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二章 学院生活・前半
71.潜む闇
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夏の終わりの風は、どこか寂しげで、けれど確かに季節の変わり目を告げていた。
夏休みが明けて一カ月あまり。
私たち四人・・・アリア、シルフィン、ライド、マシュルの心は、どこか浮ついていた。
メジェラ先生と共に訪れた“結界”の奥で見た異形、サラの悪夢、そしてあの“影”。
何もかもが、まだ終わっていない。
そんな予感が拭えないまま、私たちは日々の授業に戻っていた。
ある放課後、学院近くの街路にある小さな喫茶店のテラス席。
私たちは、そこに久しぶりに顔を揃えていた。
「・・・あの後、サラは何か言ってたか?」
マシュルが紅茶をすすりながら問いかけた。
「ううん、何も。いつも通り。でも・・・どこか、無理してる感じがした」
私は曖昧に答える。
サラは元気なふりをしていた。でも、あの夢の中で見た“黒い手”が、彼女の心を今も締めつけているように思えた。
「精神界と現実が重なりかけている・・・そう言ってたよね、メジェラ先生」
シルフィンが腕を組み、鋭い目で空を見上げた。
「だったら、現実でも“何か”が起きる。──ていうか、もう始まってると思う」
「“気配”なら、僕も最近感じてる。夜になると、街が妙にざわついてる感じがする。・・・まあ、気の所為かもしれないけどさ」
ライドの言葉に、私たちは顔を見合わせた。
「・・・なら、調べてみようか」
私がそう言うと、三人はすぐにうなずいた。
「そういえば」と、シルフィンが言い出した。
「私の家の裏手、小さな森があるんだけど・・・最近、そこの動物たちの様子が変なの。森に何かいるかもしれないって、お母さんが言ってた」
「おれの家の近くの倉庫街も怪しいな。妙に猫が寄り付かなくなった」
「じゃあ、集まるなら・・・」
「うちに来て。今日はお母さんも遅いし、裏の森なら調べやすい」
シルフィンの提案に、三人は頷いた。
夜、シルフィンの家の裏手に広がる小さな森。
月明かりが落ちる中、四人で静かに奥へと足を踏み入れる。
「風の音・・・だけじゃないね。何かが、動いてる」
シルフィンの声が、わずかに震えていた。
その時、木々の奥から、“何か”が音もなく現れた。
それは、霧のような姿をしていた。
人の形をしているようでいて、どこか歪んでいる。
黒い霧がゆらめき、顔の位置にあたる場所には光沢を帯びた口元だけが見える。目も鼻もない。
「──来たな」
ライドが、すぐに詠唱に入ろうとする。
だが、その“影”は、こちらに一歩も近づこうとはしなかった。
代わりに、私たちをまっすぐに“見ていた”。
「・・・これ、もしかして『影の精』ってやつか?」
マシュルが言ったその瞬間、影はぐにゃりと首を傾けた。
──そして、霧のように崩れて消えた。
「・・・様子を見に来ただけ?」
「いや、“確認しに来た”んだ。私たちが“目覚め始めている”ことを」
私は、胸の奥でぞわりと何かが動くのを感じた。
夢と現実、前世と今が、今まさに絡み合おうとしている。
「これからもっと・・・来るよ。現実の中に、“影”が」
静まり返った森の中で、私たちは何も言えなかった。
ただ、夜風だけがやけに冷たかった。
あれから一週間。影の精は再び現れることはなかった。
けれど、夜の空気には確実に“異物”の気配が混じっていた。
まるで、呼吸の隙間に潜む黒い煙のように、ひたひたと世界を蝕むもの。
「・・・来る。今夜だよ」
私の言葉に、三人は頷いた。
場所は、ライドの家の近くにある古い倉庫街。
昼間でも人気が少ないその場所は、魔力の残滓が濃く漂っており、影の精にとっても“馴染みやすい”場所だと思われた。
私たちは日暮れを待ち、それぞれの家を出て集合した。
「来てる。確かに・・・来てるな」
マシュルが口を開くと同時に、空気がひび割れるような音がした。
──ギギ・・・ギィィィ・・・
金属を爪で引っ掻いたような、耳障りな音。
その音と共に、倉庫の隙間から黒い霧が這い出した。
「前とは・・・違う。形がはっきりしてる」
私は目を見開いた。影の精は“成長”していた。前に見た霧のような姿とは異なり、今は人型を思わせる上半身と獣のようにうねる下半身を持っていた。
顔の部分には、相変わらず目がなく、裂けたような口だけがにやにやと笑っている。
「構えろ!来るぞ・・・!」
ライドが雷の魔法を発動させた。
紫電が奔り、地面に雷が炸裂する。
しかし影の精は、まるで重力を持たない霧のように雷をすり抜けた。
「効かない・・・?いや、当たってはいる!実体がないのか・・・!?」
「実体化する瞬間を狙って・・・来るよ!」
シルフィンが荒れ狂う炎を巻き起こし、私たちの前に防御の幕を展開する。
それと同時に、影の精が突進してきた。黒い腕が鋭利な槍のように伸びる。
「──『赤炎刃』!」
私の炎が形をとり、剣となって出現する。そのまま火炎の一閃で目の前を焼き払う、中級の攻撃魔法だ。
黒い腕を焼き払うと、影の精がかすかに“悲鳴のような音”を漏らした。
「・・・今のだ!アリアの魔力──炎が効く!」
「弱点は炎・・・でも、それ以外の属性じゃ止まらないってことか!」
マシュルが水の弾丸を放つと、影の精の動きが一瞬だけ止まった。
ライドが両腕に雷の槍を生成し、飛び上がった。
槍が影の精の胴体に突き刺さる。
今度は、確かに“感触”があった。霧が裂け、黒い粒子が四方に散る。
「よし・・・アリア!」
「うん!──『業炎牢』!」
私の詠唱と同時に、地面から炎の鎖がうねり出た。それは影の精の足元を捕らえ、ぐるぐると絡みつく。
霧状だった下半身が、まるで焼き切られるように崩れていく。
「・・・消え──」
瞬間、影の精が突如全身を崩壊させ、闇の波となって一気に周囲を呑み込んできた。
「下がって!」
シルフィンが防御の風壁を最大に広げる。
だが、波の中心にあった“核”のようなもの──まるで“目”のような黒い光だけが、最後に残った。
それは、まっすぐに私を見ていた。
そして、かすかに“音”を発した。
──フ・・・ィ・・・ア・・・
「・・・フィ・・・ア?」
聞き取れたような、そうでないような。
だが、私の中でなぜか、前世の名の断片が脳裏をよぎった。
次の瞬間、影の精は霧散し、静けさが戻ってきた。
「・・・あれ、私の名前を・・・?」
「なんだ?アリアを知ってるってのか?」
「・・・まさか」
誰もその場で答えることはできなかった。
ただ、闇が確実に“私たち”を見ている──そんな確信だけが、胸に残った。
夏休みが明けて一カ月あまり。
私たち四人・・・アリア、シルフィン、ライド、マシュルの心は、どこか浮ついていた。
メジェラ先生と共に訪れた“結界”の奥で見た異形、サラの悪夢、そしてあの“影”。
何もかもが、まだ終わっていない。
そんな予感が拭えないまま、私たちは日々の授業に戻っていた。
ある放課後、学院近くの街路にある小さな喫茶店のテラス席。
私たちは、そこに久しぶりに顔を揃えていた。
「・・・あの後、サラは何か言ってたか?」
マシュルが紅茶をすすりながら問いかけた。
「ううん、何も。いつも通り。でも・・・どこか、無理してる感じがした」
私は曖昧に答える。
サラは元気なふりをしていた。でも、あの夢の中で見た“黒い手”が、彼女の心を今も締めつけているように思えた。
「精神界と現実が重なりかけている・・・そう言ってたよね、メジェラ先生」
シルフィンが腕を組み、鋭い目で空を見上げた。
「だったら、現実でも“何か”が起きる。──ていうか、もう始まってると思う」
「“気配”なら、僕も最近感じてる。夜になると、街が妙にざわついてる感じがする。・・・まあ、気の所為かもしれないけどさ」
ライドの言葉に、私たちは顔を見合わせた。
「・・・なら、調べてみようか」
私がそう言うと、三人はすぐにうなずいた。
「そういえば」と、シルフィンが言い出した。
「私の家の裏手、小さな森があるんだけど・・・最近、そこの動物たちの様子が変なの。森に何かいるかもしれないって、お母さんが言ってた」
「おれの家の近くの倉庫街も怪しいな。妙に猫が寄り付かなくなった」
「じゃあ、集まるなら・・・」
「うちに来て。今日はお母さんも遅いし、裏の森なら調べやすい」
シルフィンの提案に、三人は頷いた。
夜、シルフィンの家の裏手に広がる小さな森。
月明かりが落ちる中、四人で静かに奥へと足を踏み入れる。
「風の音・・・だけじゃないね。何かが、動いてる」
シルフィンの声が、わずかに震えていた。
その時、木々の奥から、“何か”が音もなく現れた。
それは、霧のような姿をしていた。
人の形をしているようでいて、どこか歪んでいる。
黒い霧がゆらめき、顔の位置にあたる場所には光沢を帯びた口元だけが見える。目も鼻もない。
「──来たな」
ライドが、すぐに詠唱に入ろうとする。
だが、その“影”は、こちらに一歩も近づこうとはしなかった。
代わりに、私たちをまっすぐに“見ていた”。
「・・・これ、もしかして『影の精』ってやつか?」
マシュルが言ったその瞬間、影はぐにゃりと首を傾けた。
──そして、霧のように崩れて消えた。
「・・・様子を見に来ただけ?」
「いや、“確認しに来た”んだ。私たちが“目覚め始めている”ことを」
私は、胸の奥でぞわりと何かが動くのを感じた。
夢と現実、前世と今が、今まさに絡み合おうとしている。
「これからもっと・・・来るよ。現実の中に、“影”が」
静まり返った森の中で、私たちは何も言えなかった。
ただ、夜風だけがやけに冷たかった。
あれから一週間。影の精は再び現れることはなかった。
けれど、夜の空気には確実に“異物”の気配が混じっていた。
まるで、呼吸の隙間に潜む黒い煙のように、ひたひたと世界を蝕むもの。
「・・・来る。今夜だよ」
私の言葉に、三人は頷いた。
場所は、ライドの家の近くにある古い倉庫街。
昼間でも人気が少ないその場所は、魔力の残滓が濃く漂っており、影の精にとっても“馴染みやすい”場所だと思われた。
私たちは日暮れを待ち、それぞれの家を出て集合した。
「来てる。確かに・・・来てるな」
マシュルが口を開くと同時に、空気がひび割れるような音がした。
──ギギ・・・ギィィィ・・・
金属を爪で引っ掻いたような、耳障りな音。
その音と共に、倉庫の隙間から黒い霧が這い出した。
「前とは・・・違う。形がはっきりしてる」
私は目を見開いた。影の精は“成長”していた。前に見た霧のような姿とは異なり、今は人型を思わせる上半身と獣のようにうねる下半身を持っていた。
顔の部分には、相変わらず目がなく、裂けたような口だけがにやにやと笑っている。
「構えろ!来るぞ・・・!」
ライドが雷の魔法を発動させた。
紫電が奔り、地面に雷が炸裂する。
しかし影の精は、まるで重力を持たない霧のように雷をすり抜けた。
「効かない・・・?いや、当たってはいる!実体がないのか・・・!?」
「実体化する瞬間を狙って・・・来るよ!」
シルフィンが荒れ狂う炎を巻き起こし、私たちの前に防御の幕を展開する。
それと同時に、影の精が突進してきた。黒い腕が鋭利な槍のように伸びる。
「──『赤炎刃』!」
私の炎が形をとり、剣となって出現する。そのまま火炎の一閃で目の前を焼き払う、中級の攻撃魔法だ。
黒い腕を焼き払うと、影の精がかすかに“悲鳴のような音”を漏らした。
「・・・今のだ!アリアの魔力──炎が効く!」
「弱点は炎・・・でも、それ以外の属性じゃ止まらないってことか!」
マシュルが水の弾丸を放つと、影の精の動きが一瞬だけ止まった。
ライドが両腕に雷の槍を生成し、飛び上がった。
槍が影の精の胴体に突き刺さる。
今度は、確かに“感触”があった。霧が裂け、黒い粒子が四方に散る。
「よし・・・アリア!」
「うん!──『業炎牢』!」
私の詠唱と同時に、地面から炎の鎖がうねり出た。それは影の精の足元を捕らえ、ぐるぐると絡みつく。
霧状だった下半身が、まるで焼き切られるように崩れていく。
「・・・消え──」
瞬間、影の精が突如全身を崩壊させ、闇の波となって一気に周囲を呑み込んできた。
「下がって!」
シルフィンが防御の風壁を最大に広げる。
だが、波の中心にあった“核”のようなもの──まるで“目”のような黒い光だけが、最後に残った。
それは、まっすぐに私を見ていた。
そして、かすかに“音”を発した。
──フ・・・ィ・・・ア・・・
「・・・フィ・・・ア?」
聞き取れたような、そうでないような。
だが、私の中でなぜか、前世の名の断片が脳裏をよぎった。
次の瞬間、影の精は霧散し、静けさが戻ってきた。
「・・・あれ、私の名前を・・・?」
「なんだ?アリアを知ってるってのか?」
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