305 / 891
五章 ラグルの呼び声
310.観測者は語らない
しおりを挟む
食事を終え、私たちは店を出た。
「カノン」の外は夕暮れが近づいていて、町の空気はさらに重く、鈍くなっていた。風も、ない。
「・・・さっきの話、やっぱりただの地鳴りじゃない。誰かが、何かを目覚めさせようとしてる。・・・そんな気がする」
ノエルの言葉に、母が頷いた。
「塔に入るには、結界を突破しなければならないわ。でも、正面からは無理ね。塔の魔力場は“内側”に向かって開いている。外から干渉すれば、逆に反発を受ける」
「じゃあ、内部に精通してる人に話を聞くしかないですね」
サラが言った、その瞬間だった。
──コツン、と石畳を鳴らす細い足音が、背後から近づいてきた。
振り返ると、白いローブを着た少年が一人、静かに立っていた。年は私とそう変わらないように見える。けれど、その目は──底冷えするような無感情だった。
「お探しですか。“塔のこと”を」
その言葉に、一瞬、全員の空気が張り詰める。
「あなた・・・もしかして、“ラザル”の?」
母が問うと、男は淡く微笑んだ。
「ええ。調査班第二塔管区所属、ユークリス・ラザル。ラザルの名を持つ者は皆、血と魔力を通じて繋がっています。つまり、僕は《地の観測者》でもあります」
彼の名乗りには、どこか形式的な響きがあった。
「あなたは、レフェの大魔女セリエナ・ベルナード様。そして、そのご令嬢・・・アリア様ですね」
私の名を口にしたとき、思わず足が止まった。
「・・・どうして、それを」
「“地”が、感じ取るんですよ。“異なる流れ”がこの町に入ってきたことを。僕らは、そういうものに反応するんです」
その言い方が気に障ったのか、サラが半歩前に出た。
「で? それを感じ取ったから、こうして“話しかけてきた”と?」
「いいえ、逆です。警告に来たんです」
空気が、一段冷えた。
「塔には、近づかないほうがいい。あの封印は──まだ“保っている”だけです。中で何が起きているか、僕らにも全容は見えていない」
「でも、調査はしてるんでしょう?」
ノエルが問いかける。
「・・・調査、というより“観測”です。あの塔は、もはや“地殻と同化”し始めている。オルガ様はその過程に入られた。だから我々は手出しできない。できるのは、ただ待つことだけ」
「待って、何を?」
「“結果”です。地が静まるのか。目覚めるのか」
ユークリスの言葉は、どこか他人事のようで、そして──どこかで覚悟を決めている者のものでもあった。
「仮に、目覚めたら?」
私の問いに、彼ははっきりと答えた。
「その時は、町ごと、封鎖します」
「・・・!」
思わず口を開いたが、母がそっと私の腕を抑えた。
「ありがとう。助言には感謝するわ。でも、私たちはただ待つ気はない。オルガに、会いに来たの」
「ならば、お好きに。ただ──あなたたちは“流れを変える者”の気配が強い。気をつけた方がいい。“地”は、変化を拒むものですから」
そう言って、彼はくるりと背を向けた。
風のない通りを、ただ静かに、石畳を踏んで去っていく。
その背中を見送りながら、私は息を整えた。
「・・・どう思う?」
「彼は、“信じてる”のよ。オルガが、塔の奥で“何かと融合してる”ことを」
母の言葉に、ノエルがぽつりと呟く。
「・・・あるいは、封じきれない何かを、自分ごと内に引きずり込んだか──」
私たちは再び、塔の方角を見る。
塔はまだ沈黙していた。
だが、その沈黙が終わる時は、夜の闇の中にある。
「カノン」の外は夕暮れが近づいていて、町の空気はさらに重く、鈍くなっていた。風も、ない。
「・・・さっきの話、やっぱりただの地鳴りじゃない。誰かが、何かを目覚めさせようとしてる。・・・そんな気がする」
ノエルの言葉に、母が頷いた。
「塔に入るには、結界を突破しなければならないわ。でも、正面からは無理ね。塔の魔力場は“内側”に向かって開いている。外から干渉すれば、逆に反発を受ける」
「じゃあ、内部に精通してる人に話を聞くしかないですね」
サラが言った、その瞬間だった。
──コツン、と石畳を鳴らす細い足音が、背後から近づいてきた。
振り返ると、白いローブを着た少年が一人、静かに立っていた。年は私とそう変わらないように見える。けれど、その目は──底冷えするような無感情だった。
「お探しですか。“塔のこと”を」
その言葉に、一瞬、全員の空気が張り詰める。
「あなた・・・もしかして、“ラザル”の?」
母が問うと、男は淡く微笑んだ。
「ええ。調査班第二塔管区所属、ユークリス・ラザル。ラザルの名を持つ者は皆、血と魔力を通じて繋がっています。つまり、僕は《地の観測者》でもあります」
彼の名乗りには、どこか形式的な響きがあった。
「あなたは、レフェの大魔女セリエナ・ベルナード様。そして、そのご令嬢・・・アリア様ですね」
私の名を口にしたとき、思わず足が止まった。
「・・・どうして、それを」
「“地”が、感じ取るんですよ。“異なる流れ”がこの町に入ってきたことを。僕らは、そういうものに反応するんです」
その言い方が気に障ったのか、サラが半歩前に出た。
「で? それを感じ取ったから、こうして“話しかけてきた”と?」
「いいえ、逆です。警告に来たんです」
空気が、一段冷えた。
「塔には、近づかないほうがいい。あの封印は──まだ“保っている”だけです。中で何が起きているか、僕らにも全容は見えていない」
「でも、調査はしてるんでしょう?」
ノエルが問いかける。
「・・・調査、というより“観測”です。あの塔は、もはや“地殻と同化”し始めている。オルガ様はその過程に入られた。だから我々は手出しできない。できるのは、ただ待つことだけ」
「待って、何を?」
「“結果”です。地が静まるのか。目覚めるのか」
ユークリスの言葉は、どこか他人事のようで、そして──どこかで覚悟を決めている者のものでもあった。
「仮に、目覚めたら?」
私の問いに、彼ははっきりと答えた。
「その時は、町ごと、封鎖します」
「・・・!」
思わず口を開いたが、母がそっと私の腕を抑えた。
「ありがとう。助言には感謝するわ。でも、私たちはただ待つ気はない。オルガに、会いに来たの」
「ならば、お好きに。ただ──あなたたちは“流れを変える者”の気配が強い。気をつけた方がいい。“地”は、変化を拒むものですから」
そう言って、彼はくるりと背を向けた。
風のない通りを、ただ静かに、石畳を踏んで去っていく。
その背中を見送りながら、私は息を整えた。
「・・・どう思う?」
「彼は、“信じてる”のよ。オルガが、塔の奥で“何かと融合してる”ことを」
母の言葉に、ノエルがぽつりと呟く。
「・・・あるいは、封じきれない何かを、自分ごと内に引きずり込んだか──」
私たちは再び、塔の方角を見る。
塔はまだ沈黙していた。
だが、その沈黙が終わる時は、夜の闇の中にある。
0
あなたにおすすめの小説
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
1つだけ何でも望んで良いと言われたので、即答で答えました
竹桜
ファンタジー
誰にでもある憧れを抱いていた男は最後にただ見捨てられないというだけで人助けをした。
その結果、男は神らしき存在に何でも1つだけ望んでから異世界に転生することになったのだ。
男は即答で答え、異世界で竜騎兵となる。
自らの憧れを叶える為に。
規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜
ケイソウ
ファンタジー
チビで陰キャラでモブ子の桜井紅子は、楽しみにしていたバス旅行へ向かう途中、突然の事故で命を絶たれた。
死後の世界で女神に異世界へ転生されたが、女神の趣向で変装する羽目になり、渡されたアイテムと備わったスキルをもとに、異世界を満喫しようと冒険者の資格を取る。生活にも慣れて各地を巡る旅を計画するも、国の要請で冒険者が遠征に駆り出される事態に……。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる