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本編
最終話 呪いの行方
しおりを挟む約束通り、ヒューは毎朝起こしに来てくれる。
一年目は、目を覚ますとたまに手を握られていた。
二年目には頬へのキスで起こされた。
三年目には、気付くと添い寝になっていた。
その後久しぶりに兄と本気の話し合いをしたらしく、少しましになったけれど。
ちょっとだけ、じりじりとパーソナルスペースに滑り込んでくる様が、メリーさんみたいで怖いな……って思ったのは内緒だ。
「おはようございます、リア」
「んー…………あと少し寝かせて……」
聞き慣れた声に生返事をしながら、現との狭間を引き伸ばし、楽しかった夢の尻尾をつかもうと上掛けシーツの中へ潜り込む。
ヒューが呼び捨てに慣れるには、何年もかかった。長年染み付いた習慣は変えるのが難しいらしくて、敬語はいまだにやめてくれない。
ぎしりとベッドが嫌な音を立てる。
辛うじて出ていた旋毛に、キスが降ってきた。
それでもシーツを掴んで強硬姿勢を貫くと、足元がスースーしてきた。
「うわああっ。短くするのやめてっ。ごめんなさい! 起きますから!」
ばさりとシーツを捲ると、間近で上から見下ろす婚約者様は今日もいい笑顔でした。
でも若干目の色が赤い!
「おはようございます。俺に会うよりも素敵な夢でしたか、そうですか」
「おはようございます! 違うよ、そんなんじゃないってば」
たまにこうやって詰られる。
「会いたくて会いたくて、臣下にいびられながら激務をこなして、日に一度だけ、やっと作った時間で会いに来るのに。愛しい婚約者は夢の方が良いなんて」
両想いになったヒューは、けっこう面倒臭い男でした。
「あーもう、ごめんなさいねー! 起きる直前のシーツとか至福なんだよ! でも臣下にいびられの所は、臣下を馬車馬のように働かせ、に変えないと。私の所に職場の改善要求が来てるから、是正をお願いします」
現魔王城はブラックな企業のようです。
ヒューは卒業と同時に魔国に渡り、一年後には魔王として即位した。
ヒュー・フレイケイド・ソーズと名乗り、呪術の魔王と呼ばれている。
元の家名であるソーズと共に、バルタザールの苗字であるフレイケイドを名乗ってくれたことが、嬉しかった。
一緒に過ごした幼い日々を、そのまま留めてくれたようで、兄も私も、私達はみんな誇らしい気持ちでヒューの即位に立ちあった。
バルタザールは泣き通しだった。鬼の目にも涙……なんて一瞬思ったけれど、バルタザールは結構激情家だ。もしかして、ヒューが意外に泣き虫なのも、彼の影響かもしれない。
即位してからは激務に追われ、睡眠時間の確保も難しいらしい。
魔族の友人からの極秘情報です。
「仕方がないのです。前任までのアホ共が溜めたツケを、一気に返済してる最中ですからね。因みに私のリアに勝手に接触するのは誰ですか」
「情報源は明かせません」
思わず目が泳ぐ。
「バルトロイですね…………あいつ、今度は海底に砂袋付けて飛ばそう」
ヒューが物騒な独り言を口にする。
「まってまって、一応私の友達だから!」
「……友達? リアを口説いたのに友達になったのですか?」
ヒューの頬が引きつる。
何年も前の軽口を、未だに根に持ってるらしい。
ユージール・バルトロイは絶大な権力を持つ七大魔貴族の一人だ。
そして今はヒューの臣下でもある。
最初は信用ならない男かと思ったけれど、四半期の休みのたびにヒューを訪ねた魔国で、彼には何度も助けられた。悪戯心さえ出さなければ、それなりに信頼できる相手だ。
……条件が付く辺りで、残念な人物であることには変わりはないけどね。
バルトロイ自身はヒューの事を気に入っているらしく、見かける度に犬が飼い主にちょっかいを掛けるように絡んでは、その度に空間転移で飛ばされてた。
あれは既に漫才芸の一種だと思う。
ヒューが何処に飛ばしても、あの人数時間で帰ってくるんだよ?
「ああもう。社交だって大事でしょ。その、一応私はヒューのお嫁さんになるんだから」
魔族とも仲良くしないとね。そして人間から見たら奇矯に映る魔族の行動に、慣れておかないと。
ヒューは基本が真面目だから、一般的な魔族には当てはまらないし。
――最近は随分大胆な事をするから、魔族的な風習に染まってきてる気もするけど。
「一応じゃなく、そこは断言してください。私の妃はリアだけなんですから」
声音に傷ついた響きを聞いて、ヒューの頬を両手で包み、少し潤んだ目元に口づける。
「ごめんね、私だってヒューだけよ。だからそんなに不安そうにしないで」
マリッジブルーって普通新婦がなるんじゃないの? 私の卒業まであと半年だというのに、その期間が不安らしい。
ヒューの心配性は、何だか年々ひどくなっていく。
「不安ですよ。男装しなくなったというのに、貴女は他の男に気安すぎます」
お返しのキスは、ひどく長かった。
目が覚めたばかりだというのに、ベッドから起き上がれなくなりそうだ。
むき出しの膝を、ヒューの手袋に包まれた手が撫でる。
びくりと肩が跳ねると、その目が蠱惑的に細められた。
「!! 寝間着の丈、さっさと戻しなさいっ」
膝回し蹴りで見事に吹っ飛ばしたヒューは、どこか嬉しそうだ。
「申し訳ありません、なかなかに術の制御が難しくて」
「難しくないよね? というか、呪いを解く気ほんとにある?」
「勿論ですとも――いつかは」
「いつかって何時よ!?」
残念ながら私の膝上丈ドレスの呪い問題は、ヒューの卒業の後も解決しなかった。
私よりも先に訪れたミイアル先生の誕生日、ゲーム終了だと油断した彼女は作ったばかりの服がみんなボンテージになった。見せて貰ったが、そのまま商売できそうな見事な魔改造だった。ほんとポンコツな方向に力が入ってるな、この世界は。
お見せしたい、あの時の呪い学科に集まった転生同盟のメンツのお通夜っぷりを。
けれど、魔王になった最強主人公はやっぱり一味違った。
呪い自体をなくせはしないけれど、ゲームの呪縛で変えられたものを元に戻す呪術を編み出したのだ。
流石は魔国での二つ名が「呪術の魔王」ってだけはある。
もっとも彼の能力特化の理由が、私のドレスの丈と、毎朝部屋に入り込む為に磨かれた技術かと思うと、微妙な気分にはなるけどね。
能力の起りを知ったら、きっと魔国民が泣く。
呪いの仕組みを解読したヒューは、服の丈を戻せるようになった。でも消すことも出来るので、最近こうやって悪戯をする。
ヒューの瞳が赤く輝いている。
この色は危険信号。
初めて見た時から何度かこの目に遭遇して、ようやく私も学習した。
本能を優先している時のヒューの瞳は赤くなる。
手合わせと称してボコボコにしたバルトロイから聞き出したところによると、魔王家代々の特徴は赤い瞳なのだそうだ。
つまりこれが本当の姿。
「変態」
「男はみんな変態です」
遠慮をしなくなってくれたことを喜ぶべきなのか。
でもずっとヒューのペースで面白くない。
取り敢えず、強くなろう。
魔王を蹴りで失神させるくらいには強くなろう。
硬く心に誓っておく。
でもそろそろお腹が冷えそうなので戻してね。
この世界で、服装に呪いがかかることを「魔王妃の呪い」と呼ぶようになるのは、ちょっと先の未来のお話。
――――濡れ衣っ!
おしまい
――――――――――
本編はこれにて終了です。
おまけがございますので、良ければあと一話お付き合いください。
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