呪い付き令嬢ヒステリア

アルカ

文字の大きさ
16 / 18
本編

15 卒業舞踏会 ④

しおりを挟む

 小悪党も消え失せた。馬車の破片も跡形もない。
 夜の森。残されたのは私とヒューの二人だけ。

 目の前の不自然に開けた空間に、遠い目をする。昔は壁を黒く焦げさせる程度だったのになあ……。恐ろしい威力だ。「過去に遡ってお嬢様のおみあしの記憶ごと奴を消したい」と呟くヒューは、りっぱな暗黒系に成長しました。

「話の途中みたいだったけれど、良いの?」
「勿論ですとも。さあ、片付きましたし戻りましょうか」
 こちらを振り向いたヒューは、いっそ清々しいほどの笑顔だ。

 寮に帰ろうってなって、移動手段が無いことに気付く。
 随分魔法学園から離れてしまったみたいだ。
 屋根を吹っ飛ばされた馬車は、さっきのゴタゴタで御者を乗せたまま暴走した馬と共にどこかに走り去っていた。
 それでなくとも、今後も当分馬車は御免被りこうむりたい。
 馬車へのトラウマが、克服どころか悪化してます。

「飛竜はお好きでしたよね」
 にっこり笑って、彼は夜空を指差した。

 ヒューの用意した移動手段は、空飛ぶドラゴンだった。

 髪とドレスが乱れることを覚悟したけれど、思いのほか飛竜の背は快適だ。魔法で張られた防御壁の中は、常に一定に保たれていて、圧迫感も無い。
 飛竜の背、馬に二人乗りするように跨る。
 今の体勢は、邸に居た頃の膝抱っこみたいで恥ずかしい。
 もうパンチラ……というか、ドレスの中を全見せ状態の件は深く考えないことにする。座ってしまえば見えないしね!

 寮に帰る道中、少しだけ夜空の散歩を楽しむ。
 目の前に広がる月と星の輝く空は、二人だけの舞踏場のよう。
 飛竜はワルツのようにゆったりと飛び、ヒューの声は音楽のように心地いい。

 ヒューは、今までの事を話してくれた。
 自らが魔族王家の傍流の出身であること。魔王家の争いに巻き込まれて、両親が謀殺されてしまったこと。
 魔王候補に選ばれたこと。
 この件を私の父や兄、バルタザールは既に知っていること。
 そして今回現れたバルトロイが、魔国七大貴族という、魔王選定に関わる大物であること。
 あれ、大物貴族異次元に吹き飛ばしてたっぽいけどいいのかな? うーん、殺しても死ななそうだったし、いいか。
 私の呪いを解く方法は見つけられなかったけれど、魔王になればもっと情報を集められるから、協力してくれること。


「ところで、貸し飛竜屋なんて聞いたことないんだけど」
「ちょっとひと狩りしてきました」
 忙しい学生生活の合間、魔国に直接足を運んで捕まえたらしい。

 やっぱりこのゲームの主人公最強だな! ……て、そうじゃないか。
 これはみんなヒューの頑張りなんだよね。
 剣術だって、最初は何度もバルタザールに打ち負かされてた。
 学園でも兄との鍛錬を欠かしていない。
 人より器用で才能はあるかもしれないけれど、努力だっていつも人一倍。

 そんなところを好きになった。
 私も一緒に頑張りたいって思ったんだ。

 ……なあんだ。


 その時微かに、学園の鐘が聞こえた。
 十二回の鐘。
 卒業舞踏会の終わりの合図。
 遠くで美しく華やかに上がる花火。遅れて届く花火の音は、少しだけ寂しさを誘う。
 ヒューも私達の真上に花火を打ち上げた。
 金と紫の大輪の花火。今日の私の髪とドレスの色。

「終わっちゃったねー」
「残念です。せっかくお嬢様と踊る機会でしたのに」
「これからいくらでも踊ればいいでしょ」

 ゲーム終了の合図を聞いても、私の気持ちは変わらない。
 相変わらず我儘に、独善的に、ヒューを独り占めしたいと思ってる。

「踊って、くださるのですか」
「ヒューがちゃあんと申し込んでくれたらね」
「! 勿論です! …………舞踏会のホールで言質と証人確保なんて思っていましたが、月の下で二人だけも悪くないですよね」
「んーなにがー?」

 さっきから耳元や首に触れるヒューの髪と吐息が、むずむずしてくすぐったくて、あんまり会話に集中できない。
 よいしょと身体の向きを変えると、ヒューが真面目な顔をして見下ろしていた。
 ドレスと同じ紫色に戻っていたはずの瞳は、また赤味を帯びている。
 先程の血の赤というよりも、熟れた果物のような瑞々しい赤。
 まるで心を映すかのように移り変わる万華鏡のような瞳。
 思わず手を伸ばして、瞳の端と頬に触れる。
 私の右手に自らの左手を重ねて、ヒューが薄く微笑んだ。

「これから先ずっとずっと、お嬢様を起こす役目を、私だけにさせてくださいませんか」
「今だってヒューが毎朝起こしてるじゃない」
「そうなのですが、そういう意味ではなくてですね」
 眉がへにょりと下がってしまっている。

「名前」
「は?」
「毎朝起こしにきてもいいよ。ただし、ちゃんと名前を呼んで起こしてくれるなら」
 ヒューは絶対に、私の名前を呼ばなかった。
 頑ななまでに、お嬢様としか呼んでくれなかった。
 それは、彼にとって主従のけじめだったのかもしれない。

「――どうか、お嬢様の名前を呼ぶことをお許しください。必ず貴女に釣り合う魔王になってみせますから」

「魔王になんてならなくていいけど、毎朝名前を呼んで、起こしてね。だって好きな人には、名前を呼んで欲しいもの」


 彼は存外泣き虫だ。
 赤い目から落ちる涙は、透明な宝石のよう。
 はらはらと落ちる雫を受けながら、ヒューの頭をぎゅっと抱きしめる。

 掠れて聞こえた私の名前は、シャンパンの泡のように心地よくはじけ、空の花火に溶けていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きだけど、一緒にはなれません!! 転生した悪役令嬢は逃げたいけれど、溺愛してくる辺境伯令息は束縛して逃がしてくれそうにありません。

みゅー
恋愛
辺境伯の屋敷でメイドをしているアメリ。地枯れという呪術により、その土地から離れられない運命を背負っていた。 ある日、ずっと好きだった雇い主の令息であるシメオンを体を張って守ったことで、アメリは大怪我をする。 そして、怪我の治療で臥せっているあいだにアメリは自分の前世を思い出す。そして、目覚めた時にハッキリと自覚した。 私は乙女ゲームの中に転生している!! しかも自分はとある伯爵の娘であり、後に現れるゲームのヒロインをいじめるライバル悪役令嬢であった。 そして、もしもヒロインがシメオンルートに入ると自分が断罪されると気づく。 アメリは断罪を避けるべく、ヒロインが現れたら潔く身を引くことを決意する。 そんな中、ついにヒロインが現れシメオンに興味をもつようになり…… だが、シメオンは何故かアメリに執着しアメリに対する好意を隠そうともしない。そんなシメオンにアメリは困惑するのだった。 アメリは断罪を避け呪術から解放され幸せになれるのか?! 運命に抗う悪役令嬢のラブストーリー。 ※只今工事中

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

社畜の私は異世界でも社畜精神が残ったままだった

木嶋うめ香
恋愛
貴族学園の小さな部屋で、私は一人書類仕事に追われていた。 今日も寮には帰れそうにない、机の上には大量の未処理の書類。 せめて空腹を紛らわそうと、ビスケットを鞄から取り出し水を汲んでこようとして立ち上がった途端、視界が暗くなり倒れた。 床に倒れた反動で、頭を床にぶつける。 その衝撃で思い出した、私は前世ブラック企業に勤めていた社畜で、二十三連勤サービス残業付きの末、体調を崩し亡くなったアラサー営業職だった。 他サイトでもアップしています。

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

処理中です...