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二章 学院生活・前半
63.手を伸ばす先に
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週末の朝、私は早めに支度を整えると、ひとりでサラの家へ向かった。
教室では笑顔を見せていたけれど、あの夜からサラはどこか、遠くへ行ってしまったような目をしていた。
あの“夢”のことを話すべきか、私はまだ迷っていた。でも・・・何もせず、逃げを選んで、後悔するのは、もう嫌だった。
サラの家は、学院から歩いて十五分ほどの住宅街の外れにあった。
門構えはしっかりしているけれど、家そのものは少し古びていて、まるで時間が止まったように静かだった。
私は緊張しながら、インターホン代わりの魔法装置を押した。・・・応答は、なかった。
もう一度押してみる。やっぱり、反応はない。
けれど、門の鍵は開いていた。
私は戸惑いながらも扉をそっと開け、玄関先に立った。
「・・・サラ? アリアだよ。来ちゃった、ごめん」
返事はない。でも、かすかに生活音のようなものが奥から聞こえた。私は意を決して、玄関の扉をノックした。
すると──カチリ、と鍵が外れる音がして、扉が少しだけ開いた。
中から顔を出したのは、やはりサラだった。
けれどその姿は、私の胸を締めつけた。
「アリア、さん・・・?」
寝巻きのまま、髪は乱れていて、瞳には疲労と不安の色が滲んでいた。唇はわずかに青白く、頬もこけている。
「ごめん、急に・・・でも、ちょっと心配になって・・・」
「いいえ。来てくれて、ありがとう・・・」
サラはふっと目を伏せて、小さく微笑んだ。その微笑みはとても弱く、いまにも崩れ落ちそうだった。
「少し・・・だけ、なら」
私は頷いて、彼女の後について玄関をくぐった。
サラの家は、整ってはいるけれど、不思議なほど物音がしなかった。まるで、時間が止まってしまった空間のように。
「・・・家の人は?」
「いまは、出かけています。夕方までは、帰ってきません」
私は靴を脱ぎながら、サラの背中を見つめる。その背中は小さく、揺らいで見えた。
「夜・・÷眠れてる?」
問いかけると、サラは少しだけ首を振った。
「・・÷変な夢ばかり見るんです。こわくて、でも、覚えてなくて」
やっぱり、あの夜だけじゃないんだ。
夢が、また彼女を“向こう”へ引き込もうとしている。あの“扉”は、まだ完全には閉じていない。
「・・・サラ」
私は、気づけばそっと彼女の手を取っていた。サラの指先は冷たく、ほんのわずかに震えていた。
「私、また夢に入ってみる。サラをひとりにしない。・・・今度は、ちゃんと、そっちに手を伸ばすから」
サラの瞳が、わずかに見開かれる。
それから、彼女はぽつりと呟いた。
「・・・ありがとう。でも、アリアさんは、知らないままでいてくれた方が、いいのかもしれません」
「どういう意味?」
サラはそれ以上答えず、俯いたまま黙り込んでしまった。
私は、その手をぎゅっと握りしめる。
もう絶対に、目を逸らさない。
私たちは、ただの“同級生”じゃない。
サラの部屋は、きれいに整えられていた。窓から柔らかな光が差し込んでいたけれど、その光の中でさえ、彼女はどこか影を背負っていた。
机の上には分厚い魔法理論の書物や、学院で配られた課題の束が置かれていた。けれど、ページはどれも開かれていない。
「・・・最近、ほとんど寝てばかりで」
ぽつりとサラが言う。ソファに腰を下ろした彼女は、膝を抱えて、どこか居心地悪そうに視線を逸らしていた。
「眠るのが、こわいんです。夢の中で、自分が自分じゃなくなるような気がして・・・気がつくと、何もない真っ暗な場所にいて。音もなくて、でも、誰かがこちらを見ていて──」
彼女の言葉は、途中で途切れた。
私は黙って彼女の隣に座り、静かにその続きを待った。
「・・・昨日、夢の中で、アリアさんの声が聞こえたんです。遠くから、私を呼んでるみたいな。あたたかくて、なつかしくて・・・でも、手を伸ばしたら、何かに引っ張られそうになって・・・こわくて、逃げてしまいました」
サラの手が、ぎゅっと自分の服の袖を握りしめる。
「私、どこかおかしくなってるんでしょうか」
「違う」
私は、強く言った。
「サラはおかしくなんかない。・・・ただ、呼ばれてるだけ。何かに。きっと、その“何か”がサラを狙ってる。でも、私はちゃんとここにいる。だから、もう逃げないで」
サラは、ゆっくりと私を見た。
その瞳は揺れていて、でも、少しだけ色を取り戻していた。
「・・・アリアさん。あなたは、私のことを知らないはずなのに、どうしてそんなに・・・」
それは──
きっと、私自身もまだうまく言葉にできない気持ちだった。
でも、たしかに“何か”がサラと私を繋げている。前世からの因縁とは違う、もっとこの世界の根源に触れるような、得体の知れない絆。
「サラの中にある炎・・・たぶん、それが私の炎と似てるから。放っておけないの」
私は、彼女の手をもう一度しっかりと握りしめた。
「サラ。私と一緒に、夢に入ろう。今度は、ふたりで。・・・“扉”が開こうとしてるなら、こっちから先に開けてやればいい」
その言葉に、サラはわずかに息を飲んだ。
そして、小さくうなずく。
「・・・はい。でも、気をつけてください。あの場所には・・・“私じゃない私”がいます」
「・・・わかった」
私たちはしばらく、黙って手を握り合ったまま、互いの体温を感じていた。
夢の中にある“扉”。
それは、ただの幻想なんかじゃない。
サラの奥底に眠る、何か古く、深く、そしておそろしいもの。
でも私は、それを見届ける覚悟を決めた。
サラがひとりで戦わなくて済むように。
そして、私自身の“夢”と向き合うために。
教室では笑顔を見せていたけれど、あの夜からサラはどこか、遠くへ行ってしまったような目をしていた。
あの“夢”のことを話すべきか、私はまだ迷っていた。でも・・・何もせず、逃げを選んで、後悔するのは、もう嫌だった。
サラの家は、学院から歩いて十五分ほどの住宅街の外れにあった。
門構えはしっかりしているけれど、家そのものは少し古びていて、まるで時間が止まったように静かだった。
私は緊張しながら、インターホン代わりの魔法装置を押した。・・・応答は、なかった。
もう一度押してみる。やっぱり、反応はない。
けれど、門の鍵は開いていた。
私は戸惑いながらも扉をそっと開け、玄関先に立った。
「・・・サラ? アリアだよ。来ちゃった、ごめん」
返事はない。でも、かすかに生活音のようなものが奥から聞こえた。私は意を決して、玄関の扉をノックした。
すると──カチリ、と鍵が外れる音がして、扉が少しだけ開いた。
中から顔を出したのは、やはりサラだった。
けれどその姿は、私の胸を締めつけた。
「アリア、さん・・・?」
寝巻きのまま、髪は乱れていて、瞳には疲労と不安の色が滲んでいた。唇はわずかに青白く、頬もこけている。
「ごめん、急に・・・でも、ちょっと心配になって・・・」
「いいえ。来てくれて、ありがとう・・・」
サラはふっと目を伏せて、小さく微笑んだ。その微笑みはとても弱く、いまにも崩れ落ちそうだった。
「少し・・・だけ、なら」
私は頷いて、彼女の後について玄関をくぐった。
サラの家は、整ってはいるけれど、不思議なほど物音がしなかった。まるで、時間が止まってしまった空間のように。
「・・・家の人は?」
「いまは、出かけています。夕方までは、帰ってきません」
私は靴を脱ぎながら、サラの背中を見つめる。その背中は小さく、揺らいで見えた。
「夜・・÷眠れてる?」
問いかけると、サラは少しだけ首を振った。
「・・÷変な夢ばかり見るんです。こわくて、でも、覚えてなくて」
やっぱり、あの夜だけじゃないんだ。
夢が、また彼女を“向こう”へ引き込もうとしている。あの“扉”は、まだ完全には閉じていない。
「・・・サラ」
私は、気づけばそっと彼女の手を取っていた。サラの指先は冷たく、ほんのわずかに震えていた。
「私、また夢に入ってみる。サラをひとりにしない。・・・今度は、ちゃんと、そっちに手を伸ばすから」
サラの瞳が、わずかに見開かれる。
それから、彼女はぽつりと呟いた。
「・・・ありがとう。でも、アリアさんは、知らないままでいてくれた方が、いいのかもしれません」
「どういう意味?」
サラはそれ以上答えず、俯いたまま黙り込んでしまった。
私は、その手をぎゅっと握りしめる。
もう絶対に、目を逸らさない。
私たちは、ただの“同級生”じゃない。
サラの部屋は、きれいに整えられていた。窓から柔らかな光が差し込んでいたけれど、その光の中でさえ、彼女はどこか影を背負っていた。
机の上には分厚い魔法理論の書物や、学院で配られた課題の束が置かれていた。けれど、ページはどれも開かれていない。
「・・・最近、ほとんど寝てばかりで」
ぽつりとサラが言う。ソファに腰を下ろした彼女は、膝を抱えて、どこか居心地悪そうに視線を逸らしていた。
「眠るのが、こわいんです。夢の中で、自分が自分じゃなくなるような気がして・・・気がつくと、何もない真っ暗な場所にいて。音もなくて、でも、誰かがこちらを見ていて──」
彼女の言葉は、途中で途切れた。
私は黙って彼女の隣に座り、静かにその続きを待った。
「・・・昨日、夢の中で、アリアさんの声が聞こえたんです。遠くから、私を呼んでるみたいな。あたたかくて、なつかしくて・・・でも、手を伸ばしたら、何かに引っ張られそうになって・・・こわくて、逃げてしまいました」
サラの手が、ぎゅっと自分の服の袖を握りしめる。
「私、どこかおかしくなってるんでしょうか」
「違う」
私は、強く言った。
「サラはおかしくなんかない。・・・ただ、呼ばれてるだけ。何かに。きっと、その“何か”がサラを狙ってる。でも、私はちゃんとここにいる。だから、もう逃げないで」
サラは、ゆっくりと私を見た。
その瞳は揺れていて、でも、少しだけ色を取り戻していた。
「・・・アリアさん。あなたは、私のことを知らないはずなのに、どうしてそんなに・・・」
それは──
きっと、私自身もまだうまく言葉にできない気持ちだった。
でも、たしかに“何か”がサラと私を繋げている。前世からの因縁とは違う、もっとこの世界の根源に触れるような、得体の知れない絆。
「サラの中にある炎・・・たぶん、それが私の炎と似てるから。放っておけないの」
私は、彼女の手をもう一度しっかりと握りしめた。
「サラ。私と一緒に、夢に入ろう。今度は、ふたりで。・・・“扉”が開こうとしてるなら、こっちから先に開けてやればいい」
その言葉に、サラはわずかに息を飲んだ。
そして、小さくうなずく。
「・・・はい。でも、気をつけてください。あの場所には・・・“私じゃない私”がいます」
「・・・わかった」
私たちはしばらく、黙って手を握り合ったまま、互いの体温を感じていた。
夢の中にある“扉”。
それは、ただの幻想なんかじゃない。
サラの奥底に眠る、何か古く、深く、そしておそろしいもの。
でも私は、それを見届ける覚悟を決めた。
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