊れるのが遅かったらそれに手をつけてた可能性はあるけど。それにタブレットの調子も最近悪いのでガラケー買ってそっちも別に買い換える可能性を考えると、妥協ノーパソより有意義かなと。妥協して惰性で使い続けるの苦痛だからね。  ……ちなみにパソの調子ですが……なんか無意識に「もう嫌だ」とエンドレスでつぶやいてたらしいくらいの速度です。これだって10動くっていわれてるの買ってハードディスクとか取り替えてもらったりしたんだけどなぁ。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

最安もふもふ三匹に名前をつける変な冒険者ですが、この子たちの力を引き出せるのは私だけです ~精霊偏愛録~

Lihito
ファンタジー
精霊に名前をつける冒険者は、たぶん私だけだ。 うさぎのノル、狐のルゥ、モモンガのピノ。三匹とも最安の契約で、手のひらに乗るサイズ。周りからは「手乗り精霊で何ができる」と笑われている。 でも、この子たちへの聞き方を変えるだけで、返ってくる答えはまるで違う。三匹の情報を重ねれば、上位の精霊一体では見えないものが見える。 上位パーティが三度失敗した大型討伐。私は戦わない。ノルに地中を、ピノに上空を、ルゥに地上を調べさせて、答えを組み上げる。 ——この世界の精霊の使い方、みんな間違ってませんか?

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

処理中です...