863 / 891
八章 アルディアに吹く風
865.沈黙する王都
しおりを挟む
翌朝、まだ湿り気の残る地面から立ち上る土と草の匂いに包まれながら、私たちは再び歩き出した。
昨日の夜から振り出した雨は、夜中のうちに上がったが、ジャングルは相変わらず重たい空気を溜め込んでいて、朝だというのに肌にまとわりつくような暑さがある。
「・・・朝からこの蒸し暑さは堪えるね」
ノエルが肩をすくめるように言い、首元の布を少し引っ張った。
サラも頷きながら、水袋を手に持つ。
「でも、今日で着くはずなんですよね? 王城」
「ええ。地形的にも、もうこの先に遮るものはないはずよ」
母は、前方を見据えたままそう答えた。
しばらく進むと、木々の密度が徐々に薄れていく。 鬱蒼とした緑の壁が途切れ、視界が少しずつ開けていった、その時だった。
「あ・・・」
最初に声を漏らしたのは、サラだった。
彼女の視線の先、朝靄の向こうに、はっきりとした人工物の輪郭が浮かび上がっている。
高い城壁。 幾重にも重なる白亜の塔。 太陽の光を受けて、淡く輝く石造りの構造物。
「・・・見えた」
ノエルが、思わず息を呑む。
ジャングルの緑とは明らかに異質な、整然とした直線と曲線の集合体。
それは間違いなく、人の手によって築かれた巨大な城だった。
「アルディアの王城ね」
母が、静かにそう呟く。
遠くからでも、その規模の大きさは一目でわかった。
周囲を取り囲む森を見下ろすようにそびえ立つそれは、さながらこの土地一帯を支配する象徴のようだ。
「本当に・・・こんな場所が、ジャングルの先にあったんだ」
私も言葉を失いながら、城を見つめる。 地図や話では知っていたはずなのに、実際に目にすると、その存在感は想像を遥かに超えていた。
サラは、胸の前で手をぎゅっと握りしめている。
「・・・夢じゃないんですよね、全部」
「ええ。ここまで来たんだもの」
母はそう言って、私たちを振り返った。
「ここから先は、王都アルディアの敷地よ。気を引き締めて行きましょう」
その言葉に、全員が小さく頷いた。
朝の光の中、私たちはアルディア王城へと続く道を、確かな足取りで歩き出した。
王城へと続く道を進むにつれ、違和感は次第にはっきりした形を持ち始めた。
「なんか、いやに静かだね・・・」
ぽつりとノエルが言った言葉に、私も足を止めかける。
確かに、奇妙なほどに静かだ。
鳥の声も、虫の羽音も、ここまでくるとほとんど聞こえない。
ジャングルを抜け、王都の外縁に差しかかっているはずなのに――人の気配が、まるでない。
「王都、ってことは城下町があるはずですよね?」
サラが不安そうに周囲を見回す。
王城があれだけ大きいのだ、周囲に市街や農地が広がっていてもおかしくない。
本来ならば、行商人や畑仕事をする人々など、何かしらの気配があるはずだ。
けれど、道は整備されているにもかかわらず、踏み固められたばかりの痕跡がない。
轍も足跡も、どこか古びている。
「・・・なんかおかしいわね」
母が小さく呟き、歩みを緩める。
「王都に近づけば、普通はもっと騒がしくなる。警備の兵も、人の往来も・・・」
そう言って母は一度立ち止まり、周囲に注意深く視線を巡らせた。
私たちも自然と足並みを揃え、緊張が走る。
「魔物の気配は・・・薄い。でも、人の気配もない」
その言葉に、胸の奥がざわついた。
「廃都になってる・・・なんてことはないですよね?」
サラが恐る恐る尋ねる。
「完全な廃都なら、ここまで維持されていないはずだし、何かの気配はするはずよ」
母はそう答えつつも、断言はしなかった。
王城は、確かに目の前にそびえている。
城壁は崩れておらず、塔も健在だ。それなのに――生きている“気配”だけが、欠けている。
風が吹き、城壁の上を撫でる。
その音だけが、やけに大きく耳に残った。
「・・・気を抜かないで」
母は静かに言った。
「ここから先、何が起きても不思議じゃない」
私たちは無言で頷き、改めて装備を確認する。
王都アルディアは、すぐそこにある。
だが、その沈黙は、歓迎というより――
何かを隠して、息を潜めているように思えてならなかった。
昨日の夜から振り出した雨は、夜中のうちに上がったが、ジャングルは相変わらず重たい空気を溜め込んでいて、朝だというのに肌にまとわりつくような暑さがある。
「・・・朝からこの蒸し暑さは堪えるね」
ノエルが肩をすくめるように言い、首元の布を少し引っ張った。
サラも頷きながら、水袋を手に持つ。
「でも、今日で着くはずなんですよね? 王城」
「ええ。地形的にも、もうこの先に遮るものはないはずよ」
母は、前方を見据えたままそう答えた。
しばらく進むと、木々の密度が徐々に薄れていく。 鬱蒼とした緑の壁が途切れ、視界が少しずつ開けていった、その時だった。
「あ・・・」
最初に声を漏らしたのは、サラだった。
彼女の視線の先、朝靄の向こうに、はっきりとした人工物の輪郭が浮かび上がっている。
高い城壁。 幾重にも重なる白亜の塔。 太陽の光を受けて、淡く輝く石造りの構造物。
「・・・見えた」
ノエルが、思わず息を呑む。
ジャングルの緑とは明らかに異質な、整然とした直線と曲線の集合体。
それは間違いなく、人の手によって築かれた巨大な城だった。
「アルディアの王城ね」
母が、静かにそう呟く。
遠くからでも、その規模の大きさは一目でわかった。
周囲を取り囲む森を見下ろすようにそびえ立つそれは、さながらこの土地一帯を支配する象徴のようだ。
「本当に・・・こんな場所が、ジャングルの先にあったんだ」
私も言葉を失いながら、城を見つめる。 地図や話では知っていたはずなのに、実際に目にすると、その存在感は想像を遥かに超えていた。
サラは、胸の前で手をぎゅっと握りしめている。
「・・・夢じゃないんですよね、全部」
「ええ。ここまで来たんだもの」
母はそう言って、私たちを振り返った。
「ここから先は、王都アルディアの敷地よ。気を引き締めて行きましょう」
その言葉に、全員が小さく頷いた。
朝の光の中、私たちはアルディア王城へと続く道を、確かな足取りで歩き出した。
王城へと続く道を進むにつれ、違和感は次第にはっきりした形を持ち始めた。
「なんか、いやに静かだね・・・」
ぽつりとノエルが言った言葉に、私も足を止めかける。
確かに、奇妙なほどに静かだ。
鳥の声も、虫の羽音も、ここまでくるとほとんど聞こえない。
ジャングルを抜け、王都の外縁に差しかかっているはずなのに――人の気配が、まるでない。
「王都、ってことは城下町があるはずですよね?」
サラが不安そうに周囲を見回す。
王城があれだけ大きいのだ、周囲に市街や農地が広がっていてもおかしくない。
本来ならば、行商人や畑仕事をする人々など、何かしらの気配があるはずだ。
けれど、道は整備されているにもかかわらず、踏み固められたばかりの痕跡がない。
轍も足跡も、どこか古びている。
「・・・なんかおかしいわね」
母が小さく呟き、歩みを緩める。
「王都に近づけば、普通はもっと騒がしくなる。警備の兵も、人の往来も・・・」
そう言って母は一度立ち止まり、周囲に注意深く視線を巡らせた。
私たちも自然と足並みを揃え、緊張が走る。
「魔物の気配は・・・薄い。でも、人の気配もない」
その言葉に、胸の奥がざわついた。
「廃都になってる・・・なんてことはないですよね?」
サラが恐る恐る尋ねる。
「完全な廃都なら、ここまで維持されていないはずだし、何かの気配はするはずよ」
母はそう答えつつも、断言はしなかった。
王城は、確かに目の前にそびえている。
城壁は崩れておらず、塔も健在だ。それなのに――生きている“気配”だけが、欠けている。
風が吹き、城壁の上を撫でる。
その音だけが、やけに大きく耳に残った。
「・・・気を抜かないで」
母は静かに言った。
「ここから先、何が起きても不思議じゃない」
私たちは無言で頷き、改めて装備を確認する。
王都アルディアは、すぐそこにある。
だが、その沈黙は、歓迎というより――
何かを隠して、息を潜めているように思えてならなかった。
0
あなたにおすすめの小説
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
【完結】憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~
ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国の辺境で、ただ静かに生き延びたいと願う少年、ヴァン。
彼に正義感はない。あるのは、前世の記憶と、母が遺した『物理法則を応用した高圧魔力』という危険な理論だけだ。
敵の大軍が迫る中、ヴァンは剣も振るわず、補給線と心理を切り裂く。
結果、敵軍は撤退。代償も、喝采も、彼には無意味だった。
だが、その「効率的すぎる勝利」は帝国の目に留まり、彼は最高峰の『帝国軍事学院』へと引きずり出される。
「英雄になりたいわけじゃない。生き残りたいだけだ」
謎の仮面メイド『シンカク』、命を取引に差し出した狼耳の少女『アイリ』。
少年は選択する。正義ではなく、最も費用対効果の高い道を。
これは、合理が英雄譚を侵食していく、学園ミリタリーファンタジー。
【※作者は日本語を勉強中の外国人です。翻訳ソフトと辞書を駆使して執筆しています。至らない点もあるかと思いますが、物語を楽しんでいただければ幸いです。】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる