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二章 学院生活・前半
65.記憶の深層、呼ばれる炎
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空気が重い。肌に触れる空気そのものが、血のようにどろりと重く感じる。
この場所は、何かを拒絶している。けれど、それ以上に、私たちを「飲み込もう」としていた。
私は荒い息を整えながら、視界の先──祭壇の上に目をやった。
そこに、サラがいた。
さっきの白いワンピースではない。今度は、深紅の衣をまとっていた。
それはまるで、血で織られたような布だった。胸元には禍々しい紋章が浮かび、サラの瞳は、再びあの“仮面のような微笑”を湛えていた。
「アリアさん・・・どうして、来てしまったんですか?」
声はやわらかく、でも冷たかった。
その口調には“私”を知っている誰かと、“私”を知らない何かが同時に宿っているようだった。
「サラを・・・迎えに来たの。あなたは──」
「“サラ”は、もうここにはいませんよ?」
彼女がそう言った瞬間、空が裂けた。
裂け目の奥から、黒い“目”のようなものがいくつも覗き、世界そのものを見下ろしていた。
私の背筋を、冷たいものが這い上がる。
「あなたは誰・・・!」
「わたしは“わたし”。でも、かつて“扉”の向こうで忘れ去られた、“名前を持たぬもの”。サラの奥に眠る『鍵穴』が、わたしを呼んだのです。あなたも同じ。──火の器、アリア・ベルナード」
私の名前が、あまりにもはっきりと呼ばれたことで、思わず息を呑む。
「どうして、私の名前を・・・」
「知っているのですよ。あなたの記憶も、魂も、すべて。前世の絶望も、この世界での怒りも、炎に宿るすべてを。あなたは、まだ気づいていない。あなたもまた、“扉に選ばれた者”であることを」
心臓が、ひときわ強く打った。
私は・・・“選ばれて”いる?
「嘘よ・・・そんなはずない!」
私は叫ぶ。否定する。
けれど、サラの背後で“扉”がまた脈動する。
ごぉおおん、と地鳴りのような音が響き、祭壇の石が崩れ始めた。
“サラ”が、こちらに手を伸ばす。
「来ましょう、アリアさん。あなたの中にも、もう一つの『鍵』があるはずです。それが揃えば、『扉』は完全に開く。すべてが・・・戻るのです、在るべき姿に」
「私は・・・そんなもの、望んでない!」
私は炎を纏い、前に出る。精神世界の中でも、私の炎は確かに灯っていた。
「私はサラを取り戻す。あんたなんかに、彼女は渡さない!」
私の叫びに応えるように、炎が唸りをあげる。赤い火が、黒炎とぶつかり合い、精神世界の空が割れる。
その瞬間・・・私は見た。
サラの中にある、ほんの小さな“光”。
奥深くに沈んだ、“本当の彼女”が、微かに震えていた。
「見つけた・・・サラ。今、行くから・・・!」
私はその光を目指して飛び込んだ。
“もう一人のサラ”が何かを叫んだ気がしたが、もう聞こえなかった。
──闇の底にある、サラの魂の中へ。
静かだった。
さっきまでの世界とはまるで違う。黒炎も、歪んだ空も、もうそこにはなかった。
私は、薄明かりの中に立っていた。周囲は霧のような魔力に包まれ、遠くは見えない。足元は柔らかく、土のようで、でも確かに温かかった。
その中央に──彼女はいた。
幼い姿のまま、膝を抱えて、ぽつんと座り込んでいた。
赤い瞳には力がなく、肩は小さく震えていた。
「・・・サラ」
私が呼ぶと、少女はゆっくりと顔を上げた。
その目が、わずかに揺れる。まるで、自分が誰かを確認しようとするように。
「・・・アリアさん?」
かすかな声。あれほど不安定だった夢の中とは違う、素のサラの声だった。
私は、歩み寄る。警戒も、拒絶も、そこにはなかった。
「来たよ。・・・遅くなって、ごめんね」
私はしゃがみ込み、彼女の隣に座った。
サラは、少しだけ微笑んだ。けれど、その笑顔は今にも崩れそうだった。
「・・・こわかったんです。誰かが、わたしの中にいます。ずっと、ずっと前から……でも、誰にも言えなくて。誰かに話したら、壊れちゃう気がして」
私は、彼女の手をそっと握った。その手は冷たくて、小さくて、孤独そのものだった。
「壊れたりしない。私はいるよ、ここに。サラは一人じゃない。ずっと、そう言ってたじゃない」
「うん。でも、わたし、もう・・・」
彼女の肩が震える。
「わたし、アリアさんのこと、大好きなのに・・・なのに、アリアさんが来てくれるほど、うれしいほど、もう消えたくなって。わたし、わたしじゃないものになってしまいそうで・・・!」
その言葉に、私は強く手を握った。
「サラ。あなたは、ちゃんとここにいる。誰かに乗っ取られてなんかいない。・・・ただ、ずっとひとりで戦ってきたんだよね。何にも言えずに、誰にも頼れずに。怖かったよね・・・」
サラは、涙を流した。声を殺すように、必死に泣いていた。
私は、彼女をそっと抱きしめた。
赤髪の小さな頭に手を添えて、何も言わずに、その震えが止まるまでずっと。
やがて、サラの中の魔力が、すぅっと静かになっていくのを感じた。
あの禍々しい“扉”の気配が、霧のように薄らいでいく。
「・・・ありがとう、アリアさん」
サラが、ようやく自分の声でそう言ったとき──空に、ひとすじの光が差し込んだ。
そこに“出口”がある。夢の世界から、現実への道が、ゆっくりと開いていく。
「行こう、サラ。一緒に帰ろう」
私は手を差し出す。
サラは、一瞬ためらって、それでも静かに頷き、私の手を握った。
光の中へ、二人で歩き出す。
そう、これは終わりじゃない。
けれど、確かに“第一の扉”は、今──閉じた。
──目を開けたとき、私は自室のベッドにいた。
額には汗がにじみ、心臓がまだ速く鼓動している。
ふと隣を見ると、なんと同じベッドに倒れるようにして眠るサラの姿があった。
驚いた・・・けど、その呼吸は穏やかで、表情は・・・安らかだった。
「・・・おかえり、サラ」
私は、そっと彼女の髪を撫でた。
まだ、終わってはいない。まだ、“扉”の真実も、“あの存在”の正体も、私自身の過去もわからない。
でも──今はただ、眠る彼女の温もりに触れていたかった。
外の空は、もう夜が明けかけていた。
この場所は、何かを拒絶している。けれど、それ以上に、私たちを「飲み込もう」としていた。
私は荒い息を整えながら、視界の先──祭壇の上に目をやった。
そこに、サラがいた。
さっきの白いワンピースではない。今度は、深紅の衣をまとっていた。
それはまるで、血で織られたような布だった。胸元には禍々しい紋章が浮かび、サラの瞳は、再びあの“仮面のような微笑”を湛えていた。
「アリアさん・・・どうして、来てしまったんですか?」
声はやわらかく、でも冷たかった。
その口調には“私”を知っている誰かと、“私”を知らない何かが同時に宿っているようだった。
「サラを・・・迎えに来たの。あなたは──」
「“サラ”は、もうここにはいませんよ?」
彼女がそう言った瞬間、空が裂けた。
裂け目の奥から、黒い“目”のようなものがいくつも覗き、世界そのものを見下ろしていた。
私の背筋を、冷たいものが這い上がる。
「あなたは誰・・・!」
「わたしは“わたし”。でも、かつて“扉”の向こうで忘れ去られた、“名前を持たぬもの”。サラの奥に眠る『鍵穴』が、わたしを呼んだのです。あなたも同じ。──火の器、アリア・ベルナード」
私の名前が、あまりにもはっきりと呼ばれたことで、思わず息を呑む。
「どうして、私の名前を・・・」
「知っているのですよ。あなたの記憶も、魂も、すべて。前世の絶望も、この世界での怒りも、炎に宿るすべてを。あなたは、まだ気づいていない。あなたもまた、“扉に選ばれた者”であることを」
心臓が、ひときわ強く打った。
私は・・・“選ばれて”いる?
「嘘よ・・・そんなはずない!」
私は叫ぶ。否定する。
けれど、サラの背後で“扉”がまた脈動する。
ごぉおおん、と地鳴りのような音が響き、祭壇の石が崩れ始めた。
“サラ”が、こちらに手を伸ばす。
「来ましょう、アリアさん。あなたの中にも、もう一つの『鍵』があるはずです。それが揃えば、『扉』は完全に開く。すべてが・・・戻るのです、在るべき姿に」
「私は・・・そんなもの、望んでない!」
私は炎を纏い、前に出る。精神世界の中でも、私の炎は確かに灯っていた。
「私はサラを取り戻す。あんたなんかに、彼女は渡さない!」
私の叫びに応えるように、炎が唸りをあげる。赤い火が、黒炎とぶつかり合い、精神世界の空が割れる。
その瞬間・・・私は見た。
サラの中にある、ほんの小さな“光”。
奥深くに沈んだ、“本当の彼女”が、微かに震えていた。
「見つけた・・・サラ。今、行くから・・・!」
私はその光を目指して飛び込んだ。
“もう一人のサラ”が何かを叫んだ気がしたが、もう聞こえなかった。
──闇の底にある、サラの魂の中へ。
静かだった。
さっきまでの世界とはまるで違う。黒炎も、歪んだ空も、もうそこにはなかった。
私は、薄明かりの中に立っていた。周囲は霧のような魔力に包まれ、遠くは見えない。足元は柔らかく、土のようで、でも確かに温かかった。
その中央に──彼女はいた。
幼い姿のまま、膝を抱えて、ぽつんと座り込んでいた。
赤い瞳には力がなく、肩は小さく震えていた。
「・・・サラ」
私が呼ぶと、少女はゆっくりと顔を上げた。
その目が、わずかに揺れる。まるで、自分が誰かを確認しようとするように。
「・・・アリアさん?」
かすかな声。あれほど不安定だった夢の中とは違う、素のサラの声だった。
私は、歩み寄る。警戒も、拒絶も、そこにはなかった。
「来たよ。・・・遅くなって、ごめんね」
私はしゃがみ込み、彼女の隣に座った。
サラは、少しだけ微笑んだ。けれど、その笑顔は今にも崩れそうだった。
「・・・こわかったんです。誰かが、わたしの中にいます。ずっと、ずっと前から……でも、誰にも言えなくて。誰かに話したら、壊れちゃう気がして」
私は、彼女の手をそっと握った。その手は冷たくて、小さくて、孤独そのものだった。
「壊れたりしない。私はいるよ、ここに。サラは一人じゃない。ずっと、そう言ってたじゃない」
「うん。でも、わたし、もう・・・」
彼女の肩が震える。
「わたし、アリアさんのこと、大好きなのに・・・なのに、アリアさんが来てくれるほど、うれしいほど、もう消えたくなって。わたし、わたしじゃないものになってしまいそうで・・・!」
その言葉に、私は強く手を握った。
「サラ。あなたは、ちゃんとここにいる。誰かに乗っ取られてなんかいない。・・・ただ、ずっとひとりで戦ってきたんだよね。何にも言えずに、誰にも頼れずに。怖かったよね・・・」
サラは、涙を流した。声を殺すように、必死に泣いていた。
私は、彼女をそっと抱きしめた。
赤髪の小さな頭に手を添えて、何も言わずに、その震えが止まるまでずっと。
やがて、サラの中の魔力が、すぅっと静かになっていくのを感じた。
あの禍々しい“扉”の気配が、霧のように薄らいでいく。
「・・・ありがとう、アリアさん」
サラが、ようやく自分の声でそう言ったとき──空に、ひとすじの光が差し込んだ。
そこに“出口”がある。夢の世界から、現実への道が、ゆっくりと開いていく。
「行こう、サラ。一緒に帰ろう」
私は手を差し出す。
サラは、一瞬ためらって、それでも静かに頷き、私の手を握った。
光の中へ、二人で歩き出す。
そう、これは終わりじゃない。
けれど、確かに“第一の扉”は、今──閉じた。
──目を開けたとき、私は自室のベッドにいた。
額には汗がにじみ、心臓がまだ速く鼓動している。
ふと隣を見ると、なんと同じベッドに倒れるようにして眠るサラの姿があった。
驚いた・・・けど、その呼吸は穏やかで、表情は・・・安らかだった。
「・・・おかえり、サラ」
私は、そっと彼女の髪を撫でた。
まだ、終わってはいない。まだ、“扉”の真実も、“あの存在”の正体も、私自身の過去もわからない。
でも──今はただ、眠る彼女の温もりに触れていたかった。
外の空は、もう夜が明けかけていた。
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