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三章 学院生活・後半
115.折れた杖
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試験の翌日、私は杖の破片を抱えて、学院裏の林にいた。
空は快晴。けれど、私の胸の中は、ずっとぽっかりと穴が開いたままだ。
あの杖が──折れてしまった。
五年前、マイフ市場の「ガリバーの店」で出会った、私の最初の魔杖。
母に手を引かれて歩いたあの石畳の道、魔導書と杖を選ぶあの瞬間──。
“私にしか読めない”魔導書、“炎を極めんとする者のため”の杖。
まるで私の魔法の在り方そのものを示すように、真っ直ぐで、美しかった。
それが、私の手の中で折れた。
試験の最中。全力で炎を放とうとした瞬間、心臓のように“確かにそこにあった”はずの杖が、音を立てて砕けた。
魔力を支える“核”を失った私は、一瞬で立ちすくんだ。
けれど、仲間がいたから戦えた。ノエルが支えてくれたから、私は最後まで立っていられた。
でも──それと、これは別だった。
「あの杖がなかったら、私は炎魔法なんて、まともに使えなかったのに」
静かな林に、独りごちる声が溶けていく。
(もう一度、あの杖を手にすることはできないの・・・?)
修理魔法は何度も試した。けれど、ロームの杖は特殊で、折れた時点で魔力回路が断絶していた。
中核の導体石も、ひびが入ってしまっていた。
学院の修復室でも「実用は困難」と言われた。
つまり、“修理”は不可能──。
「でも、どうしても、あの杖じゃないと」
私は強く思った。
それは執着じゃない。私にとって“原点”だったからだ。
「母さん・・・」
思わず、口にしたその名。
魔法界の頂点に立つ、灼炎の女皇セリエナ・ベルナード。そして、私の母。
──頼りたくない、と思っていた。けれど。
(今だけは──母さんの力を借りたい)
私は、心を決めた。
その日の夕暮れ、私は自宅の母の部屋へと足を運んだ。
母は机に向かい、いくつかの魔道具の調整をしていた。
「・・・アリア。何かあったの?」
私が言葉を発するより早く、母が問いかけてきた。
やっぱり、見抜かれていた。
「・・・杖、折れちゃった」
私は、そっと机に杖の破片を置いた。
「試験で。炎の制御に集中してたら、ポキって・・・」
母は破片を見つめ、しばらく黙っていた。
「それだけの力を出せるようになった、ということね」
「でも、もうこの杖は使えない。私は、この杖が好きだったの。初めて“炎”に手が届いた気がして。私の魔法の、学院の、始まりだったから」
声が震えた。
「どうしても、またこれを使いたい。無理だって分かってるけど、どうしても」
その瞬間、母は私の肩に手を置いた。
「・・・分かったわ」
「え?」
「“直す”のではなく、“蘇らせる”のよ。かつてこの杖を生み出した古法を使って。それには、あなた自身の“成長”と、“炎の本質”が必要になるわ」
「私に、できる?」
母は、いつもの静かな目で答えた。
「あなたなら、できる。あの杖が、あなたを選んだのだから」
そして、私は再び「ガリバーの店」を訪れた。
杖の復元──それは単なる修復ではない。
導体石の“再活性化”、折れた樹の芯から新たな“魔核”を生み出すという、古代の技術を用いた魔杖再生の儀。
材料は、私自身の魔力と、“記憶”。
あの時、初めて炎に触れた感動。
仲間と連携した戦い。
そして──折れた杖を抱えて、それでも立ち上がった自分。
それらすべてが、杖の芯となる。
夜明け前、再生の儀が始まった。
店主の老人ことガリバーが古語を唱え、私は掌を杖にかざす。
「──来て、私の“始まり”」
白い杖が、静かに光を放ち始める。
やがて──杖の裂け目がゆっくりと閉じ、新たな模様が浮かび上がった。
「・・・戻ってきた」
それはかつての“ロームの杖”と同じ形でありながら、炎の紋が刻まれた“新たな杖”だった。
ガリバーは言った。
「お嬢様の魔力が、この杖を再び選ばせたのです。これは、あなたと炎の、新たな契約でございます」
私は、そっとそれを手に取った。
・・・温かかった。
まるで、再び“あの炎”が心の奥に灯ったような気がした。
──次こそ、もう折れない。
私はこの杖とともに、仲間とともに、前に進んでいく。
「ありがとう。帰ろう、私の炎」
夏の空に、ひとすじの赤い光が浮かんでいた。
帰宅後、夕食を終えた私は、自室のベッドに腰掛け、新しい杖を膝に乗せていた。
真っ白だったロームの杖は、再生の儀を経て、滑らかな表面に淡く赤い紋が刻まれている。
触れれば温かく、ほんのり脈打つような魔力の気配が伝わってきた。
「名前、どうしようか・・・」
杖は、ただの道具じゃない。これは、私の魔力を導き、想いを形にしてくれる“相棒”。 だからこそ、今度こそ──ちゃんと名前を付けてあげたいと思った。
でも、どんな名前がふさわしいのか、分からない。
「“フレア”とか、“ブレイズ”とか・・・なんか、ありきたりすぎるよね」
苦笑しながら、杖の表面をなでる。けれど、どこかしっくりこない。
──そのとき、ノックの音がして、扉が静かに開いた。
「アリア。まだ起きていたのね」
「・・・うん、杖の名前を考えてた」
「杖の名前?」
「そう。杖の種類じゃなくて──私だけが呼ぶ、“この子の”名前」
母は一瞬だけ目を細めたあと、そっと杖に手をかざし、目を閉じた。
「・・・これは、あなたの“火”と、“記憶”から生まれた杖。あなたが歩んできた時間と、流した涙と、戦ったすべての証が、ここに刻まれてるのよ」
「だからこそ、ちゃんと名前をつけたいの。今の私に、できることの一つとして」
母はしばらく黙ったあと、静かに口を開いた。
「“リーヴァ”という言葉があるわ。古語で“再び灯る火”という意味。失われたものが、もう一度輝きを取り戻すとき──その火をそう呼ぶのよ」
「リーヴァ・・・」
その言葉を声に出したとたん、胸の奥にふっと炎がともったような感覚がした。
杖が小さく光を放ち、私の手の中であたたかく震える。
「リーヴァ。・・・うん、それがいい!」
私は顔を上げ、しっかりと杖を握りしめる。
「これからは、“リーヴァ”って呼ぶ。──よろしくね、私の炎」
まるで応えるように、杖が脈打った。
それは、私とこの杖だけに通じる、新しい約束の合図だった。
母が、目元をやわらかく綻ばせて微笑む。
「いい名前ね。アリアにぴったり。・・・きっと、杖も喜んでいるわ」
「ありがとう、母さん。私・・・また、前に進めそう」
静かな夜。
名を得た新しい炎──リーヴァが、月光の中で、ほんのりと赤く灯っていた。
空は快晴。けれど、私の胸の中は、ずっとぽっかりと穴が開いたままだ。
あの杖が──折れてしまった。
五年前、マイフ市場の「ガリバーの店」で出会った、私の最初の魔杖。
母に手を引かれて歩いたあの石畳の道、魔導書と杖を選ぶあの瞬間──。
“私にしか読めない”魔導書、“炎を極めんとする者のため”の杖。
まるで私の魔法の在り方そのものを示すように、真っ直ぐで、美しかった。
それが、私の手の中で折れた。
試験の最中。全力で炎を放とうとした瞬間、心臓のように“確かにそこにあった”はずの杖が、音を立てて砕けた。
魔力を支える“核”を失った私は、一瞬で立ちすくんだ。
けれど、仲間がいたから戦えた。ノエルが支えてくれたから、私は最後まで立っていられた。
でも──それと、これは別だった。
「あの杖がなかったら、私は炎魔法なんて、まともに使えなかったのに」
静かな林に、独りごちる声が溶けていく。
(もう一度、あの杖を手にすることはできないの・・・?)
修理魔法は何度も試した。けれど、ロームの杖は特殊で、折れた時点で魔力回路が断絶していた。
中核の導体石も、ひびが入ってしまっていた。
学院の修復室でも「実用は困難」と言われた。
つまり、“修理”は不可能──。
「でも、どうしても、あの杖じゃないと」
私は強く思った。
それは執着じゃない。私にとって“原点”だったからだ。
「母さん・・・」
思わず、口にしたその名。
魔法界の頂点に立つ、灼炎の女皇セリエナ・ベルナード。そして、私の母。
──頼りたくない、と思っていた。けれど。
(今だけは──母さんの力を借りたい)
私は、心を決めた。
その日の夕暮れ、私は自宅の母の部屋へと足を運んだ。
母は机に向かい、いくつかの魔道具の調整をしていた。
「・・・アリア。何かあったの?」
私が言葉を発するより早く、母が問いかけてきた。
やっぱり、見抜かれていた。
「・・・杖、折れちゃった」
私は、そっと机に杖の破片を置いた。
「試験で。炎の制御に集中してたら、ポキって・・・」
母は破片を見つめ、しばらく黙っていた。
「それだけの力を出せるようになった、ということね」
「でも、もうこの杖は使えない。私は、この杖が好きだったの。初めて“炎”に手が届いた気がして。私の魔法の、学院の、始まりだったから」
声が震えた。
「どうしても、またこれを使いたい。無理だって分かってるけど、どうしても」
その瞬間、母は私の肩に手を置いた。
「・・・分かったわ」
「え?」
「“直す”のではなく、“蘇らせる”のよ。かつてこの杖を生み出した古法を使って。それには、あなた自身の“成長”と、“炎の本質”が必要になるわ」
「私に、できる?」
母は、いつもの静かな目で答えた。
「あなたなら、できる。あの杖が、あなたを選んだのだから」
そして、私は再び「ガリバーの店」を訪れた。
杖の復元──それは単なる修復ではない。
導体石の“再活性化”、折れた樹の芯から新たな“魔核”を生み出すという、古代の技術を用いた魔杖再生の儀。
材料は、私自身の魔力と、“記憶”。
あの時、初めて炎に触れた感動。
仲間と連携した戦い。
そして──折れた杖を抱えて、それでも立ち上がった自分。
それらすべてが、杖の芯となる。
夜明け前、再生の儀が始まった。
店主の老人ことガリバーが古語を唱え、私は掌を杖にかざす。
「──来て、私の“始まり”」
白い杖が、静かに光を放ち始める。
やがて──杖の裂け目がゆっくりと閉じ、新たな模様が浮かび上がった。
「・・・戻ってきた」
それはかつての“ロームの杖”と同じ形でありながら、炎の紋が刻まれた“新たな杖”だった。
ガリバーは言った。
「お嬢様の魔力が、この杖を再び選ばせたのです。これは、あなたと炎の、新たな契約でございます」
私は、そっとそれを手に取った。
・・・温かかった。
まるで、再び“あの炎”が心の奥に灯ったような気がした。
──次こそ、もう折れない。
私はこの杖とともに、仲間とともに、前に進んでいく。
「ありがとう。帰ろう、私の炎」
夏の空に、ひとすじの赤い光が浮かんでいた。
帰宅後、夕食を終えた私は、自室のベッドに腰掛け、新しい杖を膝に乗せていた。
真っ白だったロームの杖は、再生の儀を経て、滑らかな表面に淡く赤い紋が刻まれている。
触れれば温かく、ほんのり脈打つような魔力の気配が伝わってきた。
「名前、どうしようか・・・」
杖は、ただの道具じゃない。これは、私の魔力を導き、想いを形にしてくれる“相棒”。 だからこそ、今度こそ──ちゃんと名前を付けてあげたいと思った。
でも、どんな名前がふさわしいのか、分からない。
「“フレア”とか、“ブレイズ”とか・・・なんか、ありきたりすぎるよね」
苦笑しながら、杖の表面をなでる。けれど、どこかしっくりこない。
──そのとき、ノックの音がして、扉が静かに開いた。
「アリア。まだ起きていたのね」
「・・・うん、杖の名前を考えてた」
「杖の名前?」
「そう。杖の種類じゃなくて──私だけが呼ぶ、“この子の”名前」
母は一瞬だけ目を細めたあと、そっと杖に手をかざし、目を閉じた。
「・・・これは、あなたの“火”と、“記憶”から生まれた杖。あなたが歩んできた時間と、流した涙と、戦ったすべての証が、ここに刻まれてるのよ」
「だからこそ、ちゃんと名前をつけたいの。今の私に、できることの一つとして」
母はしばらく黙ったあと、静かに口を開いた。
「“リーヴァ”という言葉があるわ。古語で“再び灯る火”という意味。失われたものが、もう一度輝きを取り戻すとき──その火をそう呼ぶのよ」
「リーヴァ・・・」
その言葉を声に出したとたん、胸の奥にふっと炎がともったような感覚がした。
杖が小さく光を放ち、私の手の中であたたかく震える。
「リーヴァ。・・・うん、それがいい!」
私は顔を上げ、しっかりと杖を握りしめる。
「これからは、“リーヴァ”って呼ぶ。──よろしくね、私の炎」
まるで応えるように、杖が脈打った。
それは、私とこの杖だけに通じる、新しい約束の合図だった。
母が、目元をやわらかく綻ばせて微笑む。
「いい名前ね。アリアにぴったり。・・・きっと、杖も喜んでいるわ」
「ありがとう、母さん。私・・・また、前に進めそう」
静かな夜。
名を得た新しい炎──リーヴァが、月光の中で、ほんのりと赤く灯っていた。
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