灼炎の転生魔女〜いじめられて自殺した私、異世界で炎の魔女の娘に転生しましたが、今度こそ強く生き抜きます!〜

銀鏡。

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二章 学院生活・前半

64.「私じゃない私」

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 その夜、私は自室のベッドの上で静かに目を閉じた。

サラの言葉が、何度も頭の中で繰り返されていた。
『あの場所には、“私じゃない私”がいます』

それが何を意味するのか、私はまだ理解しきれていなかった。けれど、確かに感じていた。サラの中に、“何か”がいる。
彼女の意識の奥、あるいは記憶の底から──それは這い上がろうとしている。

 私は、眠る前に魔法の印をいくつか描いた。炎属性の私にとって、精神干渉の魔法領域は本来向いていない。それでも、サラの魔力に引かれて、私はあの“夢”の中へ入ることができた。

ならばもう一度、彼女と共に潜るだけ。

「・・・行くよ、サラ」

 静かに呟いた言葉が、自分の鼓動と混ざって消えていった。

 

 

 次に意識を持った時、私はすでに“そこ”にいた。

赤黒い空。ゆらめく空間。足元は地面なのか、ただの闇なのかもわからない。どこからか聞こえるかすかな呼吸音。それが自分のものなのか、誰か別の“何か”のものなのかも、はっきりしない。

 ──この場所は、前にも来た。
あの夜、サラの“夢”に引きずり込まれた時と同じ、けれど少し違う。

空間の揺らぎが、より強くなっている。まるで、なにかが近づいてきているような圧。

私は目を凝らす。奥に、誰かの影が見える。

 ゆっくり、ゆっくりと歩み寄っていくと、それはサラだった。
けれど──

「・・・サラ?」

その姿は、昼間に見たサラとはまるで違っていた。

彼女は白いワンピースのような服を身にまとい、裸足のままこちらを見ていた。けれど、その目は真紅に染まり、微笑んでいた唇はまるで仮面のように、薄く、無機質に歪んでいた。

「・・・来たのね、アリアさん」

 声はサラのもの。けれど、その奥に別の“誰か”の意志を感じる。

「あなたは、まだ気づいていない。ここがどこか。あなたが何者なのか。そして、私が・・・誰なのかも」

サラの足元に、黒い炎が燃え上がった。

その炎は、普通の炎ではない。熱を持たず、けれど確かに“精神”を焼く炎。
私の魂の奥に触れようとするような、ぞわりと這い寄る感覚。

「サラ・・・なの?それとも・・・」

「私は、サラ。でも、私はもうサラではいられない」

 彼女がそう呟いたとき、その身体がひときわ激しく揺らぎ、背後に“扉”が現れた。

あの夢の中で一度だけ見た、巨大な古びた双開きの扉。金属とも石ともつかない材質でできていて、中心には複雑な魔法紋が刻まれている。

「扉」は脈動していた。まるで、生きているかのように。

 サラは、静かに振り返り、扉に手を伸ばした。

「アリアさん・・・扉の向こうに、なにがあると思いますか?」

私は、答えられなかった。
けれど──彼女がその扉を開いてしまえば、もう後戻りはできない気がした。

「サラ・・・ダメ!」

 私は駆け寄る。だが、サラの指先が扉に触れたその瞬間──

世界が、割れた。

空間が砕け、重力が崩れ、視界がぐにゃりと歪む。落ちる、引き込まれる、燃える、叫び声が響く。

 そして私は──“もうひとつの夢”へと、堕ちていった。

 



 遠くで、サラの声が聞こえる気がした。

アリアさん、アリアさん──わたし、こわい。たすけて。

その声を追って、私は意識をもう一度、手繰り寄せる。

 目を開けたとき、私は知らない場所に立っていた。

古びた祭壇。崩れかけた石の柱。空は赤く、地平の先には――“扉”よりもさらに大きな、禍々しい『何か』が蠢いていた。

 
 ──これは、ただの夢じゃない。
私は確信した。

この世界には、忘れられた何かが眠っている。

サラは、それに“選ばれた”のではない。
“呼ばれてしまった”のだ。


 空が、啜り泣くように軋んでいた。
頭の奥がじんじんと痛む。

けれど、私は立ち上がる。目の前にあるその存在から、目を逸らしてはいけないと、本能が叫んでいた。

 それは、“何か”というには、あまりにも形の不安定な存在だった。

影でもなく、獣でもなく、言葉では決して定義できない「禍い」の塊。
周囲の空間すらそれに触れれば歪み、崩れ、意味を失っていく。

まるで、存在そのものを否定するような何か。

 私は気づく。
以前、本で読んだことがある──あれは、名前を持たないまま忘れ去られた“原初の魔”だ。

かつて、禁忌とされた魔法の根源。精神干渉の最奥。その最果て。
サラが無意識のうちに繋がれてしまった場所。

「どうして、こんなものが・・・」

 誰に向けるでもなく、私は呟いた。

だが、その時だった。
すぐ背後から、何かが歩いてくる気配がした。

振り返ると、そこにいたのは──サラ。
けれど、先ほどの白いワンピースの少女ではなかった。

 黒衣の少女。顔立ちはサラのままなのに、目元も、唇も、まるで別人のように冷たく、暗く、深い。

その手には、炎のような光の槍が握られていた。だが、それは私たちが知っている“炎”ではない。
黒い炎。精神を喰らう、純粋な「否定」の力。

「もう戻れませんよ、アリアさん」

声は、微笑んでいた。

「でも・・・あなたも、本当は分かっているでしょう?あなたの中にも、それがある。自分を燃やすための“炎”が。前の世界で、あなたが抱えていたあの想いが・・・」

 心臓が締めつけられる。

──前の世界。私の過去。

三春だった頃の、あの感情。
誰にも助けられなかった痛み。信じて、裏切られた怒り。自分すら信じられなくなった、絶望。

それを、この世界で魔力として燃やしてきたことを、私は誰よりも知っている。

「でも、だからって・・・!」

 私は、剣を呼び出す。

炎の剣。私の想いが具現化したもの。
魔法だが、同時に明確な物質でもある。

「サラを返して。その中にいる“あなた”が、何者でも関係ない。私は、彼女を助けるって決めた。だから、私は・・・!」

「・・・戦うのですね?」

 サラは、いや、“何か”は微笑んだ。

「ようやく、扉が開かれる。あなたが、鍵だったんですよ、アリアさん。あなたがここに来てしまった時点で、もう止められない。だって、あなたも──選ばれていたんですから」

次の瞬間、世界が弾けた。

黒い炎と、紅蓮の剣。
二つの力がぶつかり合い、虚空が裂ける。

 意識が焼かれる。精神が引きちぎられるような痛み。
それでも、私は叫んだ。

「私は、生きる!サラも、私も、過去も──全部抱えて、進むの!」

その叫びに、遠くで誰かの泣き声が混ざる。

それは、サラの声だった。

「アリアさん・・・わたし、まだ・・・ここに、いる・・・!」

私はその声に手を伸ばす。

 そして、もう一度、深く、深く、精神の底へと潜った──。



 ──闇の奥。
そこにいたのは、小さなサラだった。

炎に焼かれた夢の中。壊れた記憶の隙間。
その中心で、膝を抱えて震えている、幼いサラ。

「・・・サラ」

私はそっと、彼女の隣に座った。

「ごめんね。遅くなって」

 サラは、ゆっくりと顔を上げた。

涙で濡れた頬。震える唇。
でも、その瞳の奥にあったのは、確かな“光”だった。

「・・・アリアさん・・・こわい・・・でも、助けに来てくれたんですね」

「うん。絶対に、あなたを一人にしない」

 私は、彼女の手を握った。

次の瞬間、周囲の闇が音もなく崩れた。
壊れた夢が、崩れゆく精神が、少しずつ再構築されていく。

──扉の向こう側の、さらなる深淵は、まだ消えてはいない。

けれど、サラは「帰る道」を手に入れた。

 私は、彼女の小さな手を引いて、目を閉じた。

帰ろう。現実へ。あの世界へ。
もう一度──朝日が昇る場所へ。

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