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三章 学院生活・後半
121.未来のかけら
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夕陽が湖の向こうに沈むころ、私たちは焚き火の周りに自然と集まっていた。
マシュルが頑張って起こした火は、思った以上に大きく、橙色の光が木々の間に揺れている。
ライドが魔導石で風の加減を調整してくれているおかげで煙もあまり出ずに、快適な“夏の炉”になっていた。
「お腹すいた~! 焼こう、焼こう!」
ティナがパン生地を棒に巻きつけながらせっつくと、マシュルがどや顔で串を差し出した。
「焼きリンゴに、焼きソーセージ、焼きパン! 今日は全部、おれが準備したんだからな!」
「いや、材料はティナが持ってきたんだけど?」
「細かいことはいいんだよ!」
そんなやりとりに、シルフィンがくすくす笑いながら串を並べていく。
私は焚き火のぬくもりに包まれながら、ふと空を見上げた。
──夜の気配が、ゆっくりと広がっていた。
リラエル湖の上空には、もういくつかの星がまたたいている。
この世界にも、星や星座はしっかりある。
私はあまり詳しくは知らないのだが。
「・・・ねえ、あれってポラニア座?」
私が指さすと、シルフィンが隣で頷いた。
「うん。今の時期はちょうど、東の空から昇ってくる。あの星の配列が、“転機”を示すって言われてるんだ」
「転機・・・」
「そう。新しい季節、新しい気持ち──そういうものが、始まるときに現れるって」
空を見上げながら、私は静かにその言葉を噛みしめた。
リーヴァが壊れて、それでも私がまた立ち上がって。
仲間たちと向き合って、杖を再び手にしたあの日。
たしかに今、何かが変わろうとしている気がしていた。
「アリア、パン焼けたよ~」
ティナが熱々の棒を差し出してくれる。私は両手で受け取って、一口かじる。外はカリッと、中はふんわりしていて、少しだけ甘かった。
「・・・おいしい」
「でしょー? 私、キャンプは何度も行ってるから得意なの!」
「ティナ、それを言うなら“みんなで”作ったからおいしい、って言いなよ」
「うっ、そうだった!」
ライドのツッコミにティナが照れ笑いし、私たちはまた笑い合う。
火の粉がぱちんと弾ける音がして、ふと、マシュルが何気なくつぶやいた。
「・・・来年も、またこうやって集まれたらいいよな」
その言葉に、一瞬だけ沈黙が流れる。
けれど、それを打ち消すように、ティナが勢いよく言った。
「来年どころか、十年後も百年後も! ずーっと仲間でいようよ!」
「百年は長すぎるだろ・・・でも、そうだな」
ライドが笑って頷く。
シルフィンが焚き火の明かりの中で、そっと私の方を見る。
私も、うん、と静かに頷いた。
──ずっと、とは言えないかもしれない。
でも、たしかに今この瞬間、この火のぬくもりの中に“未来のかけら”があると思えた。
その夜、星が降るように澄んだ空の下で。
私たちは、炎を囲みながら、どこまでも続くような夏の時間を、静かに過ごしていた。
みんながそれぞれのんびり過ごし始めた頃、私はそっと立ち上がって、焚き火から少しだけ離れた場所へ歩いていった。
湖の縁を回り込むようにして進むと、小さな岬のようにせり出した岩場があった。そこは水面より少し高くなっていて、夜風が頬を撫でていく。
私はそこに腰を下ろし、湖面に映る月の光をぼんやりと眺めた。
「・・・やっぱり、ここが好き」
呟いた声は波に吸い込まれて、すぐに消えてしまった。
すると、すぐ後ろから──
「静かな場所、見つけるの上手ね。アリア」
その声に、私は振り返る。
「・・・母さん」
そこに立っていたのは、母だった。 いつものように、穏やかな瞳で私を見下ろしている。
「焚き火、楽しかった?」
「うん・・・みんな、すごく楽しそうで。私も、すごく幸せだったよ」
「そう・・・よかったわ」
母は微笑んで、私の隣にそっと腰を下ろす。
「今日は、久しぶりにリーヴァの気配が強く感じられたわ。アリアの中で、何か変わった?」
「・・・うん。たぶん、私の気持ちが少しだけ前に進んだのかも。怖さとか、迷いとか──そういうものが、少し薄れた気がする」
「それは大きな一歩よ。魔道具は、持ち主の心に強く影響を受けるから。リーヴァもきっと、応えてくれる」
私は小さく頷いた。
「名前をつけた時──母さんも一緒に考えてくれたよね。“再び灯る火”。失われたものが、もう一度輝きを取り戻すとき、その火をそう呼ぶ・・・それが、“リーヴァ”」
「ええ。あなたと共に、生きていく杖」
母が、そっと私の手に触れた。その温かさが、胸の奥にしみこんでいくようだった。
「・・・ねぇ、母さん。私、少しずつだけど、強くなれてるのかな?」
その問いに、母は迷いなく答えた。
「もちろん。アリアは、もう十分に立派よ。過去を受け止めて、今を見つめて、未来へ歩いている。それだけで、もう十分に強い」
「・・・そっか」
胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
ふと、ポケットの中の小さな魔導石が、淡く光を灯す。
──それは、リーヴァの“心核”。
リーヴァを再生した後、同じ店で作ってもらった、私の魔力の記憶を刻んだ中核の石。
「そろそろ、戻る準備ができたみたいね」
母がそっと言った。
「リーヴァが・・・?」
「ええ。明日、工房で引き渡せるようにしておいてもらうわ。今のアリアになら、ちゃんと使えるはずよ」
私は静かに目を閉じた。あの杖とまた、一緒に歩ける。
──過去に縛られず、でも忘れずに。
私はゆっくりと立ち上がり、湖を見下ろすようにして言った。
「ありがとう、母さん。・・・そして、ただいま。リーヴァ」
その瞬間、夜空に一筋の流れ星が走った。
母がそっと笑う。
「きっと、リーヴァも“おかえり”って言ってるわ」
星が流れ去った空の下、私は、大切なものをひとつ取り戻せた気がした。
マシュルが頑張って起こした火は、思った以上に大きく、橙色の光が木々の間に揺れている。
ライドが魔導石で風の加減を調整してくれているおかげで煙もあまり出ずに、快適な“夏の炉”になっていた。
「お腹すいた~! 焼こう、焼こう!」
ティナがパン生地を棒に巻きつけながらせっつくと、マシュルがどや顔で串を差し出した。
「焼きリンゴに、焼きソーセージ、焼きパン! 今日は全部、おれが準備したんだからな!」
「いや、材料はティナが持ってきたんだけど?」
「細かいことはいいんだよ!」
そんなやりとりに、シルフィンがくすくす笑いながら串を並べていく。
私は焚き火のぬくもりに包まれながら、ふと空を見上げた。
──夜の気配が、ゆっくりと広がっていた。
リラエル湖の上空には、もういくつかの星がまたたいている。
この世界にも、星や星座はしっかりある。
私はあまり詳しくは知らないのだが。
「・・・ねえ、あれってポラニア座?」
私が指さすと、シルフィンが隣で頷いた。
「うん。今の時期はちょうど、東の空から昇ってくる。あの星の配列が、“転機”を示すって言われてるんだ」
「転機・・・」
「そう。新しい季節、新しい気持ち──そういうものが、始まるときに現れるって」
空を見上げながら、私は静かにその言葉を噛みしめた。
リーヴァが壊れて、それでも私がまた立ち上がって。
仲間たちと向き合って、杖を再び手にしたあの日。
たしかに今、何かが変わろうとしている気がしていた。
「アリア、パン焼けたよ~」
ティナが熱々の棒を差し出してくれる。私は両手で受け取って、一口かじる。外はカリッと、中はふんわりしていて、少しだけ甘かった。
「・・・おいしい」
「でしょー? 私、キャンプは何度も行ってるから得意なの!」
「ティナ、それを言うなら“みんなで”作ったからおいしい、って言いなよ」
「うっ、そうだった!」
ライドのツッコミにティナが照れ笑いし、私たちはまた笑い合う。
火の粉がぱちんと弾ける音がして、ふと、マシュルが何気なくつぶやいた。
「・・・来年も、またこうやって集まれたらいいよな」
その言葉に、一瞬だけ沈黙が流れる。
けれど、それを打ち消すように、ティナが勢いよく言った。
「来年どころか、十年後も百年後も! ずーっと仲間でいようよ!」
「百年は長すぎるだろ・・・でも、そうだな」
ライドが笑って頷く。
シルフィンが焚き火の明かりの中で、そっと私の方を見る。
私も、うん、と静かに頷いた。
──ずっと、とは言えないかもしれない。
でも、たしかに今この瞬間、この火のぬくもりの中に“未来のかけら”があると思えた。
その夜、星が降るように澄んだ空の下で。
私たちは、炎を囲みながら、どこまでも続くような夏の時間を、静かに過ごしていた。
みんながそれぞれのんびり過ごし始めた頃、私はそっと立ち上がって、焚き火から少しだけ離れた場所へ歩いていった。
湖の縁を回り込むようにして進むと、小さな岬のようにせり出した岩場があった。そこは水面より少し高くなっていて、夜風が頬を撫でていく。
私はそこに腰を下ろし、湖面に映る月の光をぼんやりと眺めた。
「・・・やっぱり、ここが好き」
呟いた声は波に吸い込まれて、すぐに消えてしまった。
すると、すぐ後ろから──
「静かな場所、見つけるの上手ね。アリア」
その声に、私は振り返る。
「・・・母さん」
そこに立っていたのは、母だった。 いつものように、穏やかな瞳で私を見下ろしている。
「焚き火、楽しかった?」
「うん・・・みんな、すごく楽しそうで。私も、すごく幸せだったよ」
「そう・・・よかったわ」
母は微笑んで、私の隣にそっと腰を下ろす。
「今日は、久しぶりにリーヴァの気配が強く感じられたわ。アリアの中で、何か変わった?」
「・・・うん。たぶん、私の気持ちが少しだけ前に進んだのかも。怖さとか、迷いとか──そういうものが、少し薄れた気がする」
「それは大きな一歩よ。魔道具は、持ち主の心に強く影響を受けるから。リーヴァもきっと、応えてくれる」
私は小さく頷いた。
「名前をつけた時──母さんも一緒に考えてくれたよね。“再び灯る火”。失われたものが、もう一度輝きを取り戻すとき、その火をそう呼ぶ・・・それが、“リーヴァ”」
「ええ。あなたと共に、生きていく杖」
母が、そっと私の手に触れた。その温かさが、胸の奥にしみこんでいくようだった。
「・・・ねぇ、母さん。私、少しずつだけど、強くなれてるのかな?」
その問いに、母は迷いなく答えた。
「もちろん。アリアは、もう十分に立派よ。過去を受け止めて、今を見つめて、未来へ歩いている。それだけで、もう十分に強い」
「・・・そっか」
胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
ふと、ポケットの中の小さな魔導石が、淡く光を灯す。
──それは、リーヴァの“心核”。
リーヴァを再生した後、同じ店で作ってもらった、私の魔力の記憶を刻んだ中核の石。
「そろそろ、戻る準備ができたみたいね」
母がそっと言った。
「リーヴァが・・・?」
「ええ。明日、工房で引き渡せるようにしておいてもらうわ。今のアリアになら、ちゃんと使えるはずよ」
私は静かに目を閉じた。あの杖とまた、一緒に歩ける。
──過去に縛られず、でも忘れずに。
私はゆっくりと立ち上がり、湖を見下ろすようにして言った。
「ありがとう、母さん。・・・そして、ただいま。リーヴァ」
その瞬間、夜空に一筋の流れ星が走った。
母がそっと笑う。
「きっと、リーヴァも“おかえり”って言ってるわ」
星が流れ去った空の下、私は、大切なものをひとつ取り戻せた気がした。
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