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第11話 告解とカルマ
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ベッドに並んで腰かけ、二人手を繋いだまま言葉を交わした。エリシアは話した。孤児だったこと、ベルダートに出会い誓ったこと。イース家でとても幸せに暮らしていること。
ニーナも打ち明けた。孤児院に捨てられたこと、魔法が使えること、未来の記憶があったこと。エリシアの役割を肩代わりさせて、とても心苦しく思っていたこと。
「……どっちもどっちね、私達」
「エリシアは何も悪くない」
「私からすればニーナこそ何も悪くないわ。一人で大人に……悪魔だと思っていた相手に立ち向かうのは、とても勇気がいるもの」
「やるしかないと思って。でもエリシアには特別な人だったんだね」
「今でもくっきり覚えてるの。ベルダート様に出会った時のことも、見せて貰った魔法のことも、消えてしまった日のことも」
ひやりと冷たい水晶を服の上から握り込む。ニーナは疲れ果てたかのように、細く溜息をついた。
「まさか雪の悪魔がそんなに市民権を得て、サービス精神旺盛だったとは……」
「ねえニーナの話を聞いていると、魔法使いと悪魔を同一視している気がするの。ベルダート様は魔法使いだけど、やっぱり人間じゃないの?」
「えっ? 雪の悪魔はベルダートだけ……で……」
問われ、ニーナは思案する。ベルダートを魔法使いでなく、悪魔と認識しているのは何故か。そもそもこの世界における悪魔とは何か──
エリシア曰く他教の神、精霊へのレッテルだ。自分の認識の歪みを、ニーナは初めて自覚する。前世から持ち込まれた解釈や前提が、致命的な齟齬を生んでいると。
悪魔、魔界、それらの発想や意味も食い違いの原因になっている。そもそもこの世界は、ニーナが思う程ファンタジーではない。
ニュアンスを取り違えているのに、言葉通り受け取っている。絶対悪たる悪魔などいない、誰かの都合や曲解で敵視されているだけだ。
──でも原作では……そうか、原作のエリシアは現地民。世間の常識と教えの通りに、異教の信仰対象を素直に悪魔と認識するんだ。作品は主人公の視点と価値観で描写されるんだから!
原作を読めばベルダートを悪魔だと思う。宗教観の情報が充分に提示されなかったせいもあるが、ストーリー上の役割としてベルダートは悪魔を担っていた。魔法使いではなく。
主人公と相対した時、全てを凍えさせる冷気と氷雪の煌めきを演出に、もしや神話に名だたる雪の悪魔か──と作中で記されていた。主人公の認識においても、描写においても雪の悪魔だった。
「……待ってエリシア、ベルダートは自称魔法使いなのね?」
「自称凄くて悪い魔法使いよ、ニーナ」
「それが嘘というか、方便の可能性ってありそう?」
「否定は出来ないかも。ベルダート様いつも直接触れないよう手袋をしてた。ひょっとしたら体温がないかもしれないの……人間かというと怪しい気がするわ」
「つまりベルダートは魔法使いのふりをする雪の悪魔……じゃない、雪の精霊か神それ自体?」
ハッとして立ち上がるニーナを、エリシアは不思議そうに仰ぎ見た。
「じゃあベルダートは魔界に帰ったんじゃなく、信仰の芽吹いた場所に戻ったのかも」
ニーナが知る帰還の魔法陣とは、魔界という目的地に送り付ける代物ではない。生まれた場所へ帰れと強制する魔法。
単にニーナが、悪魔が帰るのは魔界だと捉えていたに過ぎない。悪魔も魔界もないならば、ベルダートは世界のどこか。恐らく故郷に戻った可能性が一番高い。
「それなら二年以上も戻って来ないのは、何故……?」
「うーん。信徒に素性が知れて崇められてるとか、私と遭遇しない為に拠点を移したとか」
「そう……」
エリシアにこの世界との認識の差異を気付かされ、ニーナはパタッと横倒しになる。
「用語を真に受けてた……ファンタジー脳に毒され過ぎぃ。そうだよ世界観では魔法なんて眉唾オカルト扱いなの忘れてた……常識はリアルに沿うものでしたね、ええ。宗教に疎いのは魂レベルの悲しき習性だからぁ……!」
「ニーナは宗教科目が苦手なの? 意外な弱点だわ」
足をジタジタさせる素振りが微笑ましい、とエリシアが横目に眺める。魔法にどっぷり意識が浸っていると自覚したニーナは、猛烈な羞恥心に苛まれていた。
「神話に馴染み過ぎてたせいだ、公式設定きゃっほー気分で読んでたから! 全部本当のことだと無条件に信じ切ってたっ……悪魔も魔法も実在する観点でしか、物事を見てなかったんだ! 普通の人はそんなもん前提にしません!」
公式世界に存在する情報だから疑わない、なんて。思考停止も度が過ぎる。無自覚リアル中二病やだやだ恥ずかしい!
……と一頻り悶えてから、ニーナはのっそり起き上がる。顔は……まだだいぶ真っ赤だった。
「この時代で悪魔は異教の精霊やご神体。魔法使いはそれらに帰依してる、異教徒や神官へのレッテルなのね。偶然ベルダートとかいう特例にかち合っただけ。分かった、完璧。もう一分の隙もない」
「すんなりそう受け入れられるなら、やっぱりニーナは全然違う価値観を持っているのね」
信徒なら罰当たりだと震え上がるか、神への冒涜だと怒り狂う。エリシアとて信仰心が薄いから発想に至れただけで、もし人伝に聞いたなら顔を顰めるだろう。
異教の悪魔を神や精霊だなどと認めやしないのだ、現代の信徒達は。
「ごめんねエリシア……許して。何も分かってなかったの」
「私もニーナの状況を何も知らなかったわ。怒鳴ってごめんなさい、許してくれる?」
どちらともなく繋いだ手を揺らす。それで通じていた。底に残されたのは、昇華された静謐な心地だけ。
雪景色にも似た、雑音のない煩わしさの失せた心境だ。感情の波を越え、ニーナが口を開いた。
「ともかくやるしかないね。呪い騒動を終わらせて、被害を阻止する」
真剣な面差しでベッドを立つニーナ。エリシアがもっと休んだらと促すも、試験前だしと肩を竦めて返される。
午後からは授業に戻った二人。放課後になると、再び図書室へと向かった。
ニーナも打ち明けた。孤児院に捨てられたこと、魔法が使えること、未来の記憶があったこと。エリシアの役割を肩代わりさせて、とても心苦しく思っていたこと。
「……どっちもどっちね、私達」
「エリシアは何も悪くない」
「私からすればニーナこそ何も悪くないわ。一人で大人に……悪魔だと思っていた相手に立ち向かうのは、とても勇気がいるもの」
「やるしかないと思って。でもエリシアには特別な人だったんだね」
「今でもくっきり覚えてるの。ベルダート様に出会った時のことも、見せて貰った魔法のことも、消えてしまった日のことも」
ひやりと冷たい水晶を服の上から握り込む。ニーナは疲れ果てたかのように、細く溜息をついた。
「まさか雪の悪魔がそんなに市民権を得て、サービス精神旺盛だったとは……」
「ねえニーナの話を聞いていると、魔法使いと悪魔を同一視している気がするの。ベルダート様は魔法使いだけど、やっぱり人間じゃないの?」
「えっ? 雪の悪魔はベルダートだけ……で……」
問われ、ニーナは思案する。ベルダートを魔法使いでなく、悪魔と認識しているのは何故か。そもそもこの世界における悪魔とは何か──
エリシア曰く他教の神、精霊へのレッテルだ。自分の認識の歪みを、ニーナは初めて自覚する。前世から持ち込まれた解釈や前提が、致命的な齟齬を生んでいると。
悪魔、魔界、それらの発想や意味も食い違いの原因になっている。そもそもこの世界は、ニーナが思う程ファンタジーではない。
ニュアンスを取り違えているのに、言葉通り受け取っている。絶対悪たる悪魔などいない、誰かの都合や曲解で敵視されているだけだ。
──でも原作では……そうか、原作のエリシアは現地民。世間の常識と教えの通りに、異教の信仰対象を素直に悪魔と認識するんだ。作品は主人公の視点と価値観で描写されるんだから!
原作を読めばベルダートを悪魔だと思う。宗教観の情報が充分に提示されなかったせいもあるが、ストーリー上の役割としてベルダートは悪魔を担っていた。魔法使いではなく。
主人公と相対した時、全てを凍えさせる冷気と氷雪の煌めきを演出に、もしや神話に名だたる雪の悪魔か──と作中で記されていた。主人公の認識においても、描写においても雪の悪魔だった。
「……待ってエリシア、ベルダートは自称魔法使いなのね?」
「自称凄くて悪い魔法使いよ、ニーナ」
「それが嘘というか、方便の可能性ってありそう?」
「否定は出来ないかも。ベルダート様いつも直接触れないよう手袋をしてた。ひょっとしたら体温がないかもしれないの……人間かというと怪しい気がするわ」
「つまりベルダートは魔法使いのふりをする雪の悪魔……じゃない、雪の精霊か神それ自体?」
ハッとして立ち上がるニーナを、エリシアは不思議そうに仰ぎ見た。
「じゃあベルダートは魔界に帰ったんじゃなく、信仰の芽吹いた場所に戻ったのかも」
ニーナが知る帰還の魔法陣とは、魔界という目的地に送り付ける代物ではない。生まれた場所へ帰れと強制する魔法。
単にニーナが、悪魔が帰るのは魔界だと捉えていたに過ぎない。悪魔も魔界もないならば、ベルダートは世界のどこか。恐らく故郷に戻った可能性が一番高い。
「それなら二年以上も戻って来ないのは、何故……?」
「うーん。信徒に素性が知れて崇められてるとか、私と遭遇しない為に拠点を移したとか」
「そう……」
エリシアにこの世界との認識の差異を気付かされ、ニーナはパタッと横倒しになる。
「用語を真に受けてた……ファンタジー脳に毒され過ぎぃ。そうだよ世界観では魔法なんて眉唾オカルト扱いなの忘れてた……常識はリアルに沿うものでしたね、ええ。宗教に疎いのは魂レベルの悲しき習性だからぁ……!」
「ニーナは宗教科目が苦手なの? 意外な弱点だわ」
足をジタジタさせる素振りが微笑ましい、とエリシアが横目に眺める。魔法にどっぷり意識が浸っていると自覚したニーナは、猛烈な羞恥心に苛まれていた。
「神話に馴染み過ぎてたせいだ、公式設定きゃっほー気分で読んでたから! 全部本当のことだと無条件に信じ切ってたっ……悪魔も魔法も実在する観点でしか、物事を見てなかったんだ! 普通の人はそんなもん前提にしません!」
公式世界に存在する情報だから疑わない、なんて。思考停止も度が過ぎる。無自覚リアル中二病やだやだ恥ずかしい!
……と一頻り悶えてから、ニーナはのっそり起き上がる。顔は……まだだいぶ真っ赤だった。
「この時代で悪魔は異教の精霊やご神体。魔法使いはそれらに帰依してる、異教徒や神官へのレッテルなのね。偶然ベルダートとかいう特例にかち合っただけ。分かった、完璧。もう一分の隙もない」
「すんなりそう受け入れられるなら、やっぱりニーナは全然違う価値観を持っているのね」
信徒なら罰当たりだと震え上がるか、神への冒涜だと怒り狂う。エリシアとて信仰心が薄いから発想に至れただけで、もし人伝に聞いたなら顔を顰めるだろう。
異教の悪魔を神や精霊だなどと認めやしないのだ、現代の信徒達は。
「ごめんねエリシア……許して。何も分かってなかったの」
「私もニーナの状況を何も知らなかったわ。怒鳴ってごめんなさい、許してくれる?」
どちらともなく繋いだ手を揺らす。それで通じていた。底に残されたのは、昇華された静謐な心地だけ。
雪景色にも似た、雑音のない煩わしさの失せた心境だ。感情の波を越え、ニーナが口を開いた。
「ともかくやるしかないね。呪い騒動を終わらせて、被害を阻止する」
真剣な面差しでベッドを立つニーナ。エリシアがもっと休んだらと促すも、試験前だしと肩を竦めて返される。
午後からは授業に戻った二人。放課後になると、再び図書室へと向かった。
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