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【異次元からの恐怖】episode2

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凛太朗達が異次元から帰ると都内で起こった無差別殺人事件の事がマスコミから毎日の様に報じられていた。事件を起こした犯人達は前日迄、普通に暮らしていた市民達である。
それが突然、狂った様に無差別殺人を始めたのだ。
調査の結果、ある種のウイルスが脳に影響を与えるのが原因で、感染すると凶暴化するらしい事が分かりモンスター病と名付けられた。
感染が確認されると警視庁の特殊班が出動し、隔離処置が取られるが、手遅れになる前に確保しなければ多数の犠牲者を覚悟しなければならなかった。

冷たい雨が降っていた。
凛太朗は山手線の駒込駅前からニ~三百メートル程離れた地上10階程の古びたマンションの正面玄関の脇で、傘を持て余しながら一人で立っていた。
このビルに棲む男性の立ち回り先で、一般市民が多数、モンスター化する事件があったと情報を掴んだのだ。
事件が頻繁に報じられる様になって異変を察知したカトリーヌが、凛太朗に事件の捜査と対処を命じたのだ。
情報担当のエルザからモンスター病の保菌者、ターゲットの防犯カメラの映像が、スマホに送られていた。
薄汚れたパーカーのフードを被っている黒縁眼鏡の四十前後の男性だ。
聞き込みで殆ど家に引きこもっているが、何時も夕方になると何処かに出掛けるらしいという情報を得た。
これ以上、感染させないために部屋に踏み込んででも確保、必要であれば処分しなければならない。当然、逮捕状などない。
抗魔官の仕事はあくまで秘密裏に事を進めなければならない。

辺りは暗くなるが、雨が止む様子はない。
「今日は何処にもいかないのか、ならば・・・」
事前に調べた保菌者の部屋に踏み込もうかと思った時だった。
エレベーターの扉が開いて、パーカー男と凛太朗の目が合った。

「しまった」

慌てて玄関からエレベーターに飛び乗ろうとしたが、間に合わなかった。
ターゲットは薄笑いをして、そのままエレベーターを上昇させた。
凛太朗はエレベーターが何階で停止したかを確認し階段を蹴上がる様に登った。
ターゲットは自分の部屋に逃げ込んだのだ。
殺傷能力が高い軍用の9MM自動式拳銃をホルスターから抜き取り、構えて、扉を蹴破って部屋に入った。

「どこだ・・・何処にいる?」

部屋は2DKだった。
凛太朗は拳銃を構えながら物陰に隠れていないか慎重に見渡すが、何処にもターゲットはいない。
ここは6階だ。窓から飛び降りたら助かる高さではない。
では何処に逃げたのか・・・もう一度、見渡した。
机の上にノートパソコン置かれていて、電源が入っているのが気になった。
部屋に戻って何故、PCの電源を入れたのか?疑問が浮かんだ。
凛太朗が訝しげに画面を覗いた時だった。

「わー・・・」浮遊感があって、灰色の世界に吸い込まれた。

「ここは・・・」

悪魔のアンナに異世界に引き摺られた時の不安が頭に過る。
だが、今の凛太朗にはどの様な事態にも対処出来る自信があった。
灰色の世界から少し歩くと急に視界が開けた。
先にパーカー男が逃げているのが見える。
凛太朗は最近、出来る様になった部分強化の能力を使い俊足でパーカー男を追いかけるが、なかなか追い付けない。

「なに・・・」

何時の間にかパーカー男のズボンが破れて奇妙な足が生えているのが見えた。
凛太朗は、この時、嫌な予感が頭を過った。

その頃、都内にある池袋警察署ではモンスター病に掛かり無差別殺人を起こした犯人が勾留されている留置場で異変が起きていた。

「ギギィー、グルグルグル・・・」

夜、当直の看守が留置場の巡回に来て異変に気が付いた。

「おい、静かにするんだ」
その時、被っていた毛布から犯人だった何かが顔を覗いた。
「何だ・・・」看守は目を擦りながら鉄格子越しに犯人を見る。

「うわー 化け物だ」

直ぐに署員が招集され、警察署の5階にある留置場の前は盾を持ち、武装した署員でいっぱいになった。だが、その間、殺人犯だった何かは徐々に変態を繰り返し体の構造を変化させた。
まるで昆虫が幼生から成体に変わる感じだ。
署員達は息を呑んで見守っていたが、頭に触覚と角が出来、黒い体毛が生え、目が大きく膨らみ、二本の手に加え新たに足が二本増えて大きな羽根が生えた。
「大きなハエだ!」誰かが叫んだが、角がある。正確にはハエに近い生き物だ。
それは人間から生まれたが、人とは似ても似つかぬ生き物になった。
「ブーン・・・」羽音が聞こえ、突然、その生き物は鉄格子にアタック(attack:攻撃)した。コンクリートに割れ目が走り鋼鉄の鉄格子が変形する。
地球の生き物で、鉄格子を体当たりの衝撃で変形させる者などいる筈がない、
明らかに未知の生物に警官達は遭遇したのだ。
ハエ似の異形の者は口から唾液を吐いた。
鉄格子に白煙が上がり唾液が警官にも掛かった。
「熱い・・・」制服が解け肌に火傷を負った。ハエ似の唾液は濃硫酸だった。

「こいつは危険だ。射殺を許可する。」警備責任者らしき人物が拳銃使用の許可を出した。

「バン バン ババン・・・」

警官達は盾に隠れ鉄格子の隙間からハチの巣になるくらい銃弾を撃ち込んだ。
警官が使用したのは「M360J SAKURA」9mm口径.38スペシャル弾、装弾数5発の回転式拳銃である。
この銃は精度が高く制御がし易いのが特長だが、悲しいかな対人用としての使用を想定して作られた物だけに威力が足りない。
ハエ似の異形の者に何発も銃弾が命中し衝撃で何度も跳ね上がるが致命傷にはならない。
異形の者は鉄格子に手こずっていたが、数回の激突で格子戸を体が通れるくらい変形させ数人の警官に体当たりしながら窓ガラスを破り5階の窓から飛翔し夜の街に逃走した。
殺人犯が奇怪な化物に変貌し逃走した事件は警察・警視庁幹部に重く受け止められ特殊犯・特殊捜査係「SIT」に加え特殊奇襲部隊(SAT)迄、出動する事態になった。
モンスター病の殺人者が発病し化物に変貌する事件が多発するに至り緊急事態宣言がされて、自衛隊の出動やロックダウン(都市封鎖)迄、視野に入れられた。

円城寺証券では秘密会議が開かれていた。
出席メンバーは抗魔官室長の円城寺五月、実行部隊のマスター、黒のゴスロリ姿の死神カトリーヌ、吸血鬼のデルフィーヌ、獣人のタイガー、新しく加わったエルフのチェリーと悪魔のアンナである。
それに後方支援を担当する異世界の住人、秘書兼財務担当のマルガレーテと情報担当の8000年未来で作られたAI(人口知能)、生身の人間の様な体を持つ美人アンドロイドのエルザの計8人だ。

「集まって貰ったのは他でもないわ、既に皆さんもご存知の様に今、この世界に我々の拠点を置いている首都東京を恐怖に陥れている未知の生物の対処を検討して貰うため・・・。
エルザ、先ずは分かっている情報をメンバー報告して」

「はい、マスター、
都内で起きた連続殺人事件が報告されたのが、3週間前の事です。
それから数日の間に5件の同様の事件が発生して、都民を恐怖に陥れました。
この世界の生物化学研究所の調査によると未知のウイルスが人間の脳に影響し凶暴化を引き起こす事が分かりました。
ここまでならば不可解な事件として事件簿に綴じられたかも知れません。
ですが、一昨日、殺人事件の被疑者が、警察署内の留置場で人間でない生物になり、鉄格子を破って署員、数人に怪我を負わして逃走しました。
昨晩は、他にも同様の事件が発生しました。」

「室長、凛太朗にはクラスターの原因になったモンスター病の保菌者を処分する様に命じたわ・・・。
ただ、昨夜、凛太朗の気が突然、この世界から消えたのが気がかりなの・・・。」

「それは私も知っていたわ・・・。
カトリーヌはメンバーに指示を出して異形の者に対処をして、
私は凛太朗が気掛かりだから、彼をフォローするわ・・・。」

「え・・・室長、自ら凛太朗をフォローするの?」

『もう、しょうがないわね・・・』とカトリーヌは、この時、思ったが、それ以上の事は、この場では突っ込まなかった。
五月の凛太朗への気持ちが分からない訳でなかったからだ。
『五月、そう来たか・・・でも僕も千年続く恋をしたいから、負けないわ!』と心の中で闘争心を抱いた。

「みんな、魔物退治に出掛けるわよ!」「姉御、事件が解決したら、焼肉たべたいです・・・」

「タイガー、いいわ、それぐらい、五月、マルガレーテ、いいでしょ?」「分かった。特別ボーナス出すから頑張ってね!マルガレーテ、費用は任せたわ・・・。」「はい、社長、何とかします。」「やった!」
「私は血が滴っている肉がいいわ・・・」吸血鬼のデルフィーヌが、奇麗な顔に微笑を浮かべながら言った言葉に盛り上がっていた場が一瞬、静まり返った。

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