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第63話 王の涙
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「ヨシヒロ……これは、どこで?」
「うちの領地で作りました。
日本では数ヶ月かかりますけど、うちの領地と魔法、それに皆の努力で、
だいたい2週間ほどで米俵になりました。
アーロンさんなら、きっと食べたいと思って……おすそ分けです」
「2週間……?
米を2週間で……なんということだ……」
「この世界に足りないもののひとつが、お米だったんですよね。
お肉ばかり食べていると、どうしても食べたくなってしまって……
我慢できなくて、作っちゃいました!」
「俺たちもいっぱい手伝ったんだぜ!
主が大好きなものを、一緒に作りたかったから!」
「あるじさまの好きなものは、僕たちの好きなものです!」
「そうか……クロやユキたちも一緒になって……
しかし……本当に、凄いことだ」
米俵にそっと触れながら、アーロンさんは噛みしめるように呟いた。
隠すつもりもなかった俺は、素直に自分たちの土地で育てたことを話した。
するとクロとユキが、
「自分たちも頑張った!」と誇らしげにアピールし始めた。
アーロンさんは、その様子をうんうんと頷きながら、優しく聞いてくれていた。
……これは、早く食べてもらいたいな。
そう思い、俺はアイテムボックスから土鍋を取り出し、アーロンさんに差し出した。
「これ、炊飯器代わりの“全自動米炊き土鍋”です。
このカップで必要な量を取って、お米を研いでから、
合数に合わせて線まで水を入れてください。
蓋を閉めて、弱火から中火で加熱すると……炊けたら“ピィッ”って鳴ります。
あとは15分ほど蒸らせば完成です!」
「……ヨシヒロ。
お主は……本当に、ヤバいぞ……
一体、何を作り出したのだ……?」
「え? 普通の土鍋だと火加減が大変じゃないですか。
なので、楽したくて。」
「楽したくて……
お主の規格外っぷりは理解していたつもりだったが……
ここまでとは……」
使い方を説明し終えると、アーロンさんは呆然とした表情で土鍋を見つめ、
そのまま頭を抱えてしまった。
いや、そこまで凄いものを作ったつもりはないんだけど……
そう思いながら、予備の土鍋も渡していると、
今度はクロが、待ってましたとばかりに口を開いた。
「いいだろ、それ!
主が作って、シトリンが強化して、
ラピスが解析して、ルドが複製したんだぜ!
だから、大事に使ってくれよな!」
「なに……!?
スライムたちが、これを……?
特殊個体がいることは知っていたが、ここまでとは……
ヨシヒロの周りには、優秀な従魔ばかりが集まっているのだな」
「はは……見事に、俺より皆優秀で、いい子たちです!」
どうしても伝えたかったのだろう。
クロは誇らしげで、その姿はまるで家族自慢をする人間のようだった。
そんな報告を受けたアーロンさんは、スライムたちの能力を改めて実感した様子で、
俺の従魔たちをしっかりと褒めてくれた。
……それが、なんだかすごく嬉しかった。
「あ、あの……アーロン陛下。
先ほどから我々には、何が何だか分からず……
この藁の中には、食べ物が入っているのですか?
それに、その土鍋とやらも……
可能でしたら、ご説明いただけませんでしょうか?」
褒められて余韻に浸っているところで、ベルさんたちが恐る恐る問いかけてきた。
まあ、無理もない。
藁集めが趣味だと思っていたら、中身は未知の食材。
その上、意味の分からない土鍋を渡され、国王が大騒ぎしているのだから。
アーロンさんもそれを察したのか、小さく苦笑しながら、皆に向き直った。
「ああ……そうだったな。すまない。
これはただの藁ではなく、“米俵”というものだ。
ひとつの中には……約60キロほどだったか。
それほどの量の“米”という食材が入っておる」
「お米……?
初めて聞く食材ですな」
「そうだろうな。
この地には、米を作り、食す文化がないからな。
これは……私の――
いや、ヨシヒロの故郷と言うべきか。
その土地に、古くから根付いた食文化なのだ」
アーロンさんは、少し懐かしむように目を細めた。
「私は昔、この米を食べたことがあり、とても気に入っていてな。
だが、この世界には米も、稲を育てる歴史も技術もない。
もう二度と食べられないと思っていた……
それが、まさか……再び口にできる日が来るとは……」
「そ、そこまで陛下に言わせる食材なのですか?!
で、でしたら……中を拝見しても……!?」
「あー……それなら、ちゃんと厨房で開けた方がいいですね。
一度片付けるので、移動しませんか?」
「うむ。
ここでばら撒かれては、さすがにな……」
お米についての説明を終えると、ベルさんたちは一気に興味津々の表情になった。
俺の故郷の食材――という説明も、まあ間違いではない。
ベルさんが「中身を見たい」と言い出したため、
俺は米俵を一度アイテムボックスに戻し、その場にいた全員と共に、厨房へと向かった。
「ロダン! ロダンはいるか!」
「アーロン陛下?!
どうなさいました? 夕食のご要望でも……?」
「ああ! とびきりの要望だ!
ヨシヒロ、紹介しよう。
我が王家自慢の料理長、ロダン・フォックスだ。
そしてロダン、こちらは私の友人、ヨシヒロだ」
「今日は私の好物を持参してくれてな。
それも含めて、夕食に出してほしい」
「ヨシヒロって……
噂に聞く“フェンリル使い”のヨシヒロかい?」
「噂って……
フェンリル使いなのは間違いないですが、
どちらかと言うと、使われてるのは俺の方で……
よろしくお願いします、ロダンさん」
「ああ! よろしくな、ヨシヒロ!」
王城の厨房は、俺の家とは比べものにならないほど広く、
すでに夕食の仕込みをする料理人たちで溢れていた。
そこへ突然、アーロンさんたちが現れたものだから、
皆一斉に動きを止め、慌てて頭を下げている。
そんな中、料理長らしき人物が呼び出され、
開口一番「フェンリル使い」と言われて、思わず苦笑してしまった。
「それで……どんな食材を?」
「えーっと……
大きくて、通気性のいい食品庫みたいな場所、ありますか?」
「ああ、すぐそこの扉だ。常温保存の野菜などを置いてある。」
「じゃあ、そこに出しますね。失礼します!」
案内された食品庫の中へ入り、俺は先ほどと同じ要領で、
米俵十俵を一気に取り出した。
……さて。
ここから、料理人たちの反応はどうなるかな?
「何だい?!この藁の塊は。これが陛下の好きな食材なのかい?」
「これは“お米”という食材です。
あ、アーロンさん。この米俵には神聖魔法をかけて、カビや虫が湧かないようにしてあります。
安心して保管してくださいね」
「ヨシヒロ……はぁ……
もう何も言わん……ありがとな」
「では、お米の炊き方についてご説明しますね。
まず、米俵を開けて、この米びつに移します。
20キロ入るように作ってありますので、使いやすい場所に置いてください。
お米を炊くときは、この計量カップで必要な分量をすくいます。
今日は皆さんも召し上がるでしょうから、6合炊きにしましょう。
このカップのすり切り一杯が1合です。これを土鍋に6回入れてください。
では、一旦、水道のある場所へ移動しましょう。」
米俵をすべて出し、そのうち20キロ分を米びつに移したあと、炊き方の説明を始めた。
アーロンさん以外、誰もやり方を知らないこともあり、
その場にいた全員が、それぞれメモを取りながら真剣に話を聞いてくれている。
……なんだか、家庭科の先生にでもなった気分だ。
「お米を炊く前には、必ず水で洗ってください。
お米は最初に触れる水を一番吸収するので、必ず綺麗な水を使ってくださいね。
冷たい水を一気に入れて、2~3回軽くかき混ぜてから一度捨てます。
そのあと、もう一度水を入れて20~30回ほど研ぎ、またとぎ汁を捨てる。
これを3回ほど繰り返してください。
白く濁って見えなかったお米が、うっすら白くなり、
粒が透けて見えるようになれば大丈夫です。
そして大切なのが、水の量です。
この土鍋には分量ごとの線がありますので、今回は6合、下から6番目の線まで水を入れてください。
蓋をして、弱火から中火で30分ほど火にかけます。
時間が来るまでは放置で大丈夫です。
炊き上がると“ピィッ”と音が鳴るので、そこから15分ほど蒸らしてください。
以上が、お米を炊く手順です。
この土鍋は保温もできますので、夜に炊いても翌朝まで安心ですよ。」
「なるほど……
米を炊くというのは、なかなか手間がかかるのだな」
「慣れれば、すぐですよ!
それでは、これを火にかけていただけますか?」
「分かった。弱火から中火、だったな」
説明を終え、ロダンさんに土鍋を手渡す。
これで、ようやくアーロンさんが白米を食べられる準備が整った。
……俺の役目は、ここまで。
そう思い、そろそろ帰ろうかとした、その時だった。
感じてしまった。多数の――悪意なき気配を。
ガチャ――
「兄上! ヨシヒロ! それにクロにユキ!」
「皆さん、お久しぶりねぇ。」
「あー! ルセウス! 王妃さまも来たのか!」
「ルセウスさん、王妃様、こんにちは。
先日は冒険者の件、ありがとうございました。
あるじさまも安心されていました」
「ヨシヒロさん、ご無沙汰しております!」
「ルークさん……ルーシーさん、レイロン君まで……
皆さん勢ぞろいで……」
……なぜだ。
帰ろうとしていたのに、前回会った面々が全員厨房に集合してしまった。
別に、戯れるつもりはなかったんだけどなぁ。
とはいえ、伝書ガラスで「ヨシヒロが来ている」と伝わった以上、
こうなるのも無理はない。
……完全に、帰るタイミングを失った。
「皆で厨房に集合するなんて、どういうことなの?」
「レイラ、実はな。
ヨシヒロが、私の好物を差し入れてくれたのだよ」
「まあ!それは良かったですわね。
あなたの好物って……何を?」
「昔、話したことがあるだろう。
“お米”という食材のことだ。」
「まあ……!
確か、若い頃にまた食べたいと言っていた、白い粒の……」
「そう、それだ。
ヨシヒロが自分の領地で作ったそうでな。
持ってきてくれたのだ」
「まあ……
小さい頃から、随分と食べたがっていましたものね。
この年になって、その願いが叶うなんて……私も嬉しいですわ」
……やっぱり、お米を作って正解だったな。
そんなことを考えていると――
“ピィーー!”
「わっ……!? な、なんだ?」
「あ、お米が炊けたみたいですね。
火を止めて、15分ほど蒸らしましょう。」
炊き上がりの音が鳴り、蒸らしの時間に入る。
それについても、アーロンさんが皆に説明していて――
……やっぱり、日本人だったんだなぁ。
「米というものは、なぜ“蒸らす”のだろう?」
「えーっと……
炊き立てのお米を蒸らすことで、粒全体に水分と熱が行き渡って、
ふっくら、もちもちに仕上がるんです。
急いでいなければ、15分ほど蒸らした方が美味しいですよ」
「その待ち時間が……もどかしいのだ」
「分かります。
お腹空いてると、すぐ食べたくなりますよね」
「……懐かしいな。本当に……」
「アーロンさん……」
蒸らしの理由を説明すると、
アーロンさんは、昔を思い出すような、少し寂しげな表情を浮かべていた。
「ヨシヒロ、そろそろ良い頃合いだと思うが、どうする?」
「あ、じゃあ……
――クレオ!
どうぞ、アーロンさん。お箸とお茶碗です。
金粉を混ぜたものをイメージして生成しました。
……お箸、久しぶりでしょう?」
「ヨシヒロ……」
「それと、これは“杓文字”です。
炊き上がったお米を混ぜたり、よそったりする道具ですよ」
「……とんでもない力を持っているな、君は。
本当に、驚かされる。
では……土鍋の蓋を――」
「待ってくれ。
私に……私に、やらせてもらえないだろうか」
「え?もちろんです!
では、アーロン陛下、どうぞ」
「……すまない」
アーロンさんは、自分で最初のお米をよそいたかったのか、前に出た。
杓文字を受け取り、ゆっくりと土鍋に近づき、ミトンをはめ、そっと蓋を開ける。
ブワッ――
立ち上る湯気。
ふわりと広がる、懐かしくて、ほんのり甘い香り。
……最初にこの匂いを嗅いだ時、俺も本当に嬉しかったな。
アーロンさんは、しばらく炊き立てのご飯を見つめ、
ゆっくりと杓文字を動かし、混ぜ始めた。
そして、ほんの少しだけ茶碗によそい、
箸で口元へ――
その瞬間。
大粒の涙が、静かに零れ落ちた。
「……っ」
「あなた?!」
「兄上?!」
「父上?!」
「アーロン陛下?! 何か異変が――」
その場にいた全員が、慌てふためいた。
一国の王が、人前で涙を流すなど、想像もしていなかったのだろう。
……でも、俺には、なんとなく分かっていた。
望んで異世界に来たとしても、
前世を恋しく思う瞬間は、きっと何度もあったはずだ。
それでも、触れることはできなかった。
だから――
今、この瞬間だけでも、
あの世界を、あの食卓を思い出せたのなら。
このサプライズは、間違いなく成功だ。
「ヨシヒロ……本当に、ありがとう。
私は今、とても幸せだ。
……母の味がした気がする」
「良かったです、アーロンさん。
これからは、死ぬまで食べられますから。安心してください」
「ああ……ああ……ありがとう……」
「いえ。俺にできるのは、これくらいですから。
もし、思い出を形にしたくなったら……
いつでも相談してください」
「ああ……そうさせてもらう」
涙を拭いながら、何度も礼を言うアーロンさん。
「母の味がした」と聞いた瞬間、
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。
……頻繁に連絡が来るのは困るけど。
たまになら、こうして同じ思い出を形にするのも――
悪くない。
そう思いながら、俺はその光景を見守っていた――
「うちの領地で作りました。
日本では数ヶ月かかりますけど、うちの領地と魔法、それに皆の努力で、
だいたい2週間ほどで米俵になりました。
アーロンさんなら、きっと食べたいと思って……おすそ分けです」
「2週間……?
米を2週間で……なんということだ……」
「この世界に足りないもののひとつが、お米だったんですよね。
お肉ばかり食べていると、どうしても食べたくなってしまって……
我慢できなくて、作っちゃいました!」
「俺たちもいっぱい手伝ったんだぜ!
主が大好きなものを、一緒に作りたかったから!」
「あるじさまの好きなものは、僕たちの好きなものです!」
「そうか……クロやユキたちも一緒になって……
しかし……本当に、凄いことだ」
米俵にそっと触れながら、アーロンさんは噛みしめるように呟いた。
隠すつもりもなかった俺は、素直に自分たちの土地で育てたことを話した。
するとクロとユキが、
「自分たちも頑張った!」と誇らしげにアピールし始めた。
アーロンさんは、その様子をうんうんと頷きながら、優しく聞いてくれていた。
……これは、早く食べてもらいたいな。
そう思い、俺はアイテムボックスから土鍋を取り出し、アーロンさんに差し出した。
「これ、炊飯器代わりの“全自動米炊き土鍋”です。
このカップで必要な量を取って、お米を研いでから、
合数に合わせて線まで水を入れてください。
蓋を閉めて、弱火から中火で加熱すると……炊けたら“ピィッ”って鳴ります。
あとは15分ほど蒸らせば完成です!」
「……ヨシヒロ。
お主は……本当に、ヤバいぞ……
一体、何を作り出したのだ……?」
「え? 普通の土鍋だと火加減が大変じゃないですか。
なので、楽したくて。」
「楽したくて……
お主の規格外っぷりは理解していたつもりだったが……
ここまでとは……」
使い方を説明し終えると、アーロンさんは呆然とした表情で土鍋を見つめ、
そのまま頭を抱えてしまった。
いや、そこまで凄いものを作ったつもりはないんだけど……
そう思いながら、予備の土鍋も渡していると、
今度はクロが、待ってましたとばかりに口を開いた。
「いいだろ、それ!
主が作って、シトリンが強化して、
ラピスが解析して、ルドが複製したんだぜ!
だから、大事に使ってくれよな!」
「なに……!?
スライムたちが、これを……?
特殊個体がいることは知っていたが、ここまでとは……
ヨシヒロの周りには、優秀な従魔ばかりが集まっているのだな」
「はは……見事に、俺より皆優秀で、いい子たちです!」
どうしても伝えたかったのだろう。
クロは誇らしげで、その姿はまるで家族自慢をする人間のようだった。
そんな報告を受けたアーロンさんは、スライムたちの能力を改めて実感した様子で、
俺の従魔たちをしっかりと褒めてくれた。
……それが、なんだかすごく嬉しかった。
「あ、あの……アーロン陛下。
先ほどから我々には、何が何だか分からず……
この藁の中には、食べ物が入っているのですか?
それに、その土鍋とやらも……
可能でしたら、ご説明いただけませんでしょうか?」
褒められて余韻に浸っているところで、ベルさんたちが恐る恐る問いかけてきた。
まあ、無理もない。
藁集めが趣味だと思っていたら、中身は未知の食材。
その上、意味の分からない土鍋を渡され、国王が大騒ぎしているのだから。
アーロンさんもそれを察したのか、小さく苦笑しながら、皆に向き直った。
「ああ……そうだったな。すまない。
これはただの藁ではなく、“米俵”というものだ。
ひとつの中には……約60キロほどだったか。
それほどの量の“米”という食材が入っておる」
「お米……?
初めて聞く食材ですな」
「そうだろうな。
この地には、米を作り、食す文化がないからな。
これは……私の――
いや、ヨシヒロの故郷と言うべきか。
その土地に、古くから根付いた食文化なのだ」
アーロンさんは、少し懐かしむように目を細めた。
「私は昔、この米を食べたことがあり、とても気に入っていてな。
だが、この世界には米も、稲を育てる歴史も技術もない。
もう二度と食べられないと思っていた……
それが、まさか……再び口にできる日が来るとは……」
「そ、そこまで陛下に言わせる食材なのですか?!
で、でしたら……中を拝見しても……!?」
「あー……それなら、ちゃんと厨房で開けた方がいいですね。
一度片付けるので、移動しませんか?」
「うむ。
ここでばら撒かれては、さすがにな……」
お米についての説明を終えると、ベルさんたちは一気に興味津々の表情になった。
俺の故郷の食材――という説明も、まあ間違いではない。
ベルさんが「中身を見たい」と言い出したため、
俺は米俵を一度アイテムボックスに戻し、その場にいた全員と共に、厨房へと向かった。
「ロダン! ロダンはいるか!」
「アーロン陛下?!
どうなさいました? 夕食のご要望でも……?」
「ああ! とびきりの要望だ!
ヨシヒロ、紹介しよう。
我が王家自慢の料理長、ロダン・フォックスだ。
そしてロダン、こちらは私の友人、ヨシヒロだ」
「今日は私の好物を持参してくれてな。
それも含めて、夕食に出してほしい」
「ヨシヒロって……
噂に聞く“フェンリル使い”のヨシヒロかい?」
「噂って……
フェンリル使いなのは間違いないですが、
どちらかと言うと、使われてるのは俺の方で……
よろしくお願いします、ロダンさん」
「ああ! よろしくな、ヨシヒロ!」
王城の厨房は、俺の家とは比べものにならないほど広く、
すでに夕食の仕込みをする料理人たちで溢れていた。
そこへ突然、アーロンさんたちが現れたものだから、
皆一斉に動きを止め、慌てて頭を下げている。
そんな中、料理長らしき人物が呼び出され、
開口一番「フェンリル使い」と言われて、思わず苦笑してしまった。
「それで……どんな食材を?」
「えーっと……
大きくて、通気性のいい食品庫みたいな場所、ありますか?」
「ああ、すぐそこの扉だ。常温保存の野菜などを置いてある。」
「じゃあ、そこに出しますね。失礼します!」
案内された食品庫の中へ入り、俺は先ほどと同じ要領で、
米俵十俵を一気に取り出した。
……さて。
ここから、料理人たちの反応はどうなるかな?
「何だい?!この藁の塊は。これが陛下の好きな食材なのかい?」
「これは“お米”という食材です。
あ、アーロンさん。この米俵には神聖魔法をかけて、カビや虫が湧かないようにしてあります。
安心して保管してくださいね」
「ヨシヒロ……はぁ……
もう何も言わん……ありがとな」
「では、お米の炊き方についてご説明しますね。
まず、米俵を開けて、この米びつに移します。
20キロ入るように作ってありますので、使いやすい場所に置いてください。
お米を炊くときは、この計量カップで必要な分量をすくいます。
今日は皆さんも召し上がるでしょうから、6合炊きにしましょう。
このカップのすり切り一杯が1合です。これを土鍋に6回入れてください。
では、一旦、水道のある場所へ移動しましょう。」
米俵をすべて出し、そのうち20キロ分を米びつに移したあと、炊き方の説明を始めた。
アーロンさん以外、誰もやり方を知らないこともあり、
その場にいた全員が、それぞれメモを取りながら真剣に話を聞いてくれている。
……なんだか、家庭科の先生にでもなった気分だ。
「お米を炊く前には、必ず水で洗ってください。
お米は最初に触れる水を一番吸収するので、必ず綺麗な水を使ってくださいね。
冷たい水を一気に入れて、2~3回軽くかき混ぜてから一度捨てます。
そのあと、もう一度水を入れて20~30回ほど研ぎ、またとぎ汁を捨てる。
これを3回ほど繰り返してください。
白く濁って見えなかったお米が、うっすら白くなり、
粒が透けて見えるようになれば大丈夫です。
そして大切なのが、水の量です。
この土鍋には分量ごとの線がありますので、今回は6合、下から6番目の線まで水を入れてください。
蓋をして、弱火から中火で30分ほど火にかけます。
時間が来るまでは放置で大丈夫です。
炊き上がると“ピィッ”と音が鳴るので、そこから15分ほど蒸らしてください。
以上が、お米を炊く手順です。
この土鍋は保温もできますので、夜に炊いても翌朝まで安心ですよ。」
「なるほど……
米を炊くというのは、なかなか手間がかかるのだな」
「慣れれば、すぐですよ!
それでは、これを火にかけていただけますか?」
「分かった。弱火から中火、だったな」
説明を終え、ロダンさんに土鍋を手渡す。
これで、ようやくアーロンさんが白米を食べられる準備が整った。
……俺の役目は、ここまで。
そう思い、そろそろ帰ろうかとした、その時だった。
感じてしまった。多数の――悪意なき気配を。
ガチャ――
「兄上! ヨシヒロ! それにクロにユキ!」
「皆さん、お久しぶりねぇ。」
「あー! ルセウス! 王妃さまも来たのか!」
「ルセウスさん、王妃様、こんにちは。
先日は冒険者の件、ありがとうございました。
あるじさまも安心されていました」
「ヨシヒロさん、ご無沙汰しております!」
「ルークさん……ルーシーさん、レイロン君まで……
皆さん勢ぞろいで……」
……なぜだ。
帰ろうとしていたのに、前回会った面々が全員厨房に集合してしまった。
別に、戯れるつもりはなかったんだけどなぁ。
とはいえ、伝書ガラスで「ヨシヒロが来ている」と伝わった以上、
こうなるのも無理はない。
……完全に、帰るタイミングを失った。
「皆で厨房に集合するなんて、どういうことなの?」
「レイラ、実はな。
ヨシヒロが、私の好物を差し入れてくれたのだよ」
「まあ!それは良かったですわね。
あなたの好物って……何を?」
「昔、話したことがあるだろう。
“お米”という食材のことだ。」
「まあ……!
確か、若い頃にまた食べたいと言っていた、白い粒の……」
「そう、それだ。
ヨシヒロが自分の領地で作ったそうでな。
持ってきてくれたのだ」
「まあ……
小さい頃から、随分と食べたがっていましたものね。
この年になって、その願いが叶うなんて……私も嬉しいですわ」
……やっぱり、お米を作って正解だったな。
そんなことを考えていると――
“ピィーー!”
「わっ……!? な、なんだ?」
「あ、お米が炊けたみたいですね。
火を止めて、15分ほど蒸らしましょう。」
炊き上がりの音が鳴り、蒸らしの時間に入る。
それについても、アーロンさんが皆に説明していて――
……やっぱり、日本人だったんだなぁ。
「米というものは、なぜ“蒸らす”のだろう?」
「えーっと……
炊き立てのお米を蒸らすことで、粒全体に水分と熱が行き渡って、
ふっくら、もちもちに仕上がるんです。
急いでいなければ、15分ほど蒸らした方が美味しいですよ」
「その待ち時間が……もどかしいのだ」
「分かります。
お腹空いてると、すぐ食べたくなりますよね」
「……懐かしいな。本当に……」
「アーロンさん……」
蒸らしの理由を説明すると、
アーロンさんは、昔を思い出すような、少し寂しげな表情を浮かべていた。
「ヨシヒロ、そろそろ良い頃合いだと思うが、どうする?」
「あ、じゃあ……
――クレオ!
どうぞ、アーロンさん。お箸とお茶碗です。
金粉を混ぜたものをイメージして生成しました。
……お箸、久しぶりでしょう?」
「ヨシヒロ……」
「それと、これは“杓文字”です。
炊き上がったお米を混ぜたり、よそったりする道具ですよ」
「……とんでもない力を持っているな、君は。
本当に、驚かされる。
では……土鍋の蓋を――」
「待ってくれ。
私に……私に、やらせてもらえないだろうか」
「え?もちろんです!
では、アーロン陛下、どうぞ」
「……すまない」
アーロンさんは、自分で最初のお米をよそいたかったのか、前に出た。
杓文字を受け取り、ゆっくりと土鍋に近づき、ミトンをはめ、そっと蓋を開ける。
ブワッ――
立ち上る湯気。
ふわりと広がる、懐かしくて、ほんのり甘い香り。
……最初にこの匂いを嗅いだ時、俺も本当に嬉しかったな。
アーロンさんは、しばらく炊き立てのご飯を見つめ、
ゆっくりと杓文字を動かし、混ぜ始めた。
そして、ほんの少しだけ茶碗によそい、
箸で口元へ――
その瞬間。
大粒の涙が、静かに零れ落ちた。
「……っ」
「あなた?!」
「兄上?!」
「父上?!」
「アーロン陛下?! 何か異変が――」
その場にいた全員が、慌てふためいた。
一国の王が、人前で涙を流すなど、想像もしていなかったのだろう。
……でも、俺には、なんとなく分かっていた。
望んで異世界に来たとしても、
前世を恋しく思う瞬間は、きっと何度もあったはずだ。
それでも、触れることはできなかった。
だから――
今、この瞬間だけでも、
あの世界を、あの食卓を思い出せたのなら。
このサプライズは、間違いなく成功だ。
「ヨシヒロ……本当に、ありがとう。
私は今、とても幸せだ。
……母の味がした気がする」
「良かったです、アーロンさん。
これからは、死ぬまで食べられますから。安心してください」
「ああ……ああ……ありがとう……」
「いえ。俺にできるのは、これくらいですから。
もし、思い出を形にしたくなったら……
いつでも相談してください」
「ああ……そうさせてもらう」
涙を拭いながら、何度も礼を言うアーロンさん。
「母の味がした」と聞いた瞬間、
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。
……頻繁に連絡が来るのは困るけど。
たまになら、こうして同じ思い出を形にするのも――
悪くない。
そう思いながら、俺はその光景を見守っていた――
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※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
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