57 / 142
season2
scene12-01 俺様ヒーローな君にヒロイン役は(5)
しおりを挟む
獅々戸玲央は、鬱屈とした感情と日々戦っていた。
俳優養成所ではレッスンを受けるだけでなく、俳優としてメディア出演することもあったが、ほぼタダ働きのエキストラが主であった。
事務所にオファーをもらって仕事をこなす同期もいるなかで、同じ道を志す周囲への羨望と嫉妬、何よりも己に対する不安が胸中を渦巻いていた。
自分はこんなものではない。もっと認められたい。だからもっと上を目指して努力するのだ、と純粋に言えたらどんなにいいだろうか。
本当のところは、脆い自分を必死に虚栄心で隠しているにすぎないのだ。
どうにも、そこを審査員に見抜かれている気がしてならない。オーディションでは一次審査に受かっても、決まって次の時点で落とされていた。
それでも未だこうしてやれているのは、恋人である藤沢雅の存在が大きいだろう。玲央の心はぐらつくも、決して折れてはいなかった。
◇
八月上旬、二泊三日で映画研究会の合宿が行われた。
今年の合宿所は山梨にある大型コテージで、コンペティションで得た賞金を軍事金にして、盛大に貸し切ったのだった。
しばし近辺を散策したあと、監督の戌井誠の指揮のもと新作映画の撮影が始まる。
タイトルは『二人の白いキャンバス』。今作は《LGBT》を取り上げた作品で――なお脚本は岡嶋由香里のもの――男性同士のプラトニックラブストーリーだ。
新たな記憶が形成されない前向性健忘症を患った画家と、彼に一途な想いを寄せる美大生の恋の行く末は……といった、ありがちだが切なく甘酸っぱい設定は、きっと視聴者の涙腺を誘うに違いない。
(いい本だと思うし、また主演やらせてもらえるのは嬉しいけどさ……)
玲央が演じるのは、美大生の《智也》だ。
撮影に使うエプロンを身につけながらコテージのキッチンに立つ。それから、小さくため息をついた。
頭にあるのは、画家の《湊》演じる共演者のことだった。
「藤沢、立ち位置確認するからこっち来い」
「はいっ」
そう、相手役は雅だ。しかも何を思ったのか立候補である。いや、なんとなく彼の思考は察したが、照れくさくて考えたくなかったと言った方がいいだろう。
「テストいきます! シーン3─2、よーいスタート!」
誠の声が響いて、助監督がカチンコを鳴らす。
今から始まるのは、日頃不摂生な生活をしている湊(雅)を心配して、智也(玲央)が昼食を作る場面だ。
『先生、ちゃんとご飯くらい食べてよ。いつか倒れるんじゃないかって心配になる……』
智也役の玲央が、規則正しい包丁の音を立てて玉ねぎを切っていく。隣で見守るのは、湊役の雅である。
『嬉しいね。心配してくれてるの?』
静かで落ち着きのある演技はなかなかのものだ。キャラづくりとしてスクエアの伊達眼鏡を掛けた姿は、自分よりも幾分年上のように見えた。
『茶化さないでよ。なんだか、そのうち消えちゃいそうで不安だ』
『俺はちゃんとここにいるよ』
『でも、昨日の先生じゃない』
包丁を持つ手を止めて言うと、二人の間に重い空気が流れた。
しばし沈黙してから、智也(玲央)がハッとして、再び手を動かし始める。
『ご、ごめん――あ、っ!』
ビクッと体を震わせて顔をしかめる。
包丁で指を切ってしまったような仕草をすると、湊(雅)がその指を掴んで口に含んだ。智也(玲央)は瞳を潤ませ、自然と見つめ合う二人……。
「カット! チェック入ります!」
カチンコが〝二度打ち〟された。
「いつまでも掴んでんじゃねーよ」
と、同時に雅の手を振り払って、カメラの確認をしに行く。
「もう少し明るい方が」「ズームインして注目させた方が」などと、誠とともにアドバイスをしているうち、雅も加わってきて具体的にフォローした。
何の気のなしに横目で見たら、視線が合ってドクンッと心臓が跳ねる。
「ほ、本番いくぞ、監督! 音声も問題ないよな!?」
撮影中は演技に集中して、意識しないよう気をつけているのだが、どうにもこうにも気恥ずかしさが拭えない。不機嫌顔で頬を赤らめる玲央であった。
俳優養成所ではレッスンを受けるだけでなく、俳優としてメディア出演することもあったが、ほぼタダ働きのエキストラが主であった。
事務所にオファーをもらって仕事をこなす同期もいるなかで、同じ道を志す周囲への羨望と嫉妬、何よりも己に対する不安が胸中を渦巻いていた。
自分はこんなものではない。もっと認められたい。だからもっと上を目指して努力するのだ、と純粋に言えたらどんなにいいだろうか。
本当のところは、脆い自分を必死に虚栄心で隠しているにすぎないのだ。
どうにも、そこを審査員に見抜かれている気がしてならない。オーディションでは一次審査に受かっても、決まって次の時点で落とされていた。
それでも未だこうしてやれているのは、恋人である藤沢雅の存在が大きいだろう。玲央の心はぐらつくも、決して折れてはいなかった。
◇
八月上旬、二泊三日で映画研究会の合宿が行われた。
今年の合宿所は山梨にある大型コテージで、コンペティションで得た賞金を軍事金にして、盛大に貸し切ったのだった。
しばし近辺を散策したあと、監督の戌井誠の指揮のもと新作映画の撮影が始まる。
タイトルは『二人の白いキャンバス』。今作は《LGBT》を取り上げた作品で――なお脚本は岡嶋由香里のもの――男性同士のプラトニックラブストーリーだ。
新たな記憶が形成されない前向性健忘症を患った画家と、彼に一途な想いを寄せる美大生の恋の行く末は……といった、ありがちだが切なく甘酸っぱい設定は、きっと視聴者の涙腺を誘うに違いない。
(いい本だと思うし、また主演やらせてもらえるのは嬉しいけどさ……)
玲央が演じるのは、美大生の《智也》だ。
撮影に使うエプロンを身につけながらコテージのキッチンに立つ。それから、小さくため息をついた。
頭にあるのは、画家の《湊》演じる共演者のことだった。
「藤沢、立ち位置確認するからこっち来い」
「はいっ」
そう、相手役は雅だ。しかも何を思ったのか立候補である。いや、なんとなく彼の思考は察したが、照れくさくて考えたくなかったと言った方がいいだろう。
「テストいきます! シーン3─2、よーいスタート!」
誠の声が響いて、助監督がカチンコを鳴らす。
今から始まるのは、日頃不摂生な生活をしている湊(雅)を心配して、智也(玲央)が昼食を作る場面だ。
『先生、ちゃんとご飯くらい食べてよ。いつか倒れるんじゃないかって心配になる……』
智也役の玲央が、規則正しい包丁の音を立てて玉ねぎを切っていく。隣で見守るのは、湊役の雅である。
『嬉しいね。心配してくれてるの?』
静かで落ち着きのある演技はなかなかのものだ。キャラづくりとしてスクエアの伊達眼鏡を掛けた姿は、自分よりも幾分年上のように見えた。
『茶化さないでよ。なんだか、そのうち消えちゃいそうで不安だ』
『俺はちゃんとここにいるよ』
『でも、昨日の先生じゃない』
包丁を持つ手を止めて言うと、二人の間に重い空気が流れた。
しばし沈黙してから、智也(玲央)がハッとして、再び手を動かし始める。
『ご、ごめん――あ、っ!』
ビクッと体を震わせて顔をしかめる。
包丁で指を切ってしまったような仕草をすると、湊(雅)がその指を掴んで口に含んだ。智也(玲央)は瞳を潤ませ、自然と見つめ合う二人……。
「カット! チェック入ります!」
カチンコが〝二度打ち〟された。
「いつまでも掴んでんじゃねーよ」
と、同時に雅の手を振り払って、カメラの確認をしに行く。
「もう少し明るい方が」「ズームインして注目させた方が」などと、誠とともにアドバイスをしているうち、雅も加わってきて具体的にフォローした。
何の気のなしに横目で見たら、視線が合ってドクンッと心臓が跳ねる。
「ほ、本番いくぞ、監督! 音声も問題ないよな!?」
撮影中は演技に集中して、意識しないよう気をつけているのだが、どうにもこうにも気恥ずかしさが拭えない。不機嫌顔で頬を赤らめる玲央であった。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件
ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。
せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。
クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom ×
(自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。
『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。
(全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390
サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。
同人誌版と同じ表紙に差し替えました。
表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
またのご利用をお待ちしています。
あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。
緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?!
・マッサージ師×客
・年下敬語攻め
・男前土木作業員受け
・ノリ軽め
※年齢順イメージ
九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮
【登場人物】
▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻
・マッサージ店の店長
・爽やかイケメン
・優しくて低めのセクシーボイス
・良識はある人
▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受
・土木作業員
・敏感体質
・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ
・性格も見た目も男前
【登場人物(第二弾の人たち)】
▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻
・マッサージ店の施術者のひとり。
・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。
・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。
・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。
▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受
・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』
・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。
・理性が強め。隠れコミュ障。
・無自覚ドM。乱れるときは乱れる
作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。
徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。
よろしくお願いいたします。
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる