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本編
14 卒業舞踏会 ③
しおりを挟む「こちらには人質がいることをお忘れなく」
一歩を踏み出そうとするヒューに、小柄な男が声を掛ける。
もう一人の男の手が、私を捕まえようとする。
さっきまではたった一人で弱っていた。でも今は違う。
ここは月夜の下、馬車の暗闇はもう私を閉じ込めたりしない。
何よりヒューがいるから。
持ち上げるように私を立たせた男の顔に、勢いを付けて振り上げた、手錠の地金部分を打ち付ける。
両腕合せての遠心力は、結構な破壊力だ。
例え身体を筋肉で覆っても、顔の急所は覆えない。
振り上げたところで手に届いた頭の髪飾りを引き抜く。
切っ先は鋭くなくても、粘膜に刺されば重傷だ。
確かな肉への食い込みの感触。男の喉を詰まらせるような声。
最も大事なのは、覚悟。
力を手にするならば徹底的に。途中で投げ出すくらいなら、一生触れずに過ごしなさい。
男装して剣を習いたいと言った私に、バルタザールが最初に教えた事だ。
油断して、同情して、剣先を緩めるのは愚かな行為。
中途半端に手を出して、中途半端に引っ込めるのが一番悪い。
私はヒステリア・ジークハイド。
ジークハイド侯爵家の、たった二人だけしかいない子供の一人。
同情なんかでどうにかなる程、私の覚悟は軽くない。
捕まえられた腕から逃れて、振り向きながら敵を確認する。
足元が軽い。
膝上丈のドレスに、人生で初めて感謝した。
ドレスの脇を探ると、魔改造のせいで隠しポケットは無くなっていたけれど、靴下留めに固定した愛用のナイフに直接手が届いた。
取り出したところで、後ろからヒューに抱きとめられる。
「お嬢様、怪我はございませんか」
「ないよ」
一瞬前に回されたヒューの手に力がこもり、それからすぐに解放された。
あっけなく、二つの枷はゴトリと落ちる。
目の前の男二人を見据えながら、抜剣したヒューは口元だけで笑っていた。
従者の仕事に従事している時の、アルカイックスマイル。
愚かにも兄を、そして私を、彼の前で悪し様に言う貴族たちが向けられる顔。
最も危険な姿だ。
更に今は、瞳が爛々と赤く輝くまま。
「それでは後ろへ下がっていてくださいね。この二人とは、私が話を致しますので」
「その目、魔族か! 魔族に呪いのドレスなんて、こんなの話が違っ……」
小柄な男が忌々しげに声を上げる。
けれどそう長くは続かなかった。私が刺した大柄な男に手刀を落とされ、意識を失ったからだ。
「はあーあ。もうちょっと先に舞台装置を用意してあったんだがな。そこまですら辿り着けやしなかった。いやー早かったな、お見事!」
私の与えた傷などものともせず、というか既に回復して、男はにかっと笑って見せた。
潰したはずの片目も勿論元通り。
「何なの」
私の疑問に、ヒューが一歩前に出る。
この男に対して警戒レベルを上げたみたいだ。
「魔国の手の者なら名乗りなさい。お嬢様を巻き込んだ罪は重いぞ」
「おっとこりゃ失礼。俺はユージール・バルトロイ。転がってる小男は、えー……何て名前だったかな。まあとにかく、その辺で見つけた人間の小悪党だな」
大柄な男が、悪びれもせずに言ってのけた。
大柄な男――バルトロイの話によるとこうだ。
魔国に住まうバルトロイは、新たな魔王候補者の誰に付こうか決めかねていた。一番ウマが合いそうな人物にしようと、自らの目で確かめるべく候補者の所を巡ることにした。
最後に訪れた魔法学園でヒューの所に辿り着く前に、小男達の集団を見つける。彼らは第一王女の誘拐を企て、馬車や仕掛けまで用意していた。
悪戯心を刺激されたバルトロイは、まんまと彼らの中に紛れ込み、王女を誘拐する振りをして私を誘拐し、ヒューを試した、と。
「廊下から馬車に案内したお仕着せがあなただったの」
身長体重、厚みまで、全く違いますけれども。
お仕着せの男は、平均的で特徴の無い人物に見えた。目の前にいる、何もかも大柄で、個性を主張する男とは、似ても似つかない。
「おーよ。そうやって紛れ込むのが得意なんだ。違和感あるように思わせない。そういう能力ってこった」
がははと笑う姿からは想像できないけれど、かなりやっかいな能力と、頭の切れる男らしい。
「それで。用件はそれだけですか」
さっきからヒューの声は切りつけるように冷たい。
向けられていないこちらが震えそうなのに、バルトロイはまったく意に介してないらしい。
もしかして感情の機微には超鈍感で気付いてないとか。あり得る。
「まあな。手合わせくらいお願いしたいところだが、それは魔国でも出来るしな。でもそんなことより、俺は掘り出し物を見つけちまった! 人間のお嬢様ってのはぴいぴい泣くもんだって聞いてたんだが、なかなかどうして。腰の入った攻撃だったぞ」
あっけらかんと頷きながら、こちらにウィンクしてきた。
「ええと。……ありがとうございます?」
よくわからないけれど、誉められてるらしいので一応お礼を言っておく。
ついさっき思いきり攻撃してしまったので、普通に会話しているのが不思議だ。
バルトロイには緊張感というものが足りない。そういえば、誘拐中も緊迫感に欠ける人だったなあ。
「お嬢様、こんな男に律義に返す必要なんてありません。無視です。視界から排除です」
ヒューがバルトロイとの延長線上に入り込んできた。
「あ、はい」
目が笑ってない。怖いので素直に頷く。
「なあなあ呪いのお嬢ちゃん、俺の嫁に来ないか? そいつみたいに他の男と口をきいたくらいで嫉妬したりしないぞー。短いドレスしか穿いてなくたって、許容できる! 寧ろそのふくらはぎと太腿はずっと出しておいても……」
くっそう、膝上丈一瞬忘れてたのに!
ついさっきまで私は結構な危機に晒されてたよね? しかも分かってて嵌めた張本人ですよね。この軽さはなんだ!
「魔国でじっくり手合わせしましょう」
肝を冷やす様な低いヒューの声が、バルトロイの言葉を遮る。
バルトロイの周りに黒い円球の磁場が現れ、飲み込むように包んでいく。
中央にいるバルトロイは、焦る様子もなく磁場に身を任せている。
「わはははっ。冗談だ、冗談。またな~次期魔王様――……」
やけに呑気なバルトロイの声が、暫く空間に余韻として残っていた。
最後までおちょくられていたらしいです。
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