「世界の半分をくれてやる」と言われて魔王と契約したらとんでもないことになった

山野エル

文字の大きさ
69 / 107
第2章 いきなりロボットアニメみたいな世界に放り込まれたんですけど

17:氷点下の絶望

しおりを挟む
「もういい。ひとりで走れる」

 イヅメの手を振りほどいて、私は鎮守府の正面入り口が見えるビルのピロティに身を隠した。イヅメが柱の陰に屈んで私に心配そうな目を向ける。

「すまない。其方そなたがシリウスを助けたいという思いは理解しているが、わしは──」

「大丈夫。分かってる」

 柱の陰から鎮守府の方に目をやる。鎮守府の戦闘部隊が警備に出ており、複数の装甲車と投光器で周囲は物々しい雰囲気だ。イヅメを見ると、さきほどの戦いの傷が痛むのか顔を歪めている。私が道を切りひらかなければ、鎮守府に入ることも叶わない。
 さきほどのように空間の向こうへ手を伸ばす。手に触れた異形の剣を引きずり出した。

「力を自在にできるようになったのか?」

「分からない。でも、強く念じれば同じことができるような気がする」

 鎮守府の方へ意識を向ける。建物の周囲を固める戦闘部隊……彼らを殺すことになるかもしれない。でも、あいつらは明良めいらやあの地下の住人たちを傷つけたのだ。利用価値がないと分かれば、迷わず命を奪う連中なのかもしれない。

藍綬らんじゅ」イヅメが苦痛に歪む顔をこちらへ向ける。「儂の仲間を助ける力を貸してくれ」

 悲痛な眼差しだった。あの地下に辿り着いた多くの異世界人たちは行くあてもなく、死んでいった。今、私が奮い立たなければ、彼らの死は無駄になってしまう。

 私は立ち上がって、異形いぎょうの剣を鎮守府の方へ向けた。
 口を開けた剣から滅線めっせんを放って、戦闘部隊の隊列と装甲車をぎ払った。
 イヅメが柱の陰から鎮守府の正面入口へ駆け出した。私もその後を追って、異形の剣で道を拓く。車両が爆発し、アスファルトの地面に穴が開く。戦闘部隊が銃で反撃してくるが、イヅメがその太刀で弾丸を斬り伏せる。
 鎮守府の正面入口を滅線で切り崩し、瓦礫が降る中をイヅメと共に駆け抜けた。エントランスホールに入り、振り向きざまに入口へ手を振ると、衝撃波が正面入口を崩壊させて、瓦礫が追手を阻む壁となった。

「こっちだ!」

 イヅメの後について鎮守府の地下階層へ急ぐ。姿を現す鎮守府の人間を片っ端から斬り捨てて猛進するその姿は鬼神のようであった。それをとがめることは私にはできなかった。
 目的地となる最下層の入口へのエレベーターに乗り込んだ頃には、イヅメは返り血を浴びた赤い狼になっていた。箱の中に血のにおいが漂う。彼の激しい息づかいが苛烈さを物語る。

「ナズサは」イヅメが口を開く。「儂と共に育った。そして、共に悪を断つために旅をしていた。何者にも代えがたい存在だ」

 エレベーターのドアが開き、イヅメが飛び出していく。悲鳴が上がり、白衣を着た研究者たちが逃げ惑う。イヅメはそのうちのひとりを捕まえて壁に叩きつけた。

「儂と同じような顔をした者を探している」

「し……知らない方がいい……!」

 イヅメは躊躇なく相手の太ももに切っ先を突き刺した。苦悶に満ちた叫びが上がって、警報が鳴り響いた。

「どこにいる! 言え!」

 研究者が奥まった場所にあるドアを指さした。警報が鳴り響く中、イヅメと共に進む。ドアの向こうはそれまでのフロアと違ってコンクリート打ちっぱなしの壁の階段室だった。薄暗い階段を勢いよく駆け下りていく。空気がよどんでいるような感覚が、何か薄気味悪い。
 下まで辿り着き、観音開かんのんびらきのドアを開いた先の広い空間は芯から凍えるような冷気で満たされていたが、そんなこと気にならないような光景が広がっていた。

「なに……これ……」

 乱雑に投げ出されたような無数の異形の者たち。霜に埋もれるようにして、ゴウンゴウンといううねるような機械音の中、死屍累々ししるいるいの世界がそこにはあった。

「ナズサ!」

 一面の霜を、降り積もった雪を掻き分けるようにしてイヅメが狼の顔を掘り出していた。そこにはもはや息づくものは感じられない。
 怒りと悲しみの咆哮ほうこうがイヅメの口から吐き出される。遠くで聞こえる警報を掻き消すような足音が扉の向こうに雪崩れ込んでくるのが聞こえた。私はイヅメのそばに膝を突いて、その肩に手を置いた。

「儂は……何のために今まで……!」

 彼の身体の震えが手から伝わってくる。その震動が私の胸の奥に怒りの炎をともす。
 私にはこの状況を打破する作戦があった。建御名方タケミナカタのコックピットを思い浮かべ、意識を集中した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?

木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。 追放される理由はよく分からなかった。 彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。 結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。 しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。 たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。 ケイトは彼らを失いたくなかった。 勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。 しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。 「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」 これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

処理中です...