催眠アプリで、ずっと好きだった高嶺の花の彼女を落としたいから、まずは何とも思っていない幼馴染の少女を練習台にします。

透衣絵ゐ

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アプリ(7)

 赤く蠢く彼女の舌。それ自体が一つの生き物だった。

 ずっと幼馴染の中にあったその柔軟物体を、僕の言葉が引きずりだしたのだ。

 そして僕の舌が、彼女の柔らかな部分を絡め取る。

 ――ちゅぱ、ちゅぱ。

「――はぁ。ん、ん」

 吐息とともに、友美のくぐもった声が漏れる。

 初めてのキスはレモンの味。
 昔の少女漫画がそんな名言を残した。。
 味わってみると、それは柑橘系の味とは程遠い。
 それは異性の持つ唾液の味。

 恋は盲目というけれど、むしろ味覚障害なんじゃないだろうか?
 これをレモンと勘違いするなんて。


 つまり僕は七宮友美に恋していない。
 この味をレモンの味ではなく、ただ唾液の味だと感じるのだから。

 七宮友美は僕の幼馴染で腐れ縁。
 X-BOOKの実験台にすぎないのだ。


 友美は虚ろな瞳のまま、呆けたように舌を出している。

 彼女のそんな情けない顔も、嫌いじゃない。
 今でさえ、女子バスケ部の中でも一目置かれる地位をしめ、学年で「運動神経抜群のボーイッシュ系美少女」みたいな良いポジションにいる彼女も、昔は違った。
 もともと友美はどんくさい女の子だった。
 ――守ってやっていたのは、むしろ僕の方だった。

 開いた胸元と、緩んだネクタイ。
 うなじは少し日焼けした健康的な小麦色。

 女の子の体は、僕らの股間へと無条件に性的興奮を与える
 恋愛感情なんてなくても。
 
 そんなことを再認識した。


「――今、どんな感じだい? 友美」
「――した、だひてるの、……しんどい……」

 ただ舌を出してのキスを強制するだけでは足りないらしい。
 性的な感覚もちゃんと与えないと駄目みたいだ。

 ⌘七宮友美〉性的に気持ちよくなってくる。

 決定。「誘導モード」で送信。

 汗ばんだ彼女の背中がビクンと震えた。
 それが左手のひらから伝わった。

「……き……気持ちいいよう。康介ェ~」
「そうだろ? キスって気持ちいいんだろ?」
「うん。……う、うん」

 彼女の舌を離す。
 ハァハァと息を上げている。
 その息が僕の頬に触れる。生暖かくて、湿っぽい。
 
 誰かと繋がる。そのことの意味を、僕は実感している。

 僕はスマホをベッドの上に置く。
 彼女の左胸に、そっと右手を添える。
 柔らかな膨らみがそこにあった。

 昔は一緒にお風呂に入ったことだってある。幼馴染だから。
 でもこうやって胸に触れるのは、初めてかもしれない。

 ごわごわとしたワイヤーブラの感覚をどこかで予想していた。
 でも返ってきた感触は、もっと柔らかくふっくらとした感覚だった。

 ボタンを一つだけ外して、中を見る。
 彼女が身に付けていたのはいわゆるブラではなくて、ブラ機能の付いたタンプトップ――いわゆるブラトップだった。――ユニクロでよく売っている。
 スポーツ系女子っぽいな、とふと思った、

 その時だった――

「……え、どうして、康介が胸を触っているの?」

 不意に質問が、前方から浴びせかけられた。
 僕は驚いて手を離す。

 そして、その言葉を吐いた少女の瞳を見つめ返した。
 相貌には少しずつ生気が戻ってきているようだった。

「――友美、戻ってきたのか?」
「え? 何が……?」

 ボーイッシュ系少女は反射的に自分の胸を左腕で覆った。
 自らを僕から守るみたいに。

 彼女の意識が戻ってきたことに安心する。
 それが戻らなければ、X-BOOKは実質、殺人を意味するものになってしまうから。
 そしてこの実験における被検体を、殺さずに済んだことに安堵した。

 でもなんだか残念な気持ちもある。
 どうして友美は僕の行為を拒んだのだろう?
 彼女はまだ催眠にかかっていたはずなのに。

 しばし逡巡して、僕は、暫定的な答えに至った。

 そもそも僕が出した命令は「そっと一人でパンツを脱ぐ」ことと「舌を突き出して、僕のされるがままになる」ことだけだ。

「パンツ」はもう脱いだ。
 そして「舌を突き出してされるがまま」にることも、一連のキスを終えて舌を引っ込めた時点で、命令が完了となったのかもしれない。

「……ねぇ、康介」

 いや、それだけじゃないかもしれない。

 僕はその後、誘導モードで「性的に気持ちよくなってくる」という催眠を「誘導モード」で送信した。

 もしかすると「強制モード」の後に「誘導モード」の催眠を行えば、それが上書き保存みたいになって、それまでの強制の状態を解除してしまうのかもしれない。

「ちょっと、康介ってば……」

 催眠状態が解けてしまったことは、事実としてまず認めよう。

 このまま彼女の自我が戻ってこなかったら、いくら幼馴染で腐れ縁の友美といえども、後味が悪いし、僕も罪悪感に押しつぶされてしまうところだった。花乃さんにだって申し訳がたたなかったところだ。

 だけど、催眠が解かれた後はどうなるのだろう? どんな記憶が残るのだろう?

 よくある催眠モノだと、人は催眠をかけられている間のことを覚えていない。

「催眠」という名の通り、掛かっている間は、眠っているようなものなのだ。
 だから僕も好き勝手やってみてしまったのだけれど……。

 だけど、よく考えてみたら「誘導モード」だと、そんな記憶の欠損めいたことは起きていなかったように思う。
 じゃあ「強制モード」ならどうなんだ?

「もうっ! 康介ってばぁ!」

 肘あたりのシャツの端が強く引っ張られて、僕は我に返った。
 制服のシャツをブラトップの端が覗くくらいまではだけさせた少女。
 目の前には、あられもない姿の友美がいた。

 その目は、どこか潤んでいる。

「ど、どうしたんだよ……?」
「どうした? どうしただって? そ……そんなのこっちのセリフだよ」
「――な、……何がだよ」

 友美は上目遣いに僕を見上げる。
 内股の割座で座る幼馴染は、僕のシャツを弱々しく摘んだ。

「……どうして、……キスなんてしたの?」

 ――覚えている!?

 覚えているのか?
 催眠状態にあり、放心状態のようになっていたあの時間。

 X-BOOKの催眠を受けた人間は、その間にあったことを覚えているのか?
 じゃあ、僕がパンツを脱がせたことも、舌を出してキスをしたことも、友美は覚えているというのか?

 背中から怖気にも似た焦燥が駆け上がる。

 ――どう言えばいい? どう誤魔化せばいい?

「――そ、それは」

 言葉につまる。

 友美は視線を落とす。
 そして唇をいたずらっぽく突き出した。

「――康介はさ。……私のこと、好きなの? 私の恋人になりたいの?」

 再び顔を上げた七宮友美の顔は不安そうで、瞳は潤んでいて、

 ――これまで見たこともないくらい、可愛かった。
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