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四章 ミフィアの青と水音
211.地下水路の気配
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朝食を終えたあと、私たちは再び荷物を整え、宿の玄関を出た。
澄んだ朝の光が石畳を照らし、水路には小舟が静かに揺れていた。けれど、街の空気には──昨日までとは違う、何か微かな“重み”のようなものが漂っていた。
母は立ち止まり、細く息を吐く。
「・・・“封印”の気配が、少しずつ濃くなってきているわね」
「やっぱり、母さんもそう思う?」
実は、私もなんとなくそんな気がしていたのだ。
「・・・ええ。どうも地下から感じる・・・確か、水路があったんだったかしら?」
ノエルが地図を確認しながら顔を上げる。
「確かにこの町の地下には、昨日の市場から南に延びてる、旧市街の下水路というものがありますね」
「それって、入れない場所なんじゃない?」
私が言うと、ノエルは苦笑した。
「だから、あくまで“調査”なの。たまたま格子が壊れてて、うっかり入れた──ということにでもすればいいわ」
まったく、頼もしいのか心配なのか分からない。
とはいえ、私も薄々気づいてはいた。
昨日から、何かが少しずつ動いている。この町で起きている異変は、単なる自然現象ではない。
そして、私たちがここに来たのも──きっと、偶然なんかじゃない。
旧市街の路地を抜け、私たちは静かな運河沿いの小道へと降りた。
レンガ造りの橋の下、水面に近い場所に、苔むした古い鉄格子があった。
「・・・これね」
母が呟くと、ノエルが素早く手袋をはめる。
「鍵は壊れてますね。開けます・・・っと」
ギィ、と音を立てて格子が開く。中からはひんやりとした風が流れ出てきた。
湿った土と水の匂い──それは、確かに“何か”が眠っている気配だった。
「ここから先は、気を引き締めていきましょう」
母の声に、私たちはうなずいた。
かすかな光を頼りに、私たちは地下水路の闇へと足を踏み入れる。
石段を降りると、そこにはひんやりとした空気と、かすかに澱んだ匂いが満ちていた。
薄明かりの中、古びたレンガの壁が続いている。頭上には水滴の音が響き、足元には濁った水の流れが広がっていた。
「・・・かなり、汚れてる」
ノエルが眉をひそめた。
それもそのはず、この下水路は旧市街の水を集める主要な通路のひとつであり、今も半ば生きている構造のようだった。
そして──気配が、ある。
ごぽ、と音がした。
水面が不自然に揺れたかと思うと、その中からぬるりと黒い塊が這い出してきた。
「・・・スライム!?」
「ええ・・・汚水に棲息するタイプのスライムです!」
サラが叫ぶと同時に、私も魔力を構える。
次々と現れる、黒や灰色の粘液状の魔物たち。どれもヘドロのように腐った水を纏いながら、こちらへ向かってゆっくりと這い寄ってくる。
「炎、効きそう?」
「ええ、でも気をつけて──こいつらは、毒を持ってる。爆発させると、それが飛び散るかもしれない」
母が素早く判断し、指先に炎の魔力を集める。私も、それに倣って慎重に詠唱を始めた。
「『燐火』!」
私の放った炎はスライムの体に突き刺さり、じゅっと音を立てて内部から焼き崩していく。
そういえば、この魔物は昔本で見たことがある──下級の魔物で、物理攻撃には強いが、魔法には耐性はない。
だから、楽に倒せる。
だが、数が多い。私の炎だけでは押しきれない。
後ろから、ノエルが地面に手を触れた。
「『石槌』!」
ごごご、と音を立てて、水路の足元から岩の杭が突き上がり、別のスライムを串刺しにする。
さらに別の通路から、今度は巨大なネズミのような魔物が何匹も走り出てきた。毛は濡れそぼち、目は赤く濁っている。
「・・・今度はネズミ!?」
「急ぎましょう。数が増える前に、通り抜けるわ!」
母がそう言うと、前方の通路に炎を走らせ、一時的に敵の足止めを図る。
スライム系の魔物は共通して湿気と物理に強いが、熱と雷に弱い。
ネズミもまた、水辺に適応しているとはいえ、火や地の魔法にはさほど耐性がない。
私たちは力を合わせ、最小限の魔力で彼らを排除しながら、地下通路の奥へと進んでいった。
澄んだ朝の光が石畳を照らし、水路には小舟が静かに揺れていた。けれど、街の空気には──昨日までとは違う、何か微かな“重み”のようなものが漂っていた。
母は立ち止まり、細く息を吐く。
「・・・“封印”の気配が、少しずつ濃くなってきているわね」
「やっぱり、母さんもそう思う?」
実は、私もなんとなくそんな気がしていたのだ。
「・・・ええ。どうも地下から感じる・・・確か、水路があったんだったかしら?」
ノエルが地図を確認しながら顔を上げる。
「確かにこの町の地下には、昨日の市場から南に延びてる、旧市街の下水路というものがありますね」
「それって、入れない場所なんじゃない?」
私が言うと、ノエルは苦笑した。
「だから、あくまで“調査”なの。たまたま格子が壊れてて、うっかり入れた──ということにでもすればいいわ」
まったく、頼もしいのか心配なのか分からない。
とはいえ、私も薄々気づいてはいた。
昨日から、何かが少しずつ動いている。この町で起きている異変は、単なる自然現象ではない。
そして、私たちがここに来たのも──きっと、偶然なんかじゃない。
旧市街の路地を抜け、私たちは静かな運河沿いの小道へと降りた。
レンガ造りの橋の下、水面に近い場所に、苔むした古い鉄格子があった。
「・・・これね」
母が呟くと、ノエルが素早く手袋をはめる。
「鍵は壊れてますね。開けます・・・っと」
ギィ、と音を立てて格子が開く。中からはひんやりとした風が流れ出てきた。
湿った土と水の匂い──それは、確かに“何か”が眠っている気配だった。
「ここから先は、気を引き締めていきましょう」
母の声に、私たちはうなずいた。
かすかな光を頼りに、私たちは地下水路の闇へと足を踏み入れる。
石段を降りると、そこにはひんやりとした空気と、かすかに澱んだ匂いが満ちていた。
薄明かりの中、古びたレンガの壁が続いている。頭上には水滴の音が響き、足元には濁った水の流れが広がっていた。
「・・・かなり、汚れてる」
ノエルが眉をひそめた。
それもそのはず、この下水路は旧市街の水を集める主要な通路のひとつであり、今も半ば生きている構造のようだった。
そして──気配が、ある。
ごぽ、と音がした。
水面が不自然に揺れたかと思うと、その中からぬるりと黒い塊が這い出してきた。
「・・・スライム!?」
「ええ・・・汚水に棲息するタイプのスライムです!」
サラが叫ぶと同時に、私も魔力を構える。
次々と現れる、黒や灰色の粘液状の魔物たち。どれもヘドロのように腐った水を纏いながら、こちらへ向かってゆっくりと這い寄ってくる。
「炎、効きそう?」
「ええ、でも気をつけて──こいつらは、毒を持ってる。爆発させると、それが飛び散るかもしれない」
母が素早く判断し、指先に炎の魔力を集める。私も、それに倣って慎重に詠唱を始めた。
「『燐火』!」
私の放った炎はスライムの体に突き刺さり、じゅっと音を立てて内部から焼き崩していく。
そういえば、この魔物は昔本で見たことがある──下級の魔物で、物理攻撃には強いが、魔法には耐性はない。
だから、楽に倒せる。
だが、数が多い。私の炎だけでは押しきれない。
後ろから、ノエルが地面に手を触れた。
「『石槌』!」
ごごご、と音を立てて、水路の足元から岩の杭が突き上がり、別のスライムを串刺しにする。
さらに別の通路から、今度は巨大なネズミのような魔物が何匹も走り出てきた。毛は濡れそぼち、目は赤く濁っている。
「・・・今度はネズミ!?」
「急ぎましょう。数が増える前に、通り抜けるわ!」
母がそう言うと、前方の通路に炎を走らせ、一時的に敵の足止めを図る。
スライム系の魔物は共通して湿気と物理に強いが、熱と雷に弱い。
ネズミもまた、水辺に適応しているとはいえ、火や地の魔法にはさほど耐性がない。
私たちは力を合わせ、最小限の魔力で彼らを排除しながら、地下通路の奥へと進んでいった。
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