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二章 学院生活・前半
40.灯し火
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訓練を終え、日はすっかり傾いていた。
赤く染まった空を見上げながら、私は静かに玄関の扉を開けた。
「ただいま・・・」
家の中は静かで、どこか張り詰めた空気があった。
靴を脱いで廊下を歩いたその時、奥の部屋から炎の揺らめく気配が伝わってくる。
「・・・帰ったのね、アリア」
その声に思わず背筋が伸びる。母だ。
いつもは柔らかい微笑を見せてくれる母の声が、今日は少しだけ硬い。
扉を開けると、母は座敷の中央に立っていた。ランプの火がゆらゆらと赤髪を照らし、瞳の奥で小さな炎が灯っていた。
「・・・クレメンスから、話は聞いたわ」
母の手元にある、ロケットのような石が光っている。・・・なるほど、魔力通信石か。
遠くにいる相手と話ができる、この世界の通信機のようなもの。
「あの人、“君の娘は、実に優れた炎の使い手だ”って、言っていたわ。・・・“炎に呑まれかけた”ともね」
その言葉に、私は思わず手のひらを握った。まだ、火傷の痕が熱を持っている。
「母さん・・・」
「アリア。今日から夜は、私が訓練をつけるわ」
言葉の端に、迷いはなかった。
母はただ、私を真っすぐに見つめていた。
「え・・・でも、学院での訓練があるし──」
「関係ない。あなたが炎に飲まれたのは、“魔力”のせいじゃない・・・“心”よ。あなたの中の、悲しみや怒りや孤独・・・それらが、炎と共鳴したの」
母の言葉に、私は何も言い返せなかった。
「・・・あなたがそのまま進めば、いずれ誰かを傷つける。私と同じように」
そう言って、母は袖をまくった。そこには、昔の火傷の痕がいくつも刻まれていた。
「私は、あの頃・・・大切な人さえ燃やしかけた。自分の“弱さ”に気づかなかったから」
その横顔は、少しだけ悲しそうだった。
「だから、私はあなたに同じ過ちをさせたくない。アリア、立って。今から“心を燃やす”訓練をするわ」
母は片手を差し出し、掌にぽうっと小さな炎を灯した。
それは、温かくて優しい火だった。
怒りでも、憎しみでもない、まるで灯火のような──人の想いが形になったような炎。
「・・・これは?」
「“灯し火”よ。怒りや衝動ではなく、自分の中にある“願い”を火に変える魔法。私はこれを身につけるのに、五年かかったわ」
私は唾を飲んだ。母が五年かけたことを、私が今から?
「あなたが、すぐにできるとは思ってない。でもね、アリア。これは、あなたにしかできない“火”の在り方でもあるのよ」
私は、深く息を吸って母と向き合った。
一度、自ら命を捨てた私に、母がくれた命。そして炎。
私はそれを、本当に受け継ぐのだ。
「・・・お願いします、母さん」
母の炎が、私の掌に重なる。
その夜、私は初めて“温かい”炎というものに触れた気がした。
それは破壊でも爆発でもない、確かなぬくもり。誰かを守りたいという、心のかたちだった。
──そしてこの夜から、母娘の本当の”訓練”が始まった。
母と向き合い、掌に触れた炎の温もりは、私の胸の奥にそっと染み込んでいった。
「いい?まずは、“願い”を思い浮かべて」
母の声は落ち着いていて、どこか祈りのように響いた。
「力が暴走する時、心は必ず何かに囚われている。怒り、憎しみ、恐怖・・・。でも、“願い”は違う。誰かを守るために、生まれる力。だから、制御できるの」
私は、そっと目を閉じた。暗闇の中に浮かぶのは、過去の記憶──私を嘲笑い、無視し、いじめてきたあの教室の光景。
学校の屋上から見下ろした世界。終わらせたかった日々。痛み。そして・・・ここでの、再生。
セリエナという母。私を呼んでくれる仲間。
まだ名前も知らないけど、心に触れてくれた人たち。──守りたい、失いたくない、あたたかな絆。
その時、指先にぽっ、と何かが灯った気がした。
「・・・あっ」
目を開けると、私の手のひらに、小さな火が揺れていた。
母の炎に似ていたが、色は少し違っていた。どこか赤みが強く、でも尖ってはいない。
不思議なことに、熱くなかった。ただ、懐かしい体温のように、心に安らぎをくれる火。
母はそれを見ると、微笑んだ。
「・・・それが、あなたの“灯し火”ね」
「・・・これが、私の・・・」
まるで、自分の中に眠っていた何かが、目を覚ましたような感覚だった。
「その火を、これから育てていくの。大切に、大切にね。強さは、力じゃない。“想い”を灯し続ける勇気よ」
母はそう言って、私の肩にそっと手を置いた。温かい手だった。
「・・・でも、灯し火は簡単に消えるわ。迷った時、怖くなった時、誰かを恨みそうになった時・・・その火は弱まる。その時こそ、自分に問いかけるの。“私は、何のために戦うのか”って」
私は、静かに頷いた。
その夜、母と向き合いながら、何度も“灯し火”を出そうとした。出たり、消えたり、不安定な炎。でも、消えてもいいと言われた。何度でも灯せばいい、と。
そうして私は、一晩中、心の火と向き合った。
夜が明ける頃、私の掌には、昨日よりも少しだけ強くなった火が残っていた。
それはまだ小さな炎だけれど、確かに“私自身”の光だった。
赤く染まった空を見上げながら、私は静かに玄関の扉を開けた。
「ただいま・・・」
家の中は静かで、どこか張り詰めた空気があった。
靴を脱いで廊下を歩いたその時、奥の部屋から炎の揺らめく気配が伝わってくる。
「・・・帰ったのね、アリア」
その声に思わず背筋が伸びる。母だ。
いつもは柔らかい微笑を見せてくれる母の声が、今日は少しだけ硬い。
扉を開けると、母は座敷の中央に立っていた。ランプの火がゆらゆらと赤髪を照らし、瞳の奥で小さな炎が灯っていた。
「・・・クレメンスから、話は聞いたわ」
母の手元にある、ロケットのような石が光っている。・・・なるほど、魔力通信石か。
遠くにいる相手と話ができる、この世界の通信機のようなもの。
「あの人、“君の娘は、実に優れた炎の使い手だ”って、言っていたわ。・・・“炎に呑まれかけた”ともね」
その言葉に、私は思わず手のひらを握った。まだ、火傷の痕が熱を持っている。
「母さん・・・」
「アリア。今日から夜は、私が訓練をつけるわ」
言葉の端に、迷いはなかった。
母はただ、私を真っすぐに見つめていた。
「え・・・でも、学院での訓練があるし──」
「関係ない。あなたが炎に飲まれたのは、“魔力”のせいじゃない・・・“心”よ。あなたの中の、悲しみや怒りや孤独・・・それらが、炎と共鳴したの」
母の言葉に、私は何も言い返せなかった。
「・・・あなたがそのまま進めば、いずれ誰かを傷つける。私と同じように」
そう言って、母は袖をまくった。そこには、昔の火傷の痕がいくつも刻まれていた。
「私は、あの頃・・・大切な人さえ燃やしかけた。自分の“弱さ”に気づかなかったから」
その横顔は、少しだけ悲しそうだった。
「だから、私はあなたに同じ過ちをさせたくない。アリア、立って。今から“心を燃やす”訓練をするわ」
母は片手を差し出し、掌にぽうっと小さな炎を灯した。
それは、温かくて優しい火だった。
怒りでも、憎しみでもない、まるで灯火のような──人の想いが形になったような炎。
「・・・これは?」
「“灯し火”よ。怒りや衝動ではなく、自分の中にある“願い”を火に変える魔法。私はこれを身につけるのに、五年かかったわ」
私は唾を飲んだ。母が五年かけたことを、私が今から?
「あなたが、すぐにできるとは思ってない。でもね、アリア。これは、あなたにしかできない“火”の在り方でもあるのよ」
私は、深く息を吸って母と向き合った。
一度、自ら命を捨てた私に、母がくれた命。そして炎。
私はそれを、本当に受け継ぐのだ。
「・・・お願いします、母さん」
母の炎が、私の掌に重なる。
その夜、私は初めて“温かい”炎というものに触れた気がした。
それは破壊でも爆発でもない、確かなぬくもり。誰かを守りたいという、心のかたちだった。
──そしてこの夜から、母娘の本当の”訓練”が始まった。
母と向き合い、掌に触れた炎の温もりは、私の胸の奥にそっと染み込んでいった。
「いい?まずは、“願い”を思い浮かべて」
母の声は落ち着いていて、どこか祈りのように響いた。
「力が暴走する時、心は必ず何かに囚われている。怒り、憎しみ、恐怖・・・。でも、“願い”は違う。誰かを守るために、生まれる力。だから、制御できるの」
私は、そっと目を閉じた。暗闇の中に浮かぶのは、過去の記憶──私を嘲笑い、無視し、いじめてきたあの教室の光景。
学校の屋上から見下ろした世界。終わらせたかった日々。痛み。そして・・・ここでの、再生。
セリエナという母。私を呼んでくれる仲間。
まだ名前も知らないけど、心に触れてくれた人たち。──守りたい、失いたくない、あたたかな絆。
その時、指先にぽっ、と何かが灯った気がした。
「・・・あっ」
目を開けると、私の手のひらに、小さな火が揺れていた。
母の炎に似ていたが、色は少し違っていた。どこか赤みが強く、でも尖ってはいない。
不思議なことに、熱くなかった。ただ、懐かしい体温のように、心に安らぎをくれる火。
母はそれを見ると、微笑んだ。
「・・・それが、あなたの“灯し火”ね」
「・・・これが、私の・・・」
まるで、自分の中に眠っていた何かが、目を覚ましたような感覚だった。
「その火を、これから育てていくの。大切に、大切にね。強さは、力じゃない。“想い”を灯し続ける勇気よ」
母はそう言って、私の肩にそっと手を置いた。温かい手だった。
「・・・でも、灯し火は簡単に消えるわ。迷った時、怖くなった時、誰かを恨みそうになった時・・・その火は弱まる。その時こそ、自分に問いかけるの。“私は、何のために戦うのか”って」
私は、静かに頷いた。
その夜、母と向き合いながら、何度も“灯し火”を出そうとした。出たり、消えたり、不安定な炎。でも、消えてもいいと言われた。何度でも灯せばいい、と。
そうして私は、一晩中、心の火と向き合った。
夜が明ける頃、私の掌には、昨日よりも少しだけ強くなった火が残っていた。
それはまだ小さな炎だけれど、確かに“私自身”の光だった。
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