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本編
12 卒業舞踏会 ①
しおりを挟む鏡の中で、とうもろこしの髭のような金糸が、美しく結い上げられていく。
毎朝悪戦苦闘しているのが嘘みたいだ。
細くて柔らかく癖のある髪は、ひとつに縛ってもすぐにふわふわ広がって、みっともなくて面倒臭い。雨の日なんていつも最悪だ。
第一王女付きの侍女は、難なく纏めてコテを当て、完璧な巻きを作り出した。
「すごい……」
思わず漏れた感嘆の声に、後れ毛を処理していた侍女が笑んで答えてくれる。
「毎日の事ですもの。本当にリア様の髪質は、ササミラ様にそっくりですのね」
ああ、それはだって。
「従姉妹ですから」
何十回と繰り返した科白を口にする。
忘れてなどいない。ササミラ姫と私の外見はそっくりなのだ。
初夏にあった十六歳の誕生日も滞りなく済ませ、被害は寝間着だけという最小限に食い止めた。もう一生男装でもいいかなーなんて、思ってしまうくらいズボンの快適さと履き心地にも慣れた。
ジクジク痛むまやかしの恋心と、ヒューの日課はそのままに、私は今日エンディングのその日を迎えました。
エンディングのパートナー決めイベントは、卒業舞踏会で行われる。
学園の全生徒と教職員が参加し、日没から真夜中まで続く一年に一度の祭典。
舞踏会の最後に、卒業生が上げる魔法の花火は、国外にも知れ渡る学園の名物になっていたりする。
舞踏会では卒業生は勿論、在学生も正装を求められる。
ササミラ姫も参加するこの舞踏会でドレスなんて着たら、衆人環視のもと膝上丈の奇跡が再来しそうで、私は当初騎士服でベルをエスコートすると決めていた。
出来上がった騎士服に袖を通して、ギリギリする兄の目の前でベルと予行で踊ってみせたりと、余裕の日々を過ごしていたのに。
二週間前、決闘を申し込まれた。
放課後、呼び出された東棟の裏庭まで意気揚々と赴く。
この頃になるとベルの告白相手以外にも、力試しを挑んでくる男子生徒が現れていたので、その手の類だと決めつけて。
学園在学中、如何なる勝負も全戦全勝が密かな目標です。
佇んでいたのは一人の女子生徒。
四回生だという彼女は、舞踏会でヒューに告白するつもりだと宣言してきた。
言われてみれば、ヒューの周りで彼女を何度か見かけたことがある気がする。最近は減ったものの、強固なファンは存在してる。それこそやっぱり、ヒューが刺されないか不安です。
私は関係ありませんので、どうぞご自由に。
そんな風に言って、片手を上げて立ち去れるほど、気持ちを吹っ切れてはいない。
勝敗以前に、そもそも決めるのはヒューだよね、とか。これどう考えてもポンコツイベントに組み込まれてない? だとか。
思う事は多々あるのに、正装したヒューが次々に女性の手を取ってダンスを踊る姿を想像したら、他の事はどうでも良くなってしまった。
勝手に見つけてその手を離さず、勝手に兄の代わりにして、そして勝手に好きになった。
ゲームの展開だと言われればそうなのかもしれないけれど、一つ一つの行動は私が意志を持って決めた事だ。
それに、今抱えるこの苦しいほどの悩む気持ちを、強制力なんて言葉で片付けられるのは癪に障る。
私もヒューと踊りたい。
着飾った姿を褒めてもらいたい。
だから理由なんて、今はそれで十分だよね。
正々堂々と決闘を申し込んできたのだ。受けなければ女が廃る。
私は母に急ぎの魔法文を送った。
『ケッセンアリ。ブキヲモトム』
電報風なのは、あえての演出だ。読みづらいと家族の間でもっぱらの評判です。
でもこれだけで母には伝わった。
翌日には仕立て屋とお針子の一個小隊が送られてきました。
二年ぶりの娘のドレスの新調に、母のテンションは鰻登りだったらしい。
ドレスが膝上丈の魔改造で出来上がらないかびくびくしていたけれど、何とか無事に仕上がった。ベルやササミラ姫と被らないようリサーチ済みらしく、私は首を縦か横に振って、案山子のように立っているだけでよかった。二年前よりだいぶ胸囲がアップしたらしく、心の中で密かにガッツポーズをする。腰回りはこれまた男子制服で楽をしたせいかアップしていて、仕立て屋の目がちょっと焦っていて申し訳なくなった。あ、コルセットそんなに締めないでっ!?
少し大人っぽい紫色のドレスは、溜息が出るほど完璧な仕上がりだ。
その色はヒューの瞳と同じ色。
母の手配した仕立て屋は、この色一択で攻めてきた。
母には隠し事なんて出来たためしがない。
「リア、先に行くぞ」
扉越しに兄の声が掛けられる。
「はーい。くれぐれもベルをきちんとエスコートしてね」
「当たり前だ!」
最後の怒ったような声は照れ隠しだ。
私がドレスを着たので、ベルのエスコートが出来なくなってしまった。勿論渋る兄に私がお願いするという形をとったけれど、本音は違う。少しは兄にも頑張って欲しい。
これで告白くらい出来ればいいんだけれどね。
そんな風に思いながらニヤニヤしていると、侍女が声を掛けてきた。
「さあ、お待たせいたしました。とっても素敵ですわリア様」
「ありがとうございました」
ササミラ姫から特別に貸し出してもらった侍女の皆さんにお礼を言って、足早に部屋を後にする。彼女の後に髪結いをやってもらったので、既にだいぶ遅れている。
卒業舞踏会の着付けと髪結いの為、メイドや直しのお針子を学園側が用意してくれていた。夜会に出たことのない生徒も多くいるため、彼女達への配慮だ。専属侍女を使うことは原則禁止されている。実家から一斉に送られてきたら、大混乱だしね。ただでさえ寮の中は今、戦場と化している。
私もメイドさんに着付けをして貰ったところまでは良かった。問題はこの髪。扱いにコツがいるんです。本人さえも持て余すとうもろこしの髭。
そこで、見かねたササミラ姫が侍女を貸し出してくれたと言う訳です。流石に王族には専用の侍女と侍従が付いてる。
ちなみにベルの侍女にはこの髪は扱えなかった。膝をつき挫折に呆然とする侍女さんには、悪いことをしたなあ。
ほんの少しだけ廊下を急ぐ。
ササミラ姫との関係はそれなりに良好と言えなくもない……多分ね。同盟の集まりではササミ姫って呼んでる。あっちもテリア呼びするし、おあいこです。
ちょいちょい衝突イベントは起こるものの、当人同士にやる気が無いので何とも締まらない、緊張感のないお芝居みたいな喧嘩イベントになるのだ。
今では周りに、ベルと諳んじる騎士ごっこの延長だと認識されている。
ササミラ姫の信頼度低下もある程度収まったみたいなので、及第点だよね。
寮の玄関ホールに向かっていると、途中で声を掛けられた。
男は、この日の為に用意されたお仕着せの制服を着ている。
お急ぎくださいと案内されたのは、立派な二頭立ての馬車だった。
「え?」
屋根付き馬車なんて……と訝しんだが、後ろから首に衝撃を受けて、あっけなく意識が暗転してしまった。
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