楽園の肉塊(冒頭試し読み)

まゆり

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 椰子やしの葉陰からもれる月の光が明るい。真円から端のほうを少しだけ削り取ったような形をしていて、満月まであと数日というところだろうか。空は星をちりばめた群青色をしている。満月が近くなると、潮の満ち引きが大きくなって、魚がまったく釣れなくなる。なぜだかはわからない。
 沖の彼方に見える小さな光は、パラダイスベイ・リゾートという名のリゾートホテルの明かりだ。滞在客は、空港からセスナ機で直接ここまでやってくる。誰も、国際空港のある砂糖きび労働者の町にぼったくり土産物店をつけ足したみたいな埃っぽい田舎町で、時間を無駄に使うことなく、最高の場所に直行するというわけだ。
 俺が住んでいるこの村は、南太平洋の楽園と言われているパラダイスベイ・リゾートの隣の島にある。楽園の隣は楽園かといえばそうでもなくて、二十四時間稼動の自家発電装置によって作りだされた快適な空間と、電気のないこの村の生活の間には、雲泥の差がある。ただ、青い海と環礁かんしょう、白い砂浜だけは、金持ちの観光客にも、一文無しの村人にも同じ顔を見せてはいるけれど。
 俺は祖父じいさんの墓の上に座っている。湿ったコンクリートのひんやりとした感触が心地よい。外国の映画で見るようなカッコイイ墓標ではなく、コンクリートで作ったベッドみたいな墓だ。祖父さんはその下で仰向けになって眠っているはずだ。
 祖父さんは、俺が十歳の時に百歳近くまで生きて死んだ。小さい頃には人を喰った話をよく聞かされた。悪い子にしていると、バナナの葉っぱに包まれて、真っ赤に焼けた岩と一緒に埋められて、蒸し焼きにされるぞと、脅されたものだった。祖父さんが本当に人を喰ったことがあるかはわからない。
 静かな波の音の反復を聴いていると、気が狂いそうになる。ガンジャを持って来ればよかったな、と思う。吸うと波の音が渦巻いて、波の音と自分の区別がつかなくなって、波と一体化したような気分になる。そうして静かに夜に溶ける。溶けるのは悪くない。
 かすかな足音が聞こえてきた。裸足の小動物みたいな控えめな足音がだんだん近づいてくると月明かりの中に、メレの姿が見えてくる。束ねた緩いウェーブの髪が、ミルク入りのコーヒーみたいな色の、弾けるような丸みを帯びた肩にかかっている。きつく巻いた深い緑色の布の下ではふたつのふくらみが窮屈そうに、でも隠れることなくその存在を誇示している。裾からは野生動物のようなしなやかな筋肉のついたすねがのぞいている。布の裾の方には、二匹のエンゼルフィッシュと、パラダイスベイ・リゾートのロゴがプリントされている。
「ごめんねコロイ、待った?」
 と言うと、メレは意味もなく可笑しそうに笑った。とにかくよく笑う女だ。笑っているのではなく脳がかすかに痙攣(けいれん)しているだけなのかもしれない。ひくひく。あははは。ひくひく。でも間違いなく言えることは、メレの脳みそは人よりちょっと控えめにできているということだ。

 ※ 続きはKindle書籍にてお読みいただけます。プロフィールのWebサイトというところから耽溺NovelsのPict SPACEの店舗に飛べます。
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