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番外編
お風呂で延長線①
ちゃぷん。
両手で掬った透明な湯が指の間から零れ落ち、つややかな音が浴槽内に響いた。
昨晩の鮮烈すぎる初体験から一夜明け、今はもう昼を過ぎた頃だ。
昨晩、はじめて叶くんとセックスをした。まだおなかの奥に叶くんの感触が残っている。
「ふう……」
いつだったか、二人で入るところを想像した浴室のバスタブの中に私はいる。
広すぎる浴槽に浸かり、昨晩からこれまでの間に起こったあれこれについて一人で思いを巡らせていた。
KYOの正体は叶くんで、叶くんは私を好きで。それで、私も叶くんが好きで。
約束通り、叶くんは私のセカンドバージンを貰ってくれた。これまでの記憶を塗り替えるほど鮮烈な体験とともに。
まだ現実味がなく、頭はふわふわとしている。けれど、体に残っている感覚は鮮明なものだ。
「すっごいえっちしちゃったな……」
清めた体を浴槽にたっぷりと浸け、ひとりごちる。
ふと全面ガラス張りになった脱衣所の方に目をやると、下着姿の叶くんが頭を掻きながら入ってきた。
一晩中ぶっ続けでセックスしたせいもあり、叶くんはすべてを出し切ったようにぐっすりと眠ってしまっていた。だから起こさないようにと静かに抜け出して来たのだが、さすがにもう昼を過ぎた頃だし、目が覚めてしまったんだろう。
くあ、とあくびをして、引き締まって美しい肢体からボクサーパンツを脱いでいく。それから前髪を掻き上げ、私のいる浴室のガラス扉を静かに開けた。
「俺も入るぅ」
言って、慣れたようにシャワーハンドルを捻った。立ちながら熱いシャワーに勢いよく打たれる叶くんが、ふわふわと寝癖の付いた黒髪を濡らしていく。豪快にわしゃわしゃと髪を洗う姿のセクシーさは、私が脳内で描いていたのと同じだった。
ぶくぶくぶく。羞恥というものが今さらながらにやってきて、私は顔の半分をあたたかなお湯の中に隠した。
「あーきもちい~」
そのままシャンプーの泡を体全体に広げてゆき、滑らかな指で自身の肌を撫でて洗う叶くん。その一挙手一投足にドキドキしてしまう。
だって、そんじょそこらのグラビアアイドルのイメージ動画よりも色っぽい。
やがてもこもこの泡をすべて流し終えた叶くんは、ぐわっと前髪を両手で掻き上げ、その柔らかな髪をオールバックにした。
広い浴槽は、体を端に寄せなくても優に大人が二人入れる。なんとなく体を隅に寄せると、遠慮なく入ってきた叶くんの体積によって浴槽内のお湯がざぶりとあふれてしまった。
そして当然のように湯の中で腕を引き寄せられ、私の背中に叶くんの胸板が重なる形になった。
「はあー、落ち着く」
ごく自然に後ろから抱きしめられ、肩に叶くんの形の良い顎が乗る。
お湯の中で触れ合う肌の感触は新鮮なもので、ぬくみのある体温とふんわりと香るシャンプーの蒸気に包まれた。
「帰っちゃったのかと思いましたよ。勝手にどっか行かないでください」
裸になった叶くんはいつもよりも甘えんぼになる気がする。切れ長の瞳が見せる鋭い印象が、浴室内のほこほこした空気にほだされ、やわらかく綻ぶ感じ。
「ぐっすり眠ってたから起こしちゃ悪いかと思って」
「カリナさんがいなくなったら急に寒くなって目ぇ覚めました」
透明な湯の中、所在なげだった両手に下から叶くんの大きな手のひらが重なり、指の間を絡められる。
そこから伝わってくる体温に、緊張していた私の心もほどけていく。
とく、とく、と穏やかに脈打つ心音が心地良い。叶くんの胸にぴたりと背を預けると、耳元に触れるくちびるの気配がくすぐったかった。
一晩中、時間も忘れて深く交わったあと、こうして清めた肌をふたたび重ね合わせられる瞬間に、心が通じ合っているようなあたたかさを感じた。
意外、というか。これは私の勝手なイメージだけど、叶くんは必要以上のスキンシップを好まないようなタイプのように思っていた。
だけど、今や完全に私に懐いて甘えモード全開の猫ちゃんになっている。
むしろ愛情表現を存分に示しながら、自分の匂いを擦り付ける独占欲すら感じるほどだ。マーキングってやつ。
「てか、勝手にお湯張りしちゃってごめんね」
「うん? そんなのいいんですよ。一緒に住めばどっちかがやるんですから」
どうやらその約束は寝ぼけていたわけではないらしい。実際に同棲するとなると色々と準備はあるが、今はまだ少しこの安らぎを共有してもバチは当たらないだろう。
足を伸ばしてもぶつからないくらいに広い浴槽の中。肌を寄せ合い、しっとりと湯気に潤んだ浴室内でリラックスする、尊い時間だ。
収まりの良い彼の腕の中は、まるで最初からこうあるべきだったのだと思わせるような落ち着きがある。
と、頭の中で考えたとき、昨晩彼から聞かされた「最初から」という言葉を不意に思い出した。
「……叶くん、そういえば」
熱烈なセックスが始まる前のこと。KYOの正体が叶くんだったのだと知らされたとき、彼はなんて言おうとしたのだろう。
—— 最初……カリナさんが奥の席で泣いてるのを見て。
その続きを、私はあのとき遮ってしまったような気がしている。
すりりと唇を耳に寄せてきて、「うん?」と返事をする彼に、そのことを問う。
「さっき……あのあとなんて言おうとしたの? 奥の席で私が泣いてた……って」
私が言うと、小さく笑った叶くんの息が耳にかかった。
「聞きたいですか?」
「うん、聞きたい」
首をひねって振り向くと、叶くんは少し照れくさそうに笑った。
「カリナさんのことは、ずっと前から知ってました。って言ってもお店の中でだけですよ。よく来てくださるお客さんのことはだいたい覚えてますから」
叶くんは少し上を向いて目を閉じた。当時のことを頭に蘇らせるように。
――いつも夜に来るお姉さん。
お仕事の帰りなんだろう。時には明るい雰囲気で、時にはぐったり疲れている。
少しでも癒されてくれるといいな、という思いで気持ちを込めてラテを作り、労いの思いでカップにメッセージと落書きを添えると、ふわわっと花が咲いたように笑ってくれる。顔見知りのお客さん。
そのひとがある夜、お店の奥の席で泣いていた。きっかけは多分、その直前に届いたメールだろう。それまではお気に入りの文庫本をじっくり読んでいたのに、メールを受け取って以降、読書をするふりをして涙を誤魔化していることがすぐにわかった。
店員がコーヒータイム中のお客さんに干渉することはない。だけどそのときは、後先も考えずに行動していた。
気づけばハンカチを差し出して。いつものように笑ってほしくて、「Smile」とメッセージを書き添えたホットミルクを作っていた。
そのとき、初めて名前を呼ばれた。胸元のネームプレートを見て、「満島さん、ありがとう」と。だから、叶と呼んでほしいということも、いつも来てくださっていますよねということも、そのとき伝えた。
名前が「カリナさん」ってことを知った。そのあともカウンターの中からこっそり見守っていると、ホットミルクを半分飲み終えるころには涙も止まっていて、にこりと笑いかけてくれた。
たぶんこの時から、好きだった。
「好きになっちゃったんです。泣いてるカリナさんを見て。俺が守ってあげなきゃって」
と、叶くんは語った。
「俺ね、昔からあんまり本気で女の子のこと好きになれなかったんですよ。言い寄られる方が多くて」
「モテてきたんだねぇ」
「それなりには。火遊びくらいはしてたけど、本気になれなくて続かない。だからこんな歳まで童貞だったし」
「それは意外だったかも」
「ふふ、ですよね。でも簡単に捨てなくて良かった。初めてこんなに好きになれたんです。カリナさんがいてくれたから」
一度話す仲になれば、カリナさんは可愛らしい人だということがすぐにわかった。顔は猫っぽいのに、仲良くなると壁がなくなるところは犬っぽさもある。疲れている日は殺伐としてるけど、良いことがあったんだろうなという日は表情でわかる。
そういう分かりやすいところも可愛いと思った。それらひとつひとつがことごとく琴線に触れた。
どうにかして、手に入れられないかなって。釣り合うはずないと分かっていたから。まぁ、こっそり好きでいるくらいは別に自由だよなって、思ってた。
叶くんは、途中から少し恥ずかしげにそう話した。
「……俺、カフェでバイトしながら裏でオナニー動画の配信して金稼いでたでしょ? まぁ、貯金のためとはいえ、こう見えても後ろめたさはあったんですよ。だけど、カリナさんがカフェに来てくれるときは……カリナさんが笑いかけてくれるだけで、結構救われてたんです」
聞かせてくれたのは、これまできっと誰にも打ち明けたことのない、彼の本音。順風満帆に見えた叶くんにでも、弱いところはあったのだ。
「そしたらDMが来るんだもん。まじ焦った。こっそり好きでいるだけでいいやなんて言ってる場合じゃねえ、ガチで俺が守んないとやばい、絶対俺のものにする……俺が幸せにする。って思いで、ここまで来ました」
そうして、ぎゅっと後ろから抱きすくめられた。
「もう絶対に離しませんから。カリナさんが泣いて良いのは、俺の腕の中と、ベッドの上でだけ」
「ふふ、それって本気で言ってたんだね」
「わりとガチで。あのタイミングで言っちゃったからギャグっぽくなっちゃいましたけど」
おだやかな蒸気が、くすくす笑い合う私たちを包む。広い湯船に二人きり、身も心も浸り、本心をさらけ出し合うのは照れくさいようで心地よくもあった。
相手を愛おしいと思う気持ちを分かち合える、あたたかい時間。
このままこうして、いつまでも二人で過ごしたい。
「他に聞きたいことは? なんでも答えます」
あとひとつだけ疑問が残るとしたら。
「じゃあ……あのアルファベットや数字はなんだったの?」
「うん? アルファベット?」
「プロフに書いてあった。DDとか、176.18って。176は身長? なら、18ってなんの数字?」
そう、KYOのプロフィールにあった、『DD/東京/176.18/金曜23時配信』。
解読不能な暗号のオンパレードで、いまだにその全貌を知らない。
「カリナさん、ほんと何も知らないであのサイトうろうろしてたんだ……」
「うぅ。うろうろはしてない。KYOのことしか見てなかったもん」
「もおーいちいち可愛い……反則だ……二度とアクセスしないでくださいよ!」
「それは、はい……。で、教えてくれる?」
背後で暴れる男のせいで、湯船がじゃぶじゃぶと波打つ。
叶くんは私の手を取り、手のひらに指先でDの文字をなぞりながらその意味を教えてくれた。
「男子大学生、で、DD」
「男子大学生の略なんだ!」
「そう。ああいうサイトではそれがブランドみたいなもんで、書いときゃ数字取れるんです」
「面白い、そうなんだ。じゃあ18は?」
振り向いて問うと、叶くんが急にしっとりとした空気を漂わせた。オールバックにしていた髪の束がはらりと崩れて額に掛かり、雫がしたたる。色気とともに。
「……それは、あとで教えてあげます」
瞬間、腰の下の方に硬い感触を察した。
両手で掬った透明な湯が指の間から零れ落ち、つややかな音が浴槽内に響いた。
昨晩の鮮烈すぎる初体験から一夜明け、今はもう昼を過ぎた頃だ。
昨晩、はじめて叶くんとセックスをした。まだおなかの奥に叶くんの感触が残っている。
「ふう……」
いつだったか、二人で入るところを想像した浴室のバスタブの中に私はいる。
広すぎる浴槽に浸かり、昨晩からこれまでの間に起こったあれこれについて一人で思いを巡らせていた。
KYOの正体は叶くんで、叶くんは私を好きで。それで、私も叶くんが好きで。
約束通り、叶くんは私のセカンドバージンを貰ってくれた。これまでの記憶を塗り替えるほど鮮烈な体験とともに。
まだ現実味がなく、頭はふわふわとしている。けれど、体に残っている感覚は鮮明なものだ。
「すっごいえっちしちゃったな……」
清めた体を浴槽にたっぷりと浸け、ひとりごちる。
ふと全面ガラス張りになった脱衣所の方に目をやると、下着姿の叶くんが頭を掻きながら入ってきた。
一晩中ぶっ続けでセックスしたせいもあり、叶くんはすべてを出し切ったようにぐっすりと眠ってしまっていた。だから起こさないようにと静かに抜け出して来たのだが、さすがにもう昼を過ぎた頃だし、目が覚めてしまったんだろう。
くあ、とあくびをして、引き締まって美しい肢体からボクサーパンツを脱いでいく。それから前髪を掻き上げ、私のいる浴室のガラス扉を静かに開けた。
「俺も入るぅ」
言って、慣れたようにシャワーハンドルを捻った。立ちながら熱いシャワーに勢いよく打たれる叶くんが、ふわふわと寝癖の付いた黒髪を濡らしていく。豪快にわしゃわしゃと髪を洗う姿のセクシーさは、私が脳内で描いていたのと同じだった。
ぶくぶくぶく。羞恥というものが今さらながらにやってきて、私は顔の半分をあたたかなお湯の中に隠した。
「あーきもちい~」
そのままシャンプーの泡を体全体に広げてゆき、滑らかな指で自身の肌を撫でて洗う叶くん。その一挙手一投足にドキドキしてしまう。
だって、そんじょそこらのグラビアアイドルのイメージ動画よりも色っぽい。
やがてもこもこの泡をすべて流し終えた叶くんは、ぐわっと前髪を両手で掻き上げ、その柔らかな髪をオールバックにした。
広い浴槽は、体を端に寄せなくても優に大人が二人入れる。なんとなく体を隅に寄せると、遠慮なく入ってきた叶くんの体積によって浴槽内のお湯がざぶりとあふれてしまった。
そして当然のように湯の中で腕を引き寄せられ、私の背中に叶くんの胸板が重なる形になった。
「はあー、落ち着く」
ごく自然に後ろから抱きしめられ、肩に叶くんの形の良い顎が乗る。
お湯の中で触れ合う肌の感触は新鮮なもので、ぬくみのある体温とふんわりと香るシャンプーの蒸気に包まれた。
「帰っちゃったのかと思いましたよ。勝手にどっか行かないでください」
裸になった叶くんはいつもよりも甘えんぼになる気がする。切れ長の瞳が見せる鋭い印象が、浴室内のほこほこした空気にほだされ、やわらかく綻ぶ感じ。
「ぐっすり眠ってたから起こしちゃ悪いかと思って」
「カリナさんがいなくなったら急に寒くなって目ぇ覚めました」
透明な湯の中、所在なげだった両手に下から叶くんの大きな手のひらが重なり、指の間を絡められる。
そこから伝わってくる体温に、緊張していた私の心もほどけていく。
とく、とく、と穏やかに脈打つ心音が心地良い。叶くんの胸にぴたりと背を預けると、耳元に触れるくちびるの気配がくすぐったかった。
一晩中、時間も忘れて深く交わったあと、こうして清めた肌をふたたび重ね合わせられる瞬間に、心が通じ合っているようなあたたかさを感じた。
意外、というか。これは私の勝手なイメージだけど、叶くんは必要以上のスキンシップを好まないようなタイプのように思っていた。
だけど、今や完全に私に懐いて甘えモード全開の猫ちゃんになっている。
むしろ愛情表現を存分に示しながら、自分の匂いを擦り付ける独占欲すら感じるほどだ。マーキングってやつ。
「てか、勝手にお湯張りしちゃってごめんね」
「うん? そんなのいいんですよ。一緒に住めばどっちかがやるんですから」
どうやらその約束は寝ぼけていたわけではないらしい。実際に同棲するとなると色々と準備はあるが、今はまだ少しこの安らぎを共有してもバチは当たらないだろう。
足を伸ばしてもぶつからないくらいに広い浴槽の中。肌を寄せ合い、しっとりと湯気に潤んだ浴室内でリラックスする、尊い時間だ。
収まりの良い彼の腕の中は、まるで最初からこうあるべきだったのだと思わせるような落ち着きがある。
と、頭の中で考えたとき、昨晩彼から聞かされた「最初から」という言葉を不意に思い出した。
「……叶くん、そういえば」
熱烈なセックスが始まる前のこと。KYOの正体が叶くんだったのだと知らされたとき、彼はなんて言おうとしたのだろう。
—— 最初……カリナさんが奥の席で泣いてるのを見て。
その続きを、私はあのとき遮ってしまったような気がしている。
すりりと唇を耳に寄せてきて、「うん?」と返事をする彼に、そのことを問う。
「さっき……あのあとなんて言おうとしたの? 奥の席で私が泣いてた……って」
私が言うと、小さく笑った叶くんの息が耳にかかった。
「聞きたいですか?」
「うん、聞きたい」
首をひねって振り向くと、叶くんは少し照れくさそうに笑った。
「カリナさんのことは、ずっと前から知ってました。って言ってもお店の中でだけですよ。よく来てくださるお客さんのことはだいたい覚えてますから」
叶くんは少し上を向いて目を閉じた。当時のことを頭に蘇らせるように。
――いつも夜に来るお姉さん。
お仕事の帰りなんだろう。時には明るい雰囲気で、時にはぐったり疲れている。
少しでも癒されてくれるといいな、という思いで気持ちを込めてラテを作り、労いの思いでカップにメッセージと落書きを添えると、ふわわっと花が咲いたように笑ってくれる。顔見知りのお客さん。
そのひとがある夜、お店の奥の席で泣いていた。きっかけは多分、その直前に届いたメールだろう。それまではお気に入りの文庫本をじっくり読んでいたのに、メールを受け取って以降、読書をするふりをして涙を誤魔化していることがすぐにわかった。
店員がコーヒータイム中のお客さんに干渉することはない。だけどそのときは、後先も考えずに行動していた。
気づけばハンカチを差し出して。いつものように笑ってほしくて、「Smile」とメッセージを書き添えたホットミルクを作っていた。
そのとき、初めて名前を呼ばれた。胸元のネームプレートを見て、「満島さん、ありがとう」と。だから、叶と呼んでほしいということも、いつも来てくださっていますよねということも、そのとき伝えた。
名前が「カリナさん」ってことを知った。そのあともカウンターの中からこっそり見守っていると、ホットミルクを半分飲み終えるころには涙も止まっていて、にこりと笑いかけてくれた。
たぶんこの時から、好きだった。
「好きになっちゃったんです。泣いてるカリナさんを見て。俺が守ってあげなきゃって」
と、叶くんは語った。
「俺ね、昔からあんまり本気で女の子のこと好きになれなかったんですよ。言い寄られる方が多くて」
「モテてきたんだねぇ」
「それなりには。火遊びくらいはしてたけど、本気になれなくて続かない。だからこんな歳まで童貞だったし」
「それは意外だったかも」
「ふふ、ですよね。でも簡単に捨てなくて良かった。初めてこんなに好きになれたんです。カリナさんがいてくれたから」
一度話す仲になれば、カリナさんは可愛らしい人だということがすぐにわかった。顔は猫っぽいのに、仲良くなると壁がなくなるところは犬っぽさもある。疲れている日は殺伐としてるけど、良いことがあったんだろうなという日は表情でわかる。
そういう分かりやすいところも可愛いと思った。それらひとつひとつがことごとく琴線に触れた。
どうにかして、手に入れられないかなって。釣り合うはずないと分かっていたから。まぁ、こっそり好きでいるくらいは別に自由だよなって、思ってた。
叶くんは、途中から少し恥ずかしげにそう話した。
「……俺、カフェでバイトしながら裏でオナニー動画の配信して金稼いでたでしょ? まぁ、貯金のためとはいえ、こう見えても後ろめたさはあったんですよ。だけど、カリナさんがカフェに来てくれるときは……カリナさんが笑いかけてくれるだけで、結構救われてたんです」
聞かせてくれたのは、これまできっと誰にも打ち明けたことのない、彼の本音。順風満帆に見えた叶くんにでも、弱いところはあったのだ。
「そしたらDMが来るんだもん。まじ焦った。こっそり好きでいるだけでいいやなんて言ってる場合じゃねえ、ガチで俺が守んないとやばい、絶対俺のものにする……俺が幸せにする。って思いで、ここまで来ました」
そうして、ぎゅっと後ろから抱きすくめられた。
「もう絶対に離しませんから。カリナさんが泣いて良いのは、俺の腕の中と、ベッドの上でだけ」
「ふふ、それって本気で言ってたんだね」
「わりとガチで。あのタイミングで言っちゃったからギャグっぽくなっちゃいましたけど」
おだやかな蒸気が、くすくす笑い合う私たちを包む。広い湯船に二人きり、身も心も浸り、本心をさらけ出し合うのは照れくさいようで心地よくもあった。
相手を愛おしいと思う気持ちを分かち合える、あたたかい時間。
このままこうして、いつまでも二人で過ごしたい。
「他に聞きたいことは? なんでも答えます」
あとひとつだけ疑問が残るとしたら。
「じゃあ……あのアルファベットや数字はなんだったの?」
「うん? アルファベット?」
「プロフに書いてあった。DDとか、176.18って。176は身長? なら、18ってなんの数字?」
そう、KYOのプロフィールにあった、『DD/東京/176.18/金曜23時配信』。
解読不能な暗号のオンパレードで、いまだにその全貌を知らない。
「カリナさん、ほんと何も知らないであのサイトうろうろしてたんだ……」
「うぅ。うろうろはしてない。KYOのことしか見てなかったもん」
「もおーいちいち可愛い……反則だ……二度とアクセスしないでくださいよ!」
「それは、はい……。で、教えてくれる?」
背後で暴れる男のせいで、湯船がじゃぶじゃぶと波打つ。
叶くんは私の手を取り、手のひらに指先でDの文字をなぞりながらその意味を教えてくれた。
「男子大学生、で、DD」
「男子大学生の略なんだ!」
「そう。ああいうサイトではそれがブランドみたいなもんで、書いときゃ数字取れるんです」
「面白い、そうなんだ。じゃあ18は?」
振り向いて問うと、叶くんが急にしっとりとした空気を漂わせた。オールバックにしていた髪の束がはらりと崩れて額に掛かり、雫がしたたる。色気とともに。
「……それは、あとで教えてあげます」
瞬間、腰の下の方に硬い感触を察した。
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