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第60話 彼女の過去とこれから
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「ヨシヒロ様……私は、300年ほど前から存在していますの」
「え?ずいぶん長生きな猫ちゃんなんだね、ルーナ」
「ふふっ。
普通の猫であれば、とっくに寿命を迎えていますわ。
私は……妖精種、ケット・シーの血を引く存在なのです」
「ケット・シーって……え?
猫ちゃんじゃなくて?」
「ええ。
私はこの地に残された、最後のケット・シーとして生きてきましたの。
ケット・シーは“幸運を与える妖精種”とも呼ばれていましたが、
同時に――
“命を吸い取る存在”として恐れられることもありました。
この地でも、それは同じでした。
やがて一族は、私を残して去っていったのです」
「……ルーナだけを、残して?」
森の木々が、そよ風に揺れる中。
ルーナは静かに、自分の過去を語り始めた。
ただの猫だと思っていた存在が、
異世界の物語でしか聞いたことのない“ケット・シー”だった。
それだけでも十分に衝撃だったのに、
彼女以外の一族は、迫害から逃れるため、この地を離れたという。
――なのに、なぜルーナだけが残されたのか。
その理由を、聞かずにはいられなかった。
「この地にも、私たちを信仰し、愛してくださる方々はいましたわ。
ですが、“死”にまつわる噂ばかりが広まり……
人々は、私たちの存在そのものを消そうとしましたの。
だから一族は話し合い、別の地へ移住することを決めました。
……けれど、私には他のケット・シーが持たない“感情”がありましたの」
「ケット・シーが持たない感情……?」
「ええ。私たちは本来、常に冷静に“生”と“死”を見つめ続ける役目を担っています。
死が近い者を、本人の望み通り“楽にしてあげる”ことなど、
本来あってはならないのです。
ケット・シーは“魂を盗む”と恐れられていましたが、
実際には――
“魂を安らかに導く”存在でした。
それ以外の行いは、決して許されるものではありませんでしたの」
ルーナは一度、言葉を切った。
「……ですが私は。
苦しむ仲間の命を吸い取ることで、その苦しみから解放してしまいました。
それは、明確な“禁忌”でした。
だから私は“異端”として扱われ、一族と共に行くことを許されなかったのです」
「……そんな……」
理由を聞いた瞬間、
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
生と死を見つめる存在。
命を終わらせる力を持つ妖精種。
そして、感情を持ってはいけない役目。
そのすべてを知った上で、ルーナは“優しさ”ゆえに境界を踏み越えてしまった。
だからこそ――
彼女は一族から切り捨てられた。
あまりにも、切なすぎる話だった。
「一族と離れてからも……
私は、その行為を止めることができませんでしたわ。
苦しみから解放されて、救われる命もあるのだと……
そう、信じたかったのです。
けれど今では……
私は“救っている”のか、ただ自分の感情を優先して“殺している”のか……
分からなくなりましたの」
そう語るルーナの声は、かすかに震えていた。
「その行為を重ねるうちに、体には大きな負担がかかり……
私は瘴気をまとってしまいました。
命を故意に吸い取る行為には、それほどのリスクが伴いますから……
ついに私にも、“死”が訪れるのだと……
そう、覚悟しましたわ」
けれど――
と、ルーナは続ける。
「その時、突然……
私の体が浄化され、瘴気が消えていったのです。
……とても、驚きました。
ですが、浄化されたとはいえ、体力までは戻らず……
私は岩陰に身を隠し、眠り続けていました。
そんな時……
助けを求める“命の声”が、聞こえましたの。
私は体を引きずりながら、その声のもとへ向かい……
捨てられていた子供たちを、救い出しました」
「……子猫たちって。
じゃあ、この子たちは……」
「ええ。私の子供ではありませんの」
一族を離れたあとも、ルーナは自分の感情を否定できず、
命を吸い取る行為を続けてきた。
正しいかどうか分からないと、俯いて語るその姿を見て、
俺は彼女を責める気には、どうしてもなれなかった。
それに――
瘴気に侵され、死を覚悟していたルーナが、
俺の浄化に巻き込まれて救われていたなんて、
当時は思いもしなかった。
もし、あの時の判断が少しでも遅れていたら……
ルーナは、今ここにいなかったかもしれない。
そう思うと、あの時の自分の行動に、ほんの少しだけ感謝したくなった。
そしてもう一つ――
ルーナの子供だと思っていた子猫たちは、
“命の声”に気づき、拾い上げ、救った存在だった。
……ルーナらしいな。
「ルーナは……ルーナは、優しいよ。
異端なんかじゃない……」
「ありがとうございます、ヨシヒロ様……
ヨシヒロ様たちが私を見つけてくださった、あの日。
弱っていた私に魔法を試し打ちして、逃げていった人間がいました。
これまで自分がしてきたことを思い返して……
私はそれを“天罰”だと受け止め、ここで死ぬのだと覚悟を決めましたの。
ですが、クロちゃんとユキちゃんが私を見つけてくれて、
ヨシヒロ様が……私を完璧に治してくださいました。
あの時は、怖くて……すぐに逃げてしまいましたけれど……
冷静になったとき、どうしても、あの人間の側にいたいと強く思ったのです。
だから私は、子猫たちを連れて、ヨシヒロ様たちの匂いを辿り……
あのお城まで向かいましたわ」
「……ルーナ。
本当に、君って子は……」
ルーナの歩んできた人生をすべて聞き終えたとき、
俺は彼女を抱きしめずにはいられなかった。
想像していたよりも、何百倍も重くて、濃くて、
苦しみに満ちた日々を生きてきたのだと思うと、
胸が熱くなって、涙が滲んだ。
それでもルーナは、諦めずに俺の元へ来てくれた。
“生きること”を、選んでくれた。
その事実が、ただただ嬉しかった。
「ヨシヒロ様……
この先、どう生きていけばいいのか……正直、分かりませんの。
このまま……私が生きていていいのかも……」
「ルーナ……
ルーナはこれまで、数えきれないほどの命と向き合ってきた。
俺には想像もつかないような場面にも、きっと何度も立ち会ってきたと思う。
その度に傷ついて、泣いて、それでも前に進んできたんだろ?
……だから、疲れてしまって、何も考えられなくなるのも無理はない。
それでもルーナは、子猫たちの命の鼓動を聞きつけて、助けてくれた。
そして俺に、助けを求めてくれた。
それはきっと、
ルーナの心が“まだ生きたい”って叫んでいたからだ。
子猫たちを護りたいという想いが、ルーナを前に進ませてくれたんだと思う。
……今までは、ずっと一人で闘ってきたかもしれない。
でも、今は違う。
俺がいる。ここには、他の家族もいる。
辛いとき、泣きたいときは……必ず俺たちが側にいる。
だからさ。
これからは俺たちと一緒に、ゆっくり生きていかない?
その人生の中で、もし何か起きたら……
その時は、一緒に答えを考えよう。……な?」
「……ヨシヒロ様……」
俺はロウキやルーナのように、
何でも正しく言葉にできる人間じゃない。
どう伝えれば、ルーナの心に届くのかも分からなかった。
それでも、今の自分の気持ちを全部ぶつけることで、
少しでも彼女の“生きる希望”につながればと思った。
想いを伝え終えると、ルーナは尻尾をくるりと俺の腕に巻きつけ、
そっと体を擦り寄せてくれた。
――少しは、届いたのかな。
そう思えて、胸をなで下ろした。
するとルーナは、俺の腕から離れ、
まっすぐこちらを見つめて、はっきりと言った。
「ヨシヒロ様。決めましたわ。
私……ヨシヒロ様の従魔になります。
そしてこの家族を、
これから先、死ぬまで護り通してみせます」
「……ルーナ。
本当に、いいのか?」
「ええ。もう、迷いはありませんの。
どうか……契約を交わしてください」
「……分かった」
ルーナの瞳からは、揺るぎない覚悟が伝わってきた。
従魔にならなくても、今の関係のままで十分だとは思っていた。
けれど、この想いを受け取らずにいることはできなかった。
従魔契約を結べば、少しはルーナの負担も軽くなるかもしれない。
そう思い、俺は意識を集中させた。
「――我が眷属となりし者よ。
この名を与える……ルーナ。」
「……ありがとうございます……ヨシヒロ様……」
「ルーナ。家族になってくれて、ありがとうな。
まずは……無理をしないこと。
何か悩みができたら、誰かに相談すること。……いい?」
「ええ。分かりましたわ、ヨシヒロ様」
「それと……急に子供が増えちゃったけど、
グリフォンのこと、よろしくな?」
「お任せください!
立派なグリフォンに育ててみせますわ」
「あはは……
優しい性格に育つといいなぁ」
「この環境で育つのですもの。
きっと、心の優しい子になりますわ」
「……そうだと、嬉しいな」
こうしてルーナと従魔契約を結び、俺は改めて伝えた。
一人で抱え込まないこと。
誰かを頼ること。
この子の性格なら、きっと無理をしてしまうと思ったから。
家族になった以上、俺は必ず手を差し伸べる。
――きっと、ここにいる皆も同じだ。
誰かが困っていたら、自然と手を伸ばし、
一緒に前に進んでくれる。
だから、誰一人として“孤独”だと思わせないように。
この家族を、大切にしていこう。
俺は、そう強く思っていた――……
「え?ずいぶん長生きな猫ちゃんなんだね、ルーナ」
「ふふっ。
普通の猫であれば、とっくに寿命を迎えていますわ。
私は……妖精種、ケット・シーの血を引く存在なのです」
「ケット・シーって……え?
猫ちゃんじゃなくて?」
「ええ。
私はこの地に残された、最後のケット・シーとして生きてきましたの。
ケット・シーは“幸運を与える妖精種”とも呼ばれていましたが、
同時に――
“命を吸い取る存在”として恐れられることもありました。
この地でも、それは同じでした。
やがて一族は、私を残して去っていったのです」
「……ルーナだけを、残して?」
森の木々が、そよ風に揺れる中。
ルーナは静かに、自分の過去を語り始めた。
ただの猫だと思っていた存在が、
異世界の物語でしか聞いたことのない“ケット・シー”だった。
それだけでも十分に衝撃だったのに、
彼女以外の一族は、迫害から逃れるため、この地を離れたという。
――なのに、なぜルーナだけが残されたのか。
その理由を、聞かずにはいられなかった。
「この地にも、私たちを信仰し、愛してくださる方々はいましたわ。
ですが、“死”にまつわる噂ばかりが広まり……
人々は、私たちの存在そのものを消そうとしましたの。
だから一族は話し合い、別の地へ移住することを決めました。
……けれど、私には他のケット・シーが持たない“感情”がありましたの」
「ケット・シーが持たない感情……?」
「ええ。私たちは本来、常に冷静に“生”と“死”を見つめ続ける役目を担っています。
死が近い者を、本人の望み通り“楽にしてあげる”ことなど、
本来あってはならないのです。
ケット・シーは“魂を盗む”と恐れられていましたが、
実際には――
“魂を安らかに導く”存在でした。
それ以外の行いは、決して許されるものではありませんでしたの」
ルーナは一度、言葉を切った。
「……ですが私は。
苦しむ仲間の命を吸い取ることで、その苦しみから解放してしまいました。
それは、明確な“禁忌”でした。
だから私は“異端”として扱われ、一族と共に行くことを許されなかったのです」
「……そんな……」
理由を聞いた瞬間、
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
生と死を見つめる存在。
命を終わらせる力を持つ妖精種。
そして、感情を持ってはいけない役目。
そのすべてを知った上で、ルーナは“優しさ”ゆえに境界を踏み越えてしまった。
だからこそ――
彼女は一族から切り捨てられた。
あまりにも、切なすぎる話だった。
「一族と離れてからも……
私は、その行為を止めることができませんでしたわ。
苦しみから解放されて、救われる命もあるのだと……
そう、信じたかったのです。
けれど今では……
私は“救っている”のか、ただ自分の感情を優先して“殺している”のか……
分からなくなりましたの」
そう語るルーナの声は、かすかに震えていた。
「その行為を重ねるうちに、体には大きな負担がかかり……
私は瘴気をまとってしまいました。
命を故意に吸い取る行為には、それほどのリスクが伴いますから……
ついに私にも、“死”が訪れるのだと……
そう、覚悟しましたわ」
けれど――
と、ルーナは続ける。
「その時、突然……
私の体が浄化され、瘴気が消えていったのです。
……とても、驚きました。
ですが、浄化されたとはいえ、体力までは戻らず……
私は岩陰に身を隠し、眠り続けていました。
そんな時……
助けを求める“命の声”が、聞こえましたの。
私は体を引きずりながら、その声のもとへ向かい……
捨てられていた子供たちを、救い出しました」
「……子猫たちって。
じゃあ、この子たちは……」
「ええ。私の子供ではありませんの」
一族を離れたあとも、ルーナは自分の感情を否定できず、
命を吸い取る行為を続けてきた。
正しいかどうか分からないと、俯いて語るその姿を見て、
俺は彼女を責める気には、どうしてもなれなかった。
それに――
瘴気に侵され、死を覚悟していたルーナが、
俺の浄化に巻き込まれて救われていたなんて、
当時は思いもしなかった。
もし、あの時の判断が少しでも遅れていたら……
ルーナは、今ここにいなかったかもしれない。
そう思うと、あの時の自分の行動に、ほんの少しだけ感謝したくなった。
そしてもう一つ――
ルーナの子供だと思っていた子猫たちは、
“命の声”に気づき、拾い上げ、救った存在だった。
……ルーナらしいな。
「ルーナは……ルーナは、優しいよ。
異端なんかじゃない……」
「ありがとうございます、ヨシヒロ様……
ヨシヒロ様たちが私を見つけてくださった、あの日。
弱っていた私に魔法を試し打ちして、逃げていった人間がいました。
これまで自分がしてきたことを思い返して……
私はそれを“天罰”だと受け止め、ここで死ぬのだと覚悟を決めましたの。
ですが、クロちゃんとユキちゃんが私を見つけてくれて、
ヨシヒロ様が……私を完璧に治してくださいました。
あの時は、怖くて……すぐに逃げてしまいましたけれど……
冷静になったとき、どうしても、あの人間の側にいたいと強く思ったのです。
だから私は、子猫たちを連れて、ヨシヒロ様たちの匂いを辿り……
あのお城まで向かいましたわ」
「……ルーナ。
本当に、君って子は……」
ルーナの歩んできた人生をすべて聞き終えたとき、
俺は彼女を抱きしめずにはいられなかった。
想像していたよりも、何百倍も重くて、濃くて、
苦しみに満ちた日々を生きてきたのだと思うと、
胸が熱くなって、涙が滲んだ。
それでもルーナは、諦めずに俺の元へ来てくれた。
“生きること”を、選んでくれた。
その事実が、ただただ嬉しかった。
「ヨシヒロ様……
この先、どう生きていけばいいのか……正直、分かりませんの。
このまま……私が生きていていいのかも……」
「ルーナ……
ルーナはこれまで、数えきれないほどの命と向き合ってきた。
俺には想像もつかないような場面にも、きっと何度も立ち会ってきたと思う。
その度に傷ついて、泣いて、それでも前に進んできたんだろ?
……だから、疲れてしまって、何も考えられなくなるのも無理はない。
それでもルーナは、子猫たちの命の鼓動を聞きつけて、助けてくれた。
そして俺に、助けを求めてくれた。
それはきっと、
ルーナの心が“まだ生きたい”って叫んでいたからだ。
子猫たちを護りたいという想いが、ルーナを前に進ませてくれたんだと思う。
……今までは、ずっと一人で闘ってきたかもしれない。
でも、今は違う。
俺がいる。ここには、他の家族もいる。
辛いとき、泣きたいときは……必ず俺たちが側にいる。
だからさ。
これからは俺たちと一緒に、ゆっくり生きていかない?
その人生の中で、もし何か起きたら……
その時は、一緒に答えを考えよう。……な?」
「……ヨシヒロ様……」
俺はロウキやルーナのように、
何でも正しく言葉にできる人間じゃない。
どう伝えれば、ルーナの心に届くのかも分からなかった。
それでも、今の自分の気持ちを全部ぶつけることで、
少しでも彼女の“生きる希望”につながればと思った。
想いを伝え終えると、ルーナは尻尾をくるりと俺の腕に巻きつけ、
そっと体を擦り寄せてくれた。
――少しは、届いたのかな。
そう思えて、胸をなで下ろした。
するとルーナは、俺の腕から離れ、
まっすぐこちらを見つめて、はっきりと言った。
「ヨシヒロ様。決めましたわ。
私……ヨシヒロ様の従魔になります。
そしてこの家族を、
これから先、死ぬまで護り通してみせます」
「……ルーナ。
本当に、いいのか?」
「ええ。もう、迷いはありませんの。
どうか……契約を交わしてください」
「……分かった」
ルーナの瞳からは、揺るぎない覚悟が伝わってきた。
従魔にならなくても、今の関係のままで十分だとは思っていた。
けれど、この想いを受け取らずにいることはできなかった。
従魔契約を結べば、少しはルーナの負担も軽くなるかもしれない。
そう思い、俺は意識を集中させた。
「――我が眷属となりし者よ。
この名を与える……ルーナ。」
「……ありがとうございます……ヨシヒロ様……」
「ルーナ。家族になってくれて、ありがとうな。
まずは……無理をしないこと。
何か悩みができたら、誰かに相談すること。……いい?」
「ええ。分かりましたわ、ヨシヒロ様」
「それと……急に子供が増えちゃったけど、
グリフォンのこと、よろしくな?」
「お任せください!
立派なグリフォンに育ててみせますわ」
「あはは……
優しい性格に育つといいなぁ」
「この環境で育つのですもの。
きっと、心の優しい子になりますわ」
「……そうだと、嬉しいな」
こうしてルーナと従魔契約を結び、俺は改めて伝えた。
一人で抱え込まないこと。
誰かを頼ること。
この子の性格なら、きっと無理をしてしまうと思ったから。
家族になった以上、俺は必ず手を差し伸べる。
――きっと、ここにいる皆も同じだ。
誰かが困っていたら、自然と手を伸ばし、
一緒に前に進んでくれる。
だから、誰一人として“孤独”だと思わせないように。
この家族を、大切にしていこう。
俺は、そう強く思っていた――……
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