従魔と異世界スローライフのはずが、魔王と噂されていく日々

ソラリアル

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第96話 心願樹に届いた声

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「ふふふっ……」
「会いたいよ……また来年……フゥ……」
「ねぇ、どうして?」


今日も朝からとても元気です、心願樹くん。
さすがに寝室には置けないため、正式な居場所が決まるまでは地下の魔物管理室にいてもらおうと運んだけど、昨日もあれからずっとお喋りだった。
悲しい言葉、嬉しい言葉、寂しい言葉……
さまざまな想いを、延々と語り続けている。

俺にとっては、正直ちょっとキツいかなぁとも思っていたけど、
じっと見ていると、なんだかおじいちゃんみたいで可愛く思えてきて――
俺の脳みそは、完全に“何でもあり”の領域に突入していた。


「パッパ! 名前、つけないの?」

「え? この子に? いる?」

「いるー! パッパ、名前つけて!」

「名前ねぇ……」


シンゴを抱きかかえながら心願樹を眺めていると、シンゴが「名前をつけて」とせがんできた。
木に名前?とも思ったけど、植物は名前をつけて可愛がると綺麗に育つ、なんて話も聞いたことがある。
木だし、従魔契約になることもないだろう。
そう思いながら、名前を考え始めた。
植物に名前をつけるのは、初めてだなぁ……


「なんか、フゥって言ってるから……フゥは?」
「やー!」
「んー……じゃあ、メメントとか?」
「メメント……うーん……」
「ジュキは?」
「じゅきぃー?」


どんな名前がいいのか分からず、思いつくままに候補を挙げてみたけれど、どうもピンとこないらしい。
メメントはいいと思ったし、ジュキも可愛いと思ったんだけどなぁ。
そんなやり取りを数分続けていると、ふと、ある言葉を思い出した。


「木霊……コダマは?」

「コダマ? なーに?」

「俺がいた世界で、樹木に宿る精霊のことを“コダマ”って呼ぶんだよ」

「パッパの世界の精霊……シンゴ、コダマがいい!」

「本当? じゃあ、“コダマ”って呼びかけてあげてみて」

「コダマー! 今日から、コダマって言うんだよ! コダマー!」


“コダマ”という言葉を思い出して口にすると、思いのほかシンゴは気に入ってくれた。
心願樹に向かって名前を呼ぶと、その瞬間、頭の上についていた微かに光を帯びた数枚の葉が、小刻みに揺れ始める。
これは……気に入った、のか?


「コダマァァァ……
ねぇ、大好き……フゥ……」

「んんー……これは、大丈夫なのかな?」

「大丈夫だよ! シンゴ、お知らせしてくる!」

「はいはい、分かったよ。じゃあ上がろうね。」


コダマという名前を気に入ってくれたのかは分からないけど、まぁ良しとしよう。
そう思いながら、「皆に知らせたい!」と張り切るシンゴを抱えて、俺は一階へ戻った。
エントランスホールにいた皆や、外で遊んでいた皆に、名前が“コダマ”になったことを一生懸命伝えて回るシンゴ。
その姿が可愛すぎて、俺は完全に癒されていた。

結局、俺の家族になってくれた存在には、必ず名前をつけることになるんだなぁ。
まぁ……いいけどさ。

なんて思いながら、今度ちゃんと“コダマ”について調べてみようと考えていた――









コダマと名付けてからというもの、皆が代わる代わる魔物管理室へ顔を出すようになった。
いちいち地下まで行かせるのは可哀想だと思い、日中は外で日向ぼっこをさせ、誰でもすぐ話しかけられるようにした。

相変わらず意思疎通はできないけれど、名前を呼ばれると時折葉を揺らすようになり、それがまるで返事をしているようにも思える。

ところで、コダマって大きくなるのかな?
それとも、一生このままなんだろうか。

もし大きくなったら、家の隣に植えてやろう。
そうすれば、きっと寂しくない。

そんなふうに、コダマの今後を想像しながら考え事をしていた――その時だった。


「ごめんなさい……」

「主、コダマが謝ってる。人間の悲しい感情?」

「そうだなぁ……“あの時はごめんね”って感じかな?」


突然、謝罪の言葉を口にしたコダマ。
謝罪の言葉自体はこれまでもよく聞いていたため、特に気に留めなかった。
だが、次に口にした言葉で、俺はギョッとする。


「あの森の……洞窟……閉じ込められ……」

「え?」

「あなたに……あなた一人に向かわせ……て……ごめ……なさい……」

「今の……なに?」

「森……洞窟? 閉じ込められてるって言ったよね?」


その言葉を聞いた瞬間、何か良からぬ出来事があったとしか思えなかった。
森の洞窟に閉じ込められている?
一人で向かわせてごめん?
――普通じゃないだろ、それ。

しかも、それが花冥祭の祈りの場で交わされた感情の記憶だとしたら……
嫌な予感が、背中を這い上がる。

聞いてはいけないものを聞いてしまった。
そんな感覚に囚われ、俺は固まった。
すると、そんな俺の顔を覗き込んだロウキが、ニヤリと口角を上げて言った。


「……ヨシヒロ、何を考えている?」

「え? べ、別に何も!
俺は安心安全な異世界生活を送りたいだけだよ!」

「フン。そうはいかぬのが、この世界なのだ、ヨシヒロ」

「ロウキ!俺はガーノスさんのところなんて行かないからな!」

「我らだけで行けばよい。ユキ、ミル、行くぞ」

「はい! 父上!」

「いいよ、ボス。ガーノスのところ、いこう」

「ちょいちょいちょい!
主を置いて従魔だけで事情を聞きに行くなんて、そんな話ある?!」

「お前が行かぬのなら、我らが行くしかあるまい」

「なんでだよ……!」


危ない匂いがするのは分かっているのに、ロウキはユキとミルを連れて、さっさと転移ゲートをくぐってしまった。
おかしくないか?!主を置いて調査に乗り出すなんて!

そもそも、俺たちは探偵でも何でもないんだけど!
そう叫んでも、誰も聞いちゃくれない。


「ヨシヒロ様。もし、この声の話が事実であれば、どこかで誰かが亡くなり……
その帰りを待つ人がいて、亡くなった方自身も、この地に還ることを望んでいる可能性がありますわ」

「ルーナ……」

「ヨシヒロ様にとって、とても面倒なことなのは分かっています。
ですが、ヨシヒロ様だからこそ、“追憶の欠片”はたくさんの言葉を届けてくれているのです」


ルーナは静かに続ける。


「コダマは、何でもかんでも口にするわけではありません。
ヨシヒロ様に愛情をもって接してもらい、魔力をもらうことで、
ヨシヒロ様という存在を、コダマは強く信頼しています。
ヨシヒロ様なら、自分の中にある声を、きちんと聴いてくれる。
そう思って、声を届けているのです」

「コダマが……俺を、ね」

「はい。ですから、どうかこの声を拾ってあげてください。ヨシヒロ様」

ロウキの好き勝手な行動に呆れていた俺だったが、
静かに隣へ来たルーナから、コダマが言葉を発する理由を教えられた。


そんなふうに言われてしまったら、もう動かないわけにはいかないじゃないか。
俺に解決できることなのかは分からない。
それでも――やっぱり、ガーノスさんのところへ行ってみるか。

そう思い直し、ルーナに家のことを任せて、クロと共に転移ゲートをくぐった。


「遅いぞ、ヨシヒロ。ガーノスを呼んできてくれ」

「はいはい。ちょっと待ってて」


ゲートを抜けた先に、ガーノスさんの姿はなかった。
ロウキに呼んでくるよう言われ、とぼとぼと歩きながら外へ出ると、
偶然、クリスティーナさんのお母さんと出くわし、少しだけ話をすることになった。


「あら、ヨシヒロ君。久しぶりだねぇ。元気にしてたかい?」

「あ、クリスティーナさんのお母さん!お久しぶりです!」

「今日はどうしたんだい? 可愛いクロちゃんと一緒に」

「主が困ってる人を助けるために、ガーノスに話を聞きに来たんだ!」

「おやおや、そうだったのかい。相変わらずヨシヒロ君は優しい子だねぇ」

「主は世界一だからなー!
なんか、森の洞窟に誰か閉じ込められてるんだって!」

「森……? ああ、もしかして“迷いの樹海”のことかい?」

「迷いの樹海……?」

「ええ。足を踏み入れた者が方向感覚を失って、容易に抜け出せない広大な森でね。
迷宮みたいな、危険な森だから、絶対に近づいちゃダメだよって、
昔ティーナが教えてくれたんだよ」

「ええ……もしかして、その森なのかな……コワッ……」


クロが今回の目的を軽く伝えると、
“迷いの樹海”という、なんとも恐ろしい名前の森の話が返ってきた。
――絶対にそこじゃん。

そう思いながらため息を吐くと、彼女は優しく微笑んで言ってくれた。


「ヨシヒロ君なら、きっと大丈夫。
でも、気をつけて行くんだよ?
ヨシヒロ君たちに何かあったら、私たちも悲しいからね?」

「……はい! ありがとうございます!
またお会いできた時に、どうだったかご報告しますね」

「ふふっ。ありがとうね。じゃあ、またね」


自分の母親ではないけど、
母親に「大丈夫だよ」と言ってもらえたような感覚だった。

親が恋しくなる年齢じゃない。
それでも、こんなふうに心配してもらえるのは、やっぱり嬉しい。
そう思いながら手を振って見送り、ガーノスさんの元へと向かう。

迷いの樹海かぁ……怖いところなんだろうな。
おばけとか出たら、どうしよう……

そんな不安を胸に抱えながら、
俺は冒険者ギルドの扉に、ゆっくりと手を伸ばした――
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