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本編
8 魔法学園 後編
しおりを挟む「お前がそんな恰好にならなければ、こんな苦労は……」
一緒に寮まで戻る道すがら、こめかみを押さえる兄の今更な発言に苦笑いをする。
兄とベルと私。
三人の影が背の夕日に照らされて、足長に伸びている。
兄は一応紳士なので、拳骨をお見舞いした憎き妹だって寮まで送ってくれる。
本音はきっと、ベルと少しでも一緒に居たい、だけど。
確かに男装しなければ、ドレスが邪魔だし剣術を習おうとはしなかったはず。
でも決闘をしなかったかと言うと、そこは確約できない。性格はそうそう変えられないしね。
隣でベルがくすくすと笑っている。
「兄様だって男装に賛成したじゃない。珍しく反対するヒューと対立までしてくれたのに」
並んで歩く影は、男子制服のズボン姿二人と、女生徒の制服が一人。
ひとり足りない。
ヒューは、ドレスの呪いのせいで膝小僧丸出しになるのは看過できないと嘆いていた。そのくせ男性の恰好にも難色を示した。はっきり言って面倒臭い。
そんなこと言われても他に方法は無いんだし、実験した十五歳の誕生日は滞りなく過ごせたのだから、問題ないのに。寝間着は相変わらず膝上丈になってしまったけれど、これは買い替えればいい。最悪ミニでも誰も困らないし、私がお腹を壊すだけ。
「だが剣の才能が開花するなんて誰が思った? お前の上達速度はおかしい。なんで男装した一年余りで俺に追いつこうとしているんだ。放課後剣術教師に秘密の特訓を受けるとか、その努力いらないだろ! 母上からは、このまま将来お前のウエディングドレスが男物になったらどうしようとかいう、本当にどうでもいい手紙が届くし」
「えーー。それなら学園に入れなきゃ良かったのに……」
入学式の朝までずっと、抵抗してたじゃないですかー。
「逆だ。家に置いておいたらそのまま武者修行にでも出るのかと心配だったらしい」
父母の認識がおかしい。
品行方正な侯爵令嬢として人生を歩んできたはずなのになぁ。なんで?
「そうなったら正式に私の騎士になってくださいね、リア」
ベルがにこにこと楽しそうに会話に加わった。
合いの手として最悪のチョイスをみせるのは、絶対わざとだよね。うちの兄で遊んでない?
ベル相手で強くも出られず、「煽らないでください」と慌てて眉を八の字にする兄は、確かにちょっと可愛いかも。
「まあとにかく、今は俺とヒューの総意としてお前の呪い……というか男装を止めさせるために、奮闘している訳だ」
つまりここに来て、二人の思惑が男装廃止の方向で一致した、と。
そりゃあ私だって、通常丈のドレスが着られるならそれに越したことはないですよ。
これは応急処置ですし。
ちょっぴり男装に嵌り始めた気もしないでもないけども。
おっと、これ以上は兄に拳骨二発目落とされそうなので自粛します。
ヒューは、呪いを解く為にずっと奮闘してくれているらしい。
呪いやまじないの専門学科を専攻して、毎日遅くまで研究書物を漁ったり。
交友関係を広げて、獣人や魔族の識者にも繋ぎを付けてもらい、口伝や伝承の類まで調べてまわったりと、忙しくしている。
本来は従者のはずなのに、あろうことかシヴァーリ兄様は、ヒューに側を離れる許しまで与えてしまった。
「そもそも学園に入ってまで、四六時中従者を使う程厚顔じゃない」なんて、兄は言っていたけれど。
「……この状況、バルタザールにバレたら、ただでは済まないんじゃない?」
「そこは黙っておけ」
「あ、はい」
目がマジだったのですぐに頷いた。
従者として仕える主家の子供達を放って調べものなんて、確実にバルタザールの雷が落ちそう。
あそこの父子の本気の喧嘩は激しいからな……。もしばれたら外でやってもらおう。
ヒューに会えるのは、寮の部屋まで起こしに来る時くらい。
でもそれも、私が子供じみた癇癪を起しているから一瞬だ。
目が合った瞬間には、ヒューは蹴飛ばされて二階の窓から落ちている。蹴飛ばすのは私だけれど。
王族もいる女子寮二階に、いつもどうやって入ってくるのかは謎だ。
鍵は二重だし、防御魔法も張ってみたのにな。
二人が学園に通い始めた頃に比べたら、一日一回会えるのだから贅沢な悩み。
でも邸に居た頃の様に、声を掛ければすぐ来てくれる訳じゃない。
子供の頃と違って、遠く離れてしまった気がする。
――ああ、当たり前か。
こんなに視野の広がる場所に何年も居たら、小さな箱庭の兄妹ごっこなんて霞んでしまうに決まっている。
彼は成長しているのだ。もう痩せっぽちで汚れた少年なんて、どこにもいない。
私だって一年くらい経ったら、もうちょっと上手い距離をつかめるようになるのかも。
でも、今はまだ。
「何だかちょっと寂しい」
ぽつりと独り言のように口にすると、左腕にベルが抱きついてくる。
「こんな可愛い私のリアを放っておくなんて、お馬鹿な人ね」
「ヒューは頭いいんですよ? それに、呪いの為に頑張ってくれてるらしいし。だからこれは情けない妹の愚痴なんです」
「でもフォローも出来ない大馬鹿者だわ」
少しむくれたベルは、殺人的に可愛かった。これは兄も今頃右隣で鼻の下を伸ばしてるはず。
そう思っていたら、わしゃわしゃと髪を掻き混ぜられた。
後ろで一つに纏めていた髪が絡む。
「我慢しろ」
しかめっ面の兄は不機嫌そうに見えて、実は心配してくれているのだろうか。
原因が分かっているからって、対処療法しか考えてこなかった。
もう少し足掻いてみるべきなのかな。
夕日に照らされた、一人足りない影を見ながら思う。
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