従魔と異世界スローライフのはずが、魔王と噂されていく日々

ソラリアル

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第58話 はじめての味と、生まれた子

お米を炊き始めてしばらくすると、土鍋の穴から湯気がもくもくと立ち上り、
俺が前世で嗅いだことのある、あの懐かしい匂いが厨房に広がり始めた。
そうそう、これだよこれ!
なんて思いつつ、その香りに包まれながら昼食の準備を進め、
土鍋から「ピイッ」という合図の音が鳴ったところでコンロの火を止めた。
そこから15分ほど、じっくり蒸らしの時間へ。

その間にテーブルの上へサラダを並べ、スープを温め直す。
そして突然どうしても食べたくなったサイコロステーキにステーキソースをかけ、
一緒にテーブルへと並べた。


「さてと……クレオ!」


コトンッ――


「お茶碗ー! 日本の心ー!」
 

一通り準備が整ったところで、自分用のお茶碗を生成する。
他の皆の分は、うっかり割ってしまうかもしれないし、今回はやめておこう。

続いて土鍋をテーブルの中央へ移動させ、
そっと蓋を開けると――
もわっと立ち上る湯気の向こうから、真っ白な白米が顔を出した。

その瞬間、この世界で本当にお米が食べられるのだという実感が込み上げ、
自然と笑みがこぼれる。
自分のお茶碗によそい、家にある木製の器にもそれぞれ白米を盛り付けて準備完了。
いよいよ、白米を食べる時が来た。


「主ー! お腹空いたー!」

「お腹が空きましたね、クロ兄さん!」

「やっとか。待ちくたびれたぞ」

「ヨシヒロ様ー! 何だか不思議な匂いがしますー!」

 
外にいた皆を呼ぶと、次々に厨房へ入ってきて席に着く。
そして目の前に置かれた白米を見て、全員が揃って不思議そうな顔をした。
まあ、初めて見る食べ物だ。無理もない。

 
「これが主が食べたかった“お米”ってやつ?  真っ白い粒だな!」

「そうだよ! まずは、この白米だけを食べてみてほしいな。
ひとまず、何もつけずにね。
それじゃあ……いただきます!」

「いただきまーーす!」

 
口に運んだ瞬間、懐かしい味が広がる。


「んーー! これこれ! この、ほんのり甘い感じ……!
……皆、どう?」

「……んー?」

「んー……」

「ヨシヒロ様……あまり味がしませんね……?」

「何だこれは……味が、ほとんどせぬな。
わずかに甘みはあるが……これがお前の世界で食べられていたものなのか?」 

「ふふ、これがいいんだよ。
でも、皆には不思議な味に感じるよな。
じゃあ次は、そこのお肉と一緒に食べてみて。劇的に変わるから」

「そうなの? じゃあ、一緒に食べてみる!」
 

久しぶりに白米を口にできた感動で、俺の胸はいっぱいだった。
ちらりと皆を見ると、予想通りの反応だ。

慣れていない人にとっては、
ただほんのり甘いだけの味に戸惑うのも当然だろう。
だからこそ、肉と一緒に食べてほしかった。

まずクロが、フォークでお肉を刺して口に運び、
続けて白米を口に入れる。

――その瞬間。

大きな瞳がぱっと輝き、細長い尻尾がフリフリと揺れた。

 
「なにこれ!
さっきまでほとんど味がしなかったのに!
お肉と一緒に食べると、お肉の味がこのお米に混ざって、すっごく美味しい!」

「そうだろ? ロウキとユキは食べにくいだろうから、
白米の上にお肉を乗せるから待ってて。」

「あるじ、これおいしい!」

「ヨシヒロ様、これは……魔法ですか?!」
 

クロの一言をきっかけに、ミルやラピスたちも次々と白米とお肉を口に運び始めた。
俺はすぐに、ロウキとユキの深皿の白米の上にお肉を乗せて渡す。
二人は勢いよく食べ始め、すぐに感動の声を上げた。

 
「ヨシヒロよ。
日本人とやらは、毎日このような美味なものを食していたのか。
肉の濃い旨味が白い粒と混ざり合い、
最初に食した白米とやらが、一瞬で別物に変わったぞ」

「あるじさま! とても美味しいです!
お米とは、こんなにも美味しくなるものなのですね!」

「良かった良かった!
皆が気に入ってくれて、俺も嬉しいよ。
皆で一緒に作ったお米だから、余計に美味しく感じるしな!」
 

気がつけば、6合分のご飯はあっという間になくなっていた。
ここまで喜んでもらえるとは思っていなかった分、嬉しさもひとしおだ。

最初から最後まで、皆で一緒に作ってきたお米。
それは俺にとって、本当に特別な存在になっていた。

これで、好きな時にお米が食べられる。
異世界での生活も、少しずつ整ってきた気がする。
そんなことを思いながら、
俺は初めての白米の余韻を、ゆっくりと噛みしめていた――









「ふぅー……食べた食べた!」

「美味しかったな、主! また白米食べたい!」

「そうだなぁ。
これからは、ちゃんと白米とメイン料理って形でご飯作ろうなぁ」

 
昼食を終え、後片付けをしていると、クロが満足そうにそう言って笑った。
俺と同じ感覚で白米を好きになってくれたことが、なんだか無性に嬉しい。
今夜の食事にも白米を添えよう。
白米が食べられるというだけで、こんなにも気持ちが満たされるなんて、
我ながら単純だなぁと思う。

だからきっと、アーロンさんも喜んでくれるはずだ。
そんな根拠のない自信が、なぜかあった。

忘れないうちに、早めに献上の相談をしなきゃな。
明日にでも、ガーノスさんに話してみよう――
そう思っていた、その時だった。

 
「なぁ、主。さっきから地下で、なんか感じる」

「え?」

「気づかんか? 我も先ほどから、地下で何やら感じておる。」

「そうなの? 俺は全然……
でも、気になるし行ってみるか」


呑気にお米の献上について考えていたところで、
クロが突然そんなことを言い出した。

ロウキも同じように、何かを察知している様子だ。
俺にはまったく分からなかったがけど、
何か異変があるなら放ってはおけない。

洗い物を終え、3人で地下へ向かう。
地下にあるのは、お風呂、魔力炉、そして魔物管理室。
何かを感じるとすれば……
 

「魔物管理室からだよ」

 
クロにそう言われ、俺はその扉を開けた。
 

ガチャ――

 
「何か感じる? もしかして……ひび割れた卵かな?」

「うん! 卵からだと思う!」

「うむ……こやつ、産まれようとしておるな」

「えっ?! 本当?!」

 
管理室の奥へ進むと、クロが卵から何かを感じると言い、
ロウキが静かにそう告げた。

慌てて卵のそばへ駆け寄り、そっと、その殻に手を置く。
 

「卵ちゃん。産まれてきたいのかな?
俺はいつでも待ってるよ。だから、安心して出ておいで」
 

パキッ

パキパキッ――


「おお? 出てくるかな?」

「産まれるぞー!」


殻に触れた途端、ひび割れが少しずつ、確実に広がっていく。

胸がどきどきと高鳴る。
どんな子が産まれてくるのだろう。

怖い魔獣だったらどうしよう、という不安も少しだけあったが、
それ以上に、早く顔を見たいという気持ちが勝っていた。

育てられるかな。
鑑定して、種族を調べて、体を洗って、ミルクをあげて――
そんなことを考えていた、その瞬間。

 
パキパキパキッ――!
 

「ピィッ! ピィッ!」

「おおっ! 産まれたーー!
主、産まれたー!」

「産まれた!
……で、でもこの子は一体?」

「……グリフォンだな。
そうか、見覚えのある卵だと思ったが……グリフォンの卵だったか。
この土地では200年前に絶滅しているからな。すっかり忘れておった」

【魔物を検知しました。グリフォンで間違いありません】

「グリフォンーーーー?!
嘘でしょ?! え、あのグリフォン?!」

殻を破って現れた赤ん坊。
鑑定しようとした俺の動きは、ロウキとエマの一言で止まった。

まさかの――グリフォン。

しかも、その姿は思っていたよりもずっと小さく、愛らしい。
大きな卵から産まれたわりには、
サイズはルーナほどの成猫程度。

鷲の頭とライオンの体という特徴は確かにあるけど、
翼は小さく、まだ空を飛べそうにはない。
前足は鳥、後ろ足はライオンで意外とがっしりしているのに、
後ろ足の肉球は完全にネコ科のそれで……正直、反則級に可愛い。

もう、種族とかどうでもよくなるくらい可愛い。


「えっと……お風呂!
お風呂で体を洗ってあげなくちゃ!
……抱っこできるかな? おいで?」

「ピィッ! ……パッパッ?」

「え?」

「パッパ!」

「パ……パパー?!」

 
手を伸ばすと、グリフォンの赤ちゃんは大きな瞳をぱちぱちさせ、
小さな翼をパタパタと動かしながら鳴いた。

――パッパ。

聞き間違いかと思ったが、もう一度はっきりとそう呼ばれ、
俺は固まった。


「主のこと、親だと思ってるみたいだぞ!」

「グリフォンでも、最初に見た者を親と認識する習性があるのだな。
しっかり面倒を見るのだぞ、パパ」

「ちょ、ちょっと待って!
俺、まだパパになる準備なんて――
何をすればいいかも分かんないのに!」

 
戸惑う俺の背中を、ロウキが前足でポンポンと叩く。
クロはなぜか嬉しそうにしているし、頭が追いつかない。
そんな時だった――


「ヨシヒロ様。
グリフォンの濡れた体は、すぐに温めて乾かしてあげる必要がありますわ。
低体温症を防ぐためにも、ぬるま湯で軽く湿らせた布や柔らかいタオルで、
殻の破片や水分を優しく拭き取ってから、温かい布で包んであげてくださいな」
 

「ありがとう! ……え?
今の喋り方……ガーネッ……え?
……誰?」

 
突然聞こえた女の子の声のアドバイス。
思わず返事をして振り返ったけど、そこにガーネットの姿はない。
いるのは、クロとロウキ。
そして――

 
「……もしかして。
今、喋ったの……ルーナ?」

「ええ。
命の鼓動に呼ばれて、来てみましたの。
そしたら、グリフォンの赤ちゃんが産まれていて……驚きましたわ」

「いやいや、驚いたのはこっちなんだけど?!
ルーナって……猫ちゃんだよね?」

「ふふっ。
そのお話は、あとでにいたしましょう。
まずは、その子を温めてあげて?」

「あっ、そうだ! そうだった!
よし、ひとまず上に上がろう!」

「俺、お湯出してくるー!」

「我は布きれを探してこよう。」

 
声の主は、まさかのルーナだった。
ついさっきまで、ただの可愛い猫だと思っていたのに、
突然喋り出すし、知識も豊富で、その姿はまるでお母さんのようだ。

グリフォンの誕生に、ルーナの正体。
あまりにも急展開すぎて、頭が追いつかない。

だけど、今は考えている場合じゃない。
ルーナの言う通り、まずは赤ちゃんを護らなければ。

疑問だらけの頭を抱えながらも、
俺はグリフォンを胸に抱き、皆と一緒に地下を後にした――
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