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第二章 命名研究機関との戦い
第四十七話 研究所幹部【人心掌握】
しおりを挟む◇【リーフレイン視点】
そこは薄暗い海底研究所牢獄とは違った意味で幽閉された者の神経をすり減らすような光るような白さだけの空間。
人一人を幽閉するには少し広いくらいの…牢というよりは部屋に近いその空間には窓も扉もなく、どこから換気を行っているのかわからない…そもそもがどこから入ったのかさえもわからない。
中央には寝台がある以外は何もない。
いや、何もないというには語弊がある。
物がない代わりに辺り一面の壁や床、天井には無造作に何かが記されていた。
それが何の言葉か、文字かすらも定かではない。
ただただそこに閉じ込められた者にとって気味の悪いもの。
ただそれだけの空間。
無論…今現在閉じ込められている私にとってはそれが何なのか…ここが何処なのか知る由もないし、どうでもよかった。
「…………」
何故私は捕らえられているのだ………などと一瞬考えたが記憶を失った今に至ってはそれすらもどうでもよく、ただ自身が誰であるのか、それだけを考えていた。
「私は……」
全ての記憶を失ったわけではない、物や場所、ある程度の一般の常識については覚えてている。
命名研究所の事も知っている、その本元があるという大陸の名も覚えている。
先ほどまで何故か海底にある研究所に捕らえられていた事も微かに覚えている。
そこで何があったかまでは覚えていないが…
私は今まで何をしていた?
覚えているのは私はエルフの里で産まれ育った事…両親、そして私には妹がいるという事。
それは記憶というより、どちらかというと感覚に近い。
故に皆の名前すらも浮かんでこない。
大事な人物の名前、それだけがすっぽりと記憶から抜け落ちている。
一体私に何があったんだ。
そして、私の名前は…………
先ほどまで一緒にいたフードの男は何も語らなかった。
ただ私に謝り、それ以降は無言だった。
「……よほど酷い目にでもあったのか…しかし身体は何ともない…が…」
強いて言うならなぜ私は裸なのかというくらいか。
薄布を巻いているとはいえ。
だが、元来の性格なのか知らないが別にそれくらいどうという事はない。
どうやら私は羞恥心など持ち合わせていないらしい。
だが少し違和感がある。
それは身体に残る不快感とそれに相反する快感。
太ももの横あたりを触る、少しの痺れと快楽が身体に訪れた。
「……乱暴でも…されたのか…」
導きだされる推論はそれくらいしかない。
しかし自身の持つ性格とそれによる記憶障害は比例せず、結びつかない。
結果結論は出ず、ただ無為な時間を過ごすしかなかった。
「やあ、初めまして、だな。リーフレイン」
突然何もない空間に声が響く。
警戒し辺りを見回すが人の影や気配はどこにもない。
「ここはとある能力者により創られた空間だ、ゆっくりするといい」
能力?
そうだ、この世界では皆産まれ落ちた時から能力を持ち合わせている。
それを発現させられるかどうかは当人の天性と環境に左右されるが……生きる者は全て…例外無く力を秘めている。
その者を表す『名前』がある限り。
「……それが私の名か?」
リーフレイン……エルフの言葉で『閃光』……ヒューム達の言葉では確か『雨と葉』
それが私の能力…?
「その通りだ、しかし最早お前の能力などどうでも良い…お前を捕らえたのは…ある事を聞くためさ」
「……ある事?」
とりあえず会話をしない事には始まらない。
見る限りどう足掻いても出る事は敵わなそうだ。
ならば今は言う通りにするしかない、しかし記憶の無い今の私に答えられる事などあるのだろうか。
「リーフレイン……その名をつけた母の事を覚えているか?」
「……母……」
記憶を呼び起こす。
それは私が子供だった頃の記憶……
--------------
◇
「………ここは…」
俺は何かの実験室のような場所で目を覚ます。
何か少し前にも同じような事があったな…と夢と現実を行き来しているような曖昧な覚醒状態の中思い出した。
しかし今度は診療台なんて丁寧なもてなしで迎えられていなかった。
何かよくわからない機械に繋がれた実験装置が並ぶ十字の台にキリストのように磔にされている。
ここは中世の世界じゃなかったのか?
まぁそれは世界のほんの一部を見た俺の決めつけだし…現代に近い文明を持つ場所だってあるのかもしれない。と、呑気に考えた。
「あら、目が覚めたかしら?貴方にとっては初めましてね」
カツカツと音を立てながら視界の外から目の前に現れたのは綺麗な女性。
如何にも研究員のような白衣を身に纏った…少し性格のキツそうな顔から第一印象が見てとれる。
「………誰だ」
「話くらいは聞いているかしら、ティアラップと古心が世話になったわね」
「!」
じゃあこの女が火山の噴火を巻き起こした計画をたてた張本人!
通称『ヒト』と呼ばれてる女か!
「まさか…男にも女にもなれるなんてね…後で知って驚いたわ…まぁゆっくり話しましょう、ここには誰も助けにこれないわ」
「……」
「ちなみに海底研究所室長が寝ている貴方に能力をかけたからチカラも使えないわよ、何か企んでいたようだけど残念ね」
「…ここはどこなんだ…」
「『命名研究機関』、その本部である中央研究所よ」
「……アストレア大陸にあるっていう本拠地か…?」
「あら、詳しいわね。でもそっちは表の顔のいわばダミーよ。当然名目の上では国の研究機関としてちゃんとした健全な建物を建てているわ、でもわたくし達が今いるのは正確にはそこではない。ここを建築したある能力者により創られた隠された空間…中央研究所の扉に特定の鍵を使う事でしか入れない空間よ」
「…特定の鍵……」
空間製作者が創り出した不可侵領域。
だから見つからなかったわけか。
「その能力者はもう死んでいるからもう鍵を持つわたくし達以外はここに入る事はできないわ」
「……お前らの目的は何なんだ?」
「勿論、実験よ?少しでも『命名』によるこの能力の事を解明したい、それ以外あるかしら?それはこの世界の理を解明する事に繋がるからね」
「…この世界の理?」
「未だこの名付けによる現象には解らない事の方が多いのよ、有史以来先人達はこの謎を追いかけてきたわ、それでもおよそ2割程度しか解った事はないの…何故か同名はつけられない、想いがなければ覚醒できない、能力の発動原理、わからない事だらけよ。今は登録番号制を政府が取り入れたせいで余計にわたくし達の研究は停滞しているわ、もう表向きの綺麗事だけじゃあ研究は進まない。だから人拐いをして実験台になってもらってるわけ、合理的でしょう?」
それはブリッジから聞いた事と同じだ。
俺は質問を変える。
「じゃあ今の目的は?『願叶(キラキラ)』を奪う事が本命だったんだろう?溶岩騒ぎをダミーにして」
ピクッ
女は少し動揺を見せたがすぐに落ち着いた素振りを見せる。
「……中々事情に精通しているようね、驚いたわ、素敵よ」
女は俺の前まで歩いてきて、尖った指先で俺の頬を撫でる。
「答えは変わらないわ、願っただけであらゆる想いを叶える少女……こんなの実験しないわけにはいかないじゃない。この原理が解明されればあらゆる人間が自由に願いを叶える事ができるかもしれない!これは人類の願いなのよ!」
女は自分を抱きしめるようなポーズで恍惚とした表情をする。
ゾクゾクと震えているようにも見えた。
「だからわたくし達はこの謎を解明するわ!そのためなら邪魔者は殺す、珍しい名前の人間は研究の実験台になってもらう!拒否するなら殺す。ただそれだけよ」
なるほど、確かに合理的だしその通りだ。
人の命や想いを犠牲にしたりしなければ…の話だが。
俺は研究家ではないけどその思いはわからなくもない。
研究に携わる者は皆、それぞれ三者三様の想いで自身を犠牲にしてまでそれに懸けるような情熱を持って没頭しているイメージがある。
きっとそれは、何かしらの発展の為だったり、知識欲を満たす為だったり、金の為だったり、人を救いたい為だったり。
動機が何であれ…それによって救われる人は多いと思う。
だから…誘拐や殺人は論外だとしても一概に全てを否定はできない。
この女性の考えはスキルを使えない今…読む事はできない。
しかし、この一連の出来事を単なる遊びでやっているんじゃない事は理解できた。
俺は仲間以外に初めてこの質問をする。
それは俺が冒険に出るきっかけともなった当初の想い。
ヒュミと出会い、そこで感じたある想い。
「貴女は自分の名前がどういう想いでつけられたのを知っているのか?」
ピクッ…
女はまたしても動揺を見せる。
今度は動揺を隠さず、険しく、眼から光を失わせ俺に向き合う。
「知っているわよ、それが何!?」
「こんな事をしてほしくて付けられた名前なのか?」
「……そんなわけないでしょ!!何!?わたくしを馬鹿にしてるの!?」
「そんなわけないだろう、俺はただ聞いてるんだよ。貴女の名付け親…両親なのか別の誰かは知らないけど…貴女にそんな事をしてほしくてその名前をつけたのか?って」
「うるさいっ!!そんな事どうだっていいでしょ!?その通りに生きてなかったらどうだっていうの!?」
「別に俺から言う事は何もないよ。それは自分に聞けばいい、その名に恥じない生き方をしているかって」
「うっ、うるさいっ!!うるさいっ!!そんなのわたくしの勝手でしょ!!」
「だから俺は何も言ってない、だったら取り乱してないで堂々と言えばいい。名に恥じるような生き方はしてないって」
「……っ!」スッ
女は取り乱した様子のまま俺の頭に手を乗せた。
「貴方はっ…!楽には殺さないわよ!わたくしの能力で嫌というほど操って…!仲間同士で殺し合いをさせてあげるわっ!」
続けて女は言う。
「わたくしの名前は『人心掌握』っ!能力は人の心を意のままに操る事!条件は対象に触れて自分の名を明かす事っ!これで条件は整ったわ!」
「そっか、わかった。俺は『ナナシ』だ」
女は能力を発動させた。
バキンッ!
「えっ!?」
俺を拘束していた鎖は装置ごと壊れる。
正確には俺が壊した。
「なっ何故っ!?能力は使えないはずなのに…どうやってっ!?」
「聞こえたか?どうやら鍵を手に入れて開けないと入ってこれないらしい。今から手に入れて開ける、準備しておいてくれ。録音は?」
「ばっちりだ、皆集合した、健闘を祈る」
プッ
体の中でスマホの通話の切れる音がする。
「さぁ、決着をつけよう」
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