10 / 13
シャーロット
蜜月だから仕方ない 1
しおりを挟むシラントは、馬車から降りる時にみせた王女の微笑みで気がついた。
「絶対にあの二人だ! ロッテとウィル……くそっ、そのまんまの名前じゃないか」
彼等と船に乗り合わせたのは、もう五年も前のこと。
二人とも変装をしていたし、髪の色さえ違っている。それでもわかる。あの表情だ。魅入られて道を踏み外してしまうほど完璧な、血筋と教育によって作られた淑女の微笑み。
あれのせいで、シラントは強引に手を出そうとしてしまったのだ。
件の騒ぎで父の怒りを買い、地方の領地から出ることを禁じられた。仕方なく怒りが収まるまではと、それなりに大人しくしていたのに。父が弟へ家督を継がせるつもりだという知らせを、ばあやから受け取って、強引に帰都してみれば。
王都は二週間前に行われたという、高潔なる剣聖姫シャーロットと、彼女に仕える忠義の騎士の身分違いの結婚に沸いていた。
王族にも政治にも、ましてや市井の低俗な盛り上がりにも興味なんてなかったけれど。彼は気付いてしまったのだ。高潔と謳われる王女と騎士が、五年前のあの二人だと。
「は、はははは! やっと運が向いてきたって訳だ」
一ヵ月にも及ぶ船旅で、二人は爛れた関係を持っていたはずだ。なにせ、夫婦を名乗っていたのだから。
真逆の印象を与えることになる醜聞は、さぞや高く売れるだろう。
王家に大きな貸しができる。父も、嫡男に屋敷の敷居を跨がせないなどという不当な扱いを詫び、頭を下げて彼を迎えに来ることになるだろう。弟などもちろん排除して。すぐさま王城の要職に取り立てられるのも夢ではない。今度こそあの完璧な微笑みの王女を、組み敷いてやるのだ。
宿で酒をあおりながら、声をあげて笑った。
「それはどうかな」
ひっそりと声がして、シラントの肩はビクリと跳ねる。
部屋の隅に、黒いローブを目深に被る男が立っていた。
死角からぬるりと沸いて出たような姿に、シラントは凍り付く。ここは王都の歓楽街近くにある宿とはいえ、二階の角部屋。家名でのツケはきかなかったが、それなりにしっかりとした宿だ。もちろん窓にも扉にも鍵がかかっている。
「災禍は芽のうちに摘むものだ。そうすれば、疑いの火の粉すらかからない。――結びつけようがないだろう?」
ようやく張り付いた喉から悲鳴をあげようとした時には、奥からせり出したのは声ではなく、どろりと溢れる体液だった。気管からは、泡を含んだ間抜けな音がした。
程なくして、シラントの世界は暗転した。
「……起きていないと良いのだが」
シラントを見下ろしながら独り言ちて、ローブを目深に被った男――ウィルフリッドは部屋を後にした。
◆◆◆
音もなくバルコニーから寝室に滑り込むと、灯りを落とした部屋の中で、ウィルフリッドの姫君が人王立ちでこちらを睨んでいた。
ウィルフリッドに執拗に苛まれ、気を失うように眠っていたはずのシャーロットは、すっかりと目を覚ましていた。いつもは朝まで決して目覚めない寝つきの良さなのに。
相変わらず天性の勘が冴え渡っている。
「蜜月に新妻との夜を抜け出すなんて、ディアドーレだったら司祭様に鉄槌を下されても文句は言えないわ」
怒った姿すら魅力的なのに、さらに追い打ちをかけるような可愛いことを言う。
「申し開きもありません、我が姫。貴女からの鉄槌でしたら、喜んで受けましょう」
ウィルフリッドはその場に膝をつき、裸足のまま毛足の長い絨毯におろされたシャーロットの足の甲に、躊躇いなく口づけた。
そのまま、数刻前の交感でそうしたように、指の先から足首へと唇を何度も落としてゆく。
「……二人の時は、名前じゃなきゃいや」
熱を含んだ甘い声に顔をあげると、見下ろすシャーロットの潤んだ紺碧と視線がぶつかった。
「シャーロット」
立ち上がって手を伸ばし、彼女を腕の中に閉じ込める。
「せっかく上手に捕まえたのに。ウィルフリッドに逃げられちゃったのかと思った」
胸元でくぐもった声が聞こえその目を覗き込むと、紺碧の瞳は少しだけ不安に揺れていた。
「逃げられないようにシャーロットを捕まえているのは、私の方なんですけどね」
穢れた手で縋り、離さないと必死に捕まえているのはウィルフリッドの方だ。
「何処に行っていたのか、気になりませんか」
「聞いて欲しいの?」
「……いいえ」
見上げるシャーロットに、緩く首を振る。己の暗い部分を晒したいわけではないのだ。
「じゃあ聞かない。ウィルフリッドがわざわざ私に黙って、出掛けたんですもの。必要ないと判断したのでしょう? ちゃんと帰ってきてくれたから、いいの」
ウィルフリッドの目元が緩む。五年が経ち、すっかり大人の魅力を備えたシャーロットだけれど、ウィルフリッドにみせる真っすぐでさっぱりとした気性は、幼い頃から変わらない。それが堪らなく愛しい。
「今度は、断ってから姿を消します」
動かなければならないのは、大抵真夜中なのだ。その度に気を揉ませたくはない。
「なにそれ、不穏な予告ね。まあいいでしょう、ちゃんと戻ってくるって誓うなら、許可します」
シャーロットはいつもの調子を取り戻して顎を反らすと、ぴしりと小指を差し出して、笑った。
「誓います。ところで――もう一度、今夜のやり直しをさせていただいても?」
「蜜月ですもの。……仕方ないわね」
「過分な温情に感謝いたします」
立てられた指切りの小指に己の小指を絡めながら、ウィルフリッドは徐々に赤く染まるシャーロットの耳元に、唇を寄せて囁いた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる