灼炎の転生魔女〜いじめられて自殺した私、異世界で炎の魔女の娘に転生しましたが、今度こそ強く生き抜きます!〜

銀鏡。

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三章 学院生活・後半

96.夕暮れの後で

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 シルフィンがそっと席を外してから、少しだけ時間が経った。
部屋には静寂が戻っていたけど、さっきまでの張り詰めた空気は、どこか和らいでいた。

西側の窓から差し込む夕陽が、カーテン越しに淡い色を落としている。
私とノエルは、並んで座ったまま、まだ手を握っていた。

「・・・ねえ」

 私が少し顔を向けて、ぽつりと訊いた。

「好きな食べ物とか、あったっけ? 前は・・・そういうの、話さなかったよね」

 ノエル──美紗は少しだけ目を丸くして、それから小さく笑った。

「・・・意外かもだけど、私、猫好きだったの。食べ物じゃないけど。甘いものも好きだった。特に、バタークッキー」

「猫・・・なんとなく、わかるかも。気まぐれそうで、でも繊細で、可愛いところとか」

「ふふ・・・それ、褒めてる?」

「もちろん」

 自然と、ふたりの間に笑みがこぼれた。
さっきまで泣きじゃくっていたのが嘘みたいに、穏やかな時間が流れている。

「・・・私はね、前世でケーキ屋さんになりたかったんだ」

「ケーキ屋さん?」

「うん。本気で、制服のデザインまで考えてた。夢ノートも作ってたし。・・・今思えば、現実逃避だったのかもしれないけど、それでも、あの頃はそれが楽しみだった」

ノエルは少し考えるように目を伏せ、それから優しい声で言った。

「・・・そういうの、知らなかったな。知ろうともしなかった」

「私も、そうだったよ」

 言葉が途切れる。でも、不思議と苦しくはなかった。
沈黙のなかで、夕陽がゆっくりと床に長い影を落としていく。

「もし、前の世界で・・・こんなふうに話してたら、少しは違ってたのかな」

私の声は、夕暮れに溶けていくようだった。

「たぶん・・・違ってた。でも、それを言っても遅いのよね。・・・あの頃の私たちには、できなかったことだから」

「でも、今ならまだ、やり直せる気がする」

 ノエルは、私の手を少しだけ強く握り返した。

「私も、そう思う。今なら──きっと」

私たちは、ようやく“親しさ”の端に立っていた。
まだぎこちないけれど、それでももう、魔法も怒りも必要のない場所にいた。



 やがて、ノエルが静かに立ち上がった。

「・・・今日は、ありがとう。長くいすぎちゃったね」

「ううん、来てくれてよかったよ」

そう言って微笑むと、ノエルは少し照れくさそうに頷いた。
玄関へ向かう足取りはまだ少し重かったけれど、背筋は真っ直ぐだった。

 扉が閉まり、再び静けさが戻ってくる。
ふと横を見ると、シルフィンがいつの間にか戻っていた。
紅茶のカップを手に、静かに私の隣に座る。

「・・・話、できたんだね」

その一言が、胸に染みた。
私は頷いて、けれど少しだけ目を伏せた。

「うん・・・ちゃんと話せたよ。でも・・・なんていうか、心の奥が変な感じで。泣いたから、じゃなくて・・・」

 うまく言えない気持ちが、胸の中にまだ渦を巻いていた。

シルフィンはそっと、私の手を取った。
あたたかい手だった。

「アリア・・・あなたたちは、どちらも“傷を抱えてた”だけだよ。誰かを傷つけたこと、見過ごしたこと、その痛みはきっと、誰にでもある。でも、それだけじゃない」

彼女はゆっくり、けれど確かな声で続ける。

「本当の悪人なんていなかった。ただ、誰も手を伸ばせなかっただけ。・・・でも、今のあなたは、手を伸ばした。自分の痛みも、相手の痛みも抱えたうえで。それって、すごいことだと思う」

 私は黙って、その言葉を聞いていた。
胸がきゅっとなる。けれど、それは苦しさじゃなくて、なにかほぐれていくような温かさだった。

「・・・らしくないよ、そんな綺麗事」

小さく笑ってみせると、シルフィンも肩をすくめて笑った。

「いいじゃん。綺麗事でも、言わせてよ。私だって、友達だから」

私は、もう一度目を伏せた。けれど今度は、静かに笑っていた。

「・・・ありがと、シルフィン」

 彼女はうん、と頷いて、それからそっとカップを差し出してきた。

「お茶、飲む? あったかいよ」

「・・・うん、もらう」

夕暮れは、ゆっくりと夜に変わりつつあった。
けれど、この部屋の空気は、どこまでも優しかった。

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