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六章 トーア、冷たき国
481.焔を抱く白き杖
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夜は深まり、焚き火の赤が雪の白に映えていた。
炎の揺らぎは頼もしいはずなのに、背後の闇はどこまでも広がり、心の奥をじわじわと冷やしていく。
毛布にくるまったサラは、やがて小さな寝息を立て始めた。
その横顔を見やりながら、私はそっと息を吐く。
眠れるだけ、まだましだろう。
きっと今日一日、私たちの誰よりも無理をしていたに違いないのだから。
ノエルは少し離れて腰を下ろし、杖を抱くようにして目を閉じていた。
眠っているのか、それとも半分だけ起きているのかは分からない。
けれど、その背筋の伸びた姿を見ていると、不思議と安心する。
ノエルはこういう時、私よりもずっと強く見えるような気がする・・・母と同じくらいに。
私は膝を抱え、焚き火の向こうへ視線を投げた。
木々の影が風に揺れるたび、獣の気配のように感じて心臓が跳ねる。
けれど、何もいない。ただの雪と森と夜の気配。
「・・・眠くないの?」
不意にノエルの声がした。
目を開けていたらしい。
「うん。眠れそうにない」
正直に答えると、ノエルは小さくため息をついた。
「・・・私も。本当は、サラとか村の人たちと同じくらい疲れてるはずなのに」
「それでも寝ないんだ?」
「だって・・・もし寝ている間に、血霧の獣が来たらって思うと」
ノエルの手が、杖を握る力を強めるのが見えた。
その横顔は焚き火の赤に照らされ、決意と不安が入り混じった影を落としている。
「・・・大丈夫。私が見張ってるから」
自然にそんな言葉が口をついて出る。
けれどノエルは、少しだけ苦笑した。
「アリアって、そういうとこ無茶なんだから」
「・・・そうかな」
「そうよ。でも・・・ありがと」
焚き火の音だけが、しばし夜を埋めた。
互いに目を合わせず、炎の奥を見つめながら──それでも、心は少しだけ温かかった。
ノエルが再び目を閉じ、静かに息を整えるのを見届けてから、私は焚き火の側に置いていた杖を手に取った。
「・・・リーヴァ」
小さくその名を呼ぶ。
杖は真っ白な光沢を放ち、表面には炎の紋が刻まれている。
雪明かりと焚き火に照らされ、赤くも白くも見えるその姿は、不思議と温かさを宿しているようだった。
私は毛布を膝に敷き、ゆっくりと布で表面を拭う。手のひらに伝わる感触は、6年前・・・初めてこの杖を手にしたあの時と変わらない。
学院に入学する前、あの店で初めて手にしたこの杖。
私を選んでくれた、ロームの杖。
うまく魔力を制御できず、不器用だった私の魔法を、幾度となく助け、導いてくれた。
試験に失敗して、泣きそうになった日も。
仲間とぶつかって、ひとりで訓練場に籠った日も。
ずっと、そばにあった。
「・・・ほんと、よくここまで付き合ってくれたよね」
思わず独り言が零れる。
杖が返事をするわけはない。けれど、掌に伝わるかすかな温もりは、まるで励ますように感じられた。
指先で、炎の紋をなぞる。
母の背中を追いかけて、必死に走り続けてきた6年間。
一度折れ、修理し、生まれ変わらせたわけだが・・・私にとってリーヴァは、武器以上の存在だった。
──血霧の獣、だったか。
もし、また現れるのなら。
私は、この杖と一緒に立ち向かう。
火の粉がぱちりと弾け、夜気に溶けた。
私は布を畳み、そっとリーヴァを抱きしめるように胸に寄せる。
そしてまた、膝の上に立てかけた。
炎の揺らぎは頼もしいはずなのに、背後の闇はどこまでも広がり、心の奥をじわじわと冷やしていく。
毛布にくるまったサラは、やがて小さな寝息を立て始めた。
その横顔を見やりながら、私はそっと息を吐く。
眠れるだけ、まだましだろう。
きっと今日一日、私たちの誰よりも無理をしていたに違いないのだから。
ノエルは少し離れて腰を下ろし、杖を抱くようにして目を閉じていた。
眠っているのか、それとも半分だけ起きているのかは分からない。
けれど、その背筋の伸びた姿を見ていると、不思議と安心する。
ノエルはこういう時、私よりもずっと強く見えるような気がする・・・母と同じくらいに。
私は膝を抱え、焚き火の向こうへ視線を投げた。
木々の影が風に揺れるたび、獣の気配のように感じて心臓が跳ねる。
けれど、何もいない。ただの雪と森と夜の気配。
「・・・眠くないの?」
不意にノエルの声がした。
目を開けていたらしい。
「うん。眠れそうにない」
正直に答えると、ノエルは小さくため息をついた。
「・・・私も。本当は、サラとか村の人たちと同じくらい疲れてるはずなのに」
「それでも寝ないんだ?」
「だって・・・もし寝ている間に、血霧の獣が来たらって思うと」
ノエルの手が、杖を握る力を強めるのが見えた。
その横顔は焚き火の赤に照らされ、決意と不安が入り混じった影を落としている。
「・・・大丈夫。私が見張ってるから」
自然にそんな言葉が口をついて出る。
けれどノエルは、少しだけ苦笑した。
「アリアって、そういうとこ無茶なんだから」
「・・・そうかな」
「そうよ。でも・・・ありがと」
焚き火の音だけが、しばし夜を埋めた。
互いに目を合わせず、炎の奥を見つめながら──それでも、心は少しだけ温かかった。
ノエルが再び目を閉じ、静かに息を整えるのを見届けてから、私は焚き火の側に置いていた杖を手に取った。
「・・・リーヴァ」
小さくその名を呼ぶ。
杖は真っ白な光沢を放ち、表面には炎の紋が刻まれている。
雪明かりと焚き火に照らされ、赤くも白くも見えるその姿は、不思議と温かさを宿しているようだった。
私は毛布を膝に敷き、ゆっくりと布で表面を拭う。手のひらに伝わる感触は、6年前・・・初めてこの杖を手にしたあの時と変わらない。
学院に入学する前、あの店で初めて手にしたこの杖。
私を選んでくれた、ロームの杖。
うまく魔力を制御できず、不器用だった私の魔法を、幾度となく助け、導いてくれた。
試験に失敗して、泣きそうになった日も。
仲間とぶつかって、ひとりで訓練場に籠った日も。
ずっと、そばにあった。
「・・・ほんと、よくここまで付き合ってくれたよね」
思わず独り言が零れる。
杖が返事をするわけはない。けれど、掌に伝わるかすかな温もりは、まるで励ますように感じられた。
指先で、炎の紋をなぞる。
母の背中を追いかけて、必死に走り続けてきた6年間。
一度折れ、修理し、生まれ変わらせたわけだが・・・私にとってリーヴァは、武器以上の存在だった。
──血霧の獣、だったか。
もし、また現れるのなら。
私は、この杖と一緒に立ち向かう。
火の粉がぱちりと弾け、夜気に溶けた。
私は布を畳み、そっとリーヴァを抱きしめるように胸に寄せる。
そしてまた、膝の上に立てかけた。
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