オープンシーズン ~妖精姫は今日も預かりの騎士にいたずらを仕掛ける~

アルカ

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本編

32 誕生日 後編

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 ホールの中央で、レティレナが華やかな笑みを浮かべる。
 かつて社交界で天使と呼ばれた母譲りの姿に、周囲からは感嘆の溜息が溢れた。
 人々は彼女から目を離せずにいる。
 ターンの度に。彼女が瞳を煌めかせる度に。

 ランバルトも共にステップを踏みながら、目を離せずにいた。
 レティレナの瞳の奥で燃える怒りを含んだ意思の輝きに、魅了されて。彼女の激しい感情は今、こちらにだけ向けられている。絢爛なホールも映さず、レティレナの瞳が見つめるのはランバルトだけ。
 喜びのあまり声を上げて笑ってしまうのを、苦心しながら抑えた。

 こんなにも生き生きと感情をぶつける、彼女の真っ直ぐさが愛おしい。
 容姿の美しさばかりに人々が気を取られ、隠れて、殆どの者には知られずに終わる彼女の本質だ。
 知っているのは、レティレナに近しい者達のみ。
 実に勿体ない。
 もっとも、ホールに居並ぶ名も知らない男達と分かち合いたいとは、決して思わないが。
 わからないなら、それでいい。

 空色のドレスが、ステップの度にふわりと一緒に踊る。
 揃いの長手袋はレティレナの二の腕の半ばまでを慎ましく覆っていた。その下の肌の滑らかさを知るものなど、己以外に必要ない。……と、思考が危険な方向へ暴走し始めて、ランバルトは口元だけに小さく苦笑いを浮かべる。
 自分だって、正当な権利を得ているわけではないというのに。

 それを得るのは、これからだ。

 豪華なホールは人々の声が幾重にもさざめき、まるで音楽の一部のようにも聞こえる。彼らはおしゃべりに夢中になった振りをしながら、耳をそばだてて、この舞台を見守っている。
 普段ならば王都で夏までの社交シーズンを過ごし、それぞれの領地に引き上げていたはずの、上流階級の紳士淑女が名を連ねていた。
 当主がゲイルに代わってから初めての、バストーヴァ辺境伯主催の大々的な舞踏会。しかも、大貴族であるウッドテイル侯爵が出席。
 そうして、誕生日の主役である初々しく輝くレティレナ姫と、ウッドテイル侯爵の弟であり、新たな隣地の領主ランバルトがダンスを踊っているのだ。
 噂好きの彼ら彼女らが放っておくはずがない。

 だからランバルトは収穫祭のときのように、レティレナの傍にかがんで耳元に顔を寄せた。
 二人だけの内緒話をするために。
 レティレナにとってランバルトが特別だと、周囲に見せつけるために。
 ――どうやら、俺は存外心が狭いらしい。
 そんな自分の有り様が、ランバルトは愉快で仕方ない。いつだってランバルトの心を波立たせるのは、レティレナだ。

「驚かせましたか?」
 無粋なことをわざと口にする。心なしかレティレナの目が眇められた。

「叔父様が私とお揃いのドレスを着ていた方が、まだマシでした」
 レティレナの返しに、ランバルトの喉の奥から笑いが漏れる。ほんの少しだけ、サリデ卿の女装姿が頭を過ぎってしまった。

「それは手厳しい。……正式に領主に就いたのはつい先日です。本来はもう少し先の予定を、無理を通してこの日に合わせてしまったので」

 ランバルトがバストーヴァに隣接する領地を引き継ぐことは、預かりとしてやって来た時より決まっていた。時期は定められておらずとも、レティレナ成人よりは数年先だろうと、誰もが踏んでいたのだ。
 侯爵家の家督問題的にも。
 ランバルト自身だって、二年前にはこうなるなんて思いもしなかった。
 少なくとも自覚はしていなかった。

「先日?」
 聞き返されて、小さく頷く。

「正確には三日前の午後にバストーヴァを発ち、侯爵家の雇っている事務家に作業を急がせました。レティレナ姫の成人の日に間に合うように。お蔭で兄にはずっとこの話題で、からかわれています」

 三日前を強調する。レティレナの頬に赤みが差した。
 ランバルトがどうして急ぐ気になったのか、思い至ったらしい。
 それはレティレナが二人きりの室内で、ランバルトにもう一度口づけた日。

「グラーソニス様の」
「ランバルトと呼んでください。俺は、ランバルトです。それに敬語なんていらない」

 遮って訂正する。
 確かに本名はランビュール・バルト・グラーソニスだが、バストーヴァでは偽名を名乗るわけにもいかず、愛称を使った。
 けれど今ではそちらの方がしっくりとくる。
 自ら望んで人と関わり、人生を選び取ろうと決意した場所での名。
 何より、突然のレティレナからの他人行儀な接し方は、距離を開けられたようで苦しい。

「……ランバルト」
「はい」
「ランバルトの領主就任と私の成人が、どうして関係あるの」
「聞きたいですか? 知ってしまったら、後戻りは出来なくても」

 後戻りさせるつもりも、逃がすつもりもないけれど。

「勿論よ。私にはその権利があるもの。ねえ、『私の誕生日プレゼント』さん」

 レティレナの瞳に、負けん気と好奇心の炎が燃え上がる。
 彼女のこんな引かないところに、ランバルトは参ってしまったのだ。
 そして、上目遣いのほんの少し潤む瞳が悩ましい。
 彼女と仲違いした最初の「親愛のあかし」の時、この瞳でやっぱり見上げられた。あの時は膝上でそんな顔をされるものだから、本当に理性の危機だった。その後何度も試される羽目になったが、我ながらよく耐えたものだ。

「領主に就任し、レティレナ姫の兄上全員に認められることが条件でした。――貴女に求婚をする為のね」

「きゅう……え?」

 大きな緑の瞳が見開かれ、まるでこぼれ落ちる寸前の宝石のようだ。
 一斉一大の場面だというのに、ランバルトは愉快で仕方ない。
 ダンスの終わり、決まりの挨拶を辛うじてこなしたレティレナの腰に手を回し、半ば体重を引き受けるかのようにエスコートして輪の外へと導いた。彼女はそれどころではないらしく、抵抗らしい抵抗をみせない。

「ジャイス様との勝負には手こずりました。何せジャイス様はつい最近までずっと城に戻られませんでしたし」
 条件は兄弟で様々だったが、ジャイスの条件は力勝負。一番歳の近い彼は、拮抗した好敵手でもあった。

「ジャイス兄様にいくら手紙を出しても、武者修行から戻らなかったのって」
「簡単に勝たせるつもりはなかったということです。名のある剣豪に師事までされて、本気で首を取りに来られました。無論、勝ちましたが」

 そう、バストーヴァ全体が慌ただしくしていた、秋の始まりの頃の話だ。
 互いに刃先を潰した剣を使用していたが、中々決着がつかず何度も再試合になった。レティレナが鍛錬場の中にまで顔を出す暇も無く、収穫祭と誕生日の準備に追われていて助かった。

「それで、その。認められたのね、兄様達全員に」

「ええ。先に許可を得て、領主就任は貴女が成長するまで時期をみるつもりだったのですが……」
 隣地に就けば、一番傍には居られなくなる。二人だけの気兼ねない関係を、ランバルトも惜しんだのだ。
 レティレナには、ゆっくり大人になって欲しかった。

「そんな悠長なことを言っていられるほど、俺には余裕なんてないと、レティレナ姫に思い知らされました」

 触れるほど近く、声を吹き込む。
 こうすると、彼女の耳朶が赤く染まると、ランバルトはもう知っている。




 いつの間にか二人だけのテラスに導かれていたレティレナは、何度か大きな深呼吸をした。
 こんな晴れの舞台でびっくり箱を家族総出で仕掛けられて、どうやって元凶のランバルトに仕返してやろうと意気込んでダンスに臨んだのに。
 さらに大きく驚かされて、彼女は敗戦濃色。白旗寸前。
 最初から最後まで、ランバルトに振り回され通しもいいところ。
 レティレナの手を両手で包む目の前の黒髪の男は、にこやかに、晴れやかに微笑むばかり。

 だから、ランバルト特化で素直になれないレティレナに、これ以上の捨て台詞は思いつかなかった。

「……もう隠しごとはなしよ。またこんな風に私だけに隠し事をするなら、お昼だけじゃなく、夕食だって緑一色の手作りにしてしまうんだから」
 レティレナは目を細めて言ったのに、ランバルトからまるで幸福の最中にあるというような、蕩けた笑みを向けられて戸惑う。

「それは願ったりですけれど。じゃあ、もう一つだけ」
「まだあるの?!」
 つっこむレティレナの手を取り、ランバルトが膝をついた。

「お伝えしてもかまいませんか。レティレナ姫を愛していると。私の求婚を受け入れて頂きたい、と」

「もう、言ってるじゃない」
 拗ねたような声が鼻声だと、気付かれただろうか。気付かないで欲しい。

「そうですね。いかがでしょうか、レデイ・レティレナ・バストーヴァ。愛する貴女と共に在る栄誉を、私に与えてくださいませんか」

 もう泣かないと決めたのに、強かな淑女になると決めたのに。
 本当に、現実はどうしてこうも困難なのだろう。

 ポロポロとレティレナの頬を涙が零れて落ちる。ランバルトが立ち上がり、彼女の涙を優しく拭った。
 いつだって、大きくなったレティレナを泣かせるのはランバルトだ。苦しいとき、彼女の心をさらけ出させて、直接癒やしてくれるから。
 けれど、今のこの涙は決して苦しみからのものではない。
 安堵と喜び。

「ランバルトなんて」
「はい」
 一度鼻をすすったら、笑われた。相変わらず憎らしい。

「き……」
「き?」
 そこで止めたレティレナは、もう一度息を吸い込む。

「嫌い、じゃないわ」

「ふっははははっ! 俺はあなたの素直じゃないところも、愛しています」

 ランバルトがはじける様に笑ったから、レティレナは潤む瞳を隠して、温かい胸元に顔を伏せた。
 背に回された腕が暖かく、どこまでも優しいことを、レティレナはもう知っている。

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