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二章 学院生活・前半
77.炎の選択
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それからしばらく、母と私は言葉を交わさなかった。ただ静かに、揺れるランプの灯を見つめていた。
炎は穏やかで、今は優しく部屋を照らしていた。
けれど──私は知っている。この炎の奥底に、私の知らない“力”が眠っていることを。
そしてそれは、いずれ目覚めるだろう。
私が「選ぶ」と決めた以上──もう、止まることはできない。
翌朝、目を覚ますと、サラから学院に呼び出された。
「すぐに来てください。封印の間の件で、学院長が話をしたいそうです」
その一言だけで、嫌な予感がした。
けれど、私は逃げなかった。 炎を選んだのだ、ならば、向き合うしかない。
制服に袖を通し、母に「行ってきます」とだけ告げて家を出た。
町は、まだ朝靄に包まれていた。けれど、どこか重苦しい空気が漂っている。
まるで──何かが始まろうとしている予感が、この街全体を押し包んでいるような。
ゼスメリアの正門をくぐったとき、待っていたのは学院長と、学院の魔法管理局の使者だった。
「アリア・ベルナード。封印された記録に無断で接触した疑いがあるため、事情を聴取する」
冷たい声だった。
私は、隣にいたサラを見る。彼女は私の手をぎゅっと握っていた。
震えているのは、きっと彼女だけじゃなかった。私も、同じだ。
「その通りです。私は、禁の間に入りました。そして、見たんです。フィア・ベルナードの記憶を」
その瞬間、ざわりと空気が揺れた。使者の視線が一層鋭くなる。
「・・・では、あなたは自身が“災厄の血”を継いでいると、認めるのですね?」
私はうなずいた。
「はい。私は、フィアの末裔です。そして、炎の力を継いでいます」
数秒の沈黙のあと、使者は厳かに言った。
「アリア・ベルナード。貴女に、“監視対象”としての処置が下されます。今後は学院外での魔力使用を制限し、また一定の範囲を超える移動は禁止されます」
その場の空気が凍りついた。
「・・・なぜですか。私は、何もしていません。母だってそうです」
「確かに、今はそうかもしれません。しかしながら、何かあってからでは遅い。歴史が、それを証明しています。災厄の魔女フィアは、最初は“正義”を掲げていた。しかし、やがてその炎は誰の制御も受けなくなった」
私は唇を噛んだ。
確かに、私と母はフィアの血を引いている。最初から「疑わしい」とされても、仕方ない。
「見たから」「知ったから」ではなく、「生まれがそうだから」。
それが、この世界の“正義”なのだろうか。
けれどその時──
「待ってください!」
サラが、一歩前に出た。
「アリアさんは、危険なんかじゃありません。禁の間の封印は、私が解除しました。責任は、私にもあります。どうか・・・アリアさんを、ひとりだけで罰しないでください!」
場に、重い沈黙が降りた。
私は──その背を見て、心の奥で何かがあたたかく溶けた気がした。
あの炎の記憶の中で、誰にも届かなかったフィアの叫び。 でも今、私の叫びは──届いている。
ひとりじゃないと、そう思えた。
だからこそ、私は前を向いて言う。
「いいえ、サラ。私は逃げない。制限されようと、縛られようと、私は自分の意志で立ち続ける。私は“災厄の魔女”の末裔かもしれない。でも、私は・・・違う未来を選ぶ」
その言葉は、私の中にある恐れを燃やすように響いた。 そして、その炎はきっと──まだ始まりにすぎない。
私は、燃やすために生きるのではない。
誰かを守るために、この炎とともに、生きてゆくのだ。
夕方、学院から戻った私は、家の扉を静かに開けた。
中は、いつもと変わらぬぬくもりがあった。けれど、私の心はもう、以前の私とは違っている。
「・・・おかえり」
母が台所から顔を出す。手には包丁と、切りかけの野菜。
その姿は、どこにでもいる母親だった。
ただの、穏やかで優しい人だった。
──そう、「そう見えた」だけだった。
私は靴を脱ぎ、まっすぐ母の前に立つ。
「母さん・・・話してほしい。昔のこと、フィアのこと・・・そして、母さん自身のことを」
母の手がぴたりと止まる。
微かに、まな板の上の包丁が揺れた。
「・・・学院で、聞いたのかしら」
「うん。学院で、“監視対象”にされた。私はもう、ただの生徒じゃいられない」
母は、ゆっくりと包丁を置いた。そして私の目を見つめる。
「・・・あなたがまだ小さかった頃・・・夜に、突然熱を出して、全身から赤い光が漏れたことがあった。覚えてないかしら」
そういえば、そんなことがあった。
転生してから四年目の、夏のことだった。
「・・・うっすら。でも夢みたいだった」
「いいえ、あれは夢じゃない。・・・あなたの中にいるものが目覚めかけたの。ほんの一瞬だけね」
母は一度言葉を切り、続けた。
「・・・あの時私は、ここに移住してよかったと思ったの。あなたと私の真の姿を、誰にも知られないように。誰にも、気づかれないように・・・」
母の声は震えていた。その震えは、今まで聞いたどんな声より、深い痛みを含んでいた。
「私は、炎の暴走というものを知ってる。私も・・・昔、制御できなくなったことがあった。多くの人を・・・焼いてしまったわ。護るためだった。でも、結果は・・・違った」
「・・・!」
「それからずっと、私はこの力を封じる方法を探してた。あなたには、背負わせたくなかったから」
母の目には、悔しさと、後悔と、そして微かな決意があった。
「でも──間違ってたのかもしれない。封じるだけが、答えじゃなかった。今日、あなたの顔を見て思ったの。あなたは私とは違う。“受け入れた”顔をしていた」
私は黙ってうなずく。
「・・・私、怖かった。自分が、怪物みたいな魔女になるんじゃないかって。でも、今は違う。誰かを傷つけないように生きるために、力を知って、使って、生きていくって決めた」
「あなたがそれを選んだのなら、私は止めはしないわ」
母は、ふっと息を吐いた。
「私が背負ってきた罪、封じきれなかった炎・・・全て、話す必要がありそうね。わかった、今夜全部話す。・・・それで、あなたがどうするか決めなさい。可哀想だけど、これはいわば、あなたの宿命よ」
私は静かに頷いた。
自ら選んだのだ。だから、知る。知って、前に進む。
それが、私の意思。
その夜、私は母からすべてを聞いた。
遠い昔、邪神が現れるよりもずっと昔に起きた、戦争のこと。フィアが、どうして“災厄”と呼ばれるに至ったのか。
そして、母がなぜその血を受け継ぎながら、今日まで生き抜いてきたのか──。
炎は穏やかで、今は優しく部屋を照らしていた。
けれど──私は知っている。この炎の奥底に、私の知らない“力”が眠っていることを。
そしてそれは、いずれ目覚めるだろう。
私が「選ぶ」と決めた以上──もう、止まることはできない。
翌朝、目を覚ますと、サラから学院に呼び出された。
「すぐに来てください。封印の間の件で、学院長が話をしたいそうです」
その一言だけで、嫌な予感がした。
けれど、私は逃げなかった。 炎を選んだのだ、ならば、向き合うしかない。
制服に袖を通し、母に「行ってきます」とだけ告げて家を出た。
町は、まだ朝靄に包まれていた。けれど、どこか重苦しい空気が漂っている。
まるで──何かが始まろうとしている予感が、この街全体を押し包んでいるような。
ゼスメリアの正門をくぐったとき、待っていたのは学院長と、学院の魔法管理局の使者だった。
「アリア・ベルナード。封印された記録に無断で接触した疑いがあるため、事情を聴取する」
冷たい声だった。
私は、隣にいたサラを見る。彼女は私の手をぎゅっと握っていた。
震えているのは、きっと彼女だけじゃなかった。私も、同じだ。
「その通りです。私は、禁の間に入りました。そして、見たんです。フィア・ベルナードの記憶を」
その瞬間、ざわりと空気が揺れた。使者の視線が一層鋭くなる。
「・・・では、あなたは自身が“災厄の血”を継いでいると、認めるのですね?」
私はうなずいた。
「はい。私は、フィアの末裔です。そして、炎の力を継いでいます」
数秒の沈黙のあと、使者は厳かに言った。
「アリア・ベルナード。貴女に、“監視対象”としての処置が下されます。今後は学院外での魔力使用を制限し、また一定の範囲を超える移動は禁止されます」
その場の空気が凍りついた。
「・・・なぜですか。私は、何もしていません。母だってそうです」
「確かに、今はそうかもしれません。しかしながら、何かあってからでは遅い。歴史が、それを証明しています。災厄の魔女フィアは、最初は“正義”を掲げていた。しかし、やがてその炎は誰の制御も受けなくなった」
私は唇を噛んだ。
確かに、私と母はフィアの血を引いている。最初から「疑わしい」とされても、仕方ない。
「見たから」「知ったから」ではなく、「生まれがそうだから」。
それが、この世界の“正義”なのだろうか。
けれどその時──
「待ってください!」
サラが、一歩前に出た。
「アリアさんは、危険なんかじゃありません。禁の間の封印は、私が解除しました。責任は、私にもあります。どうか・・・アリアさんを、ひとりだけで罰しないでください!」
場に、重い沈黙が降りた。
私は──その背を見て、心の奥で何かがあたたかく溶けた気がした。
あの炎の記憶の中で、誰にも届かなかったフィアの叫び。 でも今、私の叫びは──届いている。
ひとりじゃないと、そう思えた。
だからこそ、私は前を向いて言う。
「いいえ、サラ。私は逃げない。制限されようと、縛られようと、私は自分の意志で立ち続ける。私は“災厄の魔女”の末裔かもしれない。でも、私は・・・違う未来を選ぶ」
その言葉は、私の中にある恐れを燃やすように響いた。 そして、その炎はきっと──まだ始まりにすぎない。
私は、燃やすために生きるのではない。
誰かを守るために、この炎とともに、生きてゆくのだ。
夕方、学院から戻った私は、家の扉を静かに開けた。
中は、いつもと変わらぬぬくもりがあった。けれど、私の心はもう、以前の私とは違っている。
「・・・おかえり」
母が台所から顔を出す。手には包丁と、切りかけの野菜。
その姿は、どこにでもいる母親だった。
ただの、穏やかで優しい人だった。
──そう、「そう見えた」だけだった。
私は靴を脱ぎ、まっすぐ母の前に立つ。
「母さん・・・話してほしい。昔のこと、フィアのこと・・・そして、母さん自身のことを」
母の手がぴたりと止まる。
微かに、まな板の上の包丁が揺れた。
「・・・学院で、聞いたのかしら」
「うん。学院で、“監視対象”にされた。私はもう、ただの生徒じゃいられない」
母は、ゆっくりと包丁を置いた。そして私の目を見つめる。
「・・・あなたがまだ小さかった頃・・・夜に、突然熱を出して、全身から赤い光が漏れたことがあった。覚えてないかしら」
そういえば、そんなことがあった。
転生してから四年目の、夏のことだった。
「・・・うっすら。でも夢みたいだった」
「いいえ、あれは夢じゃない。・・・あなたの中にいるものが目覚めかけたの。ほんの一瞬だけね」
母は一度言葉を切り、続けた。
「・・・あの時私は、ここに移住してよかったと思ったの。あなたと私の真の姿を、誰にも知られないように。誰にも、気づかれないように・・・」
母の声は震えていた。その震えは、今まで聞いたどんな声より、深い痛みを含んでいた。
「私は、炎の暴走というものを知ってる。私も・・・昔、制御できなくなったことがあった。多くの人を・・・焼いてしまったわ。護るためだった。でも、結果は・・・違った」
「・・・!」
「それからずっと、私はこの力を封じる方法を探してた。あなたには、背負わせたくなかったから」
母の目には、悔しさと、後悔と、そして微かな決意があった。
「でも──間違ってたのかもしれない。封じるだけが、答えじゃなかった。今日、あなたの顔を見て思ったの。あなたは私とは違う。“受け入れた”顔をしていた」
私は黙ってうなずく。
「・・・私、怖かった。自分が、怪物みたいな魔女になるんじゃないかって。でも、今は違う。誰かを傷つけないように生きるために、力を知って、使って、生きていくって決めた」
「あなたがそれを選んだのなら、私は止めはしないわ」
母は、ふっと息を吐いた。
「私が背負ってきた罪、封じきれなかった炎・・・全て、話す必要がありそうね。わかった、今夜全部話す。・・・それで、あなたがどうするか決めなさい。可哀想だけど、これはいわば、あなたの宿命よ」
私は静かに頷いた。
自ら選んだのだ。だから、知る。知って、前に進む。
それが、私の意思。
その夜、私は母からすべてを聞いた。
遠い昔、邪神が現れるよりもずっと昔に起きた、戦争のこと。フィアが、どうして“災厄”と呼ばれるに至ったのか。
そして、母がなぜその血を受け継ぎながら、今日まで生き抜いてきたのか──。
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