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最終話 その日の空は透き通る
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月日が流れて迎えた私達の卒業式。流石に朝から慌ただしい。
集められた講堂は肌寒くて、一層厳かに感じる。パイプオルガンの調べと共に卒業証書を手に、旅立ちの歌を歌う。在校生の拍手に見送られしめやかに式を終えた。
笑顔もあれば涙もある。見渡せばそこかしこに感情が溢れ返っていた。そしてあのハンカチも。女子が涙を拭うのは、大流行した十番通りの店の品。繊細な刺繍が式典にそぐってるものね。
「フィシカ、フィシカあああ……」
もうべしょべしょに泣き崩れてるメイのハンカチはキャパを超えてるわ。
さっきまではむしろ喜ばしそうだったのに、どこに笑顔を落として来たのよ。
「寂しい、凄く寂しいぃ……!」
「はいはい、私もよ」
でも自分より悲しんでる人を前にすると逆に冷静になれるというか。共感性のなさが仕事し始める感じ。
「ああほら、恋人がお迎えに来たわよメイ」
「メーイ、フィシカー!」
人混み掻き分けやって来たビークに後を託す。精々必死に慰めておいて。
「フィシカ、どこ行くの?」
「最後に校舎巡りでもと。じゃあね!」
「あー、セナに会ったらよろしく頼むー!」
それって具体的に何をどうするのよ。と思いつつ手を振り、私は一人廊下を歩く。
エルナはどこにいるだろう……やっぱり最後はあの場所かな。
「いた」
エルナが命を落とし、その人生を終えた場所。階段の下で私はエルナを見付けた。
彼女も私に手を振っている。他に誰もいない、きっと皆は教室で別れを惜しんでいるのだろう。私は手元に紙を広げ、手書きの卒業証書をエルナに贈るべく読み上げた。
「卒業おめでとうございます。エルナ・オグリー」
唖然とした顔が綻んで行く。エルナの好きな兎の絵も描いたの。可愛いでしょう。
私達は巣立って行くし、エルナも旅立って行く。今日はお互い記念すべき日だわ。
「いつかまた会いましょう。私のもう一人の友達。あなたの幸せを祈ってる!」
触れられない指先が紙を受け取る仕草に。そして私に伸ばされる。世界で一番柔らかな抱擁だと、同じように腕を回し私は微笑んだ。温度も感触も伴わない、ただ心だけが通っている。
その時だ、耳の奥で知らない声がした。女の子の……
「ありがとうフィシカ、ちゃんと全部届いてた。あなたの祈りが」
「嘘……」
エルナの声が聞こえる。
「私ね、フィシカがずっとずっと健やかで、幸せいっぱいであれって願ってる。神様に直接言いに行って来る」
「エルナ」
「さようなら……私を見付けてくれてありがとう、いつか……」
卒業証書を胸に抱いたエルナの身体が消えて行く。光になって美しく散る……空へと。
「いつかまたどこかで」
「約束よ!」
「ええ、勿論」
パッと瞬いた輝きが昇って行った。何も残らない、幻みたいに消えてしまう。
それでも私はこの目で見た光景を生涯忘れないだろう。二人ぼっちの卒業式を。
「さようなら……」
ぽろりと涙の粒が落ちた。私にも別れを惜しむ涙が備わってたみたい。なんとなく拭うのも勿体ない気がして、そのまま階段に座り込んでいた。
「フィシカ」
セナだ。驚いた顔をしてる。
「……」
口を開くも、結局何も言わずにセナは私の隣に座った。チラチラと視線を感じる、多分言葉をかけるべきか悩んでるのね。でも慰めはいらない、胸の中には充足感もあるの。
「卒業式だからよ」
「分かった、それでいい……やるよ」
ハンカチを寄越されて、折角だからありがたく頂戴する。言葉もなくしばらくそこで過ごした。エルナはもう大丈夫なんだと思えても、涙はまだ滲む。
校門を出たら私達の学生時代は終わり。生徒でも級友でもない日々が始まるから。
「もう平気、ありがとう」
「礼はいい。友達だから……今はまだ」
不思議な言い回しをするセナに手を取られ歩いた。どこに連れてかれるのかしら、教室?
「あ、いたー! フィシカどこいたの!?」
「手繋いで歩いてるじゃん、上手く行って良かったなセナー!」
「何が? 視界不良で誘導して貰っただけよ」
「え、何それこいつヘタレ過ぎ……っ痛い!」
ビークとセナは仲が良い、もしエルナがいたらきっとにこにこする。私もなんだか笑えてた。
「えへへ、私フィシカの笑顔好き。優しいもん」
「ならお手本を見せてくれた友達のおかげね」
寂しさの傍らに清々しさがある。そして温もりが。これまで私の心になかったもの。まだ知らない感情が芽生える日も来るのかしら。
──ねえ。私の目は、空を見上げてる。
【完】
集められた講堂は肌寒くて、一層厳かに感じる。パイプオルガンの調べと共に卒業証書を手に、旅立ちの歌を歌う。在校生の拍手に見送られしめやかに式を終えた。
笑顔もあれば涙もある。見渡せばそこかしこに感情が溢れ返っていた。そしてあのハンカチも。女子が涙を拭うのは、大流行した十番通りの店の品。繊細な刺繍が式典にそぐってるものね。
「フィシカ、フィシカあああ……」
もうべしょべしょに泣き崩れてるメイのハンカチはキャパを超えてるわ。
さっきまではむしろ喜ばしそうだったのに、どこに笑顔を落として来たのよ。
「寂しい、凄く寂しいぃ……!」
「はいはい、私もよ」
でも自分より悲しんでる人を前にすると逆に冷静になれるというか。共感性のなさが仕事し始める感じ。
「ああほら、恋人がお迎えに来たわよメイ」
「メーイ、フィシカー!」
人混み掻き分けやって来たビークに後を託す。精々必死に慰めておいて。
「フィシカ、どこ行くの?」
「最後に校舎巡りでもと。じゃあね!」
「あー、セナに会ったらよろしく頼むー!」
それって具体的に何をどうするのよ。と思いつつ手を振り、私は一人廊下を歩く。
エルナはどこにいるだろう……やっぱり最後はあの場所かな。
「いた」
エルナが命を落とし、その人生を終えた場所。階段の下で私はエルナを見付けた。
彼女も私に手を振っている。他に誰もいない、きっと皆は教室で別れを惜しんでいるのだろう。私は手元に紙を広げ、手書きの卒業証書をエルナに贈るべく読み上げた。
「卒業おめでとうございます。エルナ・オグリー」
唖然とした顔が綻んで行く。エルナの好きな兎の絵も描いたの。可愛いでしょう。
私達は巣立って行くし、エルナも旅立って行く。今日はお互い記念すべき日だわ。
「いつかまた会いましょう。私のもう一人の友達。あなたの幸せを祈ってる!」
触れられない指先が紙を受け取る仕草に。そして私に伸ばされる。世界で一番柔らかな抱擁だと、同じように腕を回し私は微笑んだ。温度も感触も伴わない、ただ心だけが通っている。
その時だ、耳の奥で知らない声がした。女の子の……
「ありがとうフィシカ、ちゃんと全部届いてた。あなたの祈りが」
「嘘……」
エルナの声が聞こえる。
「私ね、フィシカがずっとずっと健やかで、幸せいっぱいであれって願ってる。神様に直接言いに行って来る」
「エルナ」
「さようなら……私を見付けてくれてありがとう、いつか……」
卒業証書を胸に抱いたエルナの身体が消えて行く。光になって美しく散る……空へと。
「いつかまたどこかで」
「約束よ!」
「ええ、勿論」
パッと瞬いた輝きが昇って行った。何も残らない、幻みたいに消えてしまう。
それでも私はこの目で見た光景を生涯忘れないだろう。二人ぼっちの卒業式を。
「さようなら……」
ぽろりと涙の粒が落ちた。私にも別れを惜しむ涙が備わってたみたい。なんとなく拭うのも勿体ない気がして、そのまま階段に座り込んでいた。
「フィシカ」
セナだ。驚いた顔をしてる。
「……」
口を開くも、結局何も言わずにセナは私の隣に座った。チラチラと視線を感じる、多分言葉をかけるべきか悩んでるのね。でも慰めはいらない、胸の中には充足感もあるの。
「卒業式だからよ」
「分かった、それでいい……やるよ」
ハンカチを寄越されて、折角だからありがたく頂戴する。言葉もなくしばらくそこで過ごした。エルナはもう大丈夫なんだと思えても、涙はまだ滲む。
校門を出たら私達の学生時代は終わり。生徒でも級友でもない日々が始まるから。
「もう平気、ありがとう」
「礼はいい。友達だから……今はまだ」
不思議な言い回しをするセナに手を取られ歩いた。どこに連れてかれるのかしら、教室?
「あ、いたー! フィシカどこいたの!?」
「手繋いで歩いてるじゃん、上手く行って良かったなセナー!」
「何が? 視界不良で誘導して貰っただけよ」
「え、何それこいつヘタレ過ぎ……っ痛い!」
ビークとセナは仲が良い、もしエルナがいたらきっとにこにこする。私もなんだか笑えてた。
「えへへ、私フィシカの笑顔好き。優しいもん」
「ならお手本を見せてくれた友達のおかげね」
寂しさの傍らに清々しさがある。そして温もりが。これまで私の心になかったもの。まだ知らない感情が芽生える日も来るのかしら。
──ねえ。私の目は、空を見上げてる。
【完】
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