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110.散りゆく花
しおりを挟む結婚式はいつ挙げるのかーー。
誰と誰のことを指しているのかは、陛下の視線から容易にわかった。しかし、あまりに突然すぎる言葉に思考が停止してしまった。驚いているのはアルフォンスも同じだった。予想外の発言だったが、場は凍らずに済んだ。何故なら、このことを知らないはずのルキウスが一返答をしたからだった。
「陛下。まだ何も計画しておりませんから、気長にお待ちください」
「そうか。だが是非式には呼んでくれ。楽しみにしている」
「……は、はい。ありがとうございます」
ルキウスの返答に驚くあまり思考が停止してしまったが、なんとか陛下に返事をすることができた。国王陛下を見送るとサミュエルが申し出、二人は会場を後にした。残されたのは私とアルフォンス、そしてルキウスの三名だった。
「……あの、結婚というのは」
「ん? 決まっているだろう。ルミエーラとディートリヒ卿の式だ」
(どうしてそれをルキウスがーー)
疑問が何一つ片付いていない。そう思っていると、心情を察したルキウスが全てを教えてくれた。
「……サミュエル様は二人の関係に気付いていたようだぞ」
「……」
(……それもそうか。対峙した時に、確認ではないけど問われたことがあったから)
サミュエルが気が付くのは凄く自然なことだった。
「だからこそ、ルミエーラに配慮した説得をしたんだ」
「説得、ですか?」
「あぁ。ガドル様と国王陛下に」
「!!」
「前大神官様は、お二方になんと?」
アルフォンスが鋭く尋ねる。
「聖女に神殿と国を捨てられたくなければ、聖女の意思を尊重するように、とな」
「私の意思を……?」
「あぁ。サミュエル様曰く“聖女の力は強力だ。それを国に留めておきたいのならば、くれぐれも邪魔はしない方が良い”という警告と共に説得されていた」
「そしてルミエーラ様のお力はこの場で証明された……」
「あぁ。国王陛下もガドル様も、その提案を受け入れたというわけだ」
その証拠に、ガドルは付き従うと宣伝し陛下は第二王子の婚約を撤回させた。
(まさか……サミュエルがそこまで動いていたなんて)
予想できなかった収束に、思わず拍子抜けしてしまった。
「それで? 二人はいつ式をあげるんだ?」
今度はルキウスによって問いかけられた。
本当に誰しもに認められたのだ、そう思うと実感がわかなかった。けれども許されるのならーー。
アルフォンスと二人、顔を見合わせて微笑み合った。答えは同じようだった。
「叶うのなら、すぐにでも」
「そうか」
「現実問題、そうはいきませんが」
「そうなのか?」
「……まだ、ディートリヒ家の方に挨拶も報告もしていないので」
「問題ありませんルミエーラ様。報告なら既にしております」
「え?」
いつの間にそんなことを。そう唖然とアルフォンスを見つめれば、本人は綺麗な笑顔で続けた。
「今日の証明の件含め伝えてあります」
「そ、そうなの」
「はい」
「……では報告はまだか」
「そうですね」
「それなら行ってくると良い。後片付けは私達に任せてな」
「大神官様……ありがとうございます」
ルキウスの配慮に感動しながら、私とアルフォンスはもう一度ルキウスに感謝を伝えてその場を後にするのだった。
◆◆◆
〈ルキウス視点〉
会場に、一人だけ静かに残る形になった。
「……それにしても本当に凄い力だな」
そう言いながら天井を見上げる。花々に視線を向けていると、ガチャリと再び扉が開いた。
「……あの二人は行ったのか」
「サミュエル様」
国王陛下の見送りは無事終了した様で、颯爽としながらこちらに向かってきていた。
「…………」
「…………」
お互いに無言でいると、サミュエル様が労わるような視線をこちらに向けた。
「…………ルキウス」
「はい」
「…………また次の恋愛を探せばいい」
「!!」
てっきり「お疲れ様」のような言葉が聞けると思っていたので、予想外の励ましに驚き固まってしまった。
「……な、何故」
「ん? あぁ、私以外に素で話していたからてっきりそういうつもりなのかと」
「…………くっ。何故バレて」
「何年見てきたと思っている」
「……サミュエル様は私に関心がないと思っていたのですが」
「まさか。可愛い弟子だ」
「…………はは」
神殿も弟子も捨ててある日突然失踪した人の言葉には、説得力というものが欠けていた。
「だがよく頑張ったな」
「……それは何に対してですか」
「大神官という業務についてだ」
「……サミュエル様。私はこの座にそこまで執着があるわけではありません。いつでもお戻りください」
「いや、遠慮しておこう。私はまだ神に許されている身ではないのでね」
「ちっ」
「おい。舌打ちをしたな」
「気のせいです」
正直言って大神官という仕事は酷く面倒なものばかりだ。それを知っている者だからこそ、この座への執着はなくなる。
「大丈夫だ、ルキウス。お前はまだ若い。今からでも後継者を育てればよいさ」
「助言いただきありがとうございます。私もサミュエル様と同じく、さっさとこの座を譲ります」
嫌味ったらしく返せば、サミュエル様は小さく笑みを浮かべた。
「ルキウス……失恋の傷はそうとう大きなものだろう」
「馬鹿にしてらっしゃいますか?」
「まさか。お前が心配でな」
「余計な心配です」
「いや。愛する者を目の前で送り出すには心苦しいことだろう。安心しなさい。式の神父の役目は私がーー」
「余計なお世話です!」
これだから師匠という人には勝てない。一つ嫌味を言えば、何十倍になって返ってくるのだから。
「……もう未練も何もありませんよ。今はただ……長年見てきた子が旅立つのを見届けるだけです」
「そうか」
「とてもお似合いの二人ですからね」
そう。自分が入る隙など無いほどにーー。
こうして私の、いや俺の、初恋は会場に咲いた花々と共に儚く散っていったのだった。
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