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30.疎い私でもわかること

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 昨日は更新できずに申し訳ございませんでした。

▽▼▽▼


 王女様は確かにギデオン様の名前を口にした。

(知り合いなのか?)

 そうだとしたら紹介するのもおかしな話だ。ひとまずは様子見で黙っていることにした。

「アーヴィング公爵、ですよね」

「そうですが……」

「わたくしネスロダン国王女、ルクレツィアと申します」

「王女殿下でしたか。失礼致しました。オブタリア王国アーヴィング公爵家当主、ギデオンと申します」

「存じ上げております」

 様子を見る限り、知り合いというよりはルクレツィア王女の方が一方的に知っているように見えた。

「……わたくし、アーヴィング公爵にずっとお礼が言いたくて」

「お礼、ですか?」

「はい。実は前回オブタリア国に来た時、アーヴィング公爵に危ないところを助けていただいたのです。一瞬のことでしたので、覚えてらっしゃらないとは思いますが……本当にありがとうございました」

 そう語る王女様は、私と話している時に比べてどこか照れた様子だった。これは恋愛に疎い私でもわかる。

(もしかして……恋、してるのか?)

 確信があるわけでも、本人の口から出た訳でもない。けれどもなんとなく、直感がそう告げていた。

「覚えていないのですが……その、お役に立てたのなら何よりです」

 しっかりと頭を下げながらお礼を受け取るギデオン様。王女様は嬉しそうに笑みを深めていた。

「もしよろしければーー」

「それでは私達はこれで」

「えっ」

 見事なまでに発言タイミングが被ったかと思えば、ギデオン様はさらりと挨拶を口にしていた。

「私達……」

 動揺しながらも、王女様の視線は私に向けられた。

「もしかしてレリオーズ嬢、貴女がーー」

「ルクレツィア!」

 今度は殿下によって王女様の言葉が遮られた。突然大きな声を出したのには驚いたが、殿下は慌てて王女様の傍に駆け寄った。いつの間にか殿下は柵の反対側に移動していたようだった。

「ルクレツィア。従者が君を呼んでいたよ。何でも急ぎの用事らしくてな」

「急ぎの用事って」

「とにかく急ぎなんだ。行こう!」

「……わかったわ。ごめんなさいレリオーズ嬢。馬術はまたの機会に」

「は、はい」

 何か思うことがあるような面持ちだったが、王女様は殿下に連れられて厩舎の方へと戻っていった。最後に見せた私への視線は、どこか悲しげなものだった。

「アンジェリカ嬢。それでは私達も先程お伝えした大会を見に行きましょう」

「そうですね」

 王女様のことが気になりながらも、今はギデオン様との時間に集中しようと切り替えることにした。

 大会を開催する場所までは少し距離があるので、一度木陰の方に戻ってそれぞれティアラとシュバルツを迎えに行った。

 馬の休息も兼ねて、乗らずに引きながら歩くことにした。

「ギデオン様は大会の観覧はされたことあるんですか?」

「まだ数回程度ですがあります」

「何か難しいルールとかあるんですか?」

「特にはありません。ルールは至って単純で、決められたコースを速く走った馬の勝ちですので」

「なるほど。それは面白そうですね」
(……前世で言う競馬か? 賭け事は発生しないと思うけど)

 一番の馬はどれだけ速いんだろうと期待を膨らませながら、会場へと到着した。

 先程の馬術のスペースとは異なり、多くの人で賑わっていた。ギデオン様の話しによれば、ここらへん周辺にすむ人々にとっては大会はイベントとして親しまれているようだ。

「もう始まっていますね。あちらがコースです」

「うわっ、凄い速さですね」

「はい。走り専門の馬が集められていますので」

 目にも止まらぬ速さで、馬達が駆け抜けていく。確かに乗馬とはまた違う、勢いのある走りだった。

(速いな……でもティアラもここに混ざれるんじゃないか?)

 速いとは言っても驚くほどではなかった。普段レリオーズ邸の裏にある草むらでしか走っていない私達は、長い距離を駆け抜けたことはない。それでも純粋に走る速さなら、ティアラは長けていると感じた。

「次の走者が始まりますね。アンジェリカ嬢、どうぞこちらへ」

「ありがとうございます」

 ギデオン様のエスコートで、よく見える場所に移動した。四頭の馬とそれに乗る人が一直線に並んでおり、端にいた人が掛け声と同時に旗を上げた。その瞬間、勢いよく馬が走り出す。

(どの馬も速いな。互角に見える)

 突出して速いというよりは、競っているような走りだった。それを他の観客は楽しんでおり、ギデオン様も興味深そうに見ていた。

(……走ってる奴を見ると、どうしても走りたくなるな)

 自分もあのレースに参加したいとうずうずしていれば、ティアラがブルッと鳴いた。

「ティアラ」
(もしかして同じ気持ちなのか?)

 ティアラはじっとコースの方を見ており、今にも動きたそうにしていた。どうしようかと思っていれば、三十代くらいの男性がギデオン様へ近付いてきた。

「お兄さん。馬にはよく乗るのかい」

「はい、乗りますが」

「もしよかったら走らないかい? 最後のレースで欠員が出てしまってね。飛び入り参加する人を探していたところなんだ」

 どうやら男性は大会の運営委員のようで、レースを執り行うために人集めをしているとのことだった。運営委員の男性は困り果てた表情をしており、頭をポリポリとかいていた。

「飛び入り参加ですか」

「あぁ。お兄さんの黒い馬が目に入ってね。お兄さんなら互角に戦えるんじゃないかと思ったんだ。もしよかったらどうかな」

(おじさん見る目あるな。私もギデオン様とシュバルツなら、一位が取れる気がする)

 うんうんと内心で頷いていれば、ギデオン様は私の方を見つめた。

「アンジェリカ嬢はいかがですか?」

「……え?」

 まさか自分に振られると思っていなかったので、気の抜けた声が出てしまう。唐突な提案かと思いきや、ギデオン様は意外にもじっと私を見つめていた。

「走りがお好きと聞いていましたので。もしかしたら、大会を見る側だけでなく参加する側にもご興味があるのかなと」

「……興味はありますが、ギデオン様も同じでは?」

 せっかく誘われた貴重な機会だ。私ではなく、自分自身に使ってほしいと思ったのが本心だった。

「お気遣いありがとうございます。実は私達は遠乗りには慣れているのですが、あのように駆け抜けるような走り方はあまりしたことがないんです。……どちらかというと
苦手でもあって」

「そうなんですか」

「はい。自分の経験不足を踏まえても、アンジェリカ嬢がご興味があるなら是非と思ったのですが」

 その提案は正直凄く嬉しいものだった。ギデオン様が苦手と言ってくれたこともあって、私は自分が受けることにした。

「……いいですか? 私が出ても」

「もちろんです。最前席で応援していますね」

「はい……!」

「すみません。飛び入り参加はこちらの女性でも問題ないですか? 私よりも速いので」

「それなら大歓迎だよ。案内するから着いてきてくれ」

「ありがとうございます」

 私は緩む口元をどうにかしながら、気を引き締めてティアラと移動することにした。

「頑張ってください、アンジェリカ嬢」

「ギデオン様とシュバルツの分も頑張ります!」

 嬉しさが込み上げて、品のよさを全く考えずに元気よく答えてしまった。それをあまり気にしない様子でギデオン様に見送られながら、私は運営委員に着いていった。

「いやぁ、助かったよ。最終レースは特別なゲストが参加しててね」

「特別なゲスト?」

「あぁ。もうあそこに待機してるよ」

 男性が指差した方向にいたのは、先程殿下に連れて行かれた王女様だった。

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