31 / 106
同性婚を誰が望んでいるのか?
8.「結婚式」を挙げた活動家の末路。
しおりを挟む
LGBT活動家の中には、同性婚を求めて「結婚式」を挙げた者もいる。
しかし、彼らの行動は性的少数者から酷く不評だ。「ただの政治的パフォーマンス」「すぐに別れる」「同性婚のネガキャンになるだけだからやめてほしい」――そんな苦言が、同性婚賛成派からも呈されている。
私のフォロワーのゲイは、ツイッターで次のように言っていた。
「これね、ホンマ賛成派の当事者が迷惑がってたし呆れてたわ。
ホモ界隈は、ゲイリブ界隈の結婚式はすぐ別れる言うてる人が昔から言われてることやし。ネタでしょ?まぁいうたら。」
https://twitter.com/izumus_enatus/status/1377177928903979009
これから紹介する例は、LGBT界隈でもトップクラスで有名な活動家が挙げた「結婚式」である。なお、これらはほんの一握りの事例でしかない。
【例1.虹隠しの尾辻と怪しい真紀】
二〇〇七年・六月三日――レズビアンの尾辻かな子が、同じくレズビアンの木村真紀と結婚式を挙げる。
尾辻かな子は、日本の政治家として初めてカミングアウトした人物だ。
式場である名古屋市の池田公園には、友人・知人・家族・支持者・民主党員・報道陣など、千人の人々が集まった。さらには、小沢一郎(当時・民主党代表)、鳩山由紀夫(当時・民主党幹事長)、太田房江(当時・大阪府知事)などからも祝電が届く。
千人もの観衆を前に、純白のウェディングドレスをまとって二人は現れた。
ステージに昇った二人に、神父が問いかける。
「病めるときにも、健やかなるときにも、他の者が見捨てるようなときにも、伴侶として守りますか?」
尾辻も村木も、「誓います」と共に答えた。そして結婚指輪を交換し、互いに唇を重ねたのである。
マスメディアの取材に対し、尾辻の父親は「(同性愛者の娘が結婚式を挙げるなど)一生見れないものだと思いましたけどねえ」と涙ながらに語った。尾辻自身も、「素直に嬉しい。レズビアンとしての人生をこんなにも祝ってもらったことはない」と語っていたという。
翌月、民主党の公認候補として第二十一回参議院通常選挙に尾辻は立候補する。公約には、国制パートナーシップの導入が掲げられた。
「レズビアンの尾辻かな子! レズビアンの尾辻かな子をお願いしまーす!」
選挙中、尾辻はそう連呼して回ったという。この選挙活動は、日本で最大の同性愛者団体であった東京プライドが全面的に支援した。
言うまでもなく、二〇〇七年は民主党が勢いづいた年だ。選挙の結果、自民党は大敗する――参議院の議席の半分近くを民主党が占めたのだ。
選挙前、尾辻はこう語っていたという。
「日本には少なく見積もって同性愛者は二百万人はいる。そのうちの十五万人が投票してくれたなら私は当選できる。」
しかし、尾辻は落選する。
内訳は三万八千票であった。十五万票に全く届いていない。
そのうち、どれだけの同性愛者が尾辻に投票したのだろう?
落選した途端、尾辻と木村は「離婚」した。
そして、同性愛者を売りにすることを尾辻はピタリと辞めたのである――カミングアウトしたことさえなかったように振る舞いだした。この姿勢は、「忍法・虹隠しの術」と当事者から揶揄される。余計な肩書をつけなくなって六年後――参議院議員選挙で尾辻は無事当選した。
「結婚式」のことについて、尾辻も木村も口を閉ざしている。
一方で木村真紀はと言えば、なぜか村木真紀と名前を微妙に変え、「虹色ダイバーシティ」というNPOを設立した。恐らくは聞いたことのある人も多いだろう――自治体や企業に対して高額の料金で講演を行っている団体だ。
木村こと村木は、かつては「ダイバーシティ研究所」という財団法人の理事も兼任していた。この「ダイバーシティ研究所」の事務所があるのは西早稲田2-3-4のビルである――過激派左翼団体が集まっていることで有名な建物だ。この「ダイバーシティ研究所」の大阪支部は、二〇一九年まで「虹色ダイバーシティ」と同じ住所であった。
【例2.売夢奴・増原裕子と東小雪】
増原も東もレズビアンである。増原は、企業や団体向けにLGBT講演や研修を取り組む社会的企業・トロワ゠クルールの代表だ。尾辻・村木のカップルとは違い、二人とも美人である――恐らくは狙ったものだろう。
増原と東は二〇一一年から交際していたという。
二〇一二年――東京ディズニーランドが結婚式場としてシンデレラ城を提供し始める。それに対し、女性同士で結婚式を挙げたいと二人は申し入れた。紆余曲折あったものの、二〇一三年に「結婚式」は無事挙げられた。
前代未聞のことに、「結婚式」には報道陣が押し寄せる。
ウェディングドレスを着た二人は、シンデレラ城でキスを交わし、ゴンドラで園内を一巡した。披露宴では、ミッキーとミニーが二人を祝福する。結婚式を目にした同性愛者の中には、「ディズニーランドはやっぱり夢を叶えてくれるんだ!」と言った者もいたという。マスコミの中には「美しいレズビアンカップルが結婚式を挙げた」と報じたものもあった。
「結婚」した二人は、精子提供による出産に意欲を燃やし始める。同年には、『ふたりのママからきみたちへ』という本も出版した。この本は、生まれてくる子供への手紙という形で書かれている。
「『どうしてうちはママがふたりなの?』いつか成長したあなたから、そう聞かれる日がきっとやってくると思います。そして、友だちの家族のかたちとは違うことで、あなたがいじめられてしまうことがあるんじゃないか……そんな心配も心の中にはないわけではありません。それでも私たち、あなたのふたりのママは、生まれてくるあなたに、そして年若い人たちにどうしても伝えておきたいことがあるから、たくさん話し合い、たくさん考えて、この本を書きました。」(増原)
「お母さんも、そしてお母さんとひろこさんも、この社会で生きてゆくために、まだまだたくさん乗り越えるべき壁はあります。もしかするとそれが一生続くのかもしれません。でもお母さんは、生まれてきて、そして今生きていて本当によかったと思っているし、レズビアンとして生きる自分を、じつはちょっと誇らしくさえ思っています。」(東)
二〇一五年――パートナーシップを渋谷区が初めて作った時には、二人は記念すべき最初の利用者となった。
しかし二〇一七年、二人は唐突に「離婚」する。
曰く、相性が合わなくなったのだという。
パートナーシップも解消された。
呆れたのが増原裕子だ。東と破局した一ヶ月後、今度は勝間和代という女性と結ばれたのである。さらに五か月後、パートナーシップを再び結ぶこととなった。
増原との順調な交際を、勝間氏はSNSで報告していた。大きな熊のぬいぐるみを増原から誕生日にプレゼントされて喜んだこと、増原のためにヘルシーな料理を作ったこと—―夜には、二人で卓球をしながらその日の出来事を語り合ったという。
そして、同年七月の参議院通常選挙では、立憲民主党候補として増原は立候補する。当然、勝間氏も応援した。選挙資金として二百万円ほど貸し、選挙区である京都に滞在する増原のために必要な家電製品も買ったという。
しかし、増原は落選した。その打ち上げ会では、なぜか勝間氏は「身内」としてではなく、支援者の一人として紹介される。このとき、勝間氏は既に違和感を覚えていたという。
四か月後――増原は勝間氏に別れを告げる。あまりのことに、勝間氏は話すことが出来なくなってしまった。「NWESポストセブン」の取材に対し、勝間氏の事務所代表である上念司はこう語っていた。
「勝間は、浮気され、二股をかけられていたのかもしれません。今、彼女はひどく打ちひしがれている状態なんです。」
さらに、破局を公表した増原のブログに対しても怒りを表している。
「報告の九割が勝間への感謝の言葉で、謝罪の言葉が二行しかない。あれだけ勝間を傷つけたのに、美談にしようとしている。それは私も納得がいきません。」
【例3.二人の「りょうすけ」によるソドムの結婚生活】
七崎良輔は、性的少数者のための結婚企画会社「Juerias LGBT Wedding」の創立者だ。そんな七崎本人は、二〇一六年、恋人である古川亮介と結婚式を挙げた。その経緯は、七崎の著書『僕が夫に出会うまで』に書かれている。
この本は七崎の半生をつづった「ノンフィクション」だという。
幼少期から、ゲイだということで激しい苛めを七崎は受けてきたそうだ。「手つきや坐り方が女っぽい」という理由で「オカマ」と呼ばれ、教師からも「七崎君はオカマなのかな」「ぶりっ子しているからオカマに見える」と言われ続けた――と書いていた。
青年になってからは、様々な恋愛と失恋を繰り返して傷つく。ゲイたちの集まりで財布を盗まれたときは、「ゲイだから」という理由で警察からロクに捜査してもらえないという差別にも遭ったという。
そんな波乱と困難の中で、七崎は古川と出会う。お互いの名前は同じ「りょうすけ」。付き合い始めて七か月後の「東京レインボーパレード」で、七崎は古川からプロポーズされる。観衆が見守る中で山車に上げられ、そこで結婚指輪を渡されたのだ。
さらに五か月後、七崎は古川と婚姻届けを役場に提出する。当然、拒否されたため、代わりに公正証書を作って「家族」となる。東京の築地本願寺で二人が「結婚式」を挙げたのは、それから一年後のことだ。
本には、作家の湊かなえから推薦文が寄せられている。
「LGBTについて悩む人、
興味、関心がある人だけではなく、
孤独に悩む多くの人たちに、この本が
届いてほしいと思いました」
帯の紹介文はこうだ。
「いじめ、初恋、失恋、抑えきれない嫉妬、
そしてカミングアウト――。
セーラームーン好きの少年が、苦しみながらも光を求め、
パートナーと同性結婚式を挙げるまで。感動の実話!」
結果、本書はベストセラーとなり、漫画化もされた。
漫画版には、ゲイ風俗の「もちぎ」氏から推薦文が寄せられている。
「ゲイだって、家族になれるよ。」
一方、この本を読んだ私の感想は「出来すぎている」というものだった。
七崎良輔と古川亮介で検索をかけて顔を見てほしい――まるでBL漫画から飛び出てきたような容姿だ。事実、漫画版はどう見てもBL漫画にしか見えないし、帯にも「本当にあったBLの物語」と書かれている。
ここ何年かよく見るゲイ活動家も、おしなべて同じような顔をしている。そして、「子供時代にオカマと呼ばれていじめられた」と言い、そこから一転、自分の行っているクリエイティヴな仕事について語るまでが定石だ。
しかし、あのような顔のゲイを「ほぼ」私は見たことがない。ゲイにはイケメンが少ないとさえ思っている。
大体からして、カミングアウトしなければゲイだと普通は分からない。それなのに、なぜこうも「オカマ」と呼ばれて苛められたと誰もが言うのか。
文章でさえ、素人が書いたものとは思えない。構成も素人仕事ではない。個人的な憶測だが、恐らくはゴーストライターがいたのではないか。
この「出来すぎた」物語は、二〇二一年の十二月二日に唐突に破綻する。
その日の明朝、「パートナー男性と別れました」という長文のツイートを七崎は投稿する。
それによれば、七崎と古川の「結婚生活」は、「信じられないような憎悪の言葉をお互いにぶつけ合い、傷つけ合う毎日」だったという。言葉だけではなく、暴力的なやり取りもあった。古川は七崎を愛していたが、それゆえの「しつけ」はモラハラやDVに他ならなかったそうだ。
特に酷いのは、七崎が大便を漏らしたときのことだろう。古川は、「ウンコ漏らすなんて人としてあり得ない」と言って笑い、七崎の姿を動画に撮影してツイッターに上げたという。
これに対し、古川は反論のツイートをする。
曰く、「呑んだから歩いて帰る」と言っておきながらバーで出会った男の家に泊まったり、出会い系掲示板でセックスの相手を探したりするなど、奔放な性生活を送っていたのは七崎ではないかと。暴力の件にしろ、七崎が泥酔して暴れて逆に古川が血塗れになったというのだ。
これに対し、さらに七崎は反論する――花粉症もちの自分に対し、岐阜県産の花粉を食事に混入させていたのは古川だと。古川もさらに反論した――これから江戸川区議員になるつもりなのに、奔放な性生活を暴露されたら困るので別れると言ったのは七崎だと。
そうして、七崎が複数人と同時にセックスをしていた事実を古川がバラしたり、男の裸の写真で古川が昂奮していたツイートの画像を七崎が挙げたりするなど、お互いの醜態を延々と晒しまわった挙句、七崎が全てのツイートを消して「聖戦(原文ママ)」は終了する。
しかも、戦いが終わった理由もしょうもない。
というのは、古川の裏アカウントの存在を七崎が晒したためだ。そのアカウントは、古川が己の勃起した陰茎と裸体とを晒し、二万人ものフォロワーを集めていたものであった。
古川の裏の顔は、ゲイから人気の「チンフルエンサー(原文ママ)」だったのである。
それに対し、裏アカウントの画像は消してほしいと古川が停戦協定を申し入れたのだ。
聖戦が終わったあと、古川はこうつぶやいた。
「ほんと同性同士の結婚とか不要な制度と思うよ、体験してよくわかった。」
しかし、彼らの行動は性的少数者から酷く不評だ。「ただの政治的パフォーマンス」「すぐに別れる」「同性婚のネガキャンになるだけだからやめてほしい」――そんな苦言が、同性婚賛成派からも呈されている。
私のフォロワーのゲイは、ツイッターで次のように言っていた。
「これね、ホンマ賛成派の当事者が迷惑がってたし呆れてたわ。
ホモ界隈は、ゲイリブ界隈の結婚式はすぐ別れる言うてる人が昔から言われてることやし。ネタでしょ?まぁいうたら。」
https://twitter.com/izumus_enatus/status/1377177928903979009
これから紹介する例は、LGBT界隈でもトップクラスで有名な活動家が挙げた「結婚式」である。なお、これらはほんの一握りの事例でしかない。
【例1.虹隠しの尾辻と怪しい真紀】
二〇〇七年・六月三日――レズビアンの尾辻かな子が、同じくレズビアンの木村真紀と結婚式を挙げる。
尾辻かな子は、日本の政治家として初めてカミングアウトした人物だ。
式場である名古屋市の池田公園には、友人・知人・家族・支持者・民主党員・報道陣など、千人の人々が集まった。さらには、小沢一郎(当時・民主党代表)、鳩山由紀夫(当時・民主党幹事長)、太田房江(当時・大阪府知事)などからも祝電が届く。
千人もの観衆を前に、純白のウェディングドレスをまとって二人は現れた。
ステージに昇った二人に、神父が問いかける。
「病めるときにも、健やかなるときにも、他の者が見捨てるようなときにも、伴侶として守りますか?」
尾辻も村木も、「誓います」と共に答えた。そして結婚指輪を交換し、互いに唇を重ねたのである。
マスメディアの取材に対し、尾辻の父親は「(同性愛者の娘が結婚式を挙げるなど)一生見れないものだと思いましたけどねえ」と涙ながらに語った。尾辻自身も、「素直に嬉しい。レズビアンとしての人生をこんなにも祝ってもらったことはない」と語っていたという。
翌月、民主党の公認候補として第二十一回参議院通常選挙に尾辻は立候補する。公約には、国制パートナーシップの導入が掲げられた。
「レズビアンの尾辻かな子! レズビアンの尾辻かな子をお願いしまーす!」
選挙中、尾辻はそう連呼して回ったという。この選挙活動は、日本で最大の同性愛者団体であった東京プライドが全面的に支援した。
言うまでもなく、二〇〇七年は民主党が勢いづいた年だ。選挙の結果、自民党は大敗する――参議院の議席の半分近くを民主党が占めたのだ。
選挙前、尾辻はこう語っていたという。
「日本には少なく見積もって同性愛者は二百万人はいる。そのうちの十五万人が投票してくれたなら私は当選できる。」
しかし、尾辻は落選する。
内訳は三万八千票であった。十五万票に全く届いていない。
そのうち、どれだけの同性愛者が尾辻に投票したのだろう?
落選した途端、尾辻と木村は「離婚」した。
そして、同性愛者を売りにすることを尾辻はピタリと辞めたのである――カミングアウトしたことさえなかったように振る舞いだした。この姿勢は、「忍法・虹隠しの術」と当事者から揶揄される。余計な肩書をつけなくなって六年後――参議院議員選挙で尾辻は無事当選した。
「結婚式」のことについて、尾辻も木村も口を閉ざしている。
一方で木村真紀はと言えば、なぜか村木真紀と名前を微妙に変え、「虹色ダイバーシティ」というNPOを設立した。恐らくは聞いたことのある人も多いだろう――自治体や企業に対して高額の料金で講演を行っている団体だ。
木村こと村木は、かつては「ダイバーシティ研究所」という財団法人の理事も兼任していた。この「ダイバーシティ研究所」の事務所があるのは西早稲田2-3-4のビルである――過激派左翼団体が集まっていることで有名な建物だ。この「ダイバーシティ研究所」の大阪支部は、二〇一九年まで「虹色ダイバーシティ」と同じ住所であった。
【例2.売夢奴・増原裕子と東小雪】
増原も東もレズビアンである。増原は、企業や団体向けにLGBT講演や研修を取り組む社会的企業・トロワ゠クルールの代表だ。尾辻・村木のカップルとは違い、二人とも美人である――恐らくは狙ったものだろう。
増原と東は二〇一一年から交際していたという。
二〇一二年――東京ディズニーランドが結婚式場としてシンデレラ城を提供し始める。それに対し、女性同士で結婚式を挙げたいと二人は申し入れた。紆余曲折あったものの、二〇一三年に「結婚式」は無事挙げられた。
前代未聞のことに、「結婚式」には報道陣が押し寄せる。
ウェディングドレスを着た二人は、シンデレラ城でキスを交わし、ゴンドラで園内を一巡した。披露宴では、ミッキーとミニーが二人を祝福する。結婚式を目にした同性愛者の中には、「ディズニーランドはやっぱり夢を叶えてくれるんだ!」と言った者もいたという。マスコミの中には「美しいレズビアンカップルが結婚式を挙げた」と報じたものもあった。
「結婚」した二人は、精子提供による出産に意欲を燃やし始める。同年には、『ふたりのママからきみたちへ』という本も出版した。この本は、生まれてくる子供への手紙という形で書かれている。
「『どうしてうちはママがふたりなの?』いつか成長したあなたから、そう聞かれる日がきっとやってくると思います。そして、友だちの家族のかたちとは違うことで、あなたがいじめられてしまうことがあるんじゃないか……そんな心配も心の中にはないわけではありません。それでも私たち、あなたのふたりのママは、生まれてくるあなたに、そして年若い人たちにどうしても伝えておきたいことがあるから、たくさん話し合い、たくさん考えて、この本を書きました。」(増原)
「お母さんも、そしてお母さんとひろこさんも、この社会で生きてゆくために、まだまだたくさん乗り越えるべき壁はあります。もしかするとそれが一生続くのかもしれません。でもお母さんは、生まれてきて、そして今生きていて本当によかったと思っているし、レズビアンとして生きる自分を、じつはちょっと誇らしくさえ思っています。」(東)
二〇一五年――パートナーシップを渋谷区が初めて作った時には、二人は記念すべき最初の利用者となった。
しかし二〇一七年、二人は唐突に「離婚」する。
曰く、相性が合わなくなったのだという。
パートナーシップも解消された。
呆れたのが増原裕子だ。東と破局した一ヶ月後、今度は勝間和代という女性と結ばれたのである。さらに五か月後、パートナーシップを再び結ぶこととなった。
増原との順調な交際を、勝間氏はSNSで報告していた。大きな熊のぬいぐるみを増原から誕生日にプレゼントされて喜んだこと、増原のためにヘルシーな料理を作ったこと—―夜には、二人で卓球をしながらその日の出来事を語り合ったという。
そして、同年七月の参議院通常選挙では、立憲民主党候補として増原は立候補する。当然、勝間氏も応援した。選挙資金として二百万円ほど貸し、選挙区である京都に滞在する増原のために必要な家電製品も買ったという。
しかし、増原は落選した。その打ち上げ会では、なぜか勝間氏は「身内」としてではなく、支援者の一人として紹介される。このとき、勝間氏は既に違和感を覚えていたという。
四か月後――増原は勝間氏に別れを告げる。あまりのことに、勝間氏は話すことが出来なくなってしまった。「NWESポストセブン」の取材に対し、勝間氏の事務所代表である上念司はこう語っていた。
「勝間は、浮気され、二股をかけられていたのかもしれません。今、彼女はひどく打ちひしがれている状態なんです。」
さらに、破局を公表した増原のブログに対しても怒りを表している。
「報告の九割が勝間への感謝の言葉で、謝罪の言葉が二行しかない。あれだけ勝間を傷つけたのに、美談にしようとしている。それは私も納得がいきません。」
【例3.二人の「りょうすけ」によるソドムの結婚生活】
七崎良輔は、性的少数者のための結婚企画会社「Juerias LGBT Wedding」の創立者だ。そんな七崎本人は、二〇一六年、恋人である古川亮介と結婚式を挙げた。その経緯は、七崎の著書『僕が夫に出会うまで』に書かれている。
この本は七崎の半生をつづった「ノンフィクション」だという。
幼少期から、ゲイだということで激しい苛めを七崎は受けてきたそうだ。「手つきや坐り方が女っぽい」という理由で「オカマ」と呼ばれ、教師からも「七崎君はオカマなのかな」「ぶりっ子しているからオカマに見える」と言われ続けた――と書いていた。
青年になってからは、様々な恋愛と失恋を繰り返して傷つく。ゲイたちの集まりで財布を盗まれたときは、「ゲイだから」という理由で警察からロクに捜査してもらえないという差別にも遭ったという。
そんな波乱と困難の中で、七崎は古川と出会う。お互いの名前は同じ「りょうすけ」。付き合い始めて七か月後の「東京レインボーパレード」で、七崎は古川からプロポーズされる。観衆が見守る中で山車に上げられ、そこで結婚指輪を渡されたのだ。
さらに五か月後、七崎は古川と婚姻届けを役場に提出する。当然、拒否されたため、代わりに公正証書を作って「家族」となる。東京の築地本願寺で二人が「結婚式」を挙げたのは、それから一年後のことだ。
本には、作家の湊かなえから推薦文が寄せられている。
「LGBTについて悩む人、
興味、関心がある人だけではなく、
孤独に悩む多くの人たちに、この本が
届いてほしいと思いました」
帯の紹介文はこうだ。
「いじめ、初恋、失恋、抑えきれない嫉妬、
そしてカミングアウト――。
セーラームーン好きの少年が、苦しみながらも光を求め、
パートナーと同性結婚式を挙げるまで。感動の実話!」
結果、本書はベストセラーとなり、漫画化もされた。
漫画版には、ゲイ風俗の「もちぎ」氏から推薦文が寄せられている。
「ゲイだって、家族になれるよ。」
一方、この本を読んだ私の感想は「出来すぎている」というものだった。
七崎良輔と古川亮介で検索をかけて顔を見てほしい――まるでBL漫画から飛び出てきたような容姿だ。事実、漫画版はどう見てもBL漫画にしか見えないし、帯にも「本当にあったBLの物語」と書かれている。
ここ何年かよく見るゲイ活動家も、おしなべて同じような顔をしている。そして、「子供時代にオカマと呼ばれていじめられた」と言い、そこから一転、自分の行っているクリエイティヴな仕事について語るまでが定石だ。
しかし、あのような顔のゲイを「ほぼ」私は見たことがない。ゲイにはイケメンが少ないとさえ思っている。
大体からして、カミングアウトしなければゲイだと普通は分からない。それなのに、なぜこうも「オカマ」と呼ばれて苛められたと誰もが言うのか。
文章でさえ、素人が書いたものとは思えない。構成も素人仕事ではない。個人的な憶測だが、恐らくはゴーストライターがいたのではないか。
この「出来すぎた」物語は、二〇二一年の十二月二日に唐突に破綻する。
その日の明朝、「パートナー男性と別れました」という長文のツイートを七崎は投稿する。
それによれば、七崎と古川の「結婚生活」は、「信じられないような憎悪の言葉をお互いにぶつけ合い、傷つけ合う毎日」だったという。言葉だけではなく、暴力的なやり取りもあった。古川は七崎を愛していたが、それゆえの「しつけ」はモラハラやDVに他ならなかったそうだ。
特に酷いのは、七崎が大便を漏らしたときのことだろう。古川は、「ウンコ漏らすなんて人としてあり得ない」と言って笑い、七崎の姿を動画に撮影してツイッターに上げたという。
これに対し、古川は反論のツイートをする。
曰く、「呑んだから歩いて帰る」と言っておきながらバーで出会った男の家に泊まったり、出会い系掲示板でセックスの相手を探したりするなど、奔放な性生活を送っていたのは七崎ではないかと。暴力の件にしろ、七崎が泥酔して暴れて逆に古川が血塗れになったというのだ。
これに対し、さらに七崎は反論する――花粉症もちの自分に対し、岐阜県産の花粉を食事に混入させていたのは古川だと。古川もさらに反論した――これから江戸川区議員になるつもりなのに、奔放な性生活を暴露されたら困るので別れると言ったのは七崎だと。
そうして、七崎が複数人と同時にセックスをしていた事実を古川がバラしたり、男の裸の写真で古川が昂奮していたツイートの画像を七崎が挙げたりするなど、お互いの醜態を延々と晒しまわった挙句、七崎が全てのツイートを消して「聖戦(原文ママ)」は終了する。
しかも、戦いが終わった理由もしょうもない。
というのは、古川の裏アカウントの存在を七崎が晒したためだ。そのアカウントは、古川が己の勃起した陰茎と裸体とを晒し、二万人ものフォロワーを集めていたものであった。
古川の裏の顔は、ゲイから人気の「チンフルエンサー(原文ママ)」だったのである。
それに対し、裏アカウントの画像は消してほしいと古川が停戦協定を申し入れたのだ。
聖戦が終わったあと、古川はこうつぶやいた。
「ほんと同性同士の結婚とか不要な制度と思うよ、体験してよくわかった。」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
