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第88話 咲かない蕾
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デイジーさんに連れられ、道なりに歩くこと2、3分。
洞窟の入口まで来ると、「しばらく待っていてください」と言われ、その場で待機することになった。
デイジーさんは洞窟の奥へと入っていき、すぐに姿が見えなくなる。
……まさかとは思うけど。
この洞窟がそのまま住処、なんて言わないよね?
「ねぇ、まさかとは思うけどさ」
「違う。ここは普通に見れば、ただの洞窟だが、強固な隠蔽魔法がかけられている痕跡がある。
この洞窟のどこかに住処へ繋がる入口があり、その入口自体を魔法で隠しているのだ」
「ああ! なるほどね! 頭いいね、ロウキ!」
「誰でも察しがつくだろうが……」
「俺は異世界人だから知らないからー!」
「はぁ……」
俺の言いたいことを即座に察したロウキは、呆れたように溜息をつきながらも、洞窟の構造について説明してくれた。
なるほど、入口そのものを隠しているのか。
いや、本当に。
もしこの洞窟自体が妖精の住処だったら、さすがに丸わかりだし、夢も希望もないもんな。
そんなことを考えて苦笑いしていると、パタパタと羽音を立てて、デイジーさんが戻ってきた。
「フェンリル様、そして……」
「あ、俺はヨシヒロといいます」
「ありがとうございます。
では改めまして、フェンリル様、ヨシヒロ様、そして皆々様。ご案内いたします。
先ほど助けていただいた件を、妖精女王セシリア様にお話ししましたところ、ぜひお礼をと仰っておりました。
ですので、セシリア様にお会いいただきたいのです」
「わぁ……いきなり女王陛下……」
「そんなに緊張されなくても大丈夫ですよ。
セシリア様は、人間も魔物も分け隔てなく愛していらっしゃるお方ですから」
「そうなん……そうでしたか。それは助かります。
人間を嫌う種族は多いと聞いていたので……」
「セシリア様は、決して種族差別をなさらない方です。
私たちの憧れなのですよ!」
「女王陛下は、とても素敵な方なんですね」
デイジーさんの口調が一段と丁寧になったこともあり、俺まで自然とかしこまってしまった。
まさか突然の訪問で、女王陛下に謁見することになるとは思っていなかったし。
妖精の女王陛下って、どんな人なんだろう?
種族差別をしない、心優しい方――デイジーさんの話を聞いて、きっと穏やかで温かな人なのだろうと想像していた。
そんな話をしながら洞窟の中を進んでいると、徐々に空気が変わっていくのを感じた。
魔力の流れが、はっきりと分かる。
入口付近では何も感じなかったのに、この辺りでは、魔力が肌を撫でるように流れている気がした。
「それでは、いきます」
デイジーさんはそう言うと、小さな両手を前に伸ばした。
すると、それまで何もなかった洞窟の土壁に、突然――七色の、もくもくとした雲のようなものが現れた。
雲のようでもあり、わたがしのようでもあり……正直、ちょっと美味しそう。
そんなことを考えながら、その雲の中へ足を踏み入れる。
1分も経たないうちに、向こう側に出口が見えた。
ドキドキしながら雲を抜けた、その瞬間――
「わぁ! ええっ! 異世界ーーー! ファンタジー!」
「ほう……さすが妖精の住処だ。乙女が好みそうな場所だな。」
「あるじさま、とても可愛らしい場所ですね!」
「主、すげぇな! 妖精の国!」
一歩足を踏み入れた瞬間、そこはまるで別の次元だった。
鮮やかな傘を持つ巨大なキノコの家は、おとぎ話そのものの見た目で、とにかく可愛らしい。
大木の幹をくり抜いた住居、そして空を飛び交う手のひらサイズの妖精たち。
村の中央には、聖水のように清らかな泉が湧き出ており、その水面からは青白い光の粒子が絶えず舞い上がっていた。
――これはもう、絵本の世界と言っていい。
そう断言できるほど、幻想的な光景だった。
そんな可愛らしい村の奥に、ひときわ大きな城が見えた。
きっと、あれが女王セシリア様の居城なのだろう。
他の建物よりも遥かに大きく、人間が住むサイズに見える。
……もしかして、妖精の女王は人間と同じくらいの大きさなのか?
そんなことを一人で想像しているうちに、城の前へ到着し、そのまま中へ案内された。
辿り着いたのは、王城の応接間。
その瞬間、心の底から安堵した。
前回、アーロンさんたちの元で経験したような、堅苦しい謁見の間だったらどうしようと内心ヒヤヒヤしていたが、今回はどうやら違うらしい。
それだけで、かなり救われた。
「皆さま、こちらが妖精の住処の女王陛下、セシリア様でございます。
セシリア様。こちらが、私を救ってくださいました人間のヨシヒロ様と、フェンリル様ご一行です」
「あ……お、お初にお目にかかります。
私はヨシヒロと申します。
そして、こちらが私の使い魔と従魔たちです」
「ようこそ、妖精の住処へ。
そして、よくぞ参られました、ヨシヒロ殿。
我が娘、デイジーの命を救っていただいたこと、この場を借りて心より感謝申し上げます」
「いえ……俺は、できることをしただけです。
デイジーさんが無事で、本当に良かったです」
女王陛下は、くるりとこちらを向いた。
銀髪の長い髪、エルフのように尖った耳。
エメラルドグリーンの宝石のように輝く瞳。
背中の羽は透明度が高く、それでいて虹色に煌めいていて美しい。
そして予想通り、妖精の女王陛下の背丈は、人間の成人女性とほとんど変わらなかった。
あまりにファンタジー要素が詰まっていて、思わず見惚れてしまう。
この世界には、まだ俺の知らない存在が無数にいるのだろう。
こんなにも美しく、なおかつ威厳を纏った女性に出会える日が来るとは思ってもみなかった。
ただ美しいだけじゃない。
その佇まいからは、確かな女王としての風格が感じられ、
――決して、誰もが簡単に会える存在ではないのだと、理解させられた。
「ありがとう、ヨシヒロ殿。
そして、フェンリル様にお目通りできるとは思っておらず、お迎えもできずに、大変申し訳ございません」
「うむ。構わぬ。面を上げよ。
我はこやつの従魔として、この地に来ただけだ。
そなたたちが我に気を遣う必要はない。そなたの娘が無事で何よりだったな」
「はい。有難きお言葉。
フェンリル様が仕えるほど、ヨシヒロ殿は清らかで美しい魂をお持ちなのですね。
我々も、ヨシヒロ殿へ精一杯の感謝と恩返しをさせていただきたいと願っております」
俺に挨拶をしたあと、セシリア様は両膝をつき、ロウキに向かって深く頭を下げた。
ロウキは何のためらいもなく、まるでセシリア様よりも立場が上であるかのような態度を取っていて、正直驚く。
やっぱり、妖精とフェンリルの間には何か特別な繋がりがあるのだろうか。
この場で尋ねるわけにもいかないし、あとでこっそり聞いてみるか――
そんなことを考えていると、ロウキがセシリア様へ、シキナの話を切り出した。
「そう、かたくならずともよい。我らは当然のことをしたまでだ。
それより、我らが今宵この地を訪れた理由を話してもよいか?」
「この時期に、この場所……やはり、シキナのことでしょうか?」
「察しが良いな。
我らは国王陛下より命を受け、この地へ来た。
それに……もし、シキナという花が存在するのなら、亡き妻を息子に会わせてやりたいと思ってな。」
「そちらの小さきフェンリル様は、ご子息でしたか。
奥様は、お亡くなりになられていたのですね……
フェンリル様の願い、ぜひとも叶えて差し上げたいのですが……」
「何か問題があるのか?」
「シキナは、清らかな魂、そして水を好みます。
ですが、外の世界が穢れてしまった日から、蕾のまま花を咲かせなくなってしまったのです。
この村でも、年に一度、この時期に献花として捧げてまいりました。
しかし、ある日を境に、突然咲かなくなりました」
「そうか……それは、どうにもならぬかもしれんな……」
ロウキがシキナについて尋ねると、セシリア様の表情は一気に曇り、苦しげなものへと変わった。
まさか、シキナがすでに花を咲かせなくなっていたなんて、思いもしなかった。
原因が“外の世界の穢れ”だと言われてしまえば、俺には何も言えない。
俺自身が直接の原因ではないとしても、人間が行ってきた開拓や争いが、
この妖精の住処にまで影響を及ぼしたのだろう。
そう思うと、胸の奥に重たいものが溜まっていくのを感じた。
「……一度、ご覧になられますか?」
「うむ。そうしよう。案内を頼む」
「承知しました。では、こちらへどうぞ」
やりきれない気持ちでいると、セシリア様がそう提案してくれ、シキナが咲く場所へ案内してもらうことになった。
王城を通り過ぎ、3分も歩かない場所に着くと、そこには一面に白い花の蕾が広がっていた。
蕾ばかりの光景を見て、これがシキナなのだとすぐに察する。
花びらは、ガーノスさんからもらったイラストよりもずっと薄く、半透明の白。
そして、微かに自ら発光しているようにも見えた。
夜ということもあり、その存在はひときわ幻想的だ。
だけど、セシリア様の言葉どおり、どれも蕾のままで……
ユキの願いを叶えられそうにない現実が、胸に重くのしかかる。
「ご覧の通り、すべて蕾のままです。
どうすれば再び花を咲かせられるのか、私どもにも分かっておりません」
「そうか……咲けば、さぞ美しいのだろうな」
「はい。
シキナは、自ら微かに発光する珍しい花です。
この花を献花台に捧げ、祈りを込めることで、一度だけ死者との対話が可能になると伝えられています。
それは、シキナの光が冥界の魂と繋がっているからだと……
年に一度、この花を捧げることで、儚くも尊い時間を過ごすことができるのです」
「本当に……死者と対話ができるんですね……
会わせてやりたいな……ユキの母親に」
「あるじさま……」
セシリア様の説明を聞きながら、俺は改めて、
この花が本当に死者との対話を可能にするのだと実感し、ますます咲かせたいと思った。
俺のスキル《Angelic Hand》で、どうにかできるものだろうか。
前回、教会では奇跡的に力が通じたけど……
花を咲かせるなんて、さすがに無理だよな。
そう考えて躊躇していた、その時――
ロウキの背中から、ひょいっと顔を出したシンゴが、「降ろせ、降ろせ」と訴えてきた。
仕方なく、俺はシンゴを地面に降ろす。
「この子は……グリフォン!?
絶滅したはずでは……」
「色々事情があってな。
家に眠っていた卵が、ヨシヒロのおかげで孵ったのだ」
「なんと……
グリフォンは、フェンリル様と同じく、この地の守り神……
お二方に揃ってお会いできる日が来ようとは……私は今、とても感動しております」
「うむ……そうか。守り神、か」
シンゴを見たセシリア様は、今日一番と言っていいほどの驚きの表情を浮かべていた。
絶滅したはずのグリフォンが目の前に現れれば、無理もない。
それにしても、“守り神”扱いだなんて、俺は初耳だ。
しかも、ロウキまで同列とは……
ますます、ロウキの立ち位置が分からなくなってきた。
そんなことを考えながら、俺はシンゴの様子を見守る。
まさか、シキナを食べるなんて言わないよな?
モモじゃないんだから、何でも口にするわけじゃないよな……?
ドキドキしていると、シンゴはシキナの蕾の前まで歩み寄り、じっと見つめた。
……怖いな。大丈夫かな。
そんな不安な俺をなだめるように、側にいたルーナが、そっと足に尻尾を絡ませてくる。
そして、「シンゴなら大丈夫ですわよ」と、小さく囁いた。
その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
シンゴが何をするのかは分からない。
けれど、もし解決策があるのなら――頼むぞ、シンゴ。
そう祈りながら、俺は小さなその背中を、じっと見つめていた――……
洞窟の入口まで来ると、「しばらく待っていてください」と言われ、その場で待機することになった。
デイジーさんは洞窟の奥へと入っていき、すぐに姿が見えなくなる。
……まさかとは思うけど。
この洞窟がそのまま住処、なんて言わないよね?
「ねぇ、まさかとは思うけどさ」
「違う。ここは普通に見れば、ただの洞窟だが、強固な隠蔽魔法がかけられている痕跡がある。
この洞窟のどこかに住処へ繋がる入口があり、その入口自体を魔法で隠しているのだ」
「ああ! なるほどね! 頭いいね、ロウキ!」
「誰でも察しがつくだろうが……」
「俺は異世界人だから知らないからー!」
「はぁ……」
俺の言いたいことを即座に察したロウキは、呆れたように溜息をつきながらも、洞窟の構造について説明してくれた。
なるほど、入口そのものを隠しているのか。
いや、本当に。
もしこの洞窟自体が妖精の住処だったら、さすがに丸わかりだし、夢も希望もないもんな。
そんなことを考えて苦笑いしていると、パタパタと羽音を立てて、デイジーさんが戻ってきた。
「フェンリル様、そして……」
「あ、俺はヨシヒロといいます」
「ありがとうございます。
では改めまして、フェンリル様、ヨシヒロ様、そして皆々様。ご案内いたします。
先ほど助けていただいた件を、妖精女王セシリア様にお話ししましたところ、ぜひお礼をと仰っておりました。
ですので、セシリア様にお会いいただきたいのです」
「わぁ……いきなり女王陛下……」
「そんなに緊張されなくても大丈夫ですよ。
セシリア様は、人間も魔物も分け隔てなく愛していらっしゃるお方ですから」
「そうなん……そうでしたか。それは助かります。
人間を嫌う種族は多いと聞いていたので……」
「セシリア様は、決して種族差別をなさらない方です。
私たちの憧れなのですよ!」
「女王陛下は、とても素敵な方なんですね」
デイジーさんの口調が一段と丁寧になったこともあり、俺まで自然とかしこまってしまった。
まさか突然の訪問で、女王陛下に謁見することになるとは思っていなかったし。
妖精の女王陛下って、どんな人なんだろう?
種族差別をしない、心優しい方――デイジーさんの話を聞いて、きっと穏やかで温かな人なのだろうと想像していた。
そんな話をしながら洞窟の中を進んでいると、徐々に空気が変わっていくのを感じた。
魔力の流れが、はっきりと分かる。
入口付近では何も感じなかったのに、この辺りでは、魔力が肌を撫でるように流れている気がした。
「それでは、いきます」
デイジーさんはそう言うと、小さな両手を前に伸ばした。
すると、それまで何もなかった洞窟の土壁に、突然――七色の、もくもくとした雲のようなものが現れた。
雲のようでもあり、わたがしのようでもあり……正直、ちょっと美味しそう。
そんなことを考えながら、その雲の中へ足を踏み入れる。
1分も経たないうちに、向こう側に出口が見えた。
ドキドキしながら雲を抜けた、その瞬間――
「わぁ! ええっ! 異世界ーーー! ファンタジー!」
「ほう……さすが妖精の住処だ。乙女が好みそうな場所だな。」
「あるじさま、とても可愛らしい場所ですね!」
「主、すげぇな! 妖精の国!」
一歩足を踏み入れた瞬間、そこはまるで別の次元だった。
鮮やかな傘を持つ巨大なキノコの家は、おとぎ話そのものの見た目で、とにかく可愛らしい。
大木の幹をくり抜いた住居、そして空を飛び交う手のひらサイズの妖精たち。
村の中央には、聖水のように清らかな泉が湧き出ており、その水面からは青白い光の粒子が絶えず舞い上がっていた。
――これはもう、絵本の世界と言っていい。
そう断言できるほど、幻想的な光景だった。
そんな可愛らしい村の奥に、ひときわ大きな城が見えた。
きっと、あれが女王セシリア様の居城なのだろう。
他の建物よりも遥かに大きく、人間が住むサイズに見える。
……もしかして、妖精の女王は人間と同じくらいの大きさなのか?
そんなことを一人で想像しているうちに、城の前へ到着し、そのまま中へ案内された。
辿り着いたのは、王城の応接間。
その瞬間、心の底から安堵した。
前回、アーロンさんたちの元で経験したような、堅苦しい謁見の間だったらどうしようと内心ヒヤヒヤしていたが、今回はどうやら違うらしい。
それだけで、かなり救われた。
「皆さま、こちらが妖精の住処の女王陛下、セシリア様でございます。
セシリア様。こちらが、私を救ってくださいました人間のヨシヒロ様と、フェンリル様ご一行です」
「あ……お、お初にお目にかかります。
私はヨシヒロと申します。
そして、こちらが私の使い魔と従魔たちです」
「ようこそ、妖精の住処へ。
そして、よくぞ参られました、ヨシヒロ殿。
我が娘、デイジーの命を救っていただいたこと、この場を借りて心より感謝申し上げます」
「いえ……俺は、できることをしただけです。
デイジーさんが無事で、本当に良かったです」
女王陛下は、くるりとこちらを向いた。
銀髪の長い髪、エルフのように尖った耳。
エメラルドグリーンの宝石のように輝く瞳。
背中の羽は透明度が高く、それでいて虹色に煌めいていて美しい。
そして予想通り、妖精の女王陛下の背丈は、人間の成人女性とほとんど変わらなかった。
あまりにファンタジー要素が詰まっていて、思わず見惚れてしまう。
この世界には、まだ俺の知らない存在が無数にいるのだろう。
こんなにも美しく、なおかつ威厳を纏った女性に出会える日が来るとは思ってもみなかった。
ただ美しいだけじゃない。
その佇まいからは、確かな女王としての風格が感じられ、
――決して、誰もが簡単に会える存在ではないのだと、理解させられた。
「ありがとう、ヨシヒロ殿。
そして、フェンリル様にお目通りできるとは思っておらず、お迎えもできずに、大変申し訳ございません」
「うむ。構わぬ。面を上げよ。
我はこやつの従魔として、この地に来ただけだ。
そなたたちが我に気を遣う必要はない。そなたの娘が無事で何よりだったな」
「はい。有難きお言葉。
フェンリル様が仕えるほど、ヨシヒロ殿は清らかで美しい魂をお持ちなのですね。
我々も、ヨシヒロ殿へ精一杯の感謝と恩返しをさせていただきたいと願っております」
俺に挨拶をしたあと、セシリア様は両膝をつき、ロウキに向かって深く頭を下げた。
ロウキは何のためらいもなく、まるでセシリア様よりも立場が上であるかのような態度を取っていて、正直驚く。
やっぱり、妖精とフェンリルの間には何か特別な繋がりがあるのだろうか。
この場で尋ねるわけにもいかないし、あとでこっそり聞いてみるか――
そんなことを考えていると、ロウキがセシリア様へ、シキナの話を切り出した。
「そう、かたくならずともよい。我らは当然のことをしたまでだ。
それより、我らが今宵この地を訪れた理由を話してもよいか?」
「この時期に、この場所……やはり、シキナのことでしょうか?」
「察しが良いな。
我らは国王陛下より命を受け、この地へ来た。
それに……もし、シキナという花が存在するのなら、亡き妻を息子に会わせてやりたいと思ってな。」
「そちらの小さきフェンリル様は、ご子息でしたか。
奥様は、お亡くなりになられていたのですね……
フェンリル様の願い、ぜひとも叶えて差し上げたいのですが……」
「何か問題があるのか?」
「シキナは、清らかな魂、そして水を好みます。
ですが、外の世界が穢れてしまった日から、蕾のまま花を咲かせなくなってしまったのです。
この村でも、年に一度、この時期に献花として捧げてまいりました。
しかし、ある日を境に、突然咲かなくなりました」
「そうか……それは、どうにもならぬかもしれんな……」
ロウキがシキナについて尋ねると、セシリア様の表情は一気に曇り、苦しげなものへと変わった。
まさか、シキナがすでに花を咲かせなくなっていたなんて、思いもしなかった。
原因が“外の世界の穢れ”だと言われてしまえば、俺には何も言えない。
俺自身が直接の原因ではないとしても、人間が行ってきた開拓や争いが、
この妖精の住処にまで影響を及ぼしたのだろう。
そう思うと、胸の奥に重たいものが溜まっていくのを感じた。
「……一度、ご覧になられますか?」
「うむ。そうしよう。案内を頼む」
「承知しました。では、こちらへどうぞ」
やりきれない気持ちでいると、セシリア様がそう提案してくれ、シキナが咲く場所へ案内してもらうことになった。
王城を通り過ぎ、3分も歩かない場所に着くと、そこには一面に白い花の蕾が広がっていた。
蕾ばかりの光景を見て、これがシキナなのだとすぐに察する。
花びらは、ガーノスさんからもらったイラストよりもずっと薄く、半透明の白。
そして、微かに自ら発光しているようにも見えた。
夜ということもあり、その存在はひときわ幻想的だ。
だけど、セシリア様の言葉どおり、どれも蕾のままで……
ユキの願いを叶えられそうにない現実が、胸に重くのしかかる。
「ご覧の通り、すべて蕾のままです。
どうすれば再び花を咲かせられるのか、私どもにも分かっておりません」
「そうか……咲けば、さぞ美しいのだろうな」
「はい。
シキナは、自ら微かに発光する珍しい花です。
この花を献花台に捧げ、祈りを込めることで、一度だけ死者との対話が可能になると伝えられています。
それは、シキナの光が冥界の魂と繋がっているからだと……
年に一度、この花を捧げることで、儚くも尊い時間を過ごすことができるのです」
「本当に……死者と対話ができるんですね……
会わせてやりたいな……ユキの母親に」
「あるじさま……」
セシリア様の説明を聞きながら、俺は改めて、
この花が本当に死者との対話を可能にするのだと実感し、ますます咲かせたいと思った。
俺のスキル《Angelic Hand》で、どうにかできるものだろうか。
前回、教会では奇跡的に力が通じたけど……
花を咲かせるなんて、さすがに無理だよな。
そう考えて躊躇していた、その時――
ロウキの背中から、ひょいっと顔を出したシンゴが、「降ろせ、降ろせ」と訴えてきた。
仕方なく、俺はシンゴを地面に降ろす。
「この子は……グリフォン!?
絶滅したはずでは……」
「色々事情があってな。
家に眠っていた卵が、ヨシヒロのおかげで孵ったのだ」
「なんと……
グリフォンは、フェンリル様と同じく、この地の守り神……
お二方に揃ってお会いできる日が来ようとは……私は今、とても感動しております」
「うむ……そうか。守り神、か」
シンゴを見たセシリア様は、今日一番と言っていいほどの驚きの表情を浮かべていた。
絶滅したはずのグリフォンが目の前に現れれば、無理もない。
それにしても、“守り神”扱いだなんて、俺は初耳だ。
しかも、ロウキまで同列とは……
ますます、ロウキの立ち位置が分からなくなってきた。
そんなことを考えながら、俺はシンゴの様子を見守る。
まさか、シキナを食べるなんて言わないよな?
モモじゃないんだから、何でも口にするわけじゃないよな……?
ドキドキしていると、シンゴはシキナの蕾の前まで歩み寄り、じっと見つめた。
……怖いな。大丈夫かな。
そんな不安な俺をなだめるように、側にいたルーナが、そっと足に尻尾を絡ませてくる。
そして、「シンゴなら大丈夫ですわよ」と、小さく囁いた。
その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
シンゴが何をするのかは分からない。
けれど、もし解決策があるのなら――頼むぞ、シンゴ。
そう祈りながら、俺は小さなその背中を、じっと見つめていた――……
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しかしちょうど一年前、即位したばかりの国王の「そのようなもの、金がかかるばかりで意味がない」という鶴の一声で、職が消滅。
解雇されたスキル研究家のスレイ(26歳)は、ひょんな事から縁も所縁もない田舎の伯爵領に移住し、忙しく働いた王城時代の給金貯蓄でそれなりに広い庭付きの家を買い、元来からの拾い癖と大雑把な性格が相まって、拾ってきた動物たちを放し飼いにしての共同生活を送っている。
ひっそりと「スキルに関する相談を受け付けるための『スキル相談室』」を開業する傍ら、空いた時間は冒険者ギルドで、住民からの戦闘伴わない依頼――通称:非戦闘系依頼(畑仕事や牧場仕事の手伝い)を受け、スローな日々を謳歌していたスレイ。
しかしそんな穏やかな生活も、ある日拾い癖が高じてついに羊を連れた人間(小さな女の子)を拾った事で、少しずつ様変わりし始める。
スキル階級・底辺<ボトム>のありふれたスキル『召喚士』持ちの女の子・エレンと、彼女に召喚されたただの羊(か弱い非戦闘毛動物)メェ君。
何の変哲もない子たちだけど、実は「動物と会話ができる」という、スキル研究家のスレイでも初めて見る特殊な副効果持ちの少女と、『特性:沼』という、ヘンテコなステータス持ちの羊で……?
「今日は野菜の苗植えをします」
「おー!」
「めぇー!!」
友達を一千万人作る事が目標のエレンと、エレンの事が好きすぎるあまり、人前でもお構いなくつい『沼』の力を使ってしまうメェ君。
そんな一人と一匹を、スキル研究家としても保護者としても、スローライフを通して褒めて伸ばして導いていく。
子育て成長、お仕事ストーリー。
ここに爆誕!
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