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本編
9 呪い学科 前編
しおりを挟む呪い学科こと、通称呪い学科。
ミニスカートの呪いを解くためとはいえ、この怪しげな門戸を叩くことになろうとは。
教科専門棟の中でも、一番奥まった所にある呪い学科準備室。
造りは皆同じはずなのに、何故かこの場所だけ明度が下がって見える気がしてならない。
防衛呪術科の専任教師は、解呪の専門家でもある。
本来なら彼を訪ねて質問をしてみたい所だけれど、そこには既にヒューが所属している。
同じ所を調べても効率が悪いし、何よりヒューと鉢合わせるのが照れくさい。
未だに毎朝蹴飛ばし継続中です。
だからあちらに比べると圧倒的マイナーで、しかも選択授業のせいで授業内容が、恋の花占いとか惚れ薬の研究とか、いまいち真剣味に欠ける呪い学科に来てみた。
何もしないよりはいい、はずだよね。
「はーい、はいはーい! 今開けま~す」
扉をノックすると、明るい女性の声。勢いよく開いた扉の前で、私は声の主の姿を見て固まった。
「…………まさか男装……ですか?」
「ああああ! やっぱりっ。ようこそおいでませ転生仲間!」
邂逅三秒、呪い学科講師ミイアル先生は私の手を取って飛び跳ねている。
二人の共通点は一目瞭然。私は男子の制服。ミイアル先生はマントの下に、アオザイに似た男の魔法使いの専用服を身につけている。
つまり男装だった。
前世のゲームで、差異の一種として膝上丈設定というふざけたことを施されていたのは、一人だけじゃなかった。
攻略相手は数十人、お邪魔キャラも数十人。
その中には服装魔改造組が十人近くいるのだ。
ゲーム会社は手を抜きすぎじゃないのか。
他の前世も何も自覚のない方々は、頑迷なまでにそのスタイルを貫いているし、本人はそれをおかしいとは思っていない様子。子供の頃の私と一緒だ。
だから学園でもめっちゃ浮きまくっている。
そんな中でやったよ! この世界で初めてご同類を見つけたよ。
そしてミイアル先生のゲーム本来の恰好を思い出して、私は心の涙が止まらなかった。
「ゲームでは、セクシーボンテージ仕様でしたよね」
「言わないでっ! 常識を取り戻した時、出家しようかと思ったんだからあああああ」
全ての服がボンテージ仕様。
誕生日の度にリセット。
一般家庭の魔族として生まれたミイアル先生の家に、毎年買い替えるお金も無く。
でも修道院に入っても、シスターなのにボンテージという地獄が待っているはず、と涙を呑んで留まったらしい。
悲劇だ。喜劇っぽいけど絶対に悲劇だ。
ひとしきり二人で抱擁した後、ミイアル先生がぽつぽつと語り始める。
「気が付いたら呪い学科講師なんて選択しちゃってるし、自分の恰好だってままならないのに何を教えるのって感じなんだよね」
「ということは、やっぱりこのポンコツな呪いをどうにかする方法ってないのですね」
「何かしらの法則は帯びてるわけだから、方法はありそうなんだけど。でもここまで来ちゃったら、主人公が卒業してエンディングを迎えてくれるのを待つ方が、手っ取り早いかなって」
確かに主人公は王子と同じクラス設定だから、四回生。魔法学園は秋期始まりなので、今年の夏には卒業だ。
あと数カ月の辛抱!
いや、その前に。
「主人公、いるんですか?」
うちのお兄ちゃんの目はやっぱり節穴でしたかそうですか。
ついでにヒューも気付いてないってどういうこと。
ジゴロ的魅力の発動はどうしたの主人公。
「いるじゃない、主人公のデフォルト名そのままでしょ。ヒュー・フレイケイド」
……………………は?
お、落ち着こう。
主人公の特性その一:魔族王家の傍流に生まれる。
以前ヒューから聞きだした昔話によると、彼の両親は亡くなっている。親族のゴタゴタに巻き込まれて、家なき子になっちゃったらしい。バルタザールはうちに来てからの養い親だし。
主人公の特性その二:魔法学園に成り行きで入学。
兄の従者として、成り行きで入学……してますね。
主人公の特性その三:周りが自然と魅了されてしまう。
魅了かどうかは分からないけれど、私と兄はヒューのお蔭で普通の兄妹になれた。だから彼を特別だと思っている。
主人公の特性その四:実は主人公が最強というとんでも設定。
この魔法学園に入学して吃驚した。王子さえもぶっちぎって、うちの従者は定期試験不動の一位だった。ちなみに兄が二位。
王子様、もっと頑張れっ。
性別以外は見事に当てはまっている。
「知らなかったのね。数十人もキャラ用意して、勿体ないからって男性版も出たのよ。こっちの方が結構人気あったみたい。攻略キャラの見分けが難しくて、予期せずして二股が発生するクソゲーとして」
そこは名前を確認しようぜ。
唯でさえ学園の制服は基本作りは同じなんだし。
余りの衝撃に、一瞬世界が霞みかけた。
言われてみればあのモテ過ぎ感。主人公まんまじゃないか。
男でピンク髪は製作者も流石にやめておいたんだね。そこは英断、褒めましょう。
ヒューの青銀の髪と紫の瞳は、彼に合っているし。
でもそうすると私の抱えていた、妹の嫉妬なのか何なのか、訳のわからないモヤッと感はみんなゲームの現象ってこと……?
しかもヒュー自身は無自覚で、周りの好感度上げまくってるよね。
それってどこのジゴロだよ。
そういやこのゲームの女主人公のモテかた、刺されるエンドが無いのが不思議なくらいだったわ。
うわーうわー! 恥ずかしいっ。
自意識過剰にモヤッとしてた自分を殴りたい。
何より、妹としての嫉妬だとか言い訳をしながら、その実恋心を抱いていたことを自覚してしまったのが恥ずかしい。
そのまま真っ白に燃えつきそうだった所を、突然扉が乱暴に開けられて我に返った。
後ろから足音を鳴らして入ってきた彼女を見て、固まった。
「最悪よっ! またベルに、凍える様な冷たい眼で見られた! 姉の信頼だだ下がりしてるんだけど。このクソゲー早く終わってよもうっ」
罵声と共に呪い学科準備室に入ってきたのは、ササミラ姫だった。
「あ、彼女も転生仲間のササミラ姫。って、もう知ってる? 従姉妹設定だもんねー」
能天気なミイアル先生の声が浮いている。
今度こそ私は真っ白に燃え尽きた。
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