従魔と異世界スローライフのはずが、魔王と噂されていく日々

ソラリアル

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第82話 命の終わりと、涙のあとに生まれたもの

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「ヨシヒロ、前回の件と今回の件で、お主には随分と助けられておる。
褒美を授けたいのだが……爵位などどうだ?」

「え?貴族様にはなりたくないです!」

「ははは。まぁ、そうだろうな。」


教会での話がすべて終わったあと、ギルド別館でアーロンさんは俺に褒美を授けたいと言ってくれた。
ありがたい話ではあるけど、爵位なんてものをもらったら、今後の俺の生活に確実に支障が出る。
ここは素直に断ろうと、俺は首を横に振った。


「アーロン、こいつは肩書きより、平和に暮らしたいだけの男だよな?」

「そうです!」

「そういう男だったな。よし、分かった。
ヨシヒロへの褒美については、また改めて考えるとしよう。
しばらくは、ゆっくりしておれ」

「そうします……! なんだかドッと疲れが出ましたので……」


俺の気持ちを汲んでくれたガーノスさんは、「肩書きより平和だろう」と言ってくれて、
アーロンさんも「そうだったな」と、どこか楽しそうに笑った。
そして「しばらくはゆっくりしておれ」と、事実上、しばらく依頼を入れないという言葉をもらい、俺は心からホッとしていた。


「それでは、この辺で失礼します」

「ああ、ありがとな」

「色々と助かった。ゆっくり休め」

「はい! では、失礼します」


長居をしたくなかった俺は、二人との会話を早々に切り上げ、ゲートをくぐって家へと帰った。
やっぱり、ここが一番安心する空間だ。

出迎えてくれた皆に、今回の件がどうなったのかを簡単に伝え、
「俺たちは、命を大切にしていこうな」と話した。
少しでも長く、皆と一緒にいたいから。

すると、「大丈夫だよー」と声を揃えて返してくれて、胸がじんわりと温かくなった。
このまま、誰も欠けることなく一緒にいられたら――
そう、改めて思っていた、その時だった。

家の入口の扉が開き、そこからルーナが顔を出した。
そして俺の前に立つと、少し悲しそうな表情で口を開く。


「ヨシヒロ様。大変申し上げにくいのですが……
魔物管理室の卵の、命の炎が消えましたわ」

「……え?」

「少し前のことですわ。静かに、ゆっくりと……鼓動が止まりましたの」

「そんな……」


ルーナから告げられたのは、
魔物管理室で温めていた卵の中の子の鼓動が止まったという、信じがたい知らせだった。

嘘だ――
そう思いながら、俺は皆と一緒に地下の魔物管理室へ向かった。
部屋に入り、奥の扉を開ける。
そこには、静かに佇む卵があった。

恐る恐る触れてみると、これまで感じていた鼓動も、温もりも、もうなかった。
ついこの間まで、必死に生きようとしてくれていたのに……
そう思うと胸が締め付けられ、自然と涙が溢れ出た。


「もう百年以上前の卵だ。
こうなる可能性があることも、分かっておっただろう……
仕方がない。こやつは、天に還ったのだ」

「ロウキ……」


確かに、孵らないかもしれないという不安は、最初からあった。
それでも心のどこかで、きっと生まれてきてくれると信じていた。
やっぱり、この世界は残酷だ。


「ごめんな……ちゃんと孵してやれなくて……
空の上で、たくさん遊べよ……卵ちゃん」


冷たくなった卵をそっと撫でながら、俺は小さく呟いた。
もし生まれ変われるなら、今度こそ幸せになってほしい。

俺が勝手に手を加えてしまったせいで、今日まで苦しんでいたのかもしれない。
生まれ変わるチャンスがあるのなら、次は穏やかな人生を――
そう思っていた、その時。


「ヨシヒロ様! 何者かの魂が、こちらに向かってきています」

「え? 魂?」


突然のルーナの叫びに、俺は驚いて天井を見上げた。
すると、どこからともなく、オレンジと黄色が混ざったような光の塊が、ふらふらとこちらへ向かってきていた。

「な、なにっ?! え?! 怖いっ!!」

「大丈夫です、ヨシヒロ様。害をなすものではありませんから」

「でもっ!火の玉!  おばけっ!!」


その浮遊物は俺たちの周囲を何度かぐるぐると回り、
まるで意思を持っているかのように動いていた。

火の玉のように見えてしまい、俺は思わず隣にいたルーナを抱きしめた。
ルーナはふふっと笑いながら、「大丈夫ですよ」と優しく言ってくれたけど――
いや、普通に怖いんですが!

そう思いながら目で追っていると、次の瞬間。
魂は卵の真上でピタリと止まり、そのまま勢いよく卵の中へと飛び込んだ。


「えええええっ?! ちょ、出なさい!
なんでその中に入るんだよ! コラッ!」


あまりにも一瞬の出来事だった。
俺は慌てて、卵の中に入った光に向かって叫んだ。
この中には、まだあの子が――
そう思いながら声を上げ続けると、

ピキッ……ピキッ……

卵に細かなヒビが入り始め、
俺は思わず、その手を離した。


「ルーナ! 卵!」

「ええ。割れますわね。待ちましょう、ヨシヒロ様」

「待ちましょうって……ねぇ、ロウキ!」

「やかましい!黙って見守らんか!」

「うう……なんで怒られなきゃいけないんだよー……」


卵の中に魂が入ったうえ、ヒビまで入ってしまい、焦りまくる俺に対し、ルーナは驚くほど冷静に「割れるのを待ちましょう」と言った。
どうしてそんなに落ち着いていられるの?!

そう思ってロウキに助けを求めたものの、「黙って見守れ」と一喝される始末だ。
理不尽すぎる! と心の中で叫びながらも、俺は仕方なく、卵が割れていく様子を見守ることにした。

一つ、また一つとヒビ割れが増えていき、
パリンッと、小さな殻の欠片が床に落ちた。

そのまま卵はゆっくりと割れ続け、ガラスが砕けるように、ヒビは一気に全体へと広がっていく。

そして、次の瞬間――
鈍い音を立てて大きな亀裂が走り、殻の破片が弾け飛んだ。


「えっ……」

「わぁ……!」

「可愛いーーっ!」


割れた卵から顔を出したのは、丸みを帯びた、ぬいぐるみのようなピンク色の体だった。
猫のような耳、くるんとした尻尾。
犬猫のような手足には肉球があり、背中にはとても小さな翼が生えている。

その大きさはクロと同じくらい。
あれほど大きな卵から生まれたとは思えないほど、小さな命だった。

そして、大きな金色の瞳は宝石のようにキラキラと輝き、その可愛さをさらに引き立てている。


「ななっ……なんということでしょう……」

「ピィッ!」

「ひゃあっ! 指! 指つかんだ!」


あまりの可愛さに、俺はそっと手を伸ばした。
すると、その小さな手は迷うことなく、俺の指をぎゅっと握りしめてくる。
命の温かさがはっきりと伝わり、思わず目頭が熱くなった。

その瞬間、大きな金色の瞳が、ふっと鮮やかなピンク色へと変化した。
驚いたのも束の間、すぐに元の金色へと戻る。

(……感情による変化?)

そんな考えがよぎったけれど、生まれたばかりの生き物に、そんな反応があるのかは分からなかった。


「ね、この子なに?!」

「これは……キメラだな……」

「え……キメラって……あのキメラ?」


この子が何者なのか分からず、思わずロウキに尋ねると、
眉間に深いシワを寄せ、「キメラだ」と告げた。

その言葉は、目の前の愛らしい光景とはあまりにもかけ離れた、
不穏で危険な響きを持っていて、俺は思わず固まってしまった。


「うむ。あのキメラだ。あっくんやワイバーンと同類の存在だな。
この子の場合は自然発生だが……。鑑定してみろ。」

「……卵の元の魔獣って……
『エッグ・ビースト』って書いてあるんだけど……何、それ?」

促されるまま鑑定スキルを使うと、
そこには「エッグ・ビースト(キメラ)」という文字が表示されていた。

聞き覚えのない種族名に、俺はロウキへ視線を向ける。


「エッグ・ビーストとは、契約者の心に応じて、姿も力も変化する極めて危険な魔獣だ。
その存在が長らく隠されていた理由も、まさにこの特異性にある。
一度見つかれば、国家の兵器として利用されかねん。
しかも、その卵は稀にドラゴンの卵に紛れて現れるという。
そう簡単に手に入る代物ではない……ゆえに、その価値は計り知れん」

「そうなんだ……
でも、この子は本来、孵らなかった卵だ。
そこに魂が入り、生まれた……
だから、この子はキメラ……ってこと?」

「そうだな。
本来とは異なる、何らかの異質な魂が宿り、
その結果、形が崩れたキメラとして誕生した……そういうことだ」


ロウキから聞かされた“エッグ・ビースト”という魔獣の存在。
契約者の心次第で、姿も力も変わる――そんな話は初めてだった。
そこに、先ほどの魂が混ざり合い、
結果として“キメラ”という存在になったらしい。

正直、よく分からない部分も多い。
それでも――


「……可愛いよね?」


そう言うと、ロウキは目をぎゅっと細め、
いつもの呆れたような表情で俺を見た。


「ヨシヒロ。言っておくが、可愛いのは今だけかもしれんぞ。
こやつの運命は、お前の心次第だ。今の契約者はお前だからな。
エッグ・ビーストの特性と、不安定なキメラの特性。
その両方を併せ持つ存在だ。
お前がもし邪心を抱けば、こやつは世界を滅ぼす魔獣へと変わりかねん。
くれぐれも、愛と優しさをもって育てるんだな」

「ひえっ……! こ、怖いこと言うなよ!
俺は愛情たっぷりで育てますからー!」


俺の心ひとつで、天使にも、悪魔にもなりうる。
まさかの事実に、少しだけ恐怖心が芽生えた。
俺自身、悪に染まるつもりは毛頭ない。
だけど、この世界では何が起こるか分からない。

もし万が一、俺がおかしくなってしまったら。
その時、この子も同じ運命を辿ってしまうのだろう。
そんな運命を背負わせたくない。
この子はもう俺の家族だ。
恐ろしい魔獣になどさせない。皆で、愛情いっぱいに育てていく。

そう、新たな誓いを、また一つ心に刻んだのだった。
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